上 下
38 / 45
第5章

兄妹のように育った兄に告白するの、良いよね

しおりを挟む
それからしばらくして、アダンは部屋を去っていった。

「……ありがと、アダン」
「こちらこそ、ツマリ」

そう言って二人は見つめあい、静かな時が流れる。
そして、ツマリは口を開いた。

「その……。やっぱり、これだけは言いたいんだけど……」
「うん……」

その様子にアダンは真剣な目をして、その瞳を覗き込む。



「アダン。……私はあなたが好きなの。兄としてだけじゃない、異性として……」



そうまっすぐと赤い瞳を向け、アダンにいう。
アダンはそれを何も言わずに聞いていた。

「きっと、サキュバスの血がそう言わせてるのかもしれない。アダンの精気が欲しいから、言ってるのかもしれない。……けど……絶対に私はそれだけじゃないって思ってるの……」
「うん……」

そのアダンの顔は瞳を見る中で徐々に赤く染まり始めていた。
ツマリはぐい、と顔を近づけてはっきりと言う。

「だから、付き合って欲しいなんて言えないけど……。お願い、アダン! 私があなたに恋しても、良いよね……?」

その胸元で握った手が震えているのを見て、アダンは優しくその手を包み込み、答える。

「勿論だよ、ツマリ。……僕だって、ツマリを愛しているよ。……だから、全部、その思いを受け止めるね?」

そして、そっとその両腕でふんわりと包み込むように、ツマリのことを抱きしめた。

「あ……ありがと……アダン……」

そう言って、ツマリは目からぽろぽろと涙をこぼしながら腕をほどくと、ツマリもアダンの体を抱きしめた。



「…………」
ツマリの暖かい陽だまりのような思念を感じながら、心地よい気持ちと共にアダンも春先の小川のように穏やかな思念を送る。
ツマリはその思念の中で自身の心を受け入れてくれたことへの感謝と、あふれ出る思慕の想いをアダンに伝え続けていた。

そしてしばらくした後、ツマリはそっと体を離し、

「アダン……。やっぱりもう少し、精気が欲しいんだけど……いい?」
「うん……」

そう言うと、額にそっと唇を当て、

「んく……んく……」

こくり、こくりとゆっくり味わうように精気を飲み始める。

「大丈夫、アダン?」
「うん、まだまだ大丈夫だよ?」
「そう……。……う……!」

その瞬間、ツマリの体からまた以前のような、熱く燃え盛るような情欲が流れ込んできた。
それを必死で抑え込もうとするツマリをアダンは、

「いいよ、ツマリ……。その気持ち、全部受け入れるって言ったよね?」

ギュッとツマリのことを抱きしめると、その情欲ごと包み込むような思念を送り込む。

「……ありがと……大好き……アダン……」

そう言うと、ツマリは首筋に軽く唇をつけ、精気を吸い始める。

「…………」

ツマリの温かく柔らかい唇の感触をアダンは感じ取っていた。以前の貪るようなかみつき方と違い、心から相手をいつくしむような感触に、アダンは目を閉じてツマリに吸われるがままにする。

「アダン……こっち見て?」

しばらくすると、ツマリはアダンの目をまっすぐと見つめていた。

「ツマリ? あ……」

以前のギラギラと光る赤い瞳とは違い、上品なワインレッドの色にその瞳は染まっていた。
……夢魔として成熟に近づいた証だ。

「お願い……。唇からも……吸っていい……?」
「え?」
「今だけ、恋人として……ね?」


先ほどの言動においてアダンは「愛している」とは言ったが、ツマリのように「恋している」とは言っていなかった。


これはアダンがまだ完全にツマリに対して異性として意識を仕切れていないことである。ツマリはそれを本能的に感じ取っていたのだろう。
……だからこそ、これが自己満足であることも、ツマリには分かっていた。
だがアダンはツマリの要求を拒否する気持ちはなかった。

「うん、良いよ……」

そう言って目を閉じ、唇を突き出す。

「…………」

当然だが、夢魔の世界でも『唇をつけてのエナジードレイン』は特別な意味合いを持っている。その為、自分から言い出したこととは言え、以前のような暴走状態でもないのにキスをするとなると、胸が早鐘の如く鳴り始める。

「……す、するよ……キス……」
「う、うん……」

それはアダンにとっても同様だった。
思念もお互いに制御することが出来ず、溶けるような高熱を発する思念がお互いの間ですさまじい勢いで流れあう。

「…………」

そして二人の唇があと指1本と言うところまで近づいたとき、それは起きた。

「ぐ……ああああああ!」

突然、アダンが悲鳴を上げながら頭を押さえ始めた。

「どうしたの、アダン……いやああああ!」

ツマリも同様であった。





一方、セドナは訓練を終えたクレイズ達と食堂で談笑を行っていた。

「セドナ、うまくやったみたいだな」

クレイズはそう言うと、苦手な干物をさりげなく部下に渡しながら、セドナに笑みを浮かべた。
セドナも自身の役割を果たせた達成感もあるのか、誇らしげに答える。

「ええ、お二人さんも仲直りしていただけたみたいで。クレイズ隊長もこれで少しは楽になりやすね」
「まったくだな。……それにしても、特にツマリの歌声は美しかったな。あれほどとは思わなかったぞ」
「ええ。なんでもツマリさん、小さい時に聖歌隊に入ってたようですから」
「聖歌隊、か……」

その発言に、クレイズはまた違和感を感じた。
アダンの習い事は剣術や魔法と言った実用的なものばかりであり、なおかつそれはそれとなく親に勧められたことがきっかけだと言っていた。

一方のツマリの習い事は聖歌隊の他にも以前は絵画の教室にも通っていたと聞いている。いずれもどちらかと言えば趣味性が強いものである。

(やはり、二人の育て方が平等じゃないな。……気のせいではなさそう、か……)

そう思いを巡らせようとしたが、その瞬間に凄まじい頭痛がクレイズを襲った。

「ぐ……なんだ、これは……!」

それは周りの兵士たちも同様であった。

「この思念……アダンさんと、ツマリさんです!」
「凄い声……! アダンが好き、ツマリが好き、そんな声が……頭に響いて……!」

無論これは、二人の思念が特別強いという理由だけで起きた現象ではない。
運の悪いことに、クレイズ達の居る食堂がツマリの部屋の真下にあったことも理由である。

「皆さん、どうしたんすか!」

思念の影響を受けないセドナは、それを見て驚いたようにクレイズに尋ねる。

「セ……セドナ……。アダンとツマリが……思念を暴走させている……。大体理由は分かるが……二人を……止めてくれ……」
「え? ……へい、分かりやした!」

そう言うと、セドナは駆けていった。



それから10分後。

「さて、アダンさん、ツマリさん?」

セドナがツマリの部屋に到着したとき、二人は抱き合ったまま頭痛に苦しんでいた。
必死で引きはがそうとしたが、それでもなお腕を離さない二人に対して、最後の手段として強烈な一撃を叩きこみ失神させることしか出来なかった。
ようやく二人が目を覚ましたところで、セドナはやや怒りを含んだ表情で二人をベッドに座らせた。

「えっと……」
「ひょっとして……」

大体理由の察しはつくのだろう、二人は委縮するようにセドナの言葉を待った。

「ええ、そうっす。お二人の思念が階下に響いて、兵士がみんな大変だったんすからね!」
「やっぱり……」
「ごめんなさい……」
「まったく、特にアダンさん! あっしは以前、結論を急ぐなって言ったじゃないっすか! アダンさんはツマリさにより成熟が遅いんす! だから、思念を制御しきれないんすよ!」
「え、そうなの?」

そのことに、ツマリは少し意外そうに尋ねる。

「そう。それにツマリさん! サキュバスの瞳は魅了効果があるんすから! まだ未熟なアダンさんにまっすぐ目を向けたら、ツマリさんを好きになるに決まってるんすからね!」
「あ……そうだったのか……だから……」

アダンは以前ツマリが襲ってきたときのことを思い出した。最後の力を振り絞って魔法を使えた一瞬、あの時ツマリは目を閉じていた。

「とにかくっすけど……。アダンさんもツマリさんも、もう少し思念を制御できるようになってつかあさい! そうしないと、兵士さん達にも迷惑がかかるし、恥ずかしい思いをするのはお二人なんすから!」
「はい……」
「ごめんなさい……」

いくら思念で伝わる情報が掛け声程度とは言っても『誰が発したのか』くらいは分かる。そのため、アダンとツマリはセドナの説教に、思わずしゅん、と頭を下げた。

「まあ、今回はこの程度にしときやす。結果的に兵士たちにお二人の仲の良さをアピールできたのはプラスでもありやすし……けど、これからは気を付けてくだせえ。お互い大切な人同士なんでしょ?」
「え? それは勿論!」
「当然ですよ」

思わずそれに対してはっきりと返事をする二人に、セドナは苦笑した。

「それじゃ、今日はもう寝やしょう。明日、しっかり皆に謝るんすよ?」

そう言いながらセドナはアダンを手招きする。

「ええ、そうしますね……。それじゃ、お休み、ツマリ」

そう言うとアダンは立ち上がりドアの前まで移動する。だが、ツマリは何か言いたそうにもじもじとしながらアダンの方を見る。

「……その、えっと……」
「……わかったよ、ツマリ……」

その様子と思念を感じ取ったアダンはドアからツマリのベッドの方に戻り、その額にキスをした。

「……えへへ、ありがと。私も、ね?」

お返しとばかりにツマリもアダンの頬にキスをした後、部屋を出るアダンを見送った。
このキスは当然、エナジードレインが目的ではない、純粋な情愛の証としてのキスであった。



そして誰もいなくなった部屋でツマリは、少し複雑な表情を見せていた。

(私が魅了しちゃってたのかな、アダンのこと……。もしそうなら、いつかアダンが成長して魅了が効かなくなったら、私から離れて行っちゃうのかな……)

そう思ったが以前のようには寂しげな表情は見せず、

(なら、その分今一緒に居よう! それでアダンが居なくなるなら、悲しいけど……本当に悲しいけど、しょうがないもんね!)

どこか晴れやかな表情をしてそのように思うと、ツマリもベッドにもぐりこんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

幽閉された王子と愛する侍女

月山 歩
恋愛
私の愛する王子様が、王の暗殺の容疑をかけられて離宮に幽閉された。私は彼が心配で、王国の方針に逆らい、侍女の立場を捨て、彼の世話をしに駆けつける。嫌疑が晴れたら、私はもう王宮には、戻れない。それを知った王子は。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

王子達は公爵令嬢を甘く囲いたい

緋影 ナヅキ
恋愛
    男女比が5:1、一妻多夫が当たり前な世界。  前世、大災害により高校1年生(16歳)で死亡した相模ほのか(サガミ ホノカ)だった記憶のある公爵令嬢アンジュ=リーノ=エルドラードは、そんな世界に転生した。  記憶と生来の性格もあってか、基本心優しい努力家な少女に育った。前世、若くして死んでしまったほのかの分も人生を楽しみたいのだが…    双子の兄に、未来の騎士団長、隠れヤンデレな司書、更には第2王子まで…!ちょっ、なんでコッチ来るの?!  という風になる(予定の)、ご都合主義合法逆ハーレムファンタジー開幕です! *上記のようになるまで、かなり時間(話)がかかります。30,000文字いってもまだまだ新たな婚約者が出てきません。何故こうなった… *腐女子(親友)が出てきます。苦手な方は自衛して下さい。忠告はしたので、文句は受け付けません。  ✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽  この作品は『野いちご』『エブリスタ』でも投稿しています。  作者学生のため、カタツムリ更新です。文才皆無なので、あまり期待しないで下さい。   *表紙は ぽやぽやばぶちゃんメーカー で作ったアンジュ(幼少期)イメージです。  メーカーは下記のリンク⇓ https://picrew.me/ja/image_maker/11529 *うわぁぁーっ!!お気に入り登録100ありがとうございます! 2022/10/15 *お気に入り登録208ありがとうございます!2023/03/16 *お気に入り登録300ありがとうございます!2023/05/07 *教会➂➃の属性の部分をいくつか修正しました。作者である僕ですら意味分からないのもあったので…w 2023/04/25 *お気に入り登録400ありがとうございます!2023/07/15

処理中です...