天使のローブ

茉莉花 香乃

文字の大きさ
上 下
85 / 173
第五章

22

しおりを挟む
ジョナス殿下は兄君である王太子殿下の下で国務を手伝いながら、アレースとしての仕事もこなしてらっしゃるそうだ。

面会は以前訪れた場所ではなく、執務室。訪問の許可は下りていて、扉を護る近衛兵は僕たちが近寄ると両脇に離れ礼を執る。

肩にはアレースの色である漆黒の両側に深緑のラインが入った人と、白のラインが入った人が立っている。

ジョナス殿下に仕える隊長と、今年入ったばかりの新人と言うことかな。ちらっと顔を見るとクラレンス兄上と同い年で、学園で何度か見かけたことがある人だった。驚いた顔をしながらも、何も言わず扉を開けてくれた。

「やあ、よく来たね」

前回の私室には扉の外には誰も居なかった。もともと、アレースを護る必要はないとは思うけれど…。

「仕方ないさ…、それが彼らの仕事なんだから。ほら、あんな間抜けに連れ去られるドジは踏まないけど、何かあってからじゃ遅いだろ?用心に越したことはない」

ウインクしながら、嫌味を言われてしまった。流石殿下の執務室だ。執務室と言っても広い部屋で、豪華なソファーやテーブルに圧倒されてしまう。どんな賓客でもこの部屋でもてなしができそうだ。

先ほどの隊長さんがお茶を淹れてくれた。

「あの…」
「ああ、殿下の身の回りはわたくしたちの仕事です。特にこの執務室には、女の影はない。あいつはまだ、上手に淹れられないんだよ」

先ほどの新人さんのことだろう。
なるほど、お茶は香り高く、クッキーもサクサクで美味しい。

「これも隊長さんが?」

筋骨隆々の隊長さんは料理には、ましてやお菓子なんて似合わない。

「そうです。なかなかでしょう?」
「こらこら、俺に会いに来てくれたんだ。もういい、席を外せ」
「畏まりました」

そう言えば…この隊長さんは見たことがある。その時の肩には漆黒の外側に今とは違う色があったと思う。確か、濃紺…だった。遠目に見ると色に違いがないからか、漆黒と濃紺の間に白が入り、珍しいからよく覚えていた。あれは僕が五歳くらいの時だった。まだドレスを着ていて、父上に王宮に連れられて来たことがあった。その時に殿下と一緒のところを見かけたんだ。

「突然どうしたんだ?」
「いいでしょう?理由なんてなくても」

殿下はアシュリーの返事に驚いた顔で、カップを持つ手を宙に浮かしたまま固まって…、「ああ、構わない…」とボソッと呟かれた。

そして、嬉しそうな笑顔……。

驚いた。こんな顔は初めて見た。こんなに屈託無く笑うことができるのか。
先ほどの隊長さんは席を外せと言われながら僕たちのことも知っているのか、殿下の後ろに控えていた。それを怒る様子もない。

隊長さんは殿下の寛いだ様子にうっすら涙を浮かべ鼻をすする。

「ライナス、鬱陶うっとおしいぞ!」
「はい!申し訳ありません」

怒りながらもどこか嬉しそうで、二人の関係は主従ってだけではなく、兄弟か親子のような深いつながりがあるのだろう。

「なんか、バーンズ先生に無理なお願いしてるんだって?」
「ご存じなのですか?」
「ああ、お前たちのことは報告が届くからな。まあ、移転魔法は是非、早い段階で習っておいて欲しかったからちょうど良かったんだけど」
「旅の役に立つってことですか?」
「そりゃそうさ。使い魔は移転魔法は使えない。疲れ知らずでいつまでも、どこまでも走ってくれるけど、上に乗ってる俺たちは疲れるだろ?不眠不休なんて無理だしな」

それから、何杯かお茶のお代わりをライナス・シンクレア隊長に淹れてもらい、美味しいクッキーをたくさん頂いた。
今の学園の様子、特に今、六年生と競争のようにしている手紙移転の話で盛り上がった。自分の時はどうだったとか、クラレンス兄上が失敗した話はいつも完璧な兄上の意外な一面に興味深かった。

ケントとガイの話は意外だったらしく「テニエル家の…へぇ…」とケントに手紙を渡した友だちの名前を次々に挙げていく殿下に、僕とアシュリーは驚いた。
ケントって本当にモテたんだな…。ガイがやきもきするのもわからないでもないな…ボソッとアシュリーが呟いた。僕に手紙が届いていた時、アシュリーは辛そうだったものね…。申し訳ないです…。

いっぱい食べたのに、隊長さんは帰りにクッキーのお土産まで持たせてくれた。

「また、来いよ」
「はい」

殿下に扉の外まで見送られて、驚く新人さんの前の通り、執務室を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

<番外編>政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
< 嫁ぎ先の王国を崩壊させたヒロインと仲間たちの始まりとその後の物語 > 前作のヒロイン、レベッカは大暴れして嫁ぎ先の国を崩壊させた後、結婚相手のクズ皇子に別れを告げた。そして生き別れとなった母を探す為の旅に出ることを決意する。そんな彼女のお供をするのが侍女でドラゴンのミラージュ。皇子でありながら国を捨ててレベッカたちについてきたサミュエル皇子。これはそんな3人の始まりと、その後の物語―。

処理中です...