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仔犬

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限界なのは本人達よりも周りだった。
珍しく唯斗達が顔を出さないな、と感じるのまでの時間はチームメンバーにはそう掛からなかった。明らかに楽しげな赤羽と榊李恩の動向に、不機嫌そうな暮刃の様子。瑠衣と氷怜はそこまでのダメージは受けていないが事あるごとに暮刃をいじるせいでその苛立ちはこちらにくる。

もちろん育ちも良くベースが品行方正な暮刃が直接そんな苛立ちを見せる訳ではないが、綺麗な顔立ちの笑顔は明らかに何かを含んでいる。威圧感のある微笑に手が震え、幾人かが手渡すグラスを割った。それを咎める事はせず暮刃が割れたグラスを見つめる目が、どろりと何かを含み曇った。

ような気がする。
と言う報告に赤羽は微笑み、柚は腹の底から笑っていた。

「俺たちの神経では笑えねぇよ……」

紫苑は二人のネジの外れた感性にため息をつく。
あれを見て笑えるなんて幸せ者だ。

2階の吹き抜け、階段横のカーテンで仕切られたシート席に氷怜と、その隣に瑠衣。そして真横の1人用ソファに暮刃。
暮刃がタバコを取り出したので後ろで控えていた紫苑が火をつける。
その隙に横目でテーブルを見た紫苑は灰皿をそろそろ交換しようと頭に入れた。

あの3人が居なければタバコもお酒も増える。
もちろんそれは元に戻ったと言うだけだが、会話も近寄り難さも極端に変動していた。瑠衣と氷怜が暮刃をいじるのは面白がっているだけではない。自分達まで巻き添えを喰らった上、ここ連日の予定は会食から始まり、撮影、このパーティー。そのストレスをお互いにぶつけている。

唯斗達はいつもならバイト帰りに顔を出すかシェアハウスで待っているかのどちらかだ。いつでも疲れを見せない彼らはやはり尊敬するものがあるし、それだけで癒される。

今日も来ませんね。
なんて、そんな事に口を挟めるはずもなく。
紫苑はそのほかの出来うるすべてのもてなしをしている。料理の運びから身の回りの仲介役、本来なら赤羽がやっているが、その赤羽は面白がって余計に茶々を入れる気配があり紫苑は任せていられないと世話役を買って出たのだ。

だからこそ余計に神経のすり減る音が1番近くで聞こえていた。目に見えるものと言えば、食事であれば瑠衣はホールケーキが宇宙空間に消えているのかと思うほど消費が激しい。しかし食べるならまだしも、氷怜と暮刃は酒とタバコに食欲が移っている。

実のところ紫苑もそれは否めない。
紫苑にして見れば元々食に対して執着が少ないが、唯斗達に付き合う事で無意識に食べていたのだ。
散々賑やかなディナーが多い日々にいきなりその中心役が消え機会を逃し、そうなれば忘れてしまう。

「飯、ちゃんと食って下さいよ」

「食べてるよ」

自分の事は棚に置き紫苑が注意する。
答えた暮刃は微笑んでいるが、彼が食事をする姿を今日見た覚えはない。テーブルに乗せられた料理は綺麗なままだ。

「……まあ、今日は特に疲れますからね」

2階からフロアを見渡すと今日も盛り上がりを見せるこのクラブ。ミラーボールと身体を突くような音楽に客は嫌な事を全て忘れて踊っているように見えた。
DJブースの後ろにはいつも黒の壁があるだけだが、今日はそこにプロジェクトマッピングで様々な模様を描かせている。そして時折り現れるreception partyの文字。

「途切れませんね人が」

「そりゃ飽きないようにしてるからな」


ようやく経営関係者や支援者の重役とは挨拶が終わり一息ついたこの時間。それでもここに座る限りは何かしらのサービスをする事になる。触れそうで触れられない演出を保つために。

視線に気付いた客の1人がこちらを指差す。話したことは無いが憧れや恋情のような視線に氷怜は少しだけ目を細めた。隣で代わりに瑠衣が大きくフォークを振る。

「ちょっと、オレケーキ食べてんのに。ひーがファンサしてよ」

「お前はフォーク振ってるだけで笑いもしてねぇ」

「喜んでるからナンデモよくない?」

たしかに瑠衣がフォークを振り回しただけで満足どころか嬉しそうに騒ぎ出す。別に過度なサービスなど必要なかった。それを見ながらメディアに載る事はこう言う客を増やすのだと紫苑はひしひしと感じていた。

「あんな風に顔出しするなんて驚きです。せめてこれが終わってからにすれば良かったのに」

「ここにくる奴らは大抵俺らの事を認知してるし、入場規制掛かれば常連がほとんどだろ」

「まあそうですが、当分は普段でも人が来ますよ。それも新規で、あなた達のお顔しか知らないようなミーハー人間がわんさかと」

「お前らにだって流れる」

紫苑や他の幹部のことを言っているらしいが、とんだ過大評価だと紫苑はため息をつきたくなる。自分達に魅入られる人間ももちろん増えるだろうが、格が違う。
どれほど憧れた人間の下に付いているのか、その貴方達がどれほど尊い存在なのか、もっと自覚してほしいところだ。


「……どちらにせよ」


なんだか寂しいですねと言いかけた自分を殴りたくなった。危ねぇ、そんな事言ったら瑠衣さんのフォークでも飛んできそうだ。

その時、客の一部に変化があった。氷怜達に向けられるものとはまた違った色めき方に自然と目が行く。


やっと来た。
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