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エピローグ

双子が離れても互いを思いやるの、良いよね

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それから、中枢部の陥落は瞬く間に終了した。
幸いダリアークは独断で街道の封鎖を行っていたのだろう、ディアンの町の方では待ち伏せや伏兵などはなかった。

当然中枢を落としたことでディアンの町の兵士たちは撤退を余儀なくされ、戦いは終結した。
このままディアンの町と潰しあいをしても互いに利がないということもあり、この戦争の後、ホース・オブムーンはディアンの町に対して一部の領地の割譲、並びに10年間の停戦条約を結び、事実上の戦争は一時終結となった。

そして戦後処理が終わり、数か月が経過した。

「はあ……」
「どうした、ツマリ?」

クレイズは、食堂でぼーっとしているツマリを気にかけるように尋ねた。

「アダン、今頃どうしているのかなって……」
「ふむ。この間手紙をもらったばかりではないか?」
「そうだけど! 今、何をしているのか知りたいのよ!」

あの後、アダンは今回の戦争によって広がった領地の治安維持を行うため、各地を転戦する治安部隊に加入した。
その為、アダンとツマリはしばらく会うことが出来なくなっている。

「そう言えば、確か今は南西の町に向かっているようだな」
「へえ……って、そこってギラル卿の領地じゃない! 可愛いサキュバスとかいるんじゃないの?」
「まあ、それは間違いないだろうな」
「そんな! アダンってかっこいいから、絶対に……!」
「誘惑される、か? ……ハハハ、そんな覚悟なら治安部隊には入らないだろう」

確信を持った表情で、クレイズは笑った。

「そ、そう?」
「ああ、間違いない。そもそも彼が治安部隊に入った理由は聞いていなかったのか?」
「……そうよね」

実は先日、丘で会話をした時にツマリはこの話を聴いていた。
自分はまだ、ツマリの隣に入れるような大人じゃない。
サキュバスとエルフじゃ寿命が違うから、このままじゃいつまでたっても僕はツマリと肩を並べられるようになれない。
だから、しばらく各地を回ってみたいと思う、と。

当然ツマリはアダンにいつまでもそばにいてほしかったが、アダンの気持ちを尊重し、それを受け入れた。
期限は半年の予定なので、トラブルが無ければあと数か月で帰ってくる予定だ。

「なんか、安心したらお腹が空いてきちゃった。手、だして?」
「む……。仕方ないな、ほら」

そう言いながらクレイズは腕を出した。それにツマリは唇をつける。

「んく、んく、んく……」

しばらく精気を吸うツマリ。

「もう、いいか?」

人間であるクレイズはアダンよりもはるかに生命力が高いため、ちょっとやそっとのエナジードレインではびくともしない。
ツマリはぷはあ、と唇を離した。

「ありがと、クレイズ。……けど、やっぱりあんまり美味しくないわね」
「そうか? 私の精気は、割と評判なのだが……。やはり、アダンの精気でないとダメか?」

当然クレイズは他の夢魔からも精気の提供をお願いされることが多い。
その為最近では、その日の働きが良かったものに優先的に提供する、と言う形で兵士たちの労働意欲を保つようにしている。

「うん。アダンの精気はね? 飲んでいると、幸せな気持ちになれるのよ……。もう、アダンじゃなきゃダメって……本当にそう思うくらいにね」

恋する乙女のようなうっとりとした顔で笑みを浮かべるツマリに、クレイズは呆れるような顔を見せた。

「まったく。……本当は私も治安部隊に参加する予定だったのだがな」
「ダメよ! そしたら、誰の精気を私は飲むのよ? ギラルから貰えとでも言うの?」

ツマリは、基本的に精気はクレイズからしか受け取らず、その精気も腕からしか受け取らないようにしている。ツマリなりにアダンを思いやった結果だろう。

「まあ、君がほかの男から精気を受け取るのは……アダンは喜ばないだろうな……」
「でしょ? だから、あんたが残んなきゃいけないの! それに、私たちと決着、つけたいんならそれまで私を守ってくれるでしょ?」

アダンにとってもツマリにとっても、クレイズは恩人であり、信頼できる父親のような立場でもある。
その為、ツマリに精気を渡すことは、寧ろアダンの方からクレイズに頼まれていたという事情もある。

「ハハハ、まあ、そうだな……」

そう言いながら、クレイズは苦笑した。



そしてしばらくツマリと話をした後、

「そうだ、アダンが戻ってきたら、君達の故郷を案内してくれないか?」

クレイズはそう訊ねられ、ツマリは少し驚くような表情を見せた。

「え、私たちの? けど、もうほとんど廃村になってるわよ?」
「それでも構わない。君達の育った場所がどういうところだったのか、一度見てみたくてな」
「まあ、別に良いわよ。行っても面白いことは無いと思うけどね」

そうツマリが答える。

(廃村か……。やはり、望みは薄いかもしれんが……)

クレイズは、秘密裏にアダンとツマリが実際に血のつながりがあるのかについてを調査していた。しかし、当時を知るものが殆ど残っていないこともあり、その調査はなかなか進んでいなかった。
そこで、実際に二人の故郷を訪れてみたいと提案したのである。

(もし、二人が他人なら……今より幸せになれるのか? それは分からないが……。少なくとも、真実を二人は知るべきだろうからな)

そう思いながら、クレイズはツマリを見つめた後、遠くにいるであろうアダンに思いをはせた。






「ふう……やっと水が出ましたよ!」
一方でアダンは、南西の町で井戸を掘っていた。これは住民たちにどうしても飲料水が足りないと言われて頼まれていた依頼だった。

「ありがとうございます、アダンさん!」
「アダンさんって素敵よね? もしよかったら今夜、一緒にご飯でも食べません?」

住民のサキュバス達がそう言いながらアダンの腕をぐいぐいと引っ張ってくる。
だがアダンは、

「いえ、僕は……遠慮しておきます」

そう言って固辞した。だが、それでもサキュバス達は食い下がる。

「え~そんな!? ほら、美味しい焼き飯もありますから!」

そう言ってしつこく言うところを、仲間の兵士たちが割って入る。

「悪いけどさ、今夜は私たちと飯食う約束があるんだ。だから、悪いな」
「そうそう! 代わりに俺が行きますから! こう見えても精気の味は自信ありっすよ?」
「え~? まあ、良いわ。じゃああなた達でも良いから、来てね?」

そう言われて、ようやくサキュバス達はアダンを解放した。




その日の夜、宿屋でアダンは仲間の兵士たちと談笑をしていた。

「あれ、他の人たちは?」

食道に数人ほどしかいないのを見て、アダンはあたりを見回した。

「ああ、昼の一件、覚えてるだろ? 夢魔の連中に誘われてパーティに行くんだってさ」

アダンと共に旅をしているのは、元帝国兵の面々である。
先の戦いで人数が10名前後にまで減ってしまったが、それでも変わらない忠誠心でクレイズに従っている歴戦の精鋭部隊であり、アダンにとっても信頼できる仲間である。
その為、今回の治安部隊として任命された。

「あんたはいかないで良いのかい、アダン?」
「ええ。……きっと、パーティに出たらツマリが嫌がるでしょうから……」
「はは、義理堅いねえ……そんなにツマリのことが好きなのかい?」
「勿論ですよ!」
「……それって、男として? それとも兄として?」

その質問に、周囲にいた兵士たちも耳を澄ます。
だがアダンは少し悩むようなそぶりを見せて、

「……分かりません。兄としてツマリを愛しているのは、今でも変わりません。ただ、男としては……まだ分からないんですよ」
「へえ。そりゃ、なんでだい?」
「ツマリの目……見ていると『魅了』されてしまって、異性にしか見えなくなってしまうんですよ。この状態だと、どうやってもツマリを異性として愛している、としか思えなくなるので……だから、自分の気持ちを確かめるため、精神を鍛えて大人になりたいんですよ」
「それで、もしもあんたの気持ちが『異性として好き』じゃなかったらどうすんのさ?」
「それでも……ツマリが僕を異性として愛したいなら……受け入れますよ。だってツマリは……僕の大切な人なんですから」

そう強い決意を込めて言うアダンに対して、周囲からは歓声が巻き起こった。

「な、なんですか、みなさん」
「あんたのその、青臭さが気に入ったのさ。……っと、お客さんみたいだぞ?」
そうこう話していると、宿屋の入り口のドアが開いた。



「お久しぶりっす、アダンさん! それに皆さんも!」
「セドナさん!」

セドナがカバンいっぱいに手紙などの物資を持ってやってきたのだ。

「ちょうどギラル卿にお会いする機会があったんで、ついでに伝令にやってきやしたよ!」
「相変わらず、大変ね。あんた、殆ど休んでないんじゃないのかい?」
「ええ。まああっしはこれくらい平気っすよ。それに他人に奉仕するのがあっしの喜びだって言ったじゃないっすか」
「アハハ、ま、そりゃそうか……」

ひとしきり挨拶を終えると、アダンはまずカバンから数本の酒瓶を差し出した。

「ほい、まずはあっしからの差し入れっす」
「お、こりゃあの時の……」

以前ギラル卿から譲りうけた酒と同じものだった。
名酒であることはそこにいた誰もが分かっていたので、一同は嬉しそうに受け取った。

「それと、こいつはアダンさんあてっすね」

そしてセドナはアダンに一つの包みを差し出した。

「あ、これは……」

そこには、小さな刺繍が入っていた。恐らくはクレイズにも手伝ってもらったのだろう、ところどころ不自然なまでに出来の良い箇所がある。

「ツマリさんからっすね。それと言付けを預かっていやす」
「え、なに?」
「『早く精気を頂戴! あと、私だけを思ってて!』だそうです」

その発言に、兵士たちは笑い出した。

「アハハ! ツマリらしいねえ! 相変わらず正直なものだよ!」
「けど、それが良いところですね! アダンさんのことは俺たちがしっかり守りますから、安心してくださいねって伝えといてください、セドナ副長!」
「勿論っす! 任せてつかあさい!」

半ばからかうように肩を叩かれ、アダンは少し顔を赤く染める。

「もう……ツマリったら……けど、ありがとう……」
そう言いながらもアダンは嬉しそうにしながら、財布の中にその刺繍をしまった。
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