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* 死神生活ニ年目 *

第157話 死神ちゃんと死にたがり③

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 もうすぐお昼という時間。死神ちゃんは四階の小さな森へと来ていた。〈担当のパーティーターゲット〉と思しき冒険者を目指して奥へ奥へと進んでいくと、見覚えのある女性騎士が切り株お化けを追い掛け回していた。


「ほぉら、そのキノコ、死ぬほど美味しいんでしょう? ほらほらぁ、天にも昇るその美味しさで、私を殺してみなさいってばぁ」


 切り株はヒギィと悲鳴を上げながら、必死に逃げ惑っていた。どんよりとした笑みを浮かべてそれを追う騎士の姿に、死神ちゃんは動揺しつつも顔をしかめた。そして思わず声をかけた。


「おい、くっころ、お前、顔がヤバイよ。この世の春が来ていたんじゃなかったのか」


 女性騎士――騎士っぽい台詞(とりわけ「くっ、殺せ」がお気に入り)が口癖。略して〈くっころ〉――は死神ちゃんのほうを振り向くと、じわりと涙を浮かべた。そして切り株を追いかけるのを止めると、彼女は死神ちゃんにしがみついた。


「う゛えぇぇぇぇぇ……、死神ぢゃあああん……。それは禁句だよおおおお。もう殺せ、いや、殺してやるううううう……」


 いきなりマックスで泣き出した彼女の様子に死神ちゃんが困惑していると、彼女は呪わしげな口調でボソボソと話しだした。それによると、約一年ほど前に出会った彼氏とは順調にお付き合いを続けていたそうなのだが、つい先日になって彼が実は妻子持ちだということが発覚したのだという。しかもそれは、〈そろそろ具体的なあれこれの話が出てきてもいいのでは。未来の家族のために強敵に立ち向かって死ぬ覚悟はいつでも万全だぞ〉と思っていた矢先に、彼から「妻に子供が出来たから別れてくれ」と言われたという最低っぷりだったそうだ。


「あまりにも春到来が嬉しすぎて、私、盲目になりすぎていたみたい……。今思えば、おかしいところはいっぱいあったのよ。休日に家に遊びに行かせてくれないとか、微妙に門限っぽいものがあったりだとか。もうホント、早く気づきたかった! こんな無様な私を、どうか殺してえええええ……」

「それですっきりするなら、してやりたいところなんだが……。すでにとり憑きは完了しておりまして。なので、自分で死んでいただくしか……」


 頬を引きつらせた死神ちゃんをつかの間じっと見つめたくっころは、再びわんわんと泣いた。しばらくして、泣き止んだ彼女は「お昼の調達の続きをしよう」と呟いて切り株お化けのあとを追い始めた。どうやら先ほど切り株と戯れていたのも、食材調達のためだったらしい。
 ある程度きのこの収穫が出来たところで、彼女はどこかへと歩き出した。どうやら、泉のひとつに向かっているようだった。

 この小さな森の中は〈小さい〉と名付けられてはいるが、通常の森の大きさから比べたら小さいというだけで、ダンジョンの一区画分の広さほどはある。その中には、小さな泉がところどころにある。二階の〈回復の泉〉のように井戸状に石組みがしっかりとあるわけではない、地面に直接湧いているような泉で、回復効果なども特には無い。しかしながら、ダンジョン内の貴重な水源のひとつとして冒険者の間で重宝されていた。


「今日は一日中ここでアイテム掘りしようと思って、携帯食料とかではなくて、きちんとした食材を持ってきてるんだ。夏でも温かいものを食べたほうが美容健康に良いって言うし、キノコと野菜のスープでも作ろうと思ってるんだ~」

「お前、料理の勉強は継続中なのか」

「もちろん! 女を磨くのはやめないんだから! 今度こそ、いい男を捕まえて、寿退社するんだから!」


 言いながら、彼女は再びどんよりとした暗い顔で肩を落とした。何でも、職場のセクハラ七光り馬鹿息子が〈自分も冒険者デビューを果たした〉ということを口実にしつこく迫って来ているのだとか。今にも人を殺しそうな険悪な表情で呪言を垂れ流す彼女に、死神ちゃんは同情の笑みを浮かべて労いの言葉をかけた。すると、彼女は一層顔を歪めさせてゲッと呻いた。


「うわ、面倒くさい。泉の近くに〈蠢くヘドロクレイウーズ〉が湧いてる……。あいつ、よく水辺に出没するのよね」


 くっころはため息をつくと、剣に手をかけた。そのまま放置していては、調理の邪魔になるからだ。
 クレイウーズは彼女に気がつくと、うにうにとゆっくり近づいてきた。そしてくっころが勢い良く振り下ろした剣を、ウーズはぬるりと避けた。くっころは仕留め損ねたことに苛立ち、ムッとした表情を浮かべた。と同時に、ウーズは激しく震えて何かを吐き出した。


「いやああああ! なんか、汚い! よく分からないけど、すごく汚い! しかも、ものすごく臭いしぬとぬとする~っ!」

「何で俺まで……」


 べシャッという音を立てて盛大に吐き出された〈正体がよく分からない、とりあえず汚い水〉を、くっころは全身に浴びた。ついでに、死神ちゃんも浴びた。死神ちゃんは無言で顔を手で拭った。その手をピッピと振り払いながら、すさまじいしかめっ面を浮かべた。
 きっと、モンスターが改良されたのだろう。今までは、ウーズが吐くものといったらただの泥水だった。こんな、不愉快で得体のしれないものではなかった。しかしながら、ただ汚いだけ、臭いだけで肉体的ダメージはなさそうだった。それでも、精神的なダメージは甚大のようで、取り乱していたくっころはねっとりとした液体に足を取られ、泉の中へと落ちた。そしてそのまま、彼女が浮いてくることはなかった。

 不愉快な気分で、死神ちゃんは待機室に帰ってきた。帰還するころには汚れもすっかり消えてなくなっていたのだが、気分的にそのままでいるというのは嫌だった。何より、そのまま食事するなんて出来そうになかった。気持ちを切り替えたいということもあり、死神ちゃんは休憩が開ける前には戻るからと断りを入れて、許一度寮へと帰宅する許可を得た。
 シャワーを浴び、ワンピースから半ズボンへと着替え、そして手早く昼食を取って待機室に戻ると、再び四階への出動要請がなされた。

 嫌な予感を胸に抱えながら、死神ちゃんは小さな森の中を進んでいった。出くわしたターゲットは、案の定くっころだった。


「死神ちゃん、ひどい! いなくなるだなんて、薄情じゃない!?」

「そうは言っても、冒険者が死んだら帰還するのが決まりだしな。ていうか、同日に同一ターゲットだなんて初めてだよ」

「しかも服装がさっきと違う! ずるい! 綺麗な状態で復活したとはいえ、私も気分的に着替えたい!」


 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、くっころは口を尖らせて「お色直しして再登場とか、何て言うか、死神界隈もいろいろとあるんだね」と首を傾げた。死神ちゃんは、それに特に答えることなく受け流した。
 くっころは折角ここまで戻ってきたので、死神祓いに行かずに少しだけでもアイテム掘りをしようと決めたようだ。先ほどとは別の場所へと進んでいった彼女は、とても嫌そうに顔を歪めた。――そこには、やはりクレイウーズがいた。しかも、少々色味が悪かった。


「いやだ、あいつ、後ろの毒沼と同じような色してる……。あんなの、初めて見た……。さっきのやつみたいに、ひどい汚染攻撃をしてくるかな? 今まではただ泥を飛ばしてくるだけだったのにさ、あんなひどい攻撃してくるようになるだなんて……」


 くっころがひそひそと死神ちゃんに話しかけていると、クレイウーズがもぬもぬと近づいてきた。くっころが気付いた時には、ウーズは既に彼女のすぐ足元にまでやってきていた。ブショリと音を立てて吐き出された水を浴びて、彼女は耳をつんざくような悲鳴を上げた。死神ちゃんは口の端をヒクヒクとさせると、ボソリと呟いた。


「だから、何でまた、俺まで……」


 クレイウーズが満足気に去って行くと、くっころはショックのあまり地面に膝をついた。彼女と同じくぬとぬとに逆戻りした死神ちゃんは、同情の眼差しを浮かべて彼女の顔を覗き込んだ。すると、彼女は青ざめさせた顔で歯をカチカチと言わせながら「もういっそ、殺して」と呟いた。


「あいつ、毒沼近辺で発生したからなのか、若干だけど毒も一緒に吐いたみたい。毒消しするほどじゃない、すぐ消えてなくなるような軽いものだけど……うえぇ、きぼちわるぅ……」


 吐いてしまえばすっきり元通りになるようで、ひとしきり出しきったくっころはすっきりとした笑みを浮かべて立ち上がった。


「今度、あの金の亡者にここのことを教えてやろうっと。これは素晴らしい精神攻撃だわ! 素で『くっ、殺せ!』って言葉がでかけたもんね!」



   **********



 待機室に戻ってくると、金色ボディーをテカテカと光らせた機械人形が我が物顔で仁王立ちしていた。死神ちゃんが表情もなく彼を見上げると、彼――ビット所長は目をチカチカとさせて早口で捲し立てた。


小花おはなかおるよ、どうであったか?」

「所長、もしかして出動システムをまた勝手に弄ったんですか」

「よく分かったな。定期的に試験を行うほどではないようなマイナーチェンジを行っているのだが、やはり実際の使用感を確かめたくてな。他の死神は大体が一定距離を保って宙に浮いているであろう? しかしながらお前は冒険者のすぐ側にいることが多いからな。これはまたとない機会だと思って――」


 死神ちゃんはビット所長の言葉を遮って「とても素晴らしい精神攻撃でした!」とがなると、彼を鋭く睨みつけた。彼にはその返答がとても嬉しいものだったようで「あれは〈恐るべき毒水〉と言うのだが、浴びれば浴びるほど吐き気が止まらなくなってだな」などと捲し立て始めた。最初の汚らしい水はそのまま〈汚い水〉と言うそうで、どちらもビット所長の渾身の作らしい。
 力作の割に名前も効果も何となくフワッとしていることに、死神ちゃんは不思議そうに首をひねった。そしてアイテム開発の作成するアイテムの名付けや説明もたしか粗雑だったなということを思い出し、死神ちゃんはフンと鼻を鳴らしたのだった。




 ――――職人や研究者のこだわりポイントは、常人には理解が出来ないことが多い。そして意外と雑なところで手を抜いていたりして、びっくりすることもあったりするのDEATH。
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