逢魔刻に氷菓を手折り

幻妖

04

藤壺の女御が心配で仕方ない今上帝は、皆の反対を押し切って譲位を決意した。即位の儀も速やかに執り行われた。表向きは悪さをする妖怪を鎮めるため。御代が変わるのを不思議に思う都人はいなかった。

内実はただただ、一人の女御を、ただ一人の男の恋人を〈氷の君〉から守るため。撫子が男だと云う事実を知っているのは宮中でもほんの一握りだった。

新天皇の弟宮（二の宮  明日香）は室町小路土御門に屋敷を構え、土御門の宮と呼ばれた。幼さの残る宮ではあるが、柔らかな物腰が良いと評判である。宮から文などもらえたら、女房は一も二もなく答えただろう。恋人としてだけではなく、婿に欲しがる貴族は多い。裳着もまだ終えていない姫を、宮のために裳着を急がせますとありがた迷惑な恩を着せる者まで現れ、ほとほと困る宮であった。

宮はと云えばまだまだそんな気はなく、堅苦しい内裏から逃れられるのが嬉しかった。権力などに興味はない。自分を担ごうと企む輩を冷めた目で見ていた。小さな頃に覚えた疎外感は忘れられるものではない。兼道が兄である東宮と自分を後見してくれるまで、どこかよそよそしい扱いであったのは小さいながらに感じていたのだ。

先帝は堀川上皇と呼ばれた。ニ条堀川の屋敷には三人いる女御の内、撫子一人が移った。他の女御方はそれぞれ実家に帰った。撫子に付いていた女房はそのほとんどが一緒にニ条堀川邸に付いて行き、女御は人望があるからと宮中で噂になった。撫子の秘密を知っている女房は結束力が固かった。

土御門の宮が撫子の秘密を知ったのは譲位が決まってからだった。母親のように慕っていただけに、ショックは隠しきれない。当初、元服を終えたばかりの宮は二条堀川邸に一緒に移る予定だった。

元から、元服したばかりのまだ幼い自分と比べても華奢な撫子に、父の寵妃だとわかっていてもドキドキとしていた。男にドキドキなどと…純情を返して欲しいと、誰にも相談できぬ悩みを抱えた。そして、男と知った今でも、そのドキドキが収まらない理由を知らなかった。そんな現実を受け止められなくて、兼道に相談したのである。