上 下
187 / 362
* 死神生活ニ年目 *

第187話 死神ちゃんとマンマ②

しおりを挟む
 死神ちゃんは小さな森へとやって来た。奥の少し拓けたところの、腰を掛けて休憩するにはちょうどよい切り株。そこを照らすように、どこからともなく光が差し込んでいた。その切り株に、一人の女性が切り株に腰を掛けて座っていた。――ただし、差し込む光を浴びて輝いていたのは麗しい美女ではなく、恰幅の良い食堂のおばちゃんだった。
 思わず死神ちゃんが見を硬直させて足を止め、ぼんやりとおばちゃんを眺めていると、死神ちゃんに気がついたおばちゃんが満面の笑みを浮かべて手招きしてきた。


「あらあ、お嬢ちゃん! 久しぶりじゃあないかい! ほら、マンマのところにおいで! 今日もたんまりとミートパイを持ってきているからね、たんとおあがり」


 死神ちゃんがおずおずと近づいていくと、食堂のおばちゃん――マンマは少しばかり端に寄って、死神ちゃんが座れるようにとスペースを開けた。死神ちゃんが腰掛けるのを見届けて満足気に頷くと、彼女はミートパイの入った包みを死神ちゃんに手渡し、そして死神ちゃんの頭を撫でた。


「この前は本当にびっくりしたよ。ダンジョンから出ようとしたら、よく分からない何かに邪魔されて外に出られないんだから。教会で結構なお金を払ったら何故か出られるようになったけれど、お嬢ちゃんったら『ちょっと用事を思い出した』とか言ってどこかへと消えて行っちまったし。――用事ってのは、お嬢ちゃんのお仕事の関係だったのかい?」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべてはぐらかしながら、わんこ蕎麦のごとく差し出されるミートパイを黙々と食べた。死神ちゃんは飲み物をもらう隙を突いて、マンマに〈本日の目的〉について尋ねた。するとマンマは「気晴らしだよ」と言って快活に笑った。


「今月は収穫祭月間だろ? しかも今年から仮装イベントっていう新しい催しを始めてさ、よその街からもたんとお客さんが来ているんだよ。そりゃあ、マンマも大忙しさ。――で、つい先日、一番大きなイベントが終わってね。少し余裕ができたから、こうして気晴らしに来ているのさ」

「かき入れどきでしょうに、お店はいいんですか?」

「もちろん、お店は閉めていないよ! 臨時でアルバイトを増やして、旦那と順番で〈気晴らし休み〉をとることにしたのさ」


 どうやら、彼女にとってダンジョン探索はジムで軽く汗を流すくらいのものらしい。「いい汗掻けて宝探しも楽しめて、ここは本当にいいところだよ!」と笑うマンマに、死神ちゃんは強張った笑顔を返した。
 マンマもミートパイをひとつ手に取ると、口に運んだ。そして口元を手で覆い隠してもくもくと咀嚼しながら、梢の間からちらりと見える空を仰いで言った。


「それにしてもさあ、こんなダンジョンの中で空を拝めるだなんてねえ。森の入口は陰鬱そうなのに、奥に進んでみると結構気持ちが良いし、可愛らしい切り株がここそこにいるし。まるでおとぎ話の絵本の中にいるようだよ」


 口の中のものを飲み下すと、マンマは「あとでキノコを少しだけ分けてもらおう」と言ってにっこりと微笑んだ。
 休憩を終えると、マンマは先ほどの宣言通りに切り株お化けたちの元へと赴いた。愛用の包丁を取り出すと、マンマは切り株達が気づかぬほどの素早さで、切り株たちが哀しみを覚えない程度の良心的な量のキノコを収穫した。あまりの手際良さに死神ちゃんが驚いていると、マンマがニヤリと笑って言った。


「料理人たるもの、手際は良くないといけないからね。このくらい、当たり前だよ」


 マンマは収穫したキノコを丁寧にポーチへとしまい込むと、そろそろ帰ろうと言って森をあとにした。
 地上を目指しながら、マンマは心なしかしょんぼりと肩を落とした。何でも、いまだに伝説の調理器具を手に入れることができていないらしい。また、近所の魚屋が肉屋からもらった刺身包丁で不幸な事件を起こしたことに触れながら、実はその呪われた包丁が欲しくて探しているとも話した。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、マンマはにこやかな笑みを浮かべて言った。


「あたしの食堂に最近よく来る若い子でね、呪われた品から呪いを引っぺがすことができるっていう子がいるんだよ。見た目チャラチャラしてるのにさ、すごいもんだよねえ。――ダンジョン産の切れ味の良い包丁は、一通り揃えておきたくてさ。あたしも調理のときに魚を捌くことがあるし、呪いを何とかすることができるんだったら欲しいんだよねえ」


 言いながら、やはりマンマは出会う敵の全てを拳ひとつでねじ伏せていた。会話を途切れさせることなく、顔色ひとつ変えることなくモンスターを屠り、会話の途中で「お目当てのものは中々ドロップしないもんだねえ」と言葉を挟みながら前へと進んでいくマンマを、死神ちゃんは畏怖の念で見つめていた。
 しばらくして、マンマは強敵と遭遇した。彼女は目の前に立ち塞がる獅子のワービーストと睨み合い唾を飲み込むと、不敵に笑ってポーチに手を伸ばした。


「こいつは、の力を借りる必要がありそうだねえ……」


 彼女は相棒にして愛棒の麺伸ばし棒を手に取ると、獅子に挑みかかった。獅子も鋭い爪を誇示するように両の手の指を開くと、マンマへと飛びかかっていった。
 獅子の攻撃は素早く、さすがのマンマも一筋縄では行かなかった。獅子の爪が掠り頬に赤い筋が出来るのをマンマが感じた瞬間、獅子は既に次手を繰り出していた。しかし――


「このマンマが、みすみすやられると思ったら大間違いだ……よッ!!」


 獅子の攻撃がマンマに届くことはなかった。獣の爪は、彼女が咄嗟に取り出した盾のようなものに跳ね返されたのだ。マンマはニヤリと笑うと、盾のようなものを敵に見せつけるかのように前方へと掲げて言った。


「マンマの第二の相棒、大理石プレート様に敵うとでも思ったのかい!? ――さあ、この麺伸ばし棒と大理石プレートで、パスタ生地のようにしてあげるよ!」


 しばらくして、獅子はマンマにこてんぱんに叩きのめされた。アイテムへと姿を変えていく獅子を、マンマは戦友を見つめるような眼差しで見下ろした。


「お昼の混雑時に押し寄せるお客よりも強敵だと思ったのは、あんたが初めてだよ……。いい勝負だった」


 マンマの背後では、死神ちゃんが縮み上がっていた。そしてカタカタと震えながら、死神ちゃんはポツリと呟いた。


「マンマ、こええ……」



   **********



 待機室に戻ってみると、モニタールームで第二班副長のライオンが腕を組んでモニターに見入っていた。彼女は大きく頷くと、はっきりとした口調で言った。


「戦う女は美しい。ケイちゃん然り、私然り。――あのおばちゃんの戦いっぷりは、本当に見事だった。あのおばちゃんは真の強者だ、美しいよ! ……ねえ、マッコもそう思うでしょう?」

「そうねえ……。アタシも欲しいわ、あの大理石プレート……」


 ライオンはマッコイが自身と同じように〈あのおばちゃんに強い女の美しさというものを感じているのだ〉と思い声をかけたものの、そうではないと知って肩透かしを食らった。ライオンは苦笑いを浮かべると、呆れ声を潜めて言った。


「お花、あんた、しょっちゅうマッコに手料理ご馳走になっているんでしょ? そのお礼に買ってあげたら?」

「ああうん、そうですね……。ところで、あのワービーストにはたてがみがありましたけど、死神課うちには雄ライオンはいないですよね。もしかして、本物さんは他の課の人ですか?」


 死神ちゃんは苦笑いで返事をしつつ、不思議そうにそのように尋ねた。するとライオンの顔色がサッと変化した。「あれは私だよ!」と青筋立てて叫ぶと、彼女は見た目重視でレプリカにたてがみを足されたことについて激しく愚痴りだした。
 知らなかったとは言え地雷を踏んでしまったことを、死神ちゃんはなおも怒り冷めやらぬライオンに平謝りした。その傍らでは、マッコイがいまだに大理石プレートへ思いを馳せていた。


(戦うは、どいつもこいつも、色んな意味で本当にこえぇな……!)


 死神ちゃんは、心の中でひっそりと呟いたのだった。




 ――――パンやパスタを捏ねる時、大理石プレートの上で作業すると温度変化が少なくて良い。マンマ愛用というのも頷ける代物なのDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ポンコツ気味の学園のかぐや姫が僕へのラブコールにご熱心な件

鉄人じゅす
恋愛
平凡な男子高校生【山田太陽】にとっての日常は極めて容姿端麗で女性にモテる親友の恋模様を観察することだ。 ある時、太陽はその親友の妹からこんな言葉を隠れて聞くことになる。 「私ね……太陽さんのこと好きになったかもしれない」 親友の妹【神凪月夜】は千回告白されてもYESと言わない学園のかぐや姫と噂される笑顔がとても愛らしい美少女だった。 月夜を親友の妹としか見ていなかった太陽だったがその言葉から始まる月夜の熱烈なラブコールに日常は急変化する。 恋に対して空回り気味でポンコツを露呈する月夜に苦笑いしつつも、柔和で優しい笑顔に太陽はどんどん魅せられていく。 恋に不慣れな2人が互いに最も大切な人になるまでの話。 7月14日 本編完結です。 小説化になろう、カクヨム、マグネット、ノベルアップ+で掲載中。

47歳のおじさんが異世界に召喚されたら不動明王に化身して感謝力で無双しまくっちゃう件!

のんたろう
ファンタジー
異世界マーラに召喚された凝流(しこる)は、 ハサンと名を変えて異世界で 聖騎士として生きることを決める。 ここでの世界では 感謝の力が有効と知る。 魔王スマターを倒せ! 不動明王へと化身せよ! 聖騎士ハサン伝説の伝承! 略称は「しなおじ」! 年内書籍化予定!

南洋王国冒険綺譚・ジャスミンの島の物語

猫村まぬる
ファンタジー
海外出張からの帰りに事故に遭い、気づいた時にはどことも知れない南の島で幽閉されていた南洋海(ミナミ ヒロミ)は、年上の少年たち相手にも決してひるまない、誇り高き少女剣士と出会う。現代文明の及ばないこの島は、いったい何なのか。たった一人の肉親である妹・茉莉のいる日本へ帰るため、道筋の見えない冒険の旅が始まる。 (全32章です)

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

エッケハルトのザマァ海賊団 〜金と仲間を求めてゆっくり成り上がる〜

スィグトーネ
ファンタジー
 一人の青年が、一角獣に戦いを挑もうとしていた。  青年の名はエッケハルト。数時間前にガンスーンチームをクビになった青年だった。  彼は何の特殊能力も生まれつき持たないノーアビリティと言われる冒険者で、仲間内からも無能扱いされていた。だから起死回生の一手を打つためには、どうしてもユニコーンに実力を認められて、パーティーに入ってもらうしかない。  当然のことながら、一角獣にも一角獣の都合があるため、両者はやがて戦いをすることになった。 ※この物語に登場するイラストは、AIイラストさんで作成したモノを使っています。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

処理中です...