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第4章 モラハラ夫が、思いやりある敏腕営業マンになるまで

4-8 敏腕営業マンは、会社を業界No1にしたようです

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それから2年半の時が流れた。


「おはよう、すごいじゃん、ヨアン!」
「クーゲル課長……」

俺はその日、社長から直々に表彰された。
俺の担当していた区域がついに売り上げナンバーワンになったからだ。

「やりましたね、ヨアンさん!」
「ヨアンさんのやり方、俺達もやったんですけど凄い売り上げあがったんですよ!」
「そうそう! まさかドワーフがあんなにゲームが好きだなんて思いませんでしたよ!」

周りの同僚たちにも、俺が様々な年代・性別の種族から得た情報をもとに、商品の売り方をレクチャーしていた。
そのおかげで、彼らの売り上げも伸びたようだ。


「……ハハハ、よかったな、お前らも」

以前の俺だったら、自分以外の奴の売り上げが上がるなんて嫌なだけだったろう。
しかし、今は彼らがこうやって自分に笑顔を向けてくれるのが、たまらなく嬉しかった。


「ヨアン、おめでとう。ヨアンのおかげで、業界全体の売り上げも、うちらが1位だね」
「ええ、そうみたいですね」
「今日の新聞にも載ってたよ。……フフ、これは、リグレの奴が悔しがる顔が目に浮かぶね」


そしてクーゲル課長には、俺が『勘違いチャラ男』だったことを教えてくれ、そして『他人の痛み』を知ることの難しさを教えてくれた。

本当に彼女は素晴らしい人だった。
……俺はまだ誰かと恋愛する立場にはないが、もしも違う世界線だったら彼女に交際を申し込んでいたのかもしれない。

「ところでさ。なんかヨアン、ニルセン社長にお願いしたことがあったけど、なにを話してたの?」
「え? ああ、いや個人的なことですので」
「そうかい。……ところでさ、明日のパーティ、ヨアンは行くの?」


ニルセン社長は、今度の週末に社員全員で打ち上げパーティをすることを提案してくれた。
ただし、いわゆるリグレの奴がやっていたような「強制参加」と言う形で行うようなパーティではなく、完全な任意参加だ。

「ええ。クーゲル課長は?」
「ああ、悪いね。私はちょうどその日、親戚の家に呼ばれてるんだ」
「そうなんですね。……それじゃあ、俺はまた営業に行ってきます」

俺はそう言うと、いつものように店舗に足を運ぶことにした。




そしてその日の夜。また俺たちはご主人様の元に呼ばれていた。

「おい、金」

そう言われて、代表のニルセン社長は金を出す。
もうこの光景にもすっかり見慣れた。

「ふうん。お前たち、ずいぶん稼いだじゃんか。ま、これは全部僕のものだけど」

そう言うと、いつものようにイグニスの元カノたちが追随するように罵倒し始める。

「ですよね~? 労働奴隷のあなた達は、ご主人さまのために働けばいいんですよ?」
「本当にね。ニルセン、あなたは悔しい? 強いご主人様に搾取される人生は?」
「イグニスさんはどう? あなたの大切な元カノはもうあなたを嫌いだそうよ?」

だが、ニルセン社長とイグニスは何ともないと言わんばかりに頷いた。

「いえ。……今は、事業のことで頭がいっぱいですので。知っての通り、うちの会社は業績が1位になったので忙しいんですよ」
「俺も、今は新しいキャラのイメージで頭がいっぱいです。今度のゲームは、既存の可愛いだけのヒロインじゃない、新機軸を立ち上げたいんです」


俺達はもう、ただ寝取られ、その場で嘆いているだけの人間じゃない。
『支え合える人』『支えないといけない人』が周りにいる。


そして何より、俺たちの仕事で笑顔になってくれる人もいる。


だから、ご主人様たちの『煽り』はもう怖くない。
二人の姿を見て、俺もそうあるべきだと心に誓った。


「ふ、ふうん……。ま、まあ、ボクのために働いて稼いでくれるなら文句はないけどな……」


そう言いながらもご主人様はどこか羨むような表情を見せた。
少しした後、ニルセン社長はすっと頭を下げながら俺の肩を叩く。

「それと、今日はちょっとヨアンの方からお話したいことがありまして」

そう言われた俺は頷いて、妻シンシアの方を向いた。
ご主人様はフン、と見下したような表情を見せた。

「なに? 性奴隷4号ちゃんに用? 言っとくけど、こいつは催眠がかかってるから、お前を好きにはなんないよ?」
「それは……催眠がかかってなくても同じでしょう。……ただ、今日は彼女に渡したいものがあるので」
「なんだよ、それ」

俺はそう言うと、一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには「社員急募」と書かれた求人のチラシだった。


「なによ、これ……」
「社長にお願いしたんだ。……もし売り上げが一位になったら、俺の妻をうちで雇ってくれって」
「うちって……セントラル・クリエイトのこと?」
「ああ。……その、正直さ。お前が俺に従ってたのって、仕事が無かったからだろ? この辺、ハーフリングが務めやすい職場、少ないもんな」

そう、俺達がすんでいた地域はいわゆる肉体労働が多く、華奢なハーフリングには不利なものばかりだった。

「けどさ。仕事があったら……その……俺と離婚するのも簡単だろ? だから社長に頼んで、うちで雇ってもらえるようにお願いしたんだよ」
「離婚……か……」


実は俺はまだ彼女とは離婚していない。
ご主人様の「労働奴隷」として働くのであれば、その方が都合がいいからとのことだ。
俺はさらに、社長から表彰された時にもらった賞金も、全て手渡した。

「あと、これもあげるよ。これは『給料』じゃないから、ご主人様に渡さなくてもいいはずだからな」
「え? あ、しまった……」

そうご主人様は小声でつぶやいていたが、俺は相手にしなかった。
そして俺は頭を深く下げた。


「今までのお詫びにもならないと思うけどさ。……もしお前が『自分の人生』をやり直したいって言うなら、俺は金も渡すし、時間も使うから……今までのお詫びに、手伝わせてほしい」
「……バカ……」

彼女は他の性奴隷とちがい『男性を罵倒することで性的興奮を得る』ような暗示はかけられていない。

その為、この「バカ」は純粋に彼女の本音なのだろう。
そして彼女は少しだけ顔を赤らめ、ぷい、と背けた。

「……けど、ごめん。あんたのことは……まだ嫌いのまま……だと思う。……だけど、ちょっとだけ見直した。ありがと、お礼に両方とももらってあげる」
「ああ。……ありがとうな、シンシア」
「……フフ、お金渡したあんたが『ありがとう』なんて、なんかおかしいね」


そう俺たちは見つめ合い、少しだけ笑みを浮かべ合った。



「うぐぐぐぐ……」

だが、その様子を見てご主人様は相当機嫌が悪くなったようだ。

「なんだよなんだよ、ヨアン! こいつはさ、ボクの性奴隷なんだよ、勝手に話進めんなよな!」
「ええ。ですが、性奴隷が働いちゃいけないとは言ってないですよね?」
「そうだけど……」


なぜご主人様は彼女たちを頑なに働かせないのだろう。
そりゃ、セックスできる人形はいつでも手元に置いておきたいのは分かる。

だが、ご主人様ももう40前後であり、日ごろから無茶な食生活と怠惰な生活を送っている。

そして俺のようなインキュバスの目はごまかせない。
……そう、ご主人様は明らかに性欲に衰えが見えている。
日がな一日セックス三昧と言うわけにもいかないだろう。



「とにかくな! お前がそう言う態度を取るとな! ボクはむかつくんだよ! ったく、どうせお前たち、ボクのことをバカにしてるんだろ?」


そういいながら、ご主人様は怒りの表情と共に酒を煽ったのを見て、俺はようやくご主人様のことを理解できた。


……ご主人様は「自分以外の人間が成長するところ」を見たくないんだ。


大きな不幸や失恋をしても、人は乗り越えようとする力がある。
……仮に寝取られて失恋したとしても、あきらめなければまた新しい恋愛が出来ることもある。環境が変化すればなおさらだ。

だがご主人様は、そのような経験が一度もない。
いや、その経験を『催眠アプリ』によって、その経験を避けることが出来てしまった。

これによって自身が取り残されていることをひしひしと自覚した、ということだろう。


だからこそ、俺達には『元妻にいつまでも未練がましくしがみつき、打ちひしがれていること』を望むし『仕事や人とのつながりを通して、人間的に成長されることや、社会的に評価されること』を嫌う。


そう考えると俺はご主人様に対して、ある種の憐れみを感じていた。


そんなご主人様の心境を察したのだろう、周りの性奴隷たちもご主人様をフォローしようと、必死で笑顔を浮かべていた。


「ね、ねえご主人様? もうさ、人と比べるのはやめましょうよ! これからはさ、ずっと家にこもってゲームとセックスだけして、お酒飲みながら過ごしましょう?」

「そうそう! 新聞は読まない、偽旦那(ニルセンのこと)とは顔を合わさない、外出もしないで部屋にこもって、ね! そうすれば、ご主人様を傷つけるものなんかいませんよ!」

「そ、そうだ! 嫌なことは忘れて、お酒飲んでセックスしましょうよ、いまから! ほら、おっぱい触ってください!」

「い、いいわね、それ! 私たちの『女体』さえあれば、ご主人様、寂しくないですよね? 『友達も家族も仲間も思い出も、ボクには何もない人生なんだな』なんて、思わないようにお酒飲みましょ?」


……うーん……。
あれはもはや、励ましではなく『煽り』だな。


下手すれば、俺達への罵倒よりも切れ味鋭いぞ、あれ。

今の彼女たちの発言に、流石に俺は同情した。
そしてご主人様は怒りを爆発させるように、ニルセン社長に怒鳴った。


「くっそおおお! ……おい、ニルセン!」
「はい」
「明日のパーティ、ボクも参加するからな! ボクのことはスポンサーだとでも言っておけよ!」
「はい……分かりました……」


なるほど、ご主人様にも、雀の涙ほどの克己心はあったのだろう。
もっとも、なにも「積み上げてない人」が出て※楽しいパーティではないと思うけど、と俺は思った。



(※パーティにおける顛末はプロローグ「NTRの復讐は「寝取り返し」だけじゃない」を参照してください。ご主人様の「愉快な」言動が楽しめます)
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