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メリーコーブの巫女編
第44話 ナルガインとイリアス
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メリーコーブ近くの船場で深き竜討伐用の船を出して貰った。
「うわぁ! おっきい船だね!」
レオリアが甲板をはしゃぎ回り、船のへりを器用に走る。途中、バランスを崩して海に飛び込みそうになったのを引き上げた。
「この船が通る航路。そこの途中に島がある。そこで降ろして貰おう」
「ディープ・ドラゴンの討伐だってのに随分余裕だな。ギルドの受付が『無事に帰って来た者はいない』と言っていたぞ。貿易船も沈められたらしいし」
黒い鎧に身を包んだナルガインが海を見渡した。
「俺の指示に従えば大丈夫だ。安心してくれ」
ディープドラゴン討伐クエストは何度も発生するのに定評があるからな。出現条件から戦い方まで頭に入っている。今回はテイムするのが目的なので多少違いはあるだろうが。
「海の上で襲われたらどうするつもりだよ?」
「今回それは無い。条件となる貨物を乗せていないからな」
「条件? 貨物? なんだそりゃ?」
「島に着けば分かるさ」
◇◇◇
船に乗って丸1日。俺達は目的の無人島、マリブエル島に到着した。
「2日後には迎えが来る。それまでに討伐を終えるぞ」
島の中央へ拠点を作り、野営の準備をする。
日が暮れた頃、準備したアイテムを手に海岸へと向かった。
「ヴィダル? もうすぐ日が暮れるのに海岸なんて向かっていいの?」
レオリアが海を見ながら尋ねて来た。
「ディープ・ドラゴンを呼び出すには条件が必要なんだ。その1つが『朝と夜が混じる時』つまり、夕方である必要がある」
過去に行ったディープドラゴン討伐クエストではこのヒントを得るまでにかなり苦労した。今回はそれが分かっているだけ楽だな。
「ヘぇ~条件とかあるんだ」
「これから火を起こす。まずは枝を集めよう」
レオリアと2人で枝を集め、海岸に集める。
「なんだか討伐したことがあるような手際の良さだな」
ナルガインを横目に、焚き火を用意する。集めた薪に火を焚べ、青く輝く鉱石……用意していたアイテムを火の中へ放り込む。
「それって……蒼海石か?」
「そう。メリー・コーブ周辺の海底からのみ取れる品だ。水中から出すと香りを発する石。他国では香水の原料として使われる」
鉱石が熱せられ花のような独特な香りが強くなる。焚き火の煙にも色が付き、青い線が空へと昇っていく。
「鉱石の温度が上がるとその香りが強くなる。これがディープドラゴンを引き寄せる鍵だ」
「だから船が襲われたのか。蒼海石を積んだ船が」
ナルガインは蒼海石を摘み上げてまじまじと見つめていた。
「レオリアは周辺の警戒を頼む。ドラゴンが現れたら教えてくれ」
「分かったよ!」
レオリアが海岸に沿って歩いて行く。
彼女を見送ってから焚き火の脇に腰を下ろした。
「ドラゴンが匂いに誘われるまで時間がある。その間に……お前の昔話でも聞かせて貰おうか」
「え、俺の?」
ナルガインが困惑したように顔を傾げる。
「お前の過去……それにイリアスとはどういう関係なのか。詳しく聞きたい」
そこにナルガインの枷についてヒントがあるかもしれないからな。
「イリアスとの関係……」
彼女は槍を地面へと突き刺すと、近くの岩へ座りこんだ。
彼女は何から話せば良いか迷っているようで、しばらくの間、波の音だけが周囲に響いた。
「俺はさ」
「うん?」
「こんな見た目だからメリーコーブではまともな職にも就けなくて。早いうちから冒険者になったんだ。金を貯めて国を出るつもりでさ。割りの良い仕事を受ける為に魔法鎧を着込んで姿も名前も変えて」
メリー・コーブはその人口の8割が海竜人だ。人間の姿の彼女は生きづらかっただろうな。
「冒険者としても慣れ始めた頃。ある依頼で特殊な薬草を集めることになった。その依頼主がイリアスだったんだ。あの子は巫女の役目が来るまで侍女と2人で暮らしてた」
ナルガインが過去を思い返すように海を見つめる。
「前に行ったけど、イリアスは俺に唯一普通に接してくれた。それどころか、慕ってくれたんだ。しばらく一緒に暮らして、生意気な妹みたいで……オレは内心救われていたよ」
「しかし、イリアスに巫女の役割が回って来たと」
ナルガインが頷く。
「俺がそのことを知ったのは随分後だ。ギルドの依頼で家を空けて、あの子の家に戻った時にはもう……」
「イリアスは巫女の運命を受け入れていたのか?」
「あの子は自分のことを巫女だと名乗り、大人びた子だった。だけど今思えば、あれは自分の未来を諦めていたのかもしれない」
「なぜそう思うんだ?」
「後日イリアスの侍女がオレを訪ねて来たんだ。そしてあの子が教団に連れて行かれる前の……最後の伝言を聞いた」
「どんな?」
「次に生まれた時はオレの妹になりたい……そう言っていたそうだ」
未練を捨てきれなかったという訳か。
「教団に入った巫女は2度と外に出ることは無い。だからオレは、あの子を助けることを誓った。でもさ。オレはバカだから、イリアスを助ける為にひたすら力を求めた。強くさえなれば、助けられる……そんな気がして」
「……そうか」
「結局オレは、いつまで経ってもグズな『ナル』のままなんだよ。ナル「ガイン」なんて立派に聞こえる名を名乗って、力を付けたって、中身はあの国でバカにされていた頃のまま」
彼女がそのヘルムを外す。露わになったその素顔が夕陽に照らされる。その顔が寂しげにみえて、胸の奥がほんの少しだけ痛むような気がした。
彼女に声をかけようとした時、レオリアが声を上げた。
「ヴィダル! 海から透明の翼が出て来たよ!」
透明の翼……ディープドラゴンが来たな。
竜の鳴き声が上がる。甲高さと低音が合わさった声が。
全力で走ってレオリアの元へと到着すると、夕方の海から海竜が海岸へと上がって来ていた。深海を泳ぐ為に進化した翼。
その透明の被膜が夕陽に照らされ幻想的な光を放つ。
魚類のような顔にドラゴンの大口。紺色の鱗とヒレに覆われた身体。そして、鮫のような鋭い牙。
「ははは……僕、ドラゴンって初めて見た。海竜だけど」
レオリアが困ったように笑う。
「で、デカッ……っ!?」
ナルガインは圧倒的されるようにドラゴンを見上げた。
直にこの眼で見ると流石の迫力だな。
「キュオォォォォォォォン!!!」
海中から全ての体躯を現したドラゴンは、強烈な咆哮を上げた。
「うわぁ! おっきい船だね!」
レオリアが甲板をはしゃぎ回り、船のへりを器用に走る。途中、バランスを崩して海に飛び込みそうになったのを引き上げた。
「この船が通る航路。そこの途中に島がある。そこで降ろして貰おう」
「ディープ・ドラゴンの討伐だってのに随分余裕だな。ギルドの受付が『無事に帰って来た者はいない』と言っていたぞ。貿易船も沈められたらしいし」
黒い鎧に身を包んだナルガインが海を見渡した。
「俺の指示に従えば大丈夫だ。安心してくれ」
ディープドラゴン討伐クエストは何度も発生するのに定評があるからな。出現条件から戦い方まで頭に入っている。今回はテイムするのが目的なので多少違いはあるだろうが。
「海の上で襲われたらどうするつもりだよ?」
「今回それは無い。条件となる貨物を乗せていないからな」
「条件? 貨物? なんだそりゃ?」
「島に着けば分かるさ」
◇◇◇
船に乗って丸1日。俺達は目的の無人島、マリブエル島に到着した。
「2日後には迎えが来る。それまでに討伐を終えるぞ」
島の中央へ拠点を作り、野営の準備をする。
日が暮れた頃、準備したアイテムを手に海岸へと向かった。
「ヴィダル? もうすぐ日が暮れるのに海岸なんて向かっていいの?」
レオリアが海を見ながら尋ねて来た。
「ディープ・ドラゴンを呼び出すには条件が必要なんだ。その1つが『朝と夜が混じる時』つまり、夕方である必要がある」
過去に行ったディープドラゴン討伐クエストではこのヒントを得るまでにかなり苦労した。今回はそれが分かっているだけ楽だな。
「ヘぇ~条件とかあるんだ」
「これから火を起こす。まずは枝を集めよう」
レオリアと2人で枝を集め、海岸に集める。
「なんだか討伐したことがあるような手際の良さだな」
ナルガインを横目に、焚き火を用意する。集めた薪に火を焚べ、青く輝く鉱石……用意していたアイテムを火の中へ放り込む。
「それって……蒼海石か?」
「そう。メリー・コーブ周辺の海底からのみ取れる品だ。水中から出すと香りを発する石。他国では香水の原料として使われる」
鉱石が熱せられ花のような独特な香りが強くなる。焚き火の煙にも色が付き、青い線が空へと昇っていく。
「鉱石の温度が上がるとその香りが強くなる。これがディープドラゴンを引き寄せる鍵だ」
「だから船が襲われたのか。蒼海石を積んだ船が」
ナルガインは蒼海石を摘み上げてまじまじと見つめていた。
「レオリアは周辺の警戒を頼む。ドラゴンが現れたら教えてくれ」
「分かったよ!」
レオリアが海岸に沿って歩いて行く。
彼女を見送ってから焚き火の脇に腰を下ろした。
「ドラゴンが匂いに誘われるまで時間がある。その間に……お前の昔話でも聞かせて貰おうか」
「え、俺の?」
ナルガインが困惑したように顔を傾げる。
「お前の過去……それにイリアスとはどういう関係なのか。詳しく聞きたい」
そこにナルガインの枷についてヒントがあるかもしれないからな。
「イリアスとの関係……」
彼女は槍を地面へと突き刺すと、近くの岩へ座りこんだ。
彼女は何から話せば良いか迷っているようで、しばらくの間、波の音だけが周囲に響いた。
「俺はさ」
「うん?」
「こんな見た目だからメリーコーブではまともな職にも就けなくて。早いうちから冒険者になったんだ。金を貯めて国を出るつもりでさ。割りの良い仕事を受ける為に魔法鎧を着込んで姿も名前も変えて」
メリー・コーブはその人口の8割が海竜人だ。人間の姿の彼女は生きづらかっただろうな。
「冒険者としても慣れ始めた頃。ある依頼で特殊な薬草を集めることになった。その依頼主がイリアスだったんだ。あの子は巫女の役目が来るまで侍女と2人で暮らしてた」
ナルガインが過去を思い返すように海を見つめる。
「前に行ったけど、イリアスは俺に唯一普通に接してくれた。それどころか、慕ってくれたんだ。しばらく一緒に暮らして、生意気な妹みたいで……オレは内心救われていたよ」
「しかし、イリアスに巫女の役割が回って来たと」
ナルガインが頷く。
「俺がそのことを知ったのは随分後だ。ギルドの依頼で家を空けて、あの子の家に戻った時にはもう……」
「イリアスは巫女の運命を受け入れていたのか?」
「あの子は自分のことを巫女だと名乗り、大人びた子だった。だけど今思えば、あれは自分の未来を諦めていたのかもしれない」
「なぜそう思うんだ?」
「後日イリアスの侍女がオレを訪ねて来たんだ。そしてあの子が教団に連れて行かれる前の……最後の伝言を聞いた」
「どんな?」
「次に生まれた時はオレの妹になりたい……そう言っていたそうだ」
未練を捨てきれなかったという訳か。
「教団に入った巫女は2度と外に出ることは無い。だからオレは、あの子を助けることを誓った。でもさ。オレはバカだから、イリアスを助ける為にひたすら力を求めた。強くさえなれば、助けられる……そんな気がして」
「……そうか」
「結局オレは、いつまで経ってもグズな『ナル』のままなんだよ。ナル「ガイン」なんて立派に聞こえる名を名乗って、力を付けたって、中身はあの国でバカにされていた頃のまま」
彼女がそのヘルムを外す。露わになったその素顔が夕陽に照らされる。その顔が寂しげにみえて、胸の奥がほんの少しだけ痛むような気がした。
彼女に声をかけようとした時、レオリアが声を上げた。
「ヴィダル! 海から透明の翼が出て来たよ!」
透明の翼……ディープドラゴンが来たな。
竜の鳴き声が上がる。甲高さと低音が合わさった声が。
全力で走ってレオリアの元へと到着すると、夕方の海から海竜が海岸へと上がって来ていた。深海を泳ぐ為に進化した翼。
その透明の被膜が夕陽に照らされ幻想的な光を放つ。
魚類のような顔にドラゴンの大口。紺色の鱗とヒレに覆われた身体。そして、鮫のような鋭い牙。
「ははは……僕、ドラゴンって初めて見た。海竜だけど」
レオリアが困ったように笑う。
「で、デカッ……っ!?」
ナルガインは圧倒的されるようにドラゴンを見上げた。
直にこの眼で見ると流石の迫力だな。
「キュオォォォォォォォン!!!」
海中から全ての体躯を現したドラゴンは、強烈な咆哮を上げた。
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