sweet!!

仔犬

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hello!

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「あれ、椎名さんだ」

「はあい。遊びに来ちゃった」


母さんがカウンター席で出勤した秋と優に手を振った。ほかのバイトメンバーともすでに溶け混み始めている椎名はさすがだ。ティーカップ片手におれの接客態度調査までし始めた。

「ふむふむ、頑張っているようだね」

「唯斗さんいるといないではお客さんの反応違いますからね~」


新人バイト君が母さんに教えてくれている。秋はすぐにキッチンに入って行き、優がカウンター越しにフロアの春さんを見ながら母さんに話しかけた。


「春さんとはもう話しました?」

「少しだけど挨拶を……めちゃくちゃカッコいい!」

それはもちろん賛同なので全員で親指を立てる。

それからはさらにお店が混んで椎名ともあんまり話せず、ひたすらオーダーであっち行ったりこっち行ったり。今日は親子連れも多くて小さい子用に高めの椅子を持って走り、女の人にはブランケットを必ず聞いていく。
遠くから満席のカウンターで椎名と春さんが話してるのが見えた。椎名の事だからたぶん遠慮のない素っ頓狂な話で盛り上がるはずだ。
思えばそんな母さんを父さんはいつも愛おしいそうに見守っていて、うんうんと楽しそうに話しを聞くのだ。
おれは同じノリで話しちゃうけど春さんみたいに聞いてくれる人がいると母さん嬉しいんじゃないかなあと思っていた。

ミルクティーセットを運ぶとカウンターを同じく見ていたチエちゃんが母さんの存在に気づいたようだ。

「カウンターの人唯斗くんに似てない?」

「母さんだからね!」

「え!そっくり、しかも若いね」


母さんの若さの秘訣にはおれの美容効果もあると思うのだが、教えたくてむずむずしながらも今それをいきなり言うのはダメなのでおとなしく飲み込む。
ポットから紅茶を注いであげればすぐにその香りに注意がそれたのかチエちゃんが笑った。

「今日もいい香り」

「お待たせしました。チエちゃん、ごゆっくり」



ありがとうと笑ってもらえてみんなを幸せにするこの空間。今日もおれはそれを見ると癒されてしまうのだ。



「ゆーいー」


不意に名前を呼ばれてカウンターに行けば椎名が荷物を持って立ち上がった。

「息子の勇姿も観れたしママは帰りますよ~」

「あんまり話せなくてごめんね椎名」

「ママでしょ」

ウィンクを決めてレジで優がお会計をした。白のレザーバックから取り出したピンクのお財布はおれがバイト代で初めてプレゼントしたやつだ。超喜んでくれたし、こうして使ってくれてるの嬉しいよね。

優が椎名の手を取りサービスの飴を渡した。

「またのご来店お待ちしております」

「優くんもありがとうね」

ひらひらと手を振る母さんに春さんが駆け寄る。珍しく少し緊張したような雰囲気におれは不思議に感じた。

「椎名さんお話とても楽しかったです。またいらして下さい」

「紅茶もとっても美味しかったわ。次はお仕事帰りでも寄っちゃおうかしら」

悪戯に笑った母さんに春さんがぜひと微笑む。なんだか仲良くなったようでおれも嬉しい。

お見送りのために先にドアを開けると、お客様がいたことに気づき身体をドアから退けて頭を下げた。
下に向いていた視線の先に見覚えのある靴。外からの風に乗って甘い匂い。この香水にも覚えがある。


ゆっくりと視線を上げたおれにその人は綺麗に口の端をあげる。


「氷怜先輩……」

「いらっしゃいませじゃないのか?」


喉で笑われたところでようやくハッとする。後ろにいた母さんがきょとんとして氷怜先輩を見つめていた。秋と優だけがのんびりと挨拶をする。


「氷怜先輩、いらっしゃいませ~」

「おう」

「久し振りだね。氷怜くん」

「お久しぶりです」


頭を下げた氷怜先輩に春さんがふわりと笑う。
椎名だけが未だ驚きの顔だ。
それにしても……。


「このタイミングって……」


まさかこんなところで対面してしまうとは、とりあえず出入り口に立っていては邪魔になるので母さんと氷怜先輩の腕を掴んで外に行く。

「唯斗?」

掴まれた先輩が首をかしげるもおれの視線は春さんに向けていた。


「春さん、一瞬だけ話しててもいいですか?」

「ん?良いよ」


お優しい春さんは忙しいのに許してくれた。少しだけ、とりあえず紹介するだけなので!と心の中で土下座をして春さんに頭を下げる。

その横で秋と優がニヤニヤしながら見てきたとしても気にすることはない。



ドアを閉めて店の裏に入る。目立たないし話すにはもってこいの場所で氷怜先輩を食い入るように見つめる椎名。

どちらから紹介するか迷ったが氷怜先輩に手を向けた。

「えーと……こちら2個上で同じ高校の有名人だから知ってると思うけど、獅之宮氷怜しのみやひさと先輩」

「知ってるわよ!!」

そう、知ってるはずだ。色んな面が若い椎名が知らないはずもない、それほど有名なお方なのだから。

キャーキャーと騒ぐ椎名を氷怜先輩に紹介しようとすれば、氷怜先輩が綺麗に頭を下げた。


「初めまして。息子さんにはお世話になっております」


あの、氷怜先輩が、頭を下げている。
しかも母さんとは伝えていないのにすぐにわかったようだった。


「せ、先輩そんな」

驚いておれは椎名の顔を見てしまった。
それでも母さんは落ち着きを取り戻しふんわりと笑う。


「初めまして。高瀬椎名、唯斗の母です。こちらこそ息子をいつもありがとう」


母さんには全てお見通しのようだった。
氷怜先輩が顔を上げると、悪戯な笑顔になってその腕を取った。流石の氷怜先輩も少し驚いたのかおれを見る。それでも母さんは自分の行動を貫きおれに指を立てた。


「唯斗はバイトに戻る!」

「へ」

「そして氷怜くん、良かったらお茶でもどう?」

ナンパか!?
あろうことか母さんがおれの彼氏を?!
そんなわけがないのは分かっているのだが、話の流れにはついていけない。しかもおれ抜きで良いんだろうか。

「いやいやいや、お茶って」

「だってせっかく会ったし親睦を深めようかと。息子のダーリンと」

「……喜んで」

「え、先輩、え、え?」


笑みを深めて氷怜先輩が頷く。
置いてきぼりはおれだけ?


「ではバイトに励むように!」


アデュー!と信じられない陽気さで母親と彼氏が消えていく。
木枯らし吹き荒ぶ休日の昼時、おれの声が小さく響いた。




「さすがだぜ、椎名……」




母は強しとはこのことか。



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