上 下
85 / 89
落暉

01

しおりを挟む
懐から笛を出し、平成で何度も練習した曲を奏でる。

ここは御神木の若木のある森の中。

辺りは苔むした地面が広がっているが御神木の周りだけは丸く剥き出しの土が見える。それが冷たさを感じさせないのは、御神木から溢れるのせいかもしれない。

まだ弱々しい御神木には凭れることはできないけれど、平成の尊を見守っていたそのままにほんわかとした空気が尊を包む。

数ヶ月前からこの御神木の近くで開拓が始まった。護尊まもりのみこと神社の造営は帝と上皇の許可を得て、急ピッチで進められている。



今回の除目で陰陽頭は後進にその座を譲り、引退することになった。

近々屋敷を引き払い旅に出る。どうしてだか、結婚しなかった先の陰陽頭には北の方も子どももいないので、身軽なのであろう…とは巷に流れる噂である。

当たらずとも遠からず。どこからそんな噂が出ているのかと不思議だけれど、それが本当であろうと嘘であろうと誰も迷惑を被る人がいないので、誰にも否定されないままである。



尊は暇があれば親彬と共にこの場所を訪れる。一人で来ることはできるけれど、親彬がそれを許さなかった。

「もう離さないと云っただろ?尊も頷いて、了承してくれたではないか?!」

尊ははっきりとした記憶がなく、『はて?』と疑問に思いながらも微かに思い当たるものがあり否定はしないことにした。

その微かな記憶はグズグズに溶かされているその隙間に、親彬から与えられるものだ。甘いあまい砂糖菓子のようなキザな台詞の数々は、幾度となく肌を合わせたその都度、これでもかと尊に与えられる甘いあまい枷となる。

それが嫌でないのが困るのか困らないのか…尊は思案していた。

親彬の事は好きだ。あの日、他の女の所に行ったのではないかと胸の潰れる思いもした。行って欲しくない、自分の所に居てと願った。実際は親彬の異母兄の上皇の所に尊の事を相談に行っていたと聞かされれば嬉しくないはずはない。

親彬から向けられる独占欲が嬉しい。土御門の宮が度々遊びに来てくれるけれど、何故か必ず親彬も同席している。宮さまは特に何も含むところがないのか、気にされていないようなので、こちらも気にしないことにした。

だがしかし、である。二度と平成へは帰れないと覚悟を持って平安へ来た。しかし、帰れるとわかった以上、あの便利な時代への憧憬は忘れられるものではない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

処理中です...