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我武者羅

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「んん~、美味い……」


苦味が脳に入って嫌な雑音を消し去ってくれる。俺にとってタバコはそんな感じだ。毎日吸ってた時は依存って感じだったけど、今はたまーに吸うから純粋に美味く思う。
まあ、実際はメイラ吸ってなかったんだけどさ。


相変わらず知秋は俺のタバコ姿が馴染まないのか訝しげだ。

「その顔、なんとかならんのか」

「変なもの見てる気分になんだよ……」

失礼な。
でもまあ、そうか、2人にしたらいきなり吸い始めるし美味いとか言ってるし。そりゃあの一番最初にタバコ吸いたいって言った時慌てる訳だわ。

清々しい朝の一服はリビングの大きな窓を見ながらに限るのでソファに座りだらりと吸う。ダメな大人か優雅な朝かは紙一重かも。

隣に座った知秋は知秋でコーヒー片手に優雅なものだ。
改めて見てみると悔しいほど美形だ。改めて見なくても昔から。
眉毛とか描いてんの?ってくらい綺麗な上がり方してるし、意志の強い黒目も額縁並みに飾られたように綺麗な切長の二重も整いすぎてて怖いほど。俺は目が丸っこいから羨ましいわ。

「あんまり見てると襲うぞ」

「おそ……朝から不穏な発言禁止!」


観察してただけだと言うのに知秋は随分と下ネタがオープンになったものだ。そんなやりとりをしている間にあっという間に一本が終わってしまった。電子タバコの本体を知秋に返すとやっぱり変な顔してる。

「……吸う俺は嫌?」


吸わないメイラの方が良い?とは聞けなかった。


「いや……ばかばか吸ってんなら考えもんだけど、俺が吸ってるタバコをお前が吸うのは案外下半身にク」

「あー!!!朝飯何作ろうかなー!!」

朝からすんごい大声量を出す羽目になるとは……知秋は照れんなよとか笑っているが俺としてはもう本当に今はその事だけは忘れたい気持ちでいっぱいなのだ。


「たく、昔はもっと抱きしめんのも戸惑ってたくらい可愛かったのに」

「そりゃお前のパーソナルスペースが狂ってたからだよ。こっちはお前のせいでこうなってるんだわ」

「だからって、昔はその、乱れたものでは無かったです!」


話してるうちに恥ずかしくなってきてとにかく冷蔵庫を漁ることにした。ああ、なんか耳まで熱いわ。くそう、なんでメイラのせいで俺が恥ずかしがらなければならないのか。

今日も今日とて高級食材が詰め込まれた冷蔵庫だけど俺が作れるのは定番のものばっかで申し訳ない。メニューを開拓したいところだ。

「朝何食いたい?あと、昼も……」

「英羅」

「ん、何?」

いつの間にか知秋までキッチンに来ていて俺の横に足が見えた。冷蔵庫から顔を上げると黒髪をかきあげた男前な男が妖艶に笑っている。

「英羅が食いたい」

「…………は」




耳に残るその言葉のせいでぴたりと固まった俺をギラギラの瞳が見つめている。何か、何か言わなければ、この前までだったら突っ込みくらい出来たはずだろ。

「な、何言って」

俺の心情を知ってか知らずかそれまで熱い視線でじっと見つめていた知秋が吹き出した。

え、失礼だなマジで。

「……くくっ、本当に、可愛いかよ」

「あの、あのなあ!朝から人を揶揄うなよ!」


しまいにはひーひー腹抱えてるし。なんだコイツ、何がしたいんだよまじで。さすがにムカついて知秋の腹をボスボス殴る。


「いてえよ、拗ねんなって。可愛いは褒めてんだろ」

「お前のは馬鹿にしてるように聞こえますがね?」


こんな歳になってこんな辱めを受けるとは。朝ごはんお前の嫌いなナス料理にしてやろうか。
もう知秋は無視してまた冷蔵庫を覗き、朝食らしくシャケでも焼こうかと決めたところでまた知秋が俺を呼ぶ。


「英羅」

「……おい流石にもう騙されな」


俺が振り向く前に知秋が俺の顔を覗き込んで頬に柔らかいものを落とす。しかも手を取られ手の甲にまでキスしてくる。驚愕して固まると満足気な知秋の顔。


「まじで可愛いよ、昔のお前みたいで」


ぺろりと唇を舐める仕草に一気に顔が熱くなった。メイラ、やっぱり俺には無理だ。これがトキメキならまだいい、今はただただ恥ずかしくて死にそうなんだよ。


「着替えてくるわ。朝、卵焼き食いてえ」


何もなかったように欠伸をしながら知秋は部屋へと戻ってしまった。俺は固まったまま絶望していた。

なぜいっその事親友に恋する俺を作らなかったのか、そんな疑問を抱きながら。


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