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始まりの、バレンタイン

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板チョコ一枚握りしめて校門の横に立つ。

板チョコは綺麗な包装紙でラッピングされてリボンまでかかってる。

俺の隣には小学校からの腐れ縁の智子が震えてる。一週間前にお願いがあるのと顔の前で拝むように両手を合わせ頼まれた。


『隣のクラスの神部かんべくんにチョコ渡す時、一緒に来て』


普通、バレンタインのチョコを渡す時って一人か、せめて女友だちだろ?男を横に置いて告白って変なヤツ。智子の中で、俺は男ではないようだ。普通に恋愛相談してくるし、たわい無いことをしゃべり続ける。

その中で神部の話は度々出てくる。一緒に部活を見に行ったこともある。当然男は俺だけで、嫌だと言うのに無理やり連れ回される。

一緒の中学のヤツはまたかと笑ってるけど、俺と智子の関係を知らなかったら付き合ってるのかと誤解してるみたいだ。

その日のうちにチョコを買いにいくからと手を引っ張られた。俺はその時板チョコを買った。おそらく自分でチョコケーキとか、トリュフなどを作るために置いてある板チョコ。

「それ、どうするの?」
「ん?俺も渡す」
「へっ?」
「だって、おかしいだろ?チョコ渡す時に男が付いてくの。だから、俺も渡す」
「ははっ、何それ?」

だってそれは智子が悪い。俺の好きな神部にチョコを、それも目の前で渡すなんて言い出すから。そんなの平常心で見てられるか。でも、いかにも本命ですってチョコはシャレにならないし、友チョコってのも微妙。ならこれかなって思ったんだ、板チョコくん。

売り場のお姉さんに頼めなかったラッピングを智子に頼んだ。俺の気持ちを知らない智子は、ノリノリでどんな高級チョコが入ってるのかと思うほど綺麗に仕上げてくれた。

呼び出しは俺の役目。
当然一緒に来ての中にはオプションが付いている。チョコの買い物に付き合うのと神部の呼び出し。

バレンタインに男に呼び出されるとか初めての経験じゃないかな?

部活が終わるまで待って、約束の時間が迫る。

「どうしよう。どうしよう。わたし男の子とあまりしゃべったことない…」

俺も一応男だけど。そんなセリフは智子には届かないだろう。

「ごめん、待った?」

来た!
智子が震える両腕を前に突き出す。

「あの…、あの…わたし…好きです。これ、もらってくれませんか?」

神部は唖然と俺を見る。

俺と神部は友だちでもなんでもない。ただ、俺が好きってだけで、俺の名前も知らないだろう。その名前も知らない男にバレンタイン当日に呼び出されて来てくれるだけでもありがたいと思いなさい、智子さん。

「悪い。俺はこいつに頼まれてさ。これは、俺から…じゃあ」

神部の返事なんか聞きたくない。呆気にとられて俺からの板チョコを受け取った。

「待って、アキ」
「智子、俺はここまで」

袖をギュと掴み離さない。

「後は自分で頑張れ」
晃典あきのり…」

自転車に乗り、涙を堪え家まで帰った。電車通学じゃなくて良かった。暗くなった道は涙を隠してくれる。それでも街灯や店の灯りがあるので目に溜めた涙を流すことはできない。

まあ、良いじゃないか。
チョコ渡せたから。

呼び出しとか自分のためなんてできないけど、智子のためって自分に言い聞かせてバレンタインの擬似体験ができた。

玄関を開けるとちょうどポケットが震えてる。声が震えないか気をつける。

「どした?」
『チョコは受け取ってくれたけど、ごめんって…。アキ、ありがと。わたし一人じゃ渡せなかった。次は晃典の番だよ?頑張れ』
「何、言ってるの?」
『アキの気持ちは知ってる。神部くんにはアキのチョコももらってあげてって言っといた。駅の東口出て直ぐのパン屋さんのとこで待ってるって』
「えっ?な、なんで?」
『だから、バレンタインの返事。神部くんからの』

それだけ言ってプツリと切れた。

嘘だろ?
律儀な男なんだな。気持ちは本命でもそんなの言えるわけない。男からチョコをもらって気持ち悪!ってなるだろう?普通。

待ってるなら申し訳ないのでとりあえず駅に向かう。

涙は引っ込み疑問が頭を駆け巡る。智子は俺の気持ちを知ってたのか?なら、どうして渡す時に一緒にって言ったのか?ああ、わたしは女だから堂々と渡せる。でも、アキは無理でしょ…って感じ?でも、今の智子の言葉は違った。

女と友だちなんて無理なんだ。でも、俺は男の友だちの方が無理。一緒に過ごす時間が長くなればゲイの俺は好きになってしまうかもしれない。でも、智子とももうそろそろ友だちは無理なのかな?約十年の付き合いだ。喧嘩もしたけど一ヶ月もするとなんとなく仲直りしてる。

好みが同じなのだろう、一緒の男を好きになるのは今回が初めてじゃない。その度に勿論だが俺が我慢だ。でも、それを辛いとは思わなかった。そりゃ、泣くけど仕方ない。


「ごめん。智子が変なこと頼んだんだね。それ板チョコ。豪華なのはラッピングだけだから、気にしないで。義理…友チョコだと思ってよ」

なんとかそれだけ言って踵を返し離れる。

「待って」
「えっ?」
「ちょっと、話せる?」

自転車を押しながら並んで歩く。駅から少し離れた公園に着いた。

「……あの…」

二人でベンチに座る。神部はなかなか話始めなかった。

「ああ……あのチョコってさ?」
「悪かったって」
「ち、違っ……やっぱり、ただの友チョコか…。俺、お前だったから今日、約束したんだ」
「えっ?」
「悪い。話はそれだけ」

ま、待って!
待って!
それって、どういうこと?

思わず制服の袖を掴み帰ろうとする神部を引き止める。

「本命チョコならどうする?」

じっと目を見て聞くと、笑顔が返ってきた。
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