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空蝉

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賀茂ひとしたけるの養父である。今年十歳になった尊は一ヶ月前にここ、護尊まもりのみこと神社の神主である仁に施設から引き取られた。

尊は一歳二ヶ月の時に親に捨てられた。

生まれた時は幸せな家庭だった。母親は優しく、初めての子を戸惑いながらもしっかりと育てようとした。父親も積極的に子育てに関わった。一緒に風呂に入り、散歩に連れ出した。

両親が尊の事を不思議に思い始めたのは生後六ヶ月を過ぎたあたりだった。誰も居ない空間に向かい手を伸ばし、側に置いてあるオモチャが不自然に動く。それでも偶然か、目の錯覚かと深く考えることなく穏やかな日々は過ぎていった。

それが不審に変わったのは一歳の誕生日を迎える頃だった。一人遊びする尊のおままごとは賑やかだった。ぬいぐるみが明らかに動いている。動物のぬいぐるみや人形だけでなくフォークや紙までもが意思を持っているように動く。尊が言葉を発すると、それに答えるぬいぐるみ。

尊が一歳二ヶ月になる桜の綺麗な春の日、両親は尊を施設の前に置き去りにした。眠る尊のカゴの中には着替えと少しのオモチャ。誕生日と名前、そして、ごめんなさいの短い手紙だけ残し、待っても、待っても帰ってくることはなかった。

日本人形のような艶やかな髪と大きな黒目がちの瞳。通った鼻筋に形良い唇。どこからどう見ても可愛い尊は里親が直ぐに見つかった。しかし、ひと月も経たずに施設に返される。そんなことを三回ほど繰り返し、五歳にもなると尊も自分の可笑しさを自覚し始めた。

自分には他人が見えない物が見える。人はぬいぐるみと言葉を交わすことはない。物に命を与えることは……あり得ないことなのだ。施設の職員も尊の事を怖がった。腫れ物に触るように接する。そんな大人の対応は子どもたちにも伝わり、やがて誰も尊と一緒に遊ばなくなった。小学校に入っても独りぼっちは変わらなかった。施設から何か伝わっているのか、学校の先生さえも話しかけることはなかった。
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