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第1章 ヒモ男が、有名イラストレーターになるまで

1-1 ヒモ男が彼女を寝取られて自立を余儀なくされました

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「はあ、もう夕方かあ……」

俺の名前はイグニス。種族は獣人で、職業はイラストレーター。
絵描きと言っても、最近はあまり絵を描いておらず、毎日だらだら過ごしている。

今日も俺はギルドの事務所で、一人ゆっくりとお茶を飲みながら外の景色を見ていた。
すると同僚のクーゲルが少し見かねたように声をかけてきた。

「ねえ、イグニス? 今日は仕事しないの?」
「うーん、なんかだるくてさ」

彼女はクーゲル。糸目が特徴なイラストレーター仲間だ。
俺は適当に返事をした。

俺は絵描きといっても、書籍の挿絵やゲームのイラストと言った仕事については、ほとんどやっていない。世話焼きな彼女は、そのことを機にかけてくれるのだが、正直うっとうしいと思うこともある。


「ったく。そんなんじゃ、今月も給料少ししかもらえないよ?」
「なんか気が乗らなくてさ。クーゲルはどんな仕事をしてるんだよ?」
「私? 私は、兵士の養成マニュアルに、挿絵を描いてるよ」
「ふーん。まあ、いい仕事じゃないのか?」


この事務所は「名義貸し」というシステムを取っている。
これは、フリーランスたちが事務所の名義で仕事をして構わない代わりに、受注した際には手数料を受け取れる形になっている。

事務所の設備は自由に使っていい代わりに、仕事を受注しない限り給料が出ない完全歩合制のシステムだ。


「こんな感じのイラストなんだけどさ。どう?」

クーゲルは持っていたマニュアルを見せてきた。
なるほど、魔法の使い方や薬草を用いた応急処置の方法など、絵入りで分かりやすく書かれている。

「ねえ、イグニス? イグニスは才能あると思うんだよ。私みたいな仕事よりも、もっと大きな仕事をできると思うんだよね」
「そうか? でもなあ……やる気がさあ……」
「はあ……。まあ、そうだよね。イグニスって、彼女に食わせてもらってるんだってね」


俺は今付き合っているエルフの彼女『ヒューラ』に毎日の面倒を見てもらっている。

獣人の俺は、自然を好むエルフの女性から結構人気が出やすく、養ってもらう相手にはそんなに困らない。
衣食住の面倒はすべて彼女が見てくれることもあり、あまりまともに仕事をする気にはなれなかった。

だがクーゲルは、そんな俺を見かねて声をかけてきたのだろう。

「暇ならさ、イグニス? 私の仕事少し手伝ってくれない? お礼なら少しだけどするからさ」
「いや、面倒だから帰るよ。それじゃあな」

そう言って俺は事務所を後にした。


長命なエルフは、基本的に獣人の俺よりも長生きしてくれる。
だから俺は死ぬまで彼女に面倒を見てもらうこともそんなに難しいことじゃない。

死ぬまで彼女に養ってもらいながら、のんびりスローライフを送る。
そんな人生を送ると、俺は思っていた。……家に帰るまでは。




「ん?」
家に帰ると、知らない靴が置いてあった。
見たところ、この世界のものではない。

どこか※異世界から転移してきたものだろうか(※この世界では、異世界から転移してくるものが稀に存在する。そのこと自体は周知の事実となっている)

「ただいま、ヒューラ」

そう言って帰るが、声は聞こえてこない。
俺は猛烈に嫌な予感がして、家に上がり込んだ。



「リマ様~? 喜んでいただけて幸いです!」
「うひひひ、お前は今日からボクの性奴隷『奴隷一号』だからね~?」



居間に上がると、そこには下着姿の彼女がいた。
その太ももには乱暴な字で「1」と書かれている。

「お、おい……」
「ん? ああ、お前が彼氏君の『イグニス』だったね? はじめまして、僕の名前はリマだよ」
「リマ……お前、転移者か?」
「そうだよ? お前の彼女は今日からボクの『性奴隷1号』だからな」

そう言うと、リマと自称した男はヒューラの尻を揉みしだきながら、見せつけるようにキスをしてきた。


「お、おい何やってるんだよ! ヒューラ! 何とか言えよ!」
「あら、ご主人様? なんかそこで、ゴミが騒いでいますわね?」

「……え?」


俺はその言葉を聞いたとき、一瞬自分の耳を疑った。
彼女は俺をいつも喜んで養ってくれた。

そして、俺に対してそんなひどいことを言うような子ではなかったからだ。


「おい、ヒューラ。今なんて……」
「うひひひ! ゴメンね~? お前の彼女さん、ボクの催眠アプリで人格を変えちゃったんだよね~?」

そういうと、リマは四角い板のようなものを見せてきた。
異世界の文字で画面に何か映っているが、俺には読むことが出来ない。だが、話の流れから考えて「催眠アプリ」と呼ばれるものなのは間違いない。


「ボクってさ~。元の世界ではひどいことばかりされてたんだよね~? 好きになった子の家についてっただけで『ストーカー』扱いされるし、クラスの子をちょっとからかったら、周りからいじめられたりしてさ~?」
「…………」

「けど、異世界に来た時にね~? 神様から、この催眠アプリを貰って異世界で好きなように生きて良いって言われてさ~? もうボクはこの世界では最強のオスってわけ! わかる?」


異世界転移者の中には、こういう輩がたまにいる。
元の世界で鬱屈した人生を送っていたものが突然不相応な力を手に入れ、やりたい放題するタイプだ。


こういうタイプに限って『自分は、本当は優しい人』『女は自分の内面を見てくれてない』などとほざくのだから手に負えない。

「お前……俺の彼女に催眠をかけたってわけか?」

「そうだよ~? ボクのことを大好きになるように、そしてお前のことが嫌いになるようにってね?」

「それでも、俺の彼女はそんな性格じゃなかった……」
「知ってるよ? けどね。ボクはさ。お前ら男が大嫌いなんだ? だからさ、催眠で性格を書き換えたんだよ?」
「性格?」


「うん。キミのことを罵倒すればするほど気持ちよくなるようにってね? だから、キミをいじめるのが大好きな子になっちゃったんだよね?」


「そんな……」

「まだ理解できないの、この屑カレは……。まったく、ご主人様の知性を見習ってくれる?」


そう冷たいまなざしで、彼女は言い放った。
その瞳は俺に対する侮蔑のまなざしと、嫌悪感。そして俺の上に立つことで得ていると思われる優越感と興奮にまみれていた。



……ひどい。



今まで、どんなに働かなくても笑って許してくれたし、お金が足りなくなったら喜んで生活費を工面してくれた。

それに、ギャンブルに行きたいときにもお小遣いを渡してくれた、優しい彼女はもういないのだ。

俺はそう考え、がっくりきた。

「おい……お前は……何がしたいんだ!」

俺の発言に対し、リマは少し考えた後、にちゃあ……と笑みを浮かべてきた。


「何って、当然ハーレム? 性奴隷たっぷり手に入れて、思いっきり贅沢してさ。それでお前ら弱い男を働かせながら、愛する女の子と楽しい生活を送るんだ~!」


愛する女の子……というが、本気でこいつが女性に敬意を持っているならば、こんな風に性格をいじったりしない。
本当はこの男は女性も嫌いであり『女体』にしか関心がないというのは、その発言だけで分かった。


きっとこの男、『もし彼女が出来たら行きたいところを上げろ』と訊ねられたら『彼女の家』とか『連れ込み宿(一種のラブホテルのこと)』としか言わないのだろう。

『彼女が出来たらやりたいこと』を尋ねられても『セックス』しか挙げられないのだろう。



俺は、この男に猛烈な嫌悪感を抱いた。
この男は見る限り人間で、獣人の俺より身体能力は低いはずだ。それに巨体ではあるが自堕落な生活による肥満体なのは見て取れる。

いっそのこと、この男からあの板を奪えば……と思ったが、リマは俺に催眠アプリを見せてきた。


「おい、何する気だ、てめえ!」
「おお、怖い。お前にも催眠をかけなくちゃ」


その瞬間、俺は体の自由が奪われた。


「いいかい? 『お前はボクのことをご主人様として扱う』んだ。けっしてボクに逆らっちゃだめだよ?」

その言葉と共に、キイイイン……と頭の中で響く。


次の瞬間、俺は体の自由が利くようになった。
一体なにをしたんだ、ご主人様は?
よくわからなかったが、俺はご主人様に尋ねた。


「ご主人様、いったい俺に何をしたんですか?」
「ウヒヒヒ! ちゃんと催眠が効いてるね。……さて、これからどうしようかなあ……。やっぱ大事なのは、生活のお金だよね~?」

どうやらご主人様は仕事を持っていないらしい。
まあ、ご主人様のような性格のものを雇ってくれるところはないか。

ご主人様はヒューラをぐい、と抱きしめながらニヤニヤ笑う。

「けどさ~。この子はボクの性奴隷としての仕事があるからさ~? だから、お前を『労働奴隷』にするつもりなんだよね」
「労働奴隷?」
「そう! じゃあまた催眠アプリを使うね?」

そしてご主人様は俺に催眠アプリを見せてきた。

「はい、『お前は明日からボクのために生活費を稼ぐために給料を渡す』こと! あと『お前はこの家を出て一人で生活する』こと! ボクの周りに野郎はいらないからね~?」


そう、俺に命令をしてきた。
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