sweet!!

仔犬

文字の大きさ
上 下
330 / 379
rival!!!

2

しおりを挟む


春の驚いた顔、それでも彼は静かに微笑んだ。

「……君がいつも不機嫌だった理由が今分かったよ」

「だろうな」

春はあり得ないほど自分に向けられる好意に鈍感だった。それなのに他人事には察しが良いのは余計に李恩を逆撫でした。その気遣いで自分以外を構う全てが許せなかったから。

椅子に腰掛けると李恩は足を組む。
隣に座れと手で合図すれば春は大人しく横に座った。こう言うところも昔から変わらない。李恩がどんなにわがままを言っても春は穏やかに笑って頷くのだ。

「まさかだったか?」

「……うん、そうだね。君の事、可愛い弟みたいに思っていたから」

「……可愛いねぇ」

今よりも可愛げは無かったような気がする。
当時はもう春をどう独占するか、そんな事しか考えていなかった。微塵も気付かれないこの想いも、春に近寄る女も男も、全て許せなかった李恩は気が狂いそうなほど焦っていたように感じる。

「なんだかほっとけなかったんだ、君の事」

つまりその焦りだけが伝わっていたのだ。春は李恩に深く踏み込もうとはしなかった。なのに絶対と言って良いほど李恩から離れたりしなかった。その春の存在に救われるのに、同時に優しい瞳に恋愛感情がない事に絶望する日々。

蘇る記憶があまりにもどす黒い。組んだ足先を見れば、磨かれた革靴。麗央が靴を綺麗にしろ、まずはそこからだと、とうるさかったからだ。

また黙り込む李恩にお決まりのように春が話し出す。

「李恩、よく怒ってたもんね。誰とでも仲良くする俺の行動、勘違いさせるから止めろって」

「よく覚えてたな」

なんとか返事はしているがこうして話し出してみたものの、春に望む答えは李恩にはなかった。

単純に自分のものになって欲しい、なんて気持ちは通り過ぎていた。

きっと無理やりに命令でもすれば春は頷くかもしれない。それに意味がない事はもう知っていた。そして、今が望んでいた結果なのかもしれない。


「……あんたをこの前見たよ」

何処となく唯斗に似ている女と一緒に。
偶然だった、街中で手を繋いでいたわけでもなく恋人のように寄り添っていた訳でもない、ただ話しているだけの2人を見たのだ。

それでも、その2人を見た瞬間にやはり自分は春の隣ではないと実感した。
あの目は自分に向けられないのだ。

「良い顔してた」

その言葉に春にしては珍しく視線が彷徨う。目尻の皺が少し深くなるとぎこちなく、照れ臭そうに笑った。


「久しぶりに、好きな人が出来たんだ」


この笑顔が自分のものではない。
ああ、良かった。

何を気にしていたんだろう。俺はいつか、こうなるって知っていたんだ。そして見たかった。

完全に自分に希望は無くなったというのにもうスッキリしている。

「くくっ……あのボケっとした春がな」

「俺そんなにボケっとしてるかな……」


やっぱり変わっていない。おかしくてたまらない、この鈍感な男が好きだった自分も可笑しくて堪らない。


「あーあ、なんかバカみてえ。最初っから土俵に上がってねぇのによ」

「え?」

もう意地も張らず、言葉はすんなりと出てくる。


「春。そいつ、幸せにしてやれ」

この優しい男が幸せそうにしていると、どうでも良くなってしまうのだ。
振り返った笑顔が見れたら、もう何でも良くなった。本当はずっと、ただこの笑顔が見たかっただけなのかもしれない。


「ほら早く荷物持ってくぞ」


いくら鈍い春にも李恩の心情は少なからず読み取れた。自分にはただ話を聞くこと、そしてありのままを伝えることしか無いと。李恩の表情が幾分明るくなったのを確認して春はいつも通り微笑んだ。


「それにしても本当に大きくなったね。前なんかこれくらいだったのに」

確かに李恩は成長が少し遅かったせいで昔は春の方が身長がだいぶ高かった。だが春が言うこれくらいは明らかに1メートルもない。


「園児かよ……」


相変わらず、気の抜ける事ばかり言うところも変わらない。でもこれが彼の良いところでもあると李恩は思わず笑ってしまう。


「あれ?もっと大きかったかな、でも君はそれくらい可愛かったから……さてと、これで良いかな」

やはり春には家族愛のようなものしかなかったのだ。それはそれで今の李恩には心地良い。
車から荷物を持った春が戻ろうと背中を向けると李恩はふと声をかけた。

「つーか春。お前が好きな女、唯斗に似てねぇか?」

春はん?と首をかしげると上を向いた。おそらく上にいる唯斗を思い描いているのだろう。

いつも通りの気の抜ける笑顔から、李恩にとってはとんでもない言葉が飛び出した。



「そりゃあ、お母さんだからね」

「……はあ?!」





恋の戦に負けた事よりも息子の誘拐犯としては1番会いたくない相手だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に

川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。 もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。 ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。 なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。 リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。 主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。 主な登場人物 ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。 トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。 メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。 カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。 アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。 イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。 パメラ……同。営業アシスタント。 レイチェル・ハリー……同。審査部次長。 エディ・ミケルソン……同。株式部COO。 ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。 ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。 トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。 アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。 マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。 マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。 グレン・スチュアート……マークの息子。

代わりはいると言われた私は出て行くと、代わりはいなかったようです

天宮有
恋愛
調合魔法を扱う私エミリーのポーションは有名で、アシェル王子との婚約が決まるほどだった。 その後、聖女キアラを婚約者にしたかったアシェルは、私に「代わりはいる」と婚約破棄を言い渡す。 元婚約者と家族が嫌になった私は、家を出ることを決意する。 代わりはいるのなら問題ないと考えていたけど、代わりはいなかったようです。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...