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華綻ぶは撫子
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☆★☆ ★☆★ ☆★☆
今日も飛香舎(藤壺)は華やかだ。
撫子と二人簾中で琴や笛の合奏を聞いている。
以前右近の少将と蔵人の少将が飛香舎で演奏したのを「お二人の前で演奏したよ。凄く光栄だった」とあちこちで自慢したものだから「是非わたくしにもその栄誉を」と三条の大臣やその息子の頭の中将兼房に云ってくるらしい。
そこに三条の大臣がいる時もあれば、皇子たちがいる時もある。
話の流れからか兼房が最近よく飛香舎に来ているらしい。撫子を妹と思っているので、何かと心配しているのだと思うけれど、当然妹などでは無い。
兼房は宮中一の美丈夫で、あの者が通ると女房がキャーキャー騒いでどこを歩いているか直ぐに分かるほどの騒ぎだ。
でも、誰にも色良い返事はしないらしく、自分の良い人にならないなら誰のものにもならないでと、ますます人気が出ているそうだ。
撫子は『兄上』として接している。
心配している訳では無いのだけれど、撫子があれに心奪われる事は無いか…う~ん…やはり心配ではある。
飛香舎の女房は綺麗な人が多い。若い者の中には、女房が目当ての人もいるだろう。
示し合わせて局に行くのは好きにすれば良いことなので、何も云わない。
三条の大臣に聞いたところ「こちらで働かせて欲しい」と娘を連れて来る人が後を絶たないと云う。
今までのわたしなら、羨ましく感じていた恋人を探す行為も、撫子が側にいると思うと、そんな馬鹿な考えにどうでも良い事に心奪われていたのだなと笑ってしまう。
こんなに近くに大切な人がいたのに。
もう少しで手をすり抜けて行ってしまうところだった。
最も、父上は内侍やたくさんの女性を夜の御殿に召していたと母上から度々愚痴を聞かされた。
わたしが望めばそれは叶うだろう。
しかし、そうではなくて「まだ見ぬ人に恋い焦がれる」と云う話に憧れていただけなのだとわかった。
撫子の噂を聞いた時に「早く会いたい」と思ったけれど、わたしの願いは叶っていたと云う事か?
飛香舎が華やかになるにつれて、どちらの女御に権勢があるのか見守っていた貴族たちは競って飛香舎に来るようになった。
皇子たちは変わらず飛香舎に来ているからそれぞれ教えて貰ったり、演奏したりと楽しい時間を過ごしている。
いずれは、基良に仕えてくれる若い者たちとこうして信頼を築けたら云う事はない。
云う事はないのだが…。
「撫子…今日は来てくれるかい?」
皆の合奏を聞きながら二人でボソボソと話をする。抱き寄せて首に顔を埋めるように囁くと、撫子はふるふると震えた。
二人の気持ちが通じた日からしきりに「来て」と云うのになかなか夜の御殿に来てくれない。
最初恥ずかしがっているのかと思っていたけれど、こんなに頑なに拒絶されると、疑問が生まれて…思わず強い口調になってしまう。
「やはり、小百合のことが気になるの?それとも、兼…いや…」
「…えっ?…いえ…」
「わたしに抱かれるのが嫌なのか?」
「決してその様な…むしろ…」
「ん?何?」
「あっ…いえ…」
「云ってくれないとわからないよ」
撫子の目元が紅く染まり恥じらう姿は…押し倒してしまいそうだ。
「はい……あの時の事にございますが…わたくしは気絶してしまって、直ぐに動けなかった様に覚えております…なので…清涼殿から、飛香舎に帰ってくる事が出来るか不安で…」
ああ、解った。そんなに悩まなくても良かったのに。恥じらう姿は今にも泣き出しそうで、思わず口付ける。
「あれはわたしが悪かったのだから、撫子が苦しまないで」
「でも…」
「それではわたしがこちらに来よう」
「それは…」
「誰にも文句など言わせないから安心しなさい。あなたの秘密も守りやすいしね」
「はい…嬉しいです」
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今日も飛香舎(藤壺)は華やかだ。
撫子と二人簾中で琴や笛の合奏を聞いている。
以前右近の少将と蔵人の少将が飛香舎で演奏したのを「お二人の前で演奏したよ。凄く光栄だった」とあちこちで自慢したものだから「是非わたくしにもその栄誉を」と三条の大臣やその息子の頭の中将兼房に云ってくるらしい。
そこに三条の大臣がいる時もあれば、皇子たちがいる時もある。
話の流れからか兼房が最近よく飛香舎に来ているらしい。撫子を妹と思っているので、何かと心配しているのだと思うけれど、当然妹などでは無い。
兼房は宮中一の美丈夫で、あの者が通ると女房がキャーキャー騒いでどこを歩いているか直ぐに分かるほどの騒ぎだ。
でも、誰にも色良い返事はしないらしく、自分の良い人にならないなら誰のものにもならないでと、ますます人気が出ているそうだ。
撫子は『兄上』として接している。
心配している訳では無いのだけれど、撫子があれに心奪われる事は無いか…う~ん…やはり心配ではある。
飛香舎の女房は綺麗な人が多い。若い者の中には、女房が目当ての人もいるだろう。
示し合わせて局に行くのは好きにすれば良いことなので、何も云わない。
三条の大臣に聞いたところ「こちらで働かせて欲しい」と娘を連れて来る人が後を絶たないと云う。
今までのわたしなら、羨ましく感じていた恋人を探す行為も、撫子が側にいると思うと、そんな馬鹿な考えにどうでも良い事に心奪われていたのだなと笑ってしまう。
こんなに近くに大切な人がいたのに。
もう少しで手をすり抜けて行ってしまうところだった。
最も、父上は内侍やたくさんの女性を夜の御殿に召していたと母上から度々愚痴を聞かされた。
わたしが望めばそれは叶うだろう。
しかし、そうではなくて「まだ見ぬ人に恋い焦がれる」と云う話に憧れていただけなのだとわかった。
撫子の噂を聞いた時に「早く会いたい」と思ったけれど、わたしの願いは叶っていたと云う事か?
飛香舎が華やかになるにつれて、どちらの女御に権勢があるのか見守っていた貴族たちは競って飛香舎に来るようになった。
皇子たちは変わらず飛香舎に来ているからそれぞれ教えて貰ったり、演奏したりと楽しい時間を過ごしている。
いずれは、基良に仕えてくれる若い者たちとこうして信頼を築けたら云う事はない。
云う事はないのだが…。
「撫子…今日は来てくれるかい?」
皆の合奏を聞きながら二人でボソボソと話をする。抱き寄せて首に顔を埋めるように囁くと、撫子はふるふると震えた。
二人の気持ちが通じた日からしきりに「来て」と云うのになかなか夜の御殿に来てくれない。
最初恥ずかしがっているのかと思っていたけれど、こんなに頑なに拒絶されると、疑問が生まれて…思わず強い口調になってしまう。
「やはり、小百合のことが気になるの?それとも、兼…いや…」
「…えっ?…いえ…」
「わたしに抱かれるのが嫌なのか?」
「決してその様な…むしろ…」
「ん?何?」
「あっ…いえ…」
「云ってくれないとわからないよ」
撫子の目元が紅く染まり恥じらう姿は…押し倒してしまいそうだ。
「はい……あの時の事にございますが…わたくしは気絶してしまって、直ぐに動けなかった様に覚えております…なので…清涼殿から、飛香舎に帰ってくる事が出来るか不安で…」
ああ、解った。そんなに悩まなくても良かったのに。恥じらう姿は今にも泣き出しそうで、思わず口付ける。
「あれはわたしが悪かったのだから、撫子が苦しまないで」
「でも…」
「それではわたしがこちらに来よう」
「それは…」
「誰にも文句など言わせないから安心しなさい。あなたの秘密も守りやすいしね」
「はい…嬉しいです」
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