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第3章

戦う前に「嫌な予感」を感じて妹に声をかける兄、良いよね

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そして翌日の夜。

「すいやせん、みなさん。ここで降りてくだせえ」

突然セドナがそう言うと、兵士たちは怪訝な表情を見せた。

「何言ってんだ? 目的の最下流の砦まではまだ半日はかかるだろ?」
「ええ。そうっすね。……ただ、あっしらの狙いはその砦じゃねえっすから」
「は?」

そう言うと、アダンとツマリも驚いたような表情を見せた。

「どういうこと、セドナ?」
「ああ、すいやせん。お二人にも言っておりませんでしたね。……とにかく、降りやしょう」




兵士たちが船から近くの河原に降りると、そこにはほかの兵士たちがすでに待機していた。

「お疲れ、セドナ。敵兵に怪しまれてはいないか?」

クレイズは落ち着いた口調でセドナに尋ねる。

「ええ。幸いなことに、あっしらを付け狙うような影は見えておりやせん。……本当は泳がされてるのかもしれやせんが……」

そういう二人の目はあちこちを注意深く見張っている。この河原は周囲は背の高い草が繁茂しているため、よほど近づかない限りはクレイズ達の姿には気づかない。
逆に言えば、こちらからも敵を発見することが難しいという意味でもあるのだが。

「じゃあ手筈通りに行くぞ?」
「ええ、ご武運を」

そう言いながらクレイズはいつもの元帝国兵たちを連れて船に乗り込もうとしたときに、

「ちょっと、待ってよ、クレイズ!」
「しいいいい! ちょっと、ツマリさん、声がでかすぎます!」
「あ、ごめん……。けど、どうしてクレイズだけが船に戻るのよ? 説明して?」
「ああ。と言うかセドナ、お前は二人に説明してなかったのか?」
「アハハ、すいやせん、うっかりしていやした……」

そう言うとセドナは頭を掻きながら、アダン達に説明を始めた。

「そもそも、先日ギラル卿と話した『最下流の砦を攻める』って話ですが……。ありゃ嘘です」
「ええ!」

ツマリが大声で叫ぶのに対して、アダンは合点がいったようにうなづいた。

「だから声が大きいですよ、ツマリさん!」
「だって、そもそも城の背後を打つ二正面作戦だって言ってたじゃない!」
「ありゃ、方便っす。……そもそも、ギラル卿の隙だらけさに、お二人は不安になりやせんでしたか?」
「うん……」

その質問に、アダンはうなづいた。

「正直、あんな謁見室で人払いもせずに細かい作戦まで会議していて、本当に情報が洩れないかなって心配だったから……」
「そうでしょ? ギラル卿はその辺、だいぶ不用心な方ですからね。見た感じ好色な方ですし、密偵の一人や二人、あの城内に忍び込んでいたと考えても不思議じゃありやせん」
「そうか……」

そこまで言って、ようやくツマリも理解できたようにうなづいた。

「だから、わざと『最下流の砦』を落とすって言って兵士をそっちに集めさせる、いわゆる陽動作戦を取るってわけね? で、あたしたちはどうすんの?」

「あっしらは、この中流の砦で『砦を落とすと見せかけた陽動』をやりやす」

セドナはそう言うと、船から大量の旗竿と金属製の鍋やフライパンを取り出した。

「明日の夜までにこの旗竿を作って、全員がこれを持ちやす。そして『最下流の砦』の付近でクレイズ隊長と同じタイミングで、鍋やフライパンをガンガン鳴らしながら、この近くにある『中流の砦』を攻めに行きやす」
「そうか、そうすれば『敵軍の本隊が攻めてきた』って思わせることが出来るってわけだね! けど、ボク達とクレイズさんがバラバラになったら、どっちの砦も落とせないんじゃないかな?」

中流の砦は、いわゆる城攻めを行う上では兵站線から外れており、さほど戦略上において重要な拠点ではない。
しかし、隣国との距離がもっとも近い前線基地のような立ち位置であるため、兵力は最下流の砦と同程度にはある。
その質問に、クレイズはうなづいた。

「そうだ。……だが、そもそも砦を無理に落とす必要はないだろう? 本隊が国の中央にある城を制圧した後は、各地の兵站線を切って包囲し、降伏勧告をすればいいからな。我々は敵兵の注意を城に向けさせさえしなければいいんだ」

その発言に、はっとした表情でアダンはうなづいた。

「そっか……。どうしても戦うことばっかり考えちゃうけど、別に降参させちゃえばいいんだもんね。ボクらが注意を引き付けている間に、ギラル卿の率いる本隊が攻め落とすってことか……」
「……そういうことだ。この方法なら練度の低い兵でも多くの兵を安全に呼び出せるはずだ」

その発言に、おそらくは戦の経験がないであろう兵士たちが安堵の声をもらすのが聞こえた。
だが、アダンは心配そうに尋ねる。

「けど、クレイズさんは逆に危険じゃないの?」
「危険? 確かに、そうだろうな。最下流の砦には、ネリアと言う武将が居ると聞いている」
「ネリアさん、か……」

それを聞き、アダンは口ごもった。
彼女はこのあたりでは珍しい竜族であり、卓越した剣の才能を持っていた。その為、アダンやツマリも一時期は師事していたこともある。

「だが、それが楽しみで仕方ないな。……会えることを祈っているくらいだ」

クレイズは強がりではなく、本気でそのように笑みを浮かべたことはツマリにも理解できた。相変わらずの戦闘狂っぷりに、ツマリは呆れたようにつぶやく。

「クレイズ……。やっぱあんたって、おかしいわよ」
「はっはっは! そう言ってもらえたら光栄だな。……二人とも、また会えると良いな」
「ええ。……ご武運をお祈りしています」

アダンの発言に微笑みながら頷くと、クレイズは部下たちを引き連れ、船に戻っていった。
アダン達が実際には少数部隊だと悟られないように、クレイズ達は少人数ずつに分散し、すべての船に乗り込んでいく。その姿を見て、アダンとツマリは軽く手を振った。

「さあ、明日から忙しいっすよ! 今日のところはここで仮眠を取って、明日の夕方までに準備をはじめやす」

そう言うと、荷物のなかから簡素な毛布と携帯食料を取り出し、セドナは一向に配った。

「え? ああ……」

船がなく、人影が周囲に見当たらない辺鄙な場所とはいえ、ここは敵国である。その為命令に逆らって脱走することも難しい状況となっている。
そのこともあり、兵士たちは素直に従い、思い思いに休息を始めた。

「ねえ、アダン? ……今日も一緒に寝る?」

ツマリは毛布を手に持ち、少し甘えるような表情でアダンに尋ねる。その様子にアダンは少しビクリ、と体を震わせながらも首を振る。

「……ううん。僕はセドナさんと明日の打ち合わせをしておくよ。ツマリも来る?」
「私が聞いても分からないから、やめとくわ。代わりに見張りを手伝うことにするわね」
「……そうだね。あのさ、ツマリ……」
「なあに?」
「お互い、生きて帰ろうね?」

少しいつもと違う表情を見せるアダンに、少しおかしそうに笑った。

「何言ってんのよ。いつも二人で生きてこれたじゃない。それに明日の作戦は、あたしたちが突っ込んでいかなくてもいい作戦でしょ?」
「突っ込んでいかなくても、か……ハハハ、そうだね……」

アダンはその発言に、少し苦笑した。
今にして思うと、自分たちは『勇者』とおだてられ、敵陣に突撃して大将を撃破する、いわゆる「突撃役」ばかりやらされていたことに気づいたからだ。
だから、クレイズのように『戦わないで、降伏勧告を受け入れさせる』と言う発想は思いつきもしなかったのも、そのためである。

「けど……。なんだろ、なんか嫌な予感がしたからさ……」
「嫌な予感? や、やだなあ。そんなのは気のせいよ……」

そうは言うが、感受性の鋭いエルフの血が濃いアダンの予感は、よく当たることを知っている。その為、ツマリは不安を紛らわすように笑った。
瞳をじっと見つめた。



……アダン。あなたの命はツマリのもの。その命に代えてもツマリを守るんですよ?……



(……はは、昔を思い出しちゃったな……)
小さい時に、幾度となく母親から言い聞かされた言葉を思い出し、アダンはツマリに尋ねた。
「あのさ、ツマリ……。お願いがあるんだけど……」
「なに?」
「ちょっと、顔を見せて?」
「え? ……もう、大げさだな。……こう?」
そう言うと、ツマリは手を後ろで交差させ、首をかしげながら笑みを浮かべ、アダンの顔をそっと見つめる。今は瞳の色は赤く染まっていない。

「……な、なんか照れるな……」

そのまっすぐな瞳を直視するのに恥ずかしくなったのか、アダンは目をそらす。

「もう! お兄ちゃんが顔見てって言ったんでしょ?」
「そうだけどさ。……ごめんね……」

謝るアダンにツマリは一歩近づいた。そして、

「……それじゃ、おまじない。お互い頑張って生き残ろう、ね? ア……お兄ちゃん」
そう言うとアダンの頬にキスをした。

「……フフ、そうだね。ありがと、ツマリ……」
「うん。それじゃ!」

ツマリは少し顔を赤らめながらも、向こうで見張りの役割順を決めている兵士たちのもとに向かっていった。
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