上 下
7 / 89
空蝉

06

しおりを挟む
(どうして見つかってしまったの?ああ、またあの地獄のような場所に戻るの?)

絶望が尊を押しつぶす。こんなことで泣いてはいけないと思うが、あまりに幸せな一週間だっただけにショックは隠しきれない。

「尊」

仁の穏やかな声さえも、今の尊にとっては『騙したな』と変換される。

「尊、何も怖いことはない。さあ、俺にリンさまを紹介してくれ」

何かの違和感を感じ仁を見ると、いつもの優しい顔だった。

「リン…さま?」
「ああ、そのことは後でゆっくり話そうな」
「僕、ここに居ても良いの?」
「当たり前だろ?ここは嫌なのか?」
「嫌じゃない!」
「ははっ、威勢が良いな。泣き顔では迫力ないけどな」

自然な動作で涙を拭いて抱き寄せてくれた。

(新しいお父さんは、僕の事怖くないんだ)

ここに来て、初めて心から仁を受け入れた瞬間だった。

リンを紹介してから本殿に連れて行かれた。本殿にはその時初めて入った。この神社に拝殿はなく、社務所も賽銭箱もなかった。御神体が納められているであろう中央の厨子は固く閉ざされて、前には鏡があり、榊とお供え物があった。

厨子の下は両開き戸になっていて、仁はうやうやしく礼をするとその中からはこを出した。古めかしいそれは、しかし埃の一つも付いていなかった。

座りなさいと促され、慌てて従った。目の前にその筺が置かれる。仁の顔を見ると筺を真ん中にして尊の正面に座り深々と礼をした。

「えっ?何?…」

戸惑う尊を置き去りに、仁は頭を下げ続けた。

「その紐がほどけますか?」

今までとは違う口調にびっくりしながら、言われた通りに紐に手を伸ばす。蝶結びの紐の端を両手で持って、すっと引いた。

「ほおっ。やはり本物ですね。良かった」

何が本物なのか?何が良かったのか?仁を見ると今度は正面から尊を見ていた。まるで眩しいものでも見るように目を細める。ただ蝶結びの紐を解いだけなのに褒められる違和感に眉をひそめた。

(僕、幼稚園児じゃないよ?)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

壊れた番の直し方

おはぎのあんこ
BL
Ωである栗栖灯(くりす あかり)は訳もわからず、山の中の邸宅の檻に入れられ、複数のαと性行為をする。 顔に火傷をしたΩの男の指示のままに…… やがて、灯は真実を知る。 火傷のΩの男の正体は、2年前に死んだはずの元番だったのだ。 番が解消されたのは響一郎が死んだからではなく、Ωの体に変わっていたからだった。 ある理由でαからΩになった元番の男、上天神響一郎(かみてんじん きょういちろう)と灯は暮らし始める。 しかし、2年前とは色々なことが違っている。 そのため、灯と険悪な雰囲気になることも… それでも、2人はαとΩとは違う、2人の関係を深めていく。 発情期のときには、お互いに慰め合う。 灯は響一郎を抱くことで、見たことのない一面を知る。 日本にいれば、2人は敵対者に追われる運命… 2人は安住の地を探す。 ☆前半はホラー風味、中盤〜後半は壊れた番である2人の関係修復メインの地味な話になります。 注意点 ①序盤、主人公が元番ではないαたちとセックスします。元番の男も、別の女とセックスします ②レイプ、近親相姦の描写があります ③リバ描写があります ④独自解釈ありのオメガバースです。薬でα→Ωの性転換ができる世界観です。 表紙のイラストは、なと様(@tatatatawawawaw)に描いていただきました。

溺愛

papiko
BL
長い間、地下に名目上の幽閉、実際は監禁されていたルートベルト。今年で20年目になる檻の中での生活。――――――――ついに動き出す。 ※やってないです。 ※オメガバースではないです。 【リクエストがあれば執筆します。】

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】人形と皇子

かずえ
BL
ずっと戦争状態にあった帝国と皇国の最後の戦いの日、帝国の戦闘人形が一体、重症を負って皇国の皇子に拾われた。 戦うことしか教えられていなかった戦闘人形が、人としての名前を貰い、人として扱われて、皇子と幸せに暮らすお話。   性表現がある話には * マークを付けています。苦手な方は飛ばしてください。 第11回BL小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。

処理中です...