上 下
107 / 108
ヒューメニア戦争編

第107話 ??????

しおりを挟む
 いつもの会社。いつもの事務所。

 そして、いつもの怒号。

 専務が俺のデスクへとやって来る。顔を赤くして明らかに怒っているという様子で。

「おい××。この案件クレームばっかじゃねぇか! めんどくせぇ仕事回すんじゃねぇよマジで」

「それは専務が仕様を変えたんですよ? 俺は先方と事前に……」

「はぁ!? 言い訳してんじゃねぇ! クレーム対応しとけよ!」

「言い訳じゃないですよ」

「何だその顔は? スカした顔しやがって」

 専務に胸ぐらを掴まれる。

「罪にならねぇならお前マジぶっ殺してるわ」

 専務は一通り怒鳴り散らすとデスクへと戻った。ほとぼりを覚めた頃を見計らって課長が書類を渡して来た。

「なぁ××。俺今日ちょっと用事あんだわ。これやっといて」

「……いつまでにやればいいですか?」

「明日の朝には出さなきゃ行けねぇからさ。頼んだぞ」

「俺に徹夜しろってことですか?」

「まあまあ。君ならできるでしょ。優秀なんだからさぁ」

「優秀って……別に」

「はぁ? 嫌味かよ。デカい案件決めて調子乗ってるね。君」

「あれは決めたのは俺ですけど……専務の案件になりましたよ」

「俺はそういうことを言ってんじゃないの。もっとわきまえろってこと。じゃ、頼んだからな」

 課長は足早に事務所を後にした。

「おい! なんだこのミスはよぉ!」

 再び専務の声が聞こえる。奥を見ると後輩が何か大きな失敗をしたようだった。

「え~? 自分××さんに言われた通りにやっただけなんスけど?」

「おい××!!」

 専務にデスクへ呼び出される。

「お前はよぉ、どんな教育してやがんだ!」

「俺はちゃんと指示しましたよ。メモだって……」

「そんなの貰ってないっスよ」

「そんなことないだろ……それに大事になる前に報告できただろ」

「そんなの教わって無いですもん。勘弁して下さいよ俺のせいにするのは」

「……だってよ。テメェが尻拭いしてやれよ。俺は知らねぇからな」

 専務はため息を吐くと吐き捨てるように言った。

「ホント使えねぇ。どうせクソみたいな人生だったんだだろうな。お前みたいな馬鹿は」

「……」

 ……下らない。何も考えるな。

「言い返してみろよ情けねぇ。ゴミが」

 怒りを持っても無駄だ。

「お前なんで生きてんだよ? 俺に迷惑ばっかかけやがって。死ねよ。死ね。テメェに価値なんかねぇんだよ」

 心を殺せ。そうすれば何も感じない。

「おい。なんだその顔は? 文句あるなら言えよ」

 早く帰りたい。


 どれだけ頑張ろうが、誰からも認められない。


 成果は奪われる。


 誰かにねたまれる。


 トラブルは全部……俺のせい。


 早く帰って「エリュシア・サーガ」がプレイしたい。


 あれだけが、俺を……。


 その時。急に声が聞こえた気がした。


 女の声が。


 ——良くやった。貴様の働き、我の望む以上の成果を上げてくれた。


 この声……知っている。誰の声だ?


 ——礼を言うのは我の方だ。其方無しには今日の成果はありえなかった。我1人ではな。


 聞いていると嬉しさが込み上げる声。この声の主の為ならなんだってできる気がする。


 ——我には……其方そなたが必要なのだ。


 答えを探すように窓を見る。


 そこに映るのは黒いフードの男。


 黒い眼球に緋色ひいろの瞳。


 魔王デモニカ・ヴェスタスローズの配下の男。

 
 そうだ。


 俺は××なんかじゃない。


 俺は……。


「おい! 聞いてんのか××!!」

 専務が詰め寄って来る。

 突然、この風景に違和感を覚えた。どこか無機質な風景。ヴィダルのままの俺。その全てがチグハグだった。


 ……。


「あぁ。なるほどな。そういうことか」


「……? 何言ってんだテメェ!?」

 右手を見ると、粗雑なダガー・・・・・・が握られている。

 これは……初めて人身売買を目撃した時の……。


「おい! 何とか言ったらどうなんだ!!」


 専務の問いに答える代わりにその肩にダガーを突き刺した。


「がっ!? あ"ああああああああああ!?」


 そのまま数度顔面をデスクへ叩きつけ、その瞳を覗き込む。


「人の過去を覗き見るとは随分趣味が悪いじゃないかレオンハルト・・・・・・


「き、貴様……なぜ!?」


 専務の声がレオンハルトの声へと変化する。


「大方アレだろう? 俺の精神に負荷をかけ体を乗っ取るつもりだったのだろう? デモニカ達の救出を待つ為に」


 そう告げた途端。事務所の中だった景色が何もない空間へと変化していく。専務の体も瓦礫がれきのように崩れ去り、その中から真の姿が現れる。


 しかしその姿は……レオンハルトは真っ黒い影になっていた。


 かろうじて人の形は保っているがのっぺりとした人影に。そして、両目があった場所には白い光が2つ灯っていた。

「魔神竜の力を得るとそんなことまで可能になるのか」

「か、過去を見たぞ! 貴様は我らの世界と何も関係は無いではないか! なぜ私の邪魔をする!?」

「そんなこと決まっているだろう?」

 レオンハルトの瞳を覗き込む。もう意思すらも伝わって来ない弱々しい光を。

「貴様は俺の……いや、俺の世界をけがしたからだ」

「な……っ!?」

精神拘束メンタル・バインド

 その白い光に鎖が繋がれる。

「ぐあぁううう……!?」

「このまま精神支配をかけるとどうなるか知っているか? お前の自我は崩壊し、永遠の苦痛に囚われる」

「や、やめてくれ! やめ——」


精神支配ドミニオン・マインド


 レオンハルトの両目を覗き、命令を下した。ヤツが最も恐れる瞬間を。


「数百年前の記憶……魔神竜に殺された瞬間を永遠に繰り返せ」


「ああああああああぁぁぁ……あ……あ……」


 レオンハルトの影がその存在感を失っていく。弱々しくなっていく。かつて勇者を名乗った男は……哀れなまでに臆病な存在となっていた。


「恨むなら、傲慢ごうまんに支配された己を恨め」


 レオンハルトが消えていく。色が徐々に薄くなっていく。やがてその存在が消えるように闇に溶け込んでいった。

 辺りを見回してみる。何も無い空間が延々と続く空間。

「ここが、混沌世界……」

 精神と物質が混ざったような……だから俺の記憶が具現化していたのか。

 握られていたはずのダガーは跡形も無く消えていた。

 レオンハルトは気が付かなかったのかもしれないが……精神がこの世界に影響を及ぼすのなら、強く願えば帰れるかもしれない。


 ……。


 帰りたい。


 俺のいるべき世界。みんなの所へ。


 デモニカのいる場所へ。


「ヴィダル」


 デモニカの声が聞こえる。俺の名前を呼ぶ声。


 声が聞こえる先から、一筋の光が差し込む。

 その光を掴むように手を伸ばすと、目の前がまばゆいまでの明るさに包まれた——。


















◇◇◇

 感覚が戻っていく。


 横たわる大地の感触。頬を伝う風。そよぐ草の音……。


 目を開けると、デモニカが俺のことを覗き込んでいた。

「ヴィダル!?」

 彼女の顔が歪む。見たことのない顔……見たことのない表情。その瞳から水滴がこぼれ落ちた。

「貴方が涙を流すのは、珍しい、な……」

 デモニカが涙を拭いながら笑う。

「これは、デモニカ・ヴェスタスローズの涙ではない……ただのだった者の涙、だ」

 デモニカに抱き起こされる。

「よく戻った。よくぞ……我らの元へ」

 辺りを見回すと、みんなが俺を見ていた。

 レオリアが俺の元にしゃがみ込む。

「ヴィダル。戻って来てくれて、ありがとう」

「何を……泣いているのですかレオリア? 私は信じていましたから。必ず戻って来ると」

「な、何を!? 僕だって信じてたんだから!」

「フィオナだってさっき泣いてたじゃないかよぉぉ……ううう~」

 フィオナとレオリアが喧嘩をしているのをナルガインが号泣しながらなだめていた。

「ナルガイン様ってそんな風に泣くんですねぇ……」

 その様子を見てザビーネがオロオロと狼狽える。彼女から戦闘中の邪悪さはすっかり消え去っていた。

「ふふ。皆、其方のことを心配していたぞ」

 みんなが俺を?

 ……やっぱり、俺の居場所はここだ。

「コラァ!! わらわが真面目に仕事しとる間に何を感動シーンやっておるのじゃあ!!」

 いつの間にかイリアスが後ろで飛び跳ねていた。

 ……怒り心頭といった様子で。

「そんなに怒らないで下さいよぉ~。さっきまでヴィダル様が大変だったんですからぁ」

「な、なんじゃとぉ……? 一体何があったのじゃ?」

 訳が分からないという顔をするイリアスを見て笑いが込み上げた。

「さぁ、みんな戻ろう。デモニカ様も」

 デモニカの手を取って立ち上がる。

「どこに戻るのヴィダル?」

 不思議そうな顔をするレオリアの頭を撫でた。


「戦後の処理。俺達の仕事・・にさ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

【完結】いせてつ 〜TS転生令嬢レティシアの異世界鉄道開拓記〜

O.T.I
ファンタジー
レティシア=モーリスは転生者である。 しかし、前世の鉄道オタク(乗り鉄)の記憶を持っているのに、この世界には鉄道が無いと絶望していた。 …無いんだったら私が作る! そう決意する彼女は如何にして異世界に鉄道を普及させるのか、その半生を綴る。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...