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* 死神生活ニ年目 *

第127話 死神ちゃんとトルバドゥール②

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 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を求めて五階の〈水辺の区域と砂漠区域のちょうど間にある、いい塩梅の気温の場所〉にやってきた。そこでは吟遊詩人三人に戦士・僧侶・魔法使いという少々偏りのある一団が小休止をしていた。


「ぎゃあああああああ!! ――うぇっ、げほっ」





* 吟遊詩人の 信頼度が 3 下がったよ! *


 死神ちゃんが吟遊詩人の一人を脅かすと、彼は断末魔のような凄まじい悲鳴を上げた。勇猛そうな好青年という見た目とは裏腹な、情けない金切声を上げてむせ返る彼を、他の吟遊詩人達が軽蔑の目でじっとりと見ていた。叫び声を上げた吟遊詩人は、涙目で仲間を見てポツリと言った。


「ひどい。信頼度まで下げること、無いじゃないか。少しは心配してくれたって……っていうか、この流れ、何だか懐かしいな」


 好青年が顔をしかめると、ツンツンとしたお嬢様風の吟遊詩人が相好を崩した。


「わああ、死神ちゃん! すごく久しぶりじゃない!」


 彼女が嬉しそうに死神ちゃんを抱きしめると、太っちょな吟遊詩人が得意げに笑った。


「私は実は、前にも死神ちゃんを見かけているよ。破壊の歌コンテストの会場に居たんだ」

「えー、うそ!? 私も参加すればよかった!」


 お嬢は口を尖らせて嘆くと、ポーチの中からマシュマロを取り出した。死神ちゃんはそれを受け取り頬張りながら、不思議そうに首をひねった。


「お前ら、もしかしてまた〈試験〉を受けに来たのか?」


 彼ら――歌を得意とする吟遊詩人のトルバドゥール達は以前、〈風のエレメント〉というモンスターが冒険者に課す試練を受けるべく砂漠地域で奮闘していた。結果は惨憺さんたんたるもので、彼らは全員不合格の烙印を受けて竜巻に飛ばされたのだった。しかしながら、どうやら今回はそのリベンジというわけではないらしい。
 好青年はニコリと微笑むと「今日は勉強会だよ」と死神ちゃんに答えた。何でも、彼らはあのあと、〈試練〉をパスするために様々なジャンルの歌を学んだのだそうだ。本日はその勉強会の一環で、水辺の地区に出没するとあるモンスターの元を訪ねるのだとか。


「僕たちは音楽を生業にしている分、他の職業の人たちと比べて音楽を用いての攻撃に耐性があるからね。だから、護衛の方々とはここでお別れして、僕たちだけでこれから〈勉強〉しに行くんだよ」


 死神ちゃんは相槌を打つと、追加で貰ったマシュマロをもそりとかじった。
 彼らは定期的にこの〈勉強会〉のために五階へと降りてきているそうだ。そのモンスターは様々なジャンルの歌を歌うそうで、彼らにとってとても良い勉強材料となるらしい。


「去年一年間でよく耳にしたのはミュージカルソングだったかな。こう、自分はこのままでいいんだというような、自己承認を促すような内容の歌詞の。あとは、まるで機械人形が歌っているような感じの歌。――まあ、本物の機械人形を見たことはないから、〈きっとそんな感じ〉としか言えないんだけど」

「年度が変わると、彼女・・の歌う歌も変わるそうなのよ。今日は年度が変わってから初めての〈勉強会〉だから、どんな歌が聞けるのか、とても楽しみなのよね」


 好青年の話を引き継ぐように、彼の横にいたお嬢が死神ちゃんの顔を覗き込んだ。彼女の説明を聞いて、死神ちゃんは表情を失った。
 もしや、アレ・・か。――そう心の中で呟きながら目をしばたかせた死神ちゃんを見つめて、お嬢は不思議そうに首を傾げた。死神ちゃんが彼女に「何でもない」と返してやると、ちょうどそのモンスターのいる場所に到着した。

 見目麗しい、下半身が鳥の姿の女性が背中に生えた自身の翼を毛布代わりにして、水辺近くの岩場で寝息を立てていた。トルバドゥールたちが近づいていくと、彼女は警戒して起き上がり、鈴が転がるような美声で呻いた。そして彼女はスウと息を吸い込むと、美しい顔を醜く歪めて地獄のような声で喚き散らした。
 トルバドゥール達はぎょっとして目を剥くと、慌てて両耳を手で押さえた。死神ちゃんは目を細め頬を引きつらせると、心の中でポツリと呟いた。


(やっぱり、セイレーンさんだったか……)


 セイレーンさんは裏世界でも一、二を争う音楽オタクで、秋に催される社内行事の〈歌謡コンテスト〉の常連でもある。彼女はその美しい容貌と高い歌唱力からファンクラブを結成されるほどの人気ぶりで、彼女がコンテストで披露する〈マイブーム〉に合わせて翌年の〈セイレーンレプリカの歌う曲〉が決められている。彼女がその〈マイブーム〉を披露するのは大体が本戦なのだが、先のコンテストの予選ではきらびやかな衣装に身を包み、鈴の音のような声を活かした綺麗な楽曲をチョイスしていた彼女が突如本戦では奇抜なメイクで顔を彩り、ヘトバンをかましながらデスメタルを歌い出して会場を騒然とさせたのは記憶に新しい。
 死神ちゃんは散々だったコンテストのことを思い出しながら、セイレーンを苦い顔で見つめていた。すると、トルバドゥールたちが唾を飲み込み、真剣な面持ちで呟いた。


「魅了魔法の篭った歌しか歌わないと思っていたら、まさか破壊の歌も得意だなんて……。さすがは〈歌を武器とする魔物〉だな……」


 セイレーンのデスボイスを前向きに捉える彼らに、死神ちゃんは思わず口をあんぐりとさせた。彼らはそんな死神ちゃんのことなど構うことなく、少しでも歌のスキルを盗み取ろうと、必死になってセイレーンの歌声を真似た。そして、彼らは案の定、破壊の歌の容赦無い攻撃をむざむざと受けた。――主に、喉に。
 ゴホゴホとむせながら、お嬢が弱々しく呻いた。その声は完全に喉がやられきっていて、カエルの潰れたような低いガラガラとした声となってしまっていた。


「なんていうパワーなの……。喉が、追いつかないわ……!」

「いや、そもそも、発声方法からして違うだろ。デスメタルと声楽じゃあ」


 死神ちゃんが呆れると、彼らは愕然として目を見開いた。それでも、何とかコツを掴もうと真似をし続けた彼らだったが、セイレーンがシャウトしだすと喉どころか耳までおかしくなっていった。
 超音波かと疑いたくなるような高音域のシャウトに、トルバドゥールたちは耳を塞ぎ目をチカチカとさせた。そしてそれは暴力的な音圧を伴いだし、一人、また一人と地に膝をついた。とうとう、彼らは耐え切れずに耳や鼻から血を吹き出して、音の狂気に屈した。累々と横たわる死体と灰を呆然と眺めてため息をつくと、死神ちゃんはその場を立ち去った。



   **********



 死神ちゃんはニッコリと微笑むと心からの拍手を送った。モニターの隣ではマイクを持った住職が〈カッコいい笑顔〉を浮かべながら、イケボイスで「ありがとう」とポーズをキメた。
 休日、死神ちゃんは住職を含む数名とゲームセンターに繰り出して、併設のカラオケを堪能していた。死神ちゃんの横ではいろいろとあってすっかり和解(?)したクリスがにこやかな笑みを浮かべ、ぴったりとくっついて座っていた。


「ね、かおる、これ、デュエットしようよ」

「いや、悪いけど、その曲、よく知らない」

「えー、じゃあ、これは?」


 彼の〈一緒に歌おう攻撃〉をかわしながら、死神ちゃんは「そう言えば」と住職に声をかけた。


「セイレーンさんのデスメタル、きちんと実装されていたよ。この前、たまたま目撃したんだがさ」


 住職は相槌を打つと、ニヤリと笑って言った。


「実は俺の声明しょうみょうも、このたび実装されたんだ」


 死神ちゃんや他のメンバーが苦笑いを浮かべる中、クリスだけはきょとんとした顔をしていた。そして彼は首を傾げて尋ねた。


「声明って何?」


 住職は得意気に鼻を鳴らすと、スウと息を吸い込んだ。周りのみんなで必死に止めたのだが、彼は調子に乗って歌い出した。このあと、わざわざ勤務の合間を縫って医務室に顔を出してくれたマッコイに、全員膝詰めで説教されたのは言うまでもない。




 ――――得意だったり耐性がある分野でも、〈方法〉が変われば初心者と同じ。舐めてかかったら痛い目に遭うのDEATH。
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