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異常事態

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「な、なんで……」

「何でって、何が……ああ、予定よりも早く終わったんだよ。それにしても今日は機嫌がいいみたいで良かった。仕事で2人空けるなんて今までなかったけど、朝方帰ってきた時はまだ寝てたから睡眠も取れてるみたいだし」

ペラペラと喋りながら俺はいつのまにか掛け布団から引き剥がされた。
目の前にきた来夏はYシャツとスーツのパンツ姿だ。よく見たらYシャツの襟が二重になっていて上にレースが重なっている凝った作り。こんな服が似合うなんて俺は1人しか知らない。

高校の時よりも遥かに背が伸びて見えるが細身でしなやかなところは変わらない。少し長くなっているが明るいミルクティー色の髪も当時のまま、グレーとブルーのを混ぜたみたいな瞳も相変わらず宝石のように輝いている。

来夏の白い手が俺の頬を滑る。

「どうしたのぼうっとして」


赤い唇がゆっくりと微笑んだ。

この部屋もよく分からない状況も全部吹き飛んだ。嬉しくて、言葉にできなくて、俺は来夏に抱きついていた。来夏だ。あの来夏だ。これが夢でもなんでもいい。この数年の地獄に耐えていた俺の全てが決壊したようなそんな気分だった。


「……え?!」

幸せの塊が目の前で俺に微笑んでいだからだ。


「な、何?!ど、どうしたの?!」

「……っ、うっ……」

「え、え?!泣いてるの?!まさか1人だったから?!ご、ごめんね!!ち、知秋ちあき!!ちょっと!お前もきて!!!」

なぜか嬉しそうな来夏が呼んだ名前にまた俺は固まる。

知秋?
今知秋って言ったか。それはまさかあの知秋なのか。


「なんだよ、うるせー……な」


タオルで頭を拭きながら半裸の男が入ってきた。その低い声を聞けばすぐに分かる。ボロ泣きの俺を見て驚愕の表情をした彼はタオルを落とした。


「……っ、ち、ちあきぃ……?」

「おい、おい……!!来夏テメェ何しやがった!!ああ?!」

知秋がダッシュでこちらに来ると来夏から俺を引き離して抱きしめた。高校の時は背丈変わらなかったのに今では分厚い胸板に俺がすっぽり埋まっている。男らしい彼は想像通りイイ男に成長していた。

黒髪も意志の強くいつでも気丈な黒い瞳も何も変わっていない。綺麗な骨格は相変わらず男前で口もとの右下にあるほくろだけは無かった気がする。


「僕は何もしてない!!突然泣き出したんだ!!」

「だからってこいつがお前のこと抱きしめる訳ねぇだろ?!」

「ハア?!お前みたいなガサツ男より英羅は綺麗な僕の方が好きだけど?!」

「テメェみたいなサイコパスより男前な俺の方がいいに決まってんだろ!!」

激しい言い争いを見ながら俺はまた泣きそうになる。ああ、高校の時もこんな感じだったな。いっつも2人は喧嘩してて俺はそれが面白くてたまらなかった。
見た目は過去の数100倍かっこよくなってるのに中身がそのまんまだ。



「お前ら、何も変わんないのな……あはは!」


嬉しくてむず痒いくらい楽しくてぼろぼろと泣きながら笑ってしまった。青春が戻ってきたみたいだ。
でも何故か笑った俺を見て2人はポカンとして固まってしまった。


「わ、笑った…」

「英羅が、笑ってる……」



たしかにこんなに笑ったのは母さんと父さんが亡くなってから一度も無い。
ずっと耐えて、耐えてきた。2人を見てたら線が切れて肩の力が抜けてしまって、壊れたように笑いが止まらなかった。呼吸も苦しいくらい、お腹が痛くなるくらい俺はしばらく笑い続けたのだ。



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