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06.嘘つき

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「見るな」

 命令を下す。我儘で性悪な公女らしく。

「……殿下、あの……俺でよければ、話を──」
「出ていけ」

 ぎゅっとドレスの胸元を掴みながら、ぴしゃりとアルベルトの言葉を跳ね除ける。

「聞こえなかったか? 出ていけ」
「……こんな夜更けに一人にはできません」
「うるさい、命令だ。三度は言わない」

 ギリギリと歯噛みをする。涙がツンと鼻をつく。今にも箍の切れそうな涙腺を、必死でこらえる。
 今そばにいられたら、縋ってしまう。私を見て、と。私があなたのエリーシャなの、と。みっともなく縋ってしまう。

「せめて、そばにいさせてください」

 ──その言葉に、心が荒れ狂う。一瞬にして憎悪と愛情に飲み込まれた私の心が、軋んで歪んで音を立てる。

「嘘つき……」
「え……?」
「嘘つき、嘘つき、嘘つき! そばにいてくれないくせに、いつもそばにいるって誓ったくせに! どうして、どうして……! 私のことをわからないくせに!!」
「殿下……?」
「私のことを見ないくせに、来世では必ず見つけ出すと言ってくれたくせに、私の言うことを必ず聞いてくれるって言ったくせに、あなただけは生きてって、言ったのに……ッ!!」

 残酷だとしても、アルベルトには生きて欲しかった。愚かな姫を守れなかった騎士と蔑まれても、生きて欲しかった。

 嗚咽で震える肩に、手が触れる。そっと目の前に片膝をつき、アルベルトがこちらを覗き込んでくる。そして、私の頬に手のひらを寄せて、笑った。ひだまりの中でほころぶ、花のように。

「その泣き顔、リーシャだ……」
「は?」
「貴方、普段はすごく可愛いのに泣き顔はブチャイクで昔から最高に興奮する」
「は???」

 こいつ処すか???

 私がキレている間、アルベルトの長い腕が伸びて私を囲う。

「昔よりデカいな……」
「は???」

 処すか???

「昔は折れそうで心配だったけど、今は心配なさそうだ……」
「……そんなこと言ったって許さない」

 私はわざとアルベルトの肩口で涙を拭いてやった。

「許さないでください、リーシャ。ずっと俺のそばで俺を恨んでて。愚か者と隣で百年蔑んでいて」
「せめて二十五年だな」
「二十五年でも構いません。残りの七十五年は貴方のそばに俺がいます」

 ぐすぐすと泣き声を漏らす私の背を、アルベルトがゆっくりと撫でる。

「貴方のお願いを無碍にしたことは謝ります」
「それは……もういい。結果的に私のせいでお前を死に追いやったのだから」
「それは違うと断言します。そもそもあの国は、多くの他国から狙われていたのです。どのみち同じことは起きていました」
「……アル、慰めはいらない」
「なら、償いのために俺のそばにずっといてください。俺をもう一度死に追いやらないように、貴方がそばにいて見張っていて。貴方に死なれたら、俺はもう一度同じことをします」

 その言葉にゾッとした。背を撫でるアルベルトの手が、知らない男のように感じる。
 アルベルトは私の体に回していた腕を離し、肩を掴んで、私の顔を正面から見た。

「ああ、リーシャだ。かわいい……」

 都合のいい男、とか。気づかなかったくせに、とか。言いたいことはたくさんあったけど。
 触れた唇の熱に、私はそっと目蓋を下ろした。
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