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しおりを挟む榊李恩は相変わらず全身真っ黒で、あの蛇のような目だけが笑っている。ぎょっとした俺が立ち上がろうとするがお腹に回った手が邪魔をした。
「だから大人しく、だよ優」
「でも」
そんな微笑まれても俺が猫ならシャーシャー威嚇したっておかしくない相手なのは分かっているはず。しかもその隣で見たこともないくらい目をキラキラさせた麗央さんが立っていた。
「何であの2人が……?」
唯が驚いて思わず人差し指を向けてしまうも秋が無意識にその指を掴んだ。ナイスプレーに誰も反応する事もなく、麗央さんが興奮気味にそれでも気持ちを抑えたように顔を綻ばせた。
「は、初めまして、俺は当麻麗央です。まさか、呼んでいただけるなんて……!」
赤羽さんがこうして連れてきたのだから呼んだのは分かるが、呼ばれたからと言って榊李恩までのこのこ来る事が信じられない。見上げれば暮刃先輩がいつも通りの優雅な微笑みを見せる。
「彼はね、うちのお得意様なんだって」
その間も麗央さんはずっと一点だけを集中的に見つめていた。それはもう、熱い視線で、陶酔し無我夢中な。その先にはもちろん氷怜先輩がいるが先輩にしてみればあれくらいの視線日常なのだろう。嫌っていた唯が隣に居るのに見えていないほどの愛でも無反応だ。
暮刃先輩は俺を抱き直し横に向けていた身体を真正面に戻す、ようやくまともな体制で対面ができる。と言っても足の間に座っているから間抜けさは変わらないかな。
「そしてね、榊の雇い主なんだよ」
何となく、撮影の時に一緒にいたし麗央さんの命令を聞くような雰囲気があったから雇い主と言うワードに違和感は無い。
瑠衣先輩はようやく笑いが収まり、ことの次第を意味ありげな笑みのまま見つめていた。今まで黙っていた口を開いた氷怜先輩が足を組む。
「……麗央、だったな。懇意にしてもらっているところ悪いが、お前の連れが俺たちといざこざを起こしてたってのはもう聞いたな」
少し新鮮だと思った事は氷怜先輩の態度が麗央さんに対して完全に線を引いている事だ。表情も動かさなければ感情も出さず、俺たちがいる場面では珍しい。
でも理由はよく分かる。
「名前、呼んでもらえた……」
麗央さんに1番近かった俺にはその小さな言葉が聞こえた。もう少しで泣いてしまいそうなほど嬉しそうに。ハートとか星とか、とにかくそんなキラキラが目の周りに飛び交って、恋する乙女を体現したらまさにこれだ。
だから態度を変えない事が麗央さんへの気持ちを下手に触らない策なのだろう。
「だけど、別に通うなとは言ってねぇ。主人のお前が躾出来るなら問題なくここに通えるんだ」
「もちろん、言い聞かせます」
氷怜先輩の言葉に頷き両手を胸の前でギュッと握った麗央さん。そして恋する乙女モードから一転、榊李恩をキッと睨むと強めの口調が飛び出した。
「ねえ、もう二度と天音蛇さんのモノに余計なことしないで。李恩、これは命令」
俺はコーラを飲みながら苦笑い。
そんな簡単にやめろと言われてやめたら今までの苦労はなんだったんだろう。大人しく頷く筈がないと思っていたら榊李恩と目があった。
「はいはい、お姫さま」
しかも、鼻で笑った。
「いや、ちょっとこの人本当に性格悪いんですけど」
俺が暮刃先輩に訴えると体が揺れる。なんだと思ったら暮刃先輩が笑いを堪えたせいで起きた震えだ。笑うところじゃ無いんですけど。
「ハイは一回でいいから」
「それは失礼」
麗央さんと榊李恩のやり取りにもう頭が痛くなってきてもう一度冷たいコーラを流し込む。
掌を返したように麗央さんにむかって榊李恩がわざとらしく頭を下げたけど、なんならこっちに下げてもらいたいくらい。いまだ笑ってくれちゃう暮刃先輩の頬をつねって更に訴える。
「いくら雇い主を介してこの場で約束させても、あんだけ性格歪んでる人の言葉信じるんですか」
口の悪さは承知の上で不満と不安は全て伝えておく。なのに、結構真剣に話している俺に暮刃先輩は気の抜けることを言う。
「へえ、彼にはずいぶん素直になったね。妬けるなぁ」
「何言ってるんですか、あの人にはそれだけの対価を支払ったつもりです」
「優たん……!!」
笑い出してしまった瑠衣先輩をどうどうと落ち着かせる秋。みかねた唯が手をあげると俺を見る。
「えーと、あ、ほら、優は榊さんの掴みどころがない感じが余計に不安なんでしょう?」
そこを教えて?と微笑まれ、こういう気遣いに関しては唯は流石だ。でも話の流れに唯ですら苦笑い。
そうか、思えば先輩たちってそこまで榊李恩への嫌悪がなかったんだ。連れ去られたあの時も俺たちが珍しい反応するから結果喜んでた。
「何となく……俺への興味が本当は無さそうだし、かき乱すのは本当に欲しいものが手に入らないから適当な人間で欲を見たそうとしてる感じがして。だからと言って簡単に物事を諦めるような性格じゃなさそうだし。そんな人の言葉を俺は信じない」
「いうねぇ。でもその勘のいい所とあんたの見た目がタイプなのは本当だけどな」
榊は自分のことだと言うのに相変わらず小馬鹿にする態度。がまん、がまんがまん。
しかも俺が耐えているのが面白かったのか暮刃先輩がまた笑った。あれだけ嫉妬してた人が俺が腕の中にいるからってずいぶん余裕な事で。
「暮刃先輩……」
「怒らない怒らない」
不機嫌丸出しでも今の暮刃先輩には効かないらしい。本気でつねってやろうかと思ったら突然瞳が鋭いものに変わる。
「優にキスしたことは腕折って欲しいって俺も思ってるから」
あ、いえ、俺はそこまで思っては無いです。
でもそんなこと言うこの人が大丈夫だと思うからには理由があるらしい。
だけど意外なところからフォローが来た。氷怜先輩にしか向かなかったお人形のような瞳が初めて俺に向いたのだ。
「まあ、あんたの言い分はもっともかな。それに的を得てるよ、コイツの性悪は俺も知ってるつもりだから安心してよ。それに俺は絶対に約束は守るし守らせる」
至極真面目な回答だった。その瞳に嘘がなければ迷いもない。撮影の時もそうだったけど、自分の意思がはっきりしているタイプだ。
やっぱり嫌いになれそうにはないなと思ったところで、とんでもない話しが最後に来た。
「だいたいコイツは初恋を拗らせすぎなの」
いま、何て?
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