45 / 45
エピローグ
双子が離れても互いを思いやるの、良いよね
しおりを挟む
それから、中枢部の陥落は瞬く間に終了した。
幸いダリアークは独断で街道の封鎖を行っていたのだろう、ディアンの町の方では待ち伏せや伏兵などはなかった。
当然中枢を落としたことでディアンの町の兵士たちは撤退を余儀なくされ、戦いは終結した。
このままディアンの町と潰しあいをしても互いに利がないということもあり、この戦争の後、ホース・オブムーンはディアンの町に対して一部の領地の割譲、並びに10年間の停戦条約を結び、事実上の戦争は一時終結となった。
そして戦後処理が終わり、数か月が経過した。
「はあ……」
「どうした、ツマリ?」
クレイズは、食堂でぼーっとしているツマリを気にかけるように尋ねた。
「アダン、今頃どうしているのかなって……」
「ふむ。この間手紙をもらったばかりではないか?」
「そうだけど! 今、何をしているのか知りたいのよ!」
あの後、アダンは今回の戦争によって広がった領地の治安維持を行うため、各地を転戦する治安部隊に加入した。
その為、アダンとツマリはしばらく会うことが出来なくなっている。
「そう言えば、確か今は南西の町に向かっているようだな」
「へえ……って、そこってギラル卿の領地じゃない! 可愛いサキュバスとかいるんじゃないの?」
「まあ、それは間違いないだろうな」
「そんな! アダンってかっこいいから、絶対に……!」
「誘惑される、か? ……ハハハ、そんな覚悟なら治安部隊には入らないだろう」
確信を持った表情で、クレイズは笑った。
「そ、そう?」
「ああ、間違いない。そもそも彼が治安部隊に入った理由は聞いていなかったのか?」
「……そうよね」
実は先日、丘で会話をした時にツマリはこの話を聴いていた。
自分はまだ、ツマリの隣に入れるような大人じゃない。
サキュバスとエルフじゃ寿命が違うから、このままじゃいつまでたっても僕はツマリと肩を並べられるようになれない。
だから、しばらく各地を回ってみたいと思う、と。
当然ツマリはアダンにいつまでもそばにいてほしかったが、アダンの気持ちを尊重し、それを受け入れた。
期限は半年の予定なので、トラブルが無ければあと数か月で帰ってくる予定だ。
「なんか、安心したらお腹が空いてきちゃった。手、だして?」
「む……。仕方ないな、ほら」
そう言いながらクレイズは腕を出した。それにツマリは唇をつける。
「んく、んく、んく……」
しばらく精気を吸うツマリ。
「もう、いいか?」
人間であるクレイズはアダンよりもはるかに生命力が高いため、ちょっとやそっとのエナジードレインではびくともしない。
ツマリはぷはあ、と唇を離した。
「ありがと、クレイズ。……けど、やっぱりあんまり美味しくないわね」
「そうか? 私の精気は、割と評判なのだが……。やはり、アダンの精気でないとダメか?」
当然クレイズは他の夢魔からも精気の提供をお願いされることが多い。
その為最近では、その日の働きが良かったものに優先的に提供する、と言う形で兵士たちの労働意欲を保つようにしている。
「うん。アダンの精気はね? 飲んでいると、幸せな気持ちになれるのよ……。もう、アダンじゃなきゃダメって……本当にそう思うくらいにね」
恋する乙女のようなうっとりとした顔で笑みを浮かべるツマリに、クレイズは呆れるような顔を見せた。
「まったく。……本当は私も治安部隊に参加する予定だったのだがな」
「ダメよ! そしたら、誰の精気を私は飲むのよ? ギラルから貰えとでも言うの?」
ツマリは、基本的に精気はクレイズからしか受け取らず、その精気も腕からしか受け取らないようにしている。ツマリなりにアダンを思いやった結果だろう。
「まあ、君がほかの男から精気を受け取るのは……アダンは喜ばないだろうな……」
「でしょ? だから、あんたが残んなきゃいけないの! それに、私たちと決着、つけたいんならそれまで私を守ってくれるでしょ?」
アダンにとってもツマリにとっても、クレイズは恩人であり、信頼できる父親のような立場でもある。
その為、ツマリに精気を渡すことは、寧ろアダンの方からクレイズに頼まれていたという事情もある。
「ハハハ、まあ、そうだな……」
そう言いながら、クレイズは苦笑した。
そしてしばらくツマリと話をした後、
「そうだ、アダンが戻ってきたら、君達の故郷を案内してくれないか?」
クレイズはそう訊ねられ、ツマリは少し驚くような表情を見せた。
「え、私たちの? けど、もうほとんど廃村になってるわよ?」
「それでも構わない。君達の育った場所がどういうところだったのか、一度見てみたくてな」
「まあ、別に良いわよ。行っても面白いことは無いと思うけどね」
そうツマリが答える。
(廃村か……。やはり、望みは薄いかもしれんが……)
クレイズは、秘密裏にアダンとツマリが実際に血のつながりがあるのかについてを調査していた。しかし、当時を知るものが殆ど残っていないこともあり、その調査はなかなか進んでいなかった。
そこで、実際に二人の故郷を訪れてみたいと提案したのである。
(もし、二人が他人なら……今より幸せになれるのか? それは分からないが……。少なくとも、真実を二人は知るべきだろうからな)
そう思いながら、クレイズはツマリを見つめた後、遠くにいるであろうアダンに思いをはせた。
「ふう……やっと水が出ましたよ!」
一方でアダンは、南西の町で井戸を掘っていた。これは住民たちにどうしても飲料水が足りないと言われて頼まれていた依頼だった。
「ありがとうございます、アダンさん!」
「アダンさんって素敵よね? もしよかったら今夜、一緒にご飯でも食べません?」
住民のサキュバス達がそう言いながらアダンの腕をぐいぐいと引っ張ってくる。
だがアダンは、
「いえ、僕は……遠慮しておきます」
そう言って固辞した。だが、それでもサキュバス達は食い下がる。
「え~そんな!? ほら、美味しい焼き飯もありますから!」
そう言ってしつこく言うところを、仲間の兵士たちが割って入る。
「悪いけどさ、今夜は私たちと飯食う約束があるんだ。だから、悪いな」
「そうそう! 代わりに俺が行きますから! こう見えても精気の味は自信ありっすよ?」
「え~? まあ、良いわ。じゃああなた達でも良いから、来てね?」
そう言われて、ようやくサキュバス達はアダンを解放した。
その日の夜、宿屋でアダンは仲間の兵士たちと談笑をしていた。
「あれ、他の人たちは?」
食道に数人ほどしかいないのを見て、アダンはあたりを見回した。
「ああ、昼の一件、覚えてるだろ? 夢魔の連中に誘われてパーティに行くんだってさ」
アダンと共に旅をしているのは、元帝国兵の面々である。
先の戦いで人数が10名前後にまで減ってしまったが、それでも変わらない忠誠心でクレイズに従っている歴戦の精鋭部隊であり、アダンにとっても信頼できる仲間である。
その為、今回の治安部隊として任命された。
「あんたはいかないで良いのかい、アダン?」
「ええ。……きっと、パーティに出たらツマリが嫌がるでしょうから……」
「はは、義理堅いねえ……そんなにツマリのことが好きなのかい?」
「勿論ですよ!」
「……それって、男として? それとも兄として?」
その質問に、周囲にいた兵士たちも耳を澄ます。
だがアダンは少し悩むようなそぶりを見せて、
「……分かりません。兄としてツマリを愛しているのは、今でも変わりません。ただ、男としては……まだ分からないんですよ」
「へえ。そりゃ、なんでだい?」
「ツマリの目……見ていると『魅了』されてしまって、異性にしか見えなくなってしまうんですよ。この状態だと、どうやってもツマリを異性として愛している、としか思えなくなるので……だから、自分の気持ちを確かめるため、精神を鍛えて大人になりたいんですよ」
「それで、もしもあんたの気持ちが『異性として好き』じゃなかったらどうすんのさ?」
「それでも……ツマリが僕を異性として愛したいなら……受け入れますよ。だってツマリは……僕の大切な人なんですから」
そう強い決意を込めて言うアダンに対して、周囲からは歓声が巻き起こった。
「な、なんですか、みなさん」
「あんたのその、青臭さが気に入ったのさ。……っと、お客さんみたいだぞ?」
そうこう話していると、宿屋の入り口のドアが開いた。
「お久しぶりっす、アダンさん! それに皆さんも!」
「セドナさん!」
セドナがカバンいっぱいに手紙などの物資を持ってやってきたのだ。
「ちょうどギラル卿にお会いする機会があったんで、ついでに伝令にやってきやしたよ!」
「相変わらず、大変ね。あんた、殆ど休んでないんじゃないのかい?」
「ええ。まああっしはこれくらい平気っすよ。それに他人に奉仕するのがあっしの喜びだって言ったじゃないっすか」
「アハハ、ま、そりゃそうか……」
ひとしきり挨拶を終えると、アダンはまずカバンから数本の酒瓶を差し出した。
「ほい、まずはあっしからの差し入れっす」
「お、こりゃあの時の……」
以前ギラル卿から譲りうけた酒と同じものだった。
名酒であることはそこにいた誰もが分かっていたので、一同は嬉しそうに受け取った。
「それと、こいつはアダンさんあてっすね」
そしてセドナはアダンに一つの包みを差し出した。
「あ、これは……」
そこには、小さな刺繍が入っていた。恐らくはクレイズにも手伝ってもらったのだろう、ところどころ不自然なまでに出来の良い箇所がある。
「ツマリさんからっすね。それと言付けを預かっていやす」
「え、なに?」
「『早く精気を頂戴! あと、私だけを思ってて!』だそうです」
その発言に、兵士たちは笑い出した。
「アハハ! ツマリらしいねえ! 相変わらず正直なものだよ!」
「けど、それが良いところですね! アダンさんのことは俺たちがしっかり守りますから、安心してくださいねって伝えといてください、セドナ副長!」
「勿論っす! 任せてつかあさい!」
半ばからかうように肩を叩かれ、アダンは少し顔を赤く染める。
「もう……ツマリったら……けど、ありがとう……」
そう言いながらもアダンは嬉しそうにしながら、財布の中にその刺繍をしまった。
幸いダリアークは独断で街道の封鎖を行っていたのだろう、ディアンの町の方では待ち伏せや伏兵などはなかった。
当然中枢を落としたことでディアンの町の兵士たちは撤退を余儀なくされ、戦いは終結した。
このままディアンの町と潰しあいをしても互いに利がないということもあり、この戦争の後、ホース・オブムーンはディアンの町に対して一部の領地の割譲、並びに10年間の停戦条約を結び、事実上の戦争は一時終結となった。
そして戦後処理が終わり、数か月が経過した。
「はあ……」
「どうした、ツマリ?」
クレイズは、食堂でぼーっとしているツマリを気にかけるように尋ねた。
「アダン、今頃どうしているのかなって……」
「ふむ。この間手紙をもらったばかりではないか?」
「そうだけど! 今、何をしているのか知りたいのよ!」
あの後、アダンは今回の戦争によって広がった領地の治安維持を行うため、各地を転戦する治安部隊に加入した。
その為、アダンとツマリはしばらく会うことが出来なくなっている。
「そう言えば、確か今は南西の町に向かっているようだな」
「へえ……って、そこってギラル卿の領地じゃない! 可愛いサキュバスとかいるんじゃないの?」
「まあ、それは間違いないだろうな」
「そんな! アダンってかっこいいから、絶対に……!」
「誘惑される、か? ……ハハハ、そんな覚悟なら治安部隊には入らないだろう」
確信を持った表情で、クレイズは笑った。
「そ、そう?」
「ああ、間違いない。そもそも彼が治安部隊に入った理由は聞いていなかったのか?」
「……そうよね」
実は先日、丘で会話をした時にツマリはこの話を聴いていた。
自分はまだ、ツマリの隣に入れるような大人じゃない。
サキュバスとエルフじゃ寿命が違うから、このままじゃいつまでたっても僕はツマリと肩を並べられるようになれない。
だから、しばらく各地を回ってみたいと思う、と。
当然ツマリはアダンにいつまでもそばにいてほしかったが、アダンの気持ちを尊重し、それを受け入れた。
期限は半年の予定なので、トラブルが無ければあと数か月で帰ってくる予定だ。
「なんか、安心したらお腹が空いてきちゃった。手、だして?」
「む……。仕方ないな、ほら」
そう言いながらクレイズは腕を出した。それにツマリは唇をつける。
「んく、んく、んく……」
しばらく精気を吸うツマリ。
「もう、いいか?」
人間であるクレイズはアダンよりもはるかに生命力が高いため、ちょっとやそっとのエナジードレインではびくともしない。
ツマリはぷはあ、と唇を離した。
「ありがと、クレイズ。……けど、やっぱりあんまり美味しくないわね」
「そうか? 私の精気は、割と評判なのだが……。やはり、アダンの精気でないとダメか?」
当然クレイズは他の夢魔からも精気の提供をお願いされることが多い。
その為最近では、その日の働きが良かったものに優先的に提供する、と言う形で兵士たちの労働意欲を保つようにしている。
「うん。アダンの精気はね? 飲んでいると、幸せな気持ちになれるのよ……。もう、アダンじゃなきゃダメって……本当にそう思うくらいにね」
恋する乙女のようなうっとりとした顔で笑みを浮かべるツマリに、クレイズは呆れるような顔を見せた。
「まったく。……本当は私も治安部隊に参加する予定だったのだがな」
「ダメよ! そしたら、誰の精気を私は飲むのよ? ギラルから貰えとでも言うの?」
ツマリは、基本的に精気はクレイズからしか受け取らず、その精気も腕からしか受け取らないようにしている。ツマリなりにアダンを思いやった結果だろう。
「まあ、君がほかの男から精気を受け取るのは……アダンは喜ばないだろうな……」
「でしょ? だから、あんたが残んなきゃいけないの! それに、私たちと決着、つけたいんならそれまで私を守ってくれるでしょ?」
アダンにとってもツマリにとっても、クレイズは恩人であり、信頼できる父親のような立場でもある。
その為、ツマリに精気を渡すことは、寧ろアダンの方からクレイズに頼まれていたという事情もある。
「ハハハ、まあ、そうだな……」
そう言いながら、クレイズは苦笑した。
そしてしばらくツマリと話をした後、
「そうだ、アダンが戻ってきたら、君達の故郷を案内してくれないか?」
クレイズはそう訊ねられ、ツマリは少し驚くような表情を見せた。
「え、私たちの? けど、もうほとんど廃村になってるわよ?」
「それでも構わない。君達の育った場所がどういうところだったのか、一度見てみたくてな」
「まあ、別に良いわよ。行っても面白いことは無いと思うけどね」
そうツマリが答える。
(廃村か……。やはり、望みは薄いかもしれんが……)
クレイズは、秘密裏にアダンとツマリが実際に血のつながりがあるのかについてを調査していた。しかし、当時を知るものが殆ど残っていないこともあり、その調査はなかなか進んでいなかった。
そこで、実際に二人の故郷を訪れてみたいと提案したのである。
(もし、二人が他人なら……今より幸せになれるのか? それは分からないが……。少なくとも、真実を二人は知るべきだろうからな)
そう思いながら、クレイズはツマリを見つめた後、遠くにいるであろうアダンに思いをはせた。
「ふう……やっと水が出ましたよ!」
一方でアダンは、南西の町で井戸を掘っていた。これは住民たちにどうしても飲料水が足りないと言われて頼まれていた依頼だった。
「ありがとうございます、アダンさん!」
「アダンさんって素敵よね? もしよかったら今夜、一緒にご飯でも食べません?」
住民のサキュバス達がそう言いながらアダンの腕をぐいぐいと引っ張ってくる。
だがアダンは、
「いえ、僕は……遠慮しておきます」
そう言って固辞した。だが、それでもサキュバス達は食い下がる。
「え~そんな!? ほら、美味しい焼き飯もありますから!」
そう言ってしつこく言うところを、仲間の兵士たちが割って入る。
「悪いけどさ、今夜は私たちと飯食う約束があるんだ。だから、悪いな」
「そうそう! 代わりに俺が行きますから! こう見えても精気の味は自信ありっすよ?」
「え~? まあ、良いわ。じゃああなた達でも良いから、来てね?」
そう言われて、ようやくサキュバス達はアダンを解放した。
その日の夜、宿屋でアダンは仲間の兵士たちと談笑をしていた。
「あれ、他の人たちは?」
食道に数人ほどしかいないのを見て、アダンはあたりを見回した。
「ああ、昼の一件、覚えてるだろ? 夢魔の連中に誘われてパーティに行くんだってさ」
アダンと共に旅をしているのは、元帝国兵の面々である。
先の戦いで人数が10名前後にまで減ってしまったが、それでも変わらない忠誠心でクレイズに従っている歴戦の精鋭部隊であり、アダンにとっても信頼できる仲間である。
その為、今回の治安部隊として任命された。
「あんたはいかないで良いのかい、アダン?」
「ええ。……きっと、パーティに出たらツマリが嫌がるでしょうから……」
「はは、義理堅いねえ……そんなにツマリのことが好きなのかい?」
「勿論ですよ!」
「……それって、男として? それとも兄として?」
その質問に、周囲にいた兵士たちも耳を澄ます。
だがアダンは少し悩むようなそぶりを見せて、
「……分かりません。兄としてツマリを愛しているのは、今でも変わりません。ただ、男としては……まだ分からないんですよ」
「へえ。そりゃ、なんでだい?」
「ツマリの目……見ていると『魅了』されてしまって、異性にしか見えなくなってしまうんですよ。この状態だと、どうやってもツマリを異性として愛している、としか思えなくなるので……だから、自分の気持ちを確かめるため、精神を鍛えて大人になりたいんですよ」
「それで、もしもあんたの気持ちが『異性として好き』じゃなかったらどうすんのさ?」
「それでも……ツマリが僕を異性として愛したいなら……受け入れますよ。だってツマリは……僕の大切な人なんですから」
そう強い決意を込めて言うアダンに対して、周囲からは歓声が巻き起こった。
「な、なんですか、みなさん」
「あんたのその、青臭さが気に入ったのさ。……っと、お客さんみたいだぞ?」
そうこう話していると、宿屋の入り口のドアが開いた。
「お久しぶりっす、アダンさん! それに皆さんも!」
「セドナさん!」
セドナがカバンいっぱいに手紙などの物資を持ってやってきたのだ。
「ちょうどギラル卿にお会いする機会があったんで、ついでに伝令にやってきやしたよ!」
「相変わらず、大変ね。あんた、殆ど休んでないんじゃないのかい?」
「ええ。まああっしはこれくらい平気っすよ。それに他人に奉仕するのがあっしの喜びだって言ったじゃないっすか」
「アハハ、ま、そりゃそうか……」
ひとしきり挨拶を終えると、アダンはまずカバンから数本の酒瓶を差し出した。
「ほい、まずはあっしからの差し入れっす」
「お、こりゃあの時の……」
以前ギラル卿から譲りうけた酒と同じものだった。
名酒であることはそこにいた誰もが分かっていたので、一同は嬉しそうに受け取った。
「それと、こいつはアダンさんあてっすね」
そしてセドナはアダンに一つの包みを差し出した。
「あ、これは……」
そこには、小さな刺繍が入っていた。恐らくはクレイズにも手伝ってもらったのだろう、ところどころ不自然なまでに出来の良い箇所がある。
「ツマリさんからっすね。それと言付けを預かっていやす」
「え、なに?」
「『早く精気を頂戴! あと、私だけを思ってて!』だそうです」
その発言に、兵士たちは笑い出した。
「アハハ! ツマリらしいねえ! 相変わらず正直なものだよ!」
「けど、それが良いところですね! アダンさんのことは俺たちがしっかり守りますから、安心してくださいねって伝えといてください、セドナ副長!」
「勿論っす! 任せてつかあさい!」
半ばからかうように肩を叩かれ、アダンは少し顔を赤く染める。
「もう……ツマリったら……けど、ありがとう……」
そう言いながらもアダンは嬉しそうにしながら、財布の中にその刺繍をしまった。
0
お気に入りに追加
8
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
幽閉された王子と愛する侍女
月山 歩
恋愛
私の愛する王子様が、王の暗殺の容疑をかけられて離宮に幽閉された。私は彼が心配で、王国の方針に逆らい、侍女の立場を捨て、彼の世話をしに駆けつける。嫌疑が晴れたら、私はもう王宮には、戻れない。それを知った王子は。
王子達は公爵令嬢を甘く囲いたい
緋影 ナヅキ
恋愛
男女比が5:1、一妻多夫が当たり前な世界。
前世、大災害により高校1年生(16歳)で死亡した相模ほのか(サガミ ホノカ)だった記憶のある公爵令嬢アンジュ=リーノ=エルドラードは、そんな世界に転生した。
記憶と生来の性格もあってか、基本心優しい努力家な少女に育った。前世、若くして死んでしまったほのかの分も人生を楽しみたいのだが…
双子の兄に、未来の騎士団長、隠れヤンデレな司書、更には第2王子まで…!ちょっ、なんでコッチ来るの?!
という風になる(予定の)、ご都合主義合法逆ハーレムファンタジー開幕です!
*上記のようになるまで、かなり時間(話)がかかります。30,000文字いってもまだまだ新たな婚約者が出てきません。何故こうなった…
*腐女子(親友)が出てきます。苦手な方は自衛して下さい。忠告はしたので、文句は受け付けません。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
この作品は『野いちご』『エブリスタ』でも投稿しています。
作者学生のため、カタツムリ更新です。文才皆無なので、あまり期待しないで下さい。
*表紙は ぽやぽやばぶちゃんメーカー で作ったアンジュ(幼少期)イメージです。
メーカーは下記のリンク⇓
https://picrew.me/ja/image_maker/11529
*うわぁぁーっ!!お気に入り登録100ありがとうございます! 2022/10/15
*お気に入り登録208ありがとうございます!2023/03/16
*お気に入り登録300ありがとうございます!2023/05/07
*教会➂➃の属性の部分をいくつか修正しました。作者である僕ですら意味分からないのもあったので…w 2023/04/25
*お気に入り登録400ありがとうございます!2023/07/15
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
俺の妹が悪役令嬢?そんなの兄の俺が許さない!
ねこ沢ふたよ
恋愛
女王アレーナを傀儡のように扱う宰相と言われる悪名高きグスタフ・エルグの息子、リオス・エルグ。彼は、妹シロノを溺愛している。妹の初恋は、王太子セシル。
はっきり言って、セシルは嫌いだ。無表情で人を見下しているように、周りとは何も話さない愛想のない奴。あんな奴は、嫌いだ。嫌いだが、妹が幸せになるならば、俺は、セシルの目をシロノに向けるために最大限の努力をしようじゃないか!!
誰だ!俺の可愛い、聡明で美しいシロノを悪役令嬢呼ばわりする奴は!!
妹溺愛お兄さんが、妹を正妃にするために、頑張るお話です。
あやかし王とあやかくし ~応急処置の婚約ですが、もふもふの溺愛と友情を手に入れて孤独と無縁になりました~
真霜ナオ
恋愛
孤独な人生を歩んでいた依織は、足を踏み入れてはならないとされている神社に立ち入る。
そこは、あやかしによる神隠し――妖隠しが起こるとされている場所だった。
妖隠しに遭った依織は、見知らぬ世界であやかしの王・白緑に出会う。
利害の一致から仮の婚約者となった依織は、そこで様々なあやかしと出会い、思わぬ争いに巻き込まれていく。
※コンテンツ大賞へ応募用に加筆修正しました。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる