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第七章
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リミントン夫妻はここに来て十年くらいだそうだ。近所の人たちは…と言ってもかなり離れた場所にある…結界の守り人だとは知らない。
二、三十年ごとに家主が変わるので付き合いも薄くなる。それでも、各地の花や、野菜を持って行ったりすると珍しがって喜ばれるとセアラは言う。
ここは魔法で管理されていて、赴任してきた時からこのような、花に囲まれた家だったのだそうだ。セアラとも挨拶を交わしお茶を楽しむ。
「これ、シンクレア隊長のと同じ味。美味しい」
「ライナスに教えたのはわたしだよ」
バートが自慢げに言うのにセアラはちょっと待ってと会話を遮った。
「これはわたしがあなたに教えたのよ?ライナスに教えたのもわたしじゃない」
仲良さげな夫婦は見ていて心が和む。精霊の森が見えてきて緊張していた心は、少し落ち着きを取り戻した。
「隊長のクッキーは美味しいよな」
ダレルはジョナスの部屋に遊びに行くといつもたくさん食べている。
「リミントンさんはジョナスに仕えていたんですか?」
イーノックがジョナスと呼ぶのに少しびっくりしたバートがジョナスを見る。穏やかに頷くのを見て納得したのかイーノックの質問に答えた。
「そうです。副隊長を務めていました」
「隊長だろ?」
「先代の…ですよ。ジョナス殿下には副隊長として、です」
「いやいや、しばらくはバートが隊長みたいなもんだったろう?俺は幼かったから知らないけど、なんか愚痴ってたの覚えてる」
「そうですか?いや…懐かしいな。みんなは元気にしてますか?」
守り人はここを離れることができないため、余程のことがない限り王都には戻れない。セアラはたまに食材の調達や里帰りのために戻っているそうだ。移転魔法で一瞬で戻れるのに、それでもここを離れることはできない。それほど重要な場所なら軍を配置すれば良いのに。
「それはできないんですよ。重要であればあるほど、ここが入り口だとは知られちゃいけない。悪さをしようとするんじゃないけど、精霊を捕まえたいと思う奴はいつの時代もいるもので。でも、この森に入ったらそれこそ帰ってこれなくなる。ここは入ったら最後、出られない森なんです」
「どう言うことですか?帰ってこられない?」
アシュリーが僕を抱き寄せ心配げな顔をする。は、恥ずかしいから。この三人と五匹の使い魔にはもう恥ずかしさは薄れたけれど、バートとセアラはびっくりするんじゃない?
ちらりと二人を見ると、バートは表情を変えず話し始めるし、セアラはにっこりと微笑んだ。
「この森の中は移転魔法が使えないんです。みなさんはそれぞれ使い魔が付いているから戻ってこられなくなることなんてないですから、心配しないでください」
アシュリーが何をこんなに慌てているのかバートが知る由もない。よっぽど気の弱い勇者だと思ったかもしれない。
『アシュ、ごめんね』
『俺の方こそごめん。ジュリの魔力は落ち着いてるのに…。帰れないとか…、敏感になって』
『ううん、ありがとう。降りるね』
今僕はアシュリーの膝の上だ。
『せっかく、膝に座ったのに…もう少しこのままで』
アシュリーの言葉には逆らえない。
「まあ、結界が張られているから入れないし、この向こうが北の神の土地であることは地元の人なら知っている。万が一結界をすり抜けることができても、それこそ使い魔を使役してないと渡れない程の深い谷がある。その谷の向こうが精霊の森さ。それに、森の入り口はこの一帯に張られている結界のどこを通っても良いってもんじゃない。ある一箇所なんだ」
「バートは入ったことがあるのですか?」
イーノックの言葉に両手を前で振って慌てている。
「ないですよ。入ってたら、ここにはいませんよ。これは、代々守り人になった時に聞く話です。それと、日誌と言いますか、日記と言いますか、守り人が何かあった時に書き記すノートがあるのですが百年前の物もありますよ。ここに来た時はよく読んでたな。見ますか?」
二、三十年ごとに家主が変わるので付き合いも薄くなる。それでも、各地の花や、野菜を持って行ったりすると珍しがって喜ばれるとセアラは言う。
ここは魔法で管理されていて、赴任してきた時からこのような、花に囲まれた家だったのだそうだ。セアラとも挨拶を交わしお茶を楽しむ。
「これ、シンクレア隊長のと同じ味。美味しい」
「ライナスに教えたのはわたしだよ」
バートが自慢げに言うのにセアラはちょっと待ってと会話を遮った。
「これはわたしがあなたに教えたのよ?ライナスに教えたのもわたしじゃない」
仲良さげな夫婦は見ていて心が和む。精霊の森が見えてきて緊張していた心は、少し落ち着きを取り戻した。
「隊長のクッキーは美味しいよな」
ダレルはジョナスの部屋に遊びに行くといつもたくさん食べている。
「リミントンさんはジョナスに仕えていたんですか?」
イーノックがジョナスと呼ぶのに少しびっくりしたバートがジョナスを見る。穏やかに頷くのを見て納得したのかイーノックの質問に答えた。
「そうです。副隊長を務めていました」
「隊長だろ?」
「先代の…ですよ。ジョナス殿下には副隊長として、です」
「いやいや、しばらくはバートが隊長みたいなもんだったろう?俺は幼かったから知らないけど、なんか愚痴ってたの覚えてる」
「そうですか?いや…懐かしいな。みんなは元気にしてますか?」
守り人はここを離れることができないため、余程のことがない限り王都には戻れない。セアラはたまに食材の調達や里帰りのために戻っているそうだ。移転魔法で一瞬で戻れるのに、それでもここを離れることはできない。それほど重要な場所なら軍を配置すれば良いのに。
「それはできないんですよ。重要であればあるほど、ここが入り口だとは知られちゃいけない。悪さをしようとするんじゃないけど、精霊を捕まえたいと思う奴はいつの時代もいるもので。でも、この森に入ったらそれこそ帰ってこれなくなる。ここは入ったら最後、出られない森なんです」
「どう言うことですか?帰ってこられない?」
アシュリーが僕を抱き寄せ心配げな顔をする。は、恥ずかしいから。この三人と五匹の使い魔にはもう恥ずかしさは薄れたけれど、バートとセアラはびっくりするんじゃない?
ちらりと二人を見ると、バートは表情を変えず話し始めるし、セアラはにっこりと微笑んだ。
「この森の中は移転魔法が使えないんです。みなさんはそれぞれ使い魔が付いているから戻ってこられなくなることなんてないですから、心配しないでください」
アシュリーが何をこんなに慌てているのかバートが知る由もない。よっぽど気の弱い勇者だと思ったかもしれない。
『アシュ、ごめんね』
『俺の方こそごめん。ジュリの魔力は落ち着いてるのに…。帰れないとか…、敏感になって』
『ううん、ありがとう。降りるね』
今僕はアシュリーの膝の上だ。
『せっかく、膝に座ったのに…もう少しこのままで』
アシュリーの言葉には逆らえない。
「まあ、結界が張られているから入れないし、この向こうが北の神の土地であることは地元の人なら知っている。万が一結界をすり抜けることができても、それこそ使い魔を使役してないと渡れない程の深い谷がある。その谷の向こうが精霊の森さ。それに、森の入り口はこの一帯に張られている結界のどこを通っても良いってもんじゃない。ある一箇所なんだ」
「バートは入ったことがあるのですか?」
イーノックの言葉に両手を前で振って慌てている。
「ないですよ。入ってたら、ここにはいませんよ。これは、代々守り人になった時に聞く話です。それと、日誌と言いますか、日記と言いますか、守り人が何かあった時に書き記すノートがあるのですが百年前の物もありますよ。ここに来た時はよく読んでたな。見ますか?」
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