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補陽薬膳(ほようやくぜん)
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「蠱病に罹ると、体から気が抜けて行く。
それを防ぐために、気海に皮内鍼を打つのじゃ」
「気海?」
「気海も知らんのか。ツボの名前じゃ」
そうだった……
確か、ヘソのちょっと下にあるツボだ。
「じゃあ、今からすぐに打ってきます」
「ダメじゃ。今のお前が打っても大して効果はない」
「どうして?」
「お前自身の気が充実しておらんからじゃ。
そんな状態で鍼を打っても、蠱病には効果がない」
確かに、俺の気が消耗しているのは、自分でもわかる。
病院で鍼を打った時に、俺の体からガッポリと気が抜けだしたからだ。
「どうすればよいか、わかっておるだろうな?」
「わかりません」
「バカ者。だから日頃の勉強が大切なのじゃ。
陽気を補う食べ物はなんじゃ?」
「知りません」
「お前というやつは、本当にダメじゃな。
才能は努力で磨かねば腐るだけじゃ。
これからは鍼の勉強だけではなく、漢方も、薬膳も、ちゃんと勉強する。
わかったな」
「はい」
「よし。ついて来い」
「どこに行くんですか?」
「来ればわかる」
爺ちゃんは、スタスタと歩き出した。
商店街を抜けて、花屋の角を曲がる。
爺ちゃんは鳥将軍を素通りして、その二軒先の万焼亭に入った。
万焼亭は鉄板焼きの店だ。鉄板焼きと言うとステーキを食べるイメージだけど、万焼亭は違う。
だいたい、この路地には高級店なんかない。
万焼亭はよく言えばフレキシブル。悪く言えば節操がない。
焼けるものなら何でも焼いてくれる店だ。
俺はピザを焼いているのを見たことはあるけど、ステーキを焼いているところは一度も見たことがない。
店に入った俺たちは、カウンター席に座った。
もう食事時を過ぎているので、お客は俺たちしかいない。
「何を焼きましょうか?」
「ジンギスカン三人前と、ニラのニンニク炒め三人前」
「ジンギスカンは、ちょっと時間かかりますよ。牛肉なら、すぐできますけど」
「どうしても羊肉でなければならんのじゃ」
「わかりました」
店の主人は店の奥に姿を消した。
「どうしたんでしょうね?」
「若い衆に羊肉を買って来るように言っておるのじゃろう」
戻って来た主人はニラとニンニクを刻んで炒め始めた。食欲をそそるイイ匂い。
「羊肉とニラは補陽食材。
陽気を増やすには、一番効果的な食べ物じゃ」
「だからジンギスカンなんですね」
「体内の気を充実させなければ、鍼治療はうまくゆかん。
これからは、薬膳の勉強もしっかりせえよ」
炒めるところを見ていると、やっぱり味付けは塩だけ。
ずいぶん前に来た時も、調味料は塩だけだった。
いろいろな調味料を使わない方が、素材の味がわかっていいそうだけど、あまりおいしくなかった。ソースとか、うま味調味料とか、使えばいいのに。
大量のニラ炒めが出来上がった。
ひとくち食べると、不思議。スゴクうまい。
「味付け、塩だけですよね?」
「そうだよ」
「どうしてこんなにコクがあるんですか?」
「やっぱり、わかるか。塩を変えたんだよ」
「特別な塩なんですか?」
「もちろんだよ。井塩という、しょっぱい井戸水から作る塩だ。
清兵衛さんから分けてもらったんだ」
「清兵衛さんって、越後屋の?」
「そう。あの人、毎年、中国に仕入れに行くだろう。
その時に井塩を買って来るんだよ。
それを分けてもらってるんだ」
「あっ、そうだ。中国で思い出しました。
このあいだ、鳥将軍に行ったとき、父さんが中国に行った理由は、鍼修行のためじゃないって、言ってましたよね?」
「ワシ、そんなこと言うたか?」
「言ってましたよ。
父さんが中国に行ったのは、誰かを助けるためだと言ってました」
「おぼえておらんな。酔っぱらって何かカン違いしていたのかもしれんのう。
それより、羊肉が来たぞ。ぐずぐずしてないで、早くニラを食べろ」
主人が羊肉を焼いているあいだに、俺はニラ炒めを頬張った。
確かに、体の中に陽気が満ちてくる気がする。元気が出て来た。
「ほれ、肉も食べろ」
羊肉の匂いが嫌いだという人がいるけど、俺は大好き。
特に、脂身たっぷりの部分は最高。
「どうじゃ? 自分で自分の状態がわかるか?」
「バッチリわかります。羊肉って効きますね。
丹田に陽気が集まって、体が熱くなってきました」
それを防ぐために、気海に皮内鍼を打つのじゃ」
「気海?」
「気海も知らんのか。ツボの名前じゃ」
そうだった……
確か、ヘソのちょっと下にあるツボだ。
「じゃあ、今からすぐに打ってきます」
「ダメじゃ。今のお前が打っても大して効果はない」
「どうして?」
「お前自身の気が充実しておらんからじゃ。
そんな状態で鍼を打っても、蠱病には効果がない」
確かに、俺の気が消耗しているのは、自分でもわかる。
病院で鍼を打った時に、俺の体からガッポリと気が抜けだしたからだ。
「どうすればよいか、わかっておるだろうな?」
「わかりません」
「バカ者。だから日頃の勉強が大切なのじゃ。
陽気を補う食べ物はなんじゃ?」
「知りません」
「お前というやつは、本当にダメじゃな。
才能は努力で磨かねば腐るだけじゃ。
これからは鍼の勉強だけではなく、漢方も、薬膳も、ちゃんと勉強する。
わかったな」
「はい」
「よし。ついて来い」
「どこに行くんですか?」
「来ればわかる」
爺ちゃんは、スタスタと歩き出した。
商店街を抜けて、花屋の角を曲がる。
爺ちゃんは鳥将軍を素通りして、その二軒先の万焼亭に入った。
万焼亭は鉄板焼きの店だ。鉄板焼きと言うとステーキを食べるイメージだけど、万焼亭は違う。
だいたい、この路地には高級店なんかない。
万焼亭はよく言えばフレキシブル。悪く言えば節操がない。
焼けるものなら何でも焼いてくれる店だ。
俺はピザを焼いているのを見たことはあるけど、ステーキを焼いているところは一度も見たことがない。
店に入った俺たちは、カウンター席に座った。
もう食事時を過ぎているので、お客は俺たちしかいない。
「何を焼きましょうか?」
「ジンギスカン三人前と、ニラのニンニク炒め三人前」
「ジンギスカンは、ちょっと時間かかりますよ。牛肉なら、すぐできますけど」
「どうしても羊肉でなければならんのじゃ」
「わかりました」
店の主人は店の奥に姿を消した。
「どうしたんでしょうね?」
「若い衆に羊肉を買って来るように言っておるのじゃろう」
戻って来た主人はニラとニンニクを刻んで炒め始めた。食欲をそそるイイ匂い。
「羊肉とニラは補陽食材。
陽気を増やすには、一番効果的な食べ物じゃ」
「だからジンギスカンなんですね」
「体内の気を充実させなければ、鍼治療はうまくゆかん。
これからは、薬膳の勉強もしっかりせえよ」
炒めるところを見ていると、やっぱり味付けは塩だけ。
ずいぶん前に来た時も、調味料は塩だけだった。
いろいろな調味料を使わない方が、素材の味がわかっていいそうだけど、あまりおいしくなかった。ソースとか、うま味調味料とか、使えばいいのに。
大量のニラ炒めが出来上がった。
ひとくち食べると、不思議。スゴクうまい。
「味付け、塩だけですよね?」
「そうだよ」
「どうしてこんなにコクがあるんですか?」
「やっぱり、わかるか。塩を変えたんだよ」
「特別な塩なんですか?」
「もちろんだよ。井塩という、しょっぱい井戸水から作る塩だ。
清兵衛さんから分けてもらったんだ」
「清兵衛さんって、越後屋の?」
「そう。あの人、毎年、中国に仕入れに行くだろう。
その時に井塩を買って来るんだよ。
それを分けてもらってるんだ」
「あっ、そうだ。中国で思い出しました。
このあいだ、鳥将軍に行ったとき、父さんが中国に行った理由は、鍼修行のためじゃないって、言ってましたよね?」
「ワシ、そんなこと言うたか?」
「言ってましたよ。
父さんが中国に行ったのは、誰かを助けるためだと言ってました」
「おぼえておらんな。酔っぱらって何かカン違いしていたのかもしれんのう。
それより、羊肉が来たぞ。ぐずぐずしてないで、早くニラを食べろ」
主人が羊肉を焼いているあいだに、俺はニラ炒めを頬張った。
確かに、体の中に陽気が満ちてくる気がする。元気が出て来た。
「ほれ、肉も食べろ」
羊肉の匂いが嫌いだという人がいるけど、俺は大好き。
特に、脂身たっぷりの部分は最高。
「どうじゃ? 自分で自分の状態がわかるか?」
「バッチリわかります。羊肉って効きますね。
丹田に陽気が集まって、体が熱くなってきました」
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