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* 死神生活一年目 *
第64話 死神ちゃんとクリーニング屋
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冒険者達に人気の修行スポットは三階以外にもある。熟練の冒険者達は徒党を組んで五階まで降りると、そこでパーティーを解散して修行やアイテム探しを各々で行うということをよく行っている。
死神ちゃんは〈担当のパーティー〉を求めて、その五階にある人気修行スポットの一つである〈水辺区画にある滝〉へとやって来た。そして、目を真ん丸に見開くと、思わず大声で叫んだ。
「いやいやいやいや! あり得ないだろ、それは!」
死神ちゃんは浮遊すると、滝に打たれている男にスウと近づいていった。そして、男と、その男の手元を交互に見て、再び「えええ」と声を上げた。
男は精神を研ぎ澄まし、涼やかな顔で滝に打たれていた。強烈に降り注ぐ水の衝撃を背に受けながら、彼は鉄製の魔法具を右手に構えていた。そしてそれを隙無く、かつ優雅に宙で滑らせていた。
拳法の達人が気を練るが如く腕を動かすたび、彼は蒸気を纏っていた。水しぶきとは別に、だ。そして魔法具の不思議な力により彼の眼前に浮いていたそれからは、しわが綺麗になくなっていった。
死神ちゃんは出来上がったそれを手に取ると、顔をしかめてふるふると肩を震わせた。
「いや、だから、おかしいだろ……。こんな水しぶき舞い上がる場所のど真ん中で、こんな……。綺麗にアイロンがけとかさ……! しかも、すっかり綺麗にしわがなくなっているうえに、水しぶきの影響も受けずにパリッとしてるとか!」
「いや、まだまだですね」
男はざぶざぶと水から上がると、着ていたシャツを脱いで絞った。麗しい筋骨隆々の身体を丁寧に拭き上げながら、彼は心なしか眉根を寄せて悔しさを滲ませた。
「袖の部分が少々濡れてしまいましたし、微かですがアイロンじわができてしまっている。まだ、修行が足りませんね……」
「そもそも、こんな場所でアイロンがけして濡れないほうがおかしいから!」
死神ちゃんがツッコミを入れると、男は〈これだから素人は〉というかのような雰囲気を醸しながら頭を振った。身支度をある程度終えると、彼は死神ちゃんからアイロンがけしていたシャツを受け取り、そして死神ちゃんの頭を頭巾越しに撫でた。
「いいかい、お嬢ちゃん。アイロンがけというのはだね、クリーニング屋の技が一番光るものなんだ。もちろん、豊富な知識を駆使していかなるシミも綺麗に落とすということも重要だが、仕上げの〈アイロンがけ〉がきちんとできないことには、お客様をがっかりさせてしまうだろう? だから我々クリーニング屋はどんなものでも、そしてどんな場所でもアイロンがけができなければならないのだ。たとえそれが火の海や水の中、空の上でもきちんと〈しわ一つ無くパリッと綺麗に〉ね」
彼は櫛を入れ髪を撫で付けながらフウと息をついた。そして口ひげを整え、几帳面に蝶ネクタイを締めると、再び口を開いた。
彼は街のクリーニング屋だそうだ。秋となり、街はすっかりおしゃれさんで溢れており、ご婦人方の衣服も色とりどりの紅葉のように鮮やかに輝いているのだとか。彼女達は全力でおしゃれを楽しむために、おしゃれが楽しい季節となる春と秋はクリーニング屋をいつも以上に利用するのだという。そんなおしゃれさん達の〈おしゃれ心〉に応えるために、彼はクリーニング技術を磨き高めるべく、休みのたびにこうやって修行にやって来ているのだそうだ。
「衣替えシーズンと、おしゃれの楽しくなるシーズンは繁忙期なんです。普段は家で洗っているようなものも〈おしゃれ心〉を満たすためにクリーニングに出してくださるんですよ。その思いにしっかりと応えるべく、日々修練を積まねばならないのです」
言いながら、彼は荷物を完全にまとめ上げた。これから、修行がてら歩きで地上まで帰るのだそうだ。死神ちゃんは「俺も一緒に行く」と声をかけると、彼の後ろをついて行った。
地上へと帰る道すがら、彼はすれ違う冒険者に「二十分ほど、お時間を頂けませんか」と声をかけていた。何をするのかと死神ちゃんが不思議そうに首を傾げていると、彼は魔法のポーチからいくつもの薬瓶とたらいを出し、冒険者の着ている上着を洗濯し始めた。
「血糊とは感心しませんね。やはり衣類で〈糊〉といったら洗濯糊以外あり得ないでしょう」
そう言って、彼は薬を使い分け、時には即席で調合しながら頑固な血糊や油汚れを手早く落とした。それを十分ほどでやり終えると、残りの十分でアイロンがけをし始めた。
彼の道具はどれもこれも魔法のかかった品らしく、洗濯のために濡らされたはずの上着は綺麗に乾いていた。そしてアイロンがけが終わると、上着はまるで新品同様の輝きを放ちだした。さらに不思議なことに、出来上がった上着を羽織った冒険者は、何故か頬に赤みが差して疲れが抜け落ちたような爽やかな顔つきとなった。
死神ちゃんが怪訝な顔をして眉根を寄せると、クリーニング屋は満足気にウンウンと頷いた。
「綺麗に整えられた衣類を身に纏うと、気分が高揚しますからね」
「いや、だからって回復効果があるっていうのは……。お前、一体何者なんだよ」
「先ほども名乗ったでしょう。クリーニング屋だと」
おかしなことを仰る、と言いたげに小首を傾げるクリーニング屋に、死神ちゃんも〈おかしなことを言う〉と言いたげに顔をしかめた。しかし、おかしなことはこれ以外にも起こった。
しばらくして、クリーニング屋はモンスターと遭遇した。彼は相棒のアイロンを片手に華麗なステップを踏み、敵を翻弄していた。そして、アイロンを持った手で大きく振りかぶると、それを勢い良く振り下ろした。
重たい鉄のアイロンでひと殴りされたら堪ったものではないだろうと思いながらその光景を眺めていた死神ちゃんは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
風を切りながら勢い良く振り下ろされたアイロンはモンスターにヒットしなかった。しかし、モンスターは死んだのだ。しかも、首を跳ね飛ばされて。――アイロンから吹き出た蒸気が、振り下ろされた軌跡をなぞるように漂ったかと思うと、その蒸気が刃となってモンスターを襲ったのである。
死神ちゃんは口をあんぐりとさせると、「おかしい」を連呼した。それに対して、クリーニング屋は蝶ネクタイの位置を几帳面に直しながら涼やかな顔で答えた。
「熟練のクリーニング屋ともなると、このくらい普通ですよ」
言いながら、彼は袖口がモンスターの血で汚れていることに眉をひそめた。そして汚れのことで頭がいっぱいになったのであろう、まだまだモンスターは残っているというにも関わらず気もそぞろで戦闘に身が入っていなかった。
結局、彼はそのせいで灰と化した。霊界に降り立つと、彼は顎を擦りながら「まだまだ修行が足りませんね」と呟いた。死神ちゃんは〈理解しかねる〉という表情を浮かべて頬をかくと、小さくため息をついて壁の中へと消えていった。
**********
「それにしても、あのクリーニング屋は本当に理解できなかった。クリーニング屋の概念が覆されたっていうか。――お前はアレを見ていてどう思った?」
言いながら、死神ちゃんは脱いだ洋服を洗濯機の中に乱雑に放り込んだ。マッコイは同じ洗濯機に自分の洗濯物も一緒に入れると、洗剤や柔軟剤を投入しながら苦笑いを浮かべた。
「この世界って、アタシ達の想像を裏切るっていうよりも〈斜め上を行く〉ことが結構あるわよね」
「蒸気で首刎ねとか、本当にわけが分からなかった。クリーニング屋、物騒すぎるだろ。その点、〈裏世界〉にあるこの洗濯機は、さすが〈人智を超えた超科学〉で作られているだけあるよな。俺らの体質上、身に着けているモノすら汚れや破れまでたちまち直って新品同様を保つけどさ、それ以上にさっぱり綺麗になって、気分もすっきりするんだから。――首も刎ねてこないし」
「あら、それって、まるで回復効果があるみたいね。あのクリーニング屋と同じじゃない」
「……やっぱり、この世界のクリーニング屋はおかしいな。そんな、人智を超えてくるとか。もはや神か何かかよ」
死神ちゃんは苦々しげな顔を浮かべると、浴室へと入っていったのだった。
――――技を極めし者は時として〈神◯◯〉などと言われますが、言い得て妙なのDEATH。
死神ちゃんは〈担当のパーティー〉を求めて、その五階にある人気修行スポットの一つである〈水辺区画にある滝〉へとやって来た。そして、目を真ん丸に見開くと、思わず大声で叫んだ。
「いやいやいやいや! あり得ないだろ、それは!」
死神ちゃんは浮遊すると、滝に打たれている男にスウと近づいていった。そして、男と、その男の手元を交互に見て、再び「えええ」と声を上げた。
男は精神を研ぎ澄まし、涼やかな顔で滝に打たれていた。強烈に降り注ぐ水の衝撃を背に受けながら、彼は鉄製の魔法具を右手に構えていた。そしてそれを隙無く、かつ優雅に宙で滑らせていた。
拳法の達人が気を練るが如く腕を動かすたび、彼は蒸気を纏っていた。水しぶきとは別に、だ。そして魔法具の不思議な力により彼の眼前に浮いていたそれからは、しわが綺麗になくなっていった。
死神ちゃんは出来上がったそれを手に取ると、顔をしかめてふるふると肩を震わせた。
「いや、だから、おかしいだろ……。こんな水しぶき舞い上がる場所のど真ん中で、こんな……。綺麗にアイロンがけとかさ……! しかも、すっかり綺麗にしわがなくなっているうえに、水しぶきの影響も受けずにパリッとしてるとか!」
「いや、まだまだですね」
男はざぶざぶと水から上がると、着ていたシャツを脱いで絞った。麗しい筋骨隆々の身体を丁寧に拭き上げながら、彼は心なしか眉根を寄せて悔しさを滲ませた。
「袖の部分が少々濡れてしまいましたし、微かですがアイロンじわができてしまっている。まだ、修行が足りませんね……」
「そもそも、こんな場所でアイロンがけして濡れないほうがおかしいから!」
死神ちゃんがツッコミを入れると、男は〈これだから素人は〉というかのような雰囲気を醸しながら頭を振った。身支度をある程度終えると、彼は死神ちゃんからアイロンがけしていたシャツを受け取り、そして死神ちゃんの頭を頭巾越しに撫でた。
「いいかい、お嬢ちゃん。アイロンがけというのはだね、クリーニング屋の技が一番光るものなんだ。もちろん、豊富な知識を駆使していかなるシミも綺麗に落とすということも重要だが、仕上げの〈アイロンがけ〉がきちんとできないことには、お客様をがっかりさせてしまうだろう? だから我々クリーニング屋はどんなものでも、そしてどんな場所でもアイロンがけができなければならないのだ。たとえそれが火の海や水の中、空の上でもきちんと〈しわ一つ無くパリッと綺麗に〉ね」
彼は櫛を入れ髪を撫で付けながらフウと息をついた。そして口ひげを整え、几帳面に蝶ネクタイを締めると、再び口を開いた。
彼は街のクリーニング屋だそうだ。秋となり、街はすっかりおしゃれさんで溢れており、ご婦人方の衣服も色とりどりの紅葉のように鮮やかに輝いているのだとか。彼女達は全力でおしゃれを楽しむために、おしゃれが楽しい季節となる春と秋はクリーニング屋をいつも以上に利用するのだという。そんなおしゃれさん達の〈おしゃれ心〉に応えるために、彼はクリーニング技術を磨き高めるべく、休みのたびにこうやって修行にやって来ているのだそうだ。
「衣替えシーズンと、おしゃれの楽しくなるシーズンは繁忙期なんです。普段は家で洗っているようなものも〈おしゃれ心〉を満たすためにクリーニングに出してくださるんですよ。その思いにしっかりと応えるべく、日々修練を積まねばならないのです」
言いながら、彼は荷物を完全にまとめ上げた。これから、修行がてら歩きで地上まで帰るのだそうだ。死神ちゃんは「俺も一緒に行く」と声をかけると、彼の後ろをついて行った。
地上へと帰る道すがら、彼はすれ違う冒険者に「二十分ほど、お時間を頂けませんか」と声をかけていた。何をするのかと死神ちゃんが不思議そうに首を傾げていると、彼は魔法のポーチからいくつもの薬瓶とたらいを出し、冒険者の着ている上着を洗濯し始めた。
「血糊とは感心しませんね。やはり衣類で〈糊〉といったら洗濯糊以外あり得ないでしょう」
そう言って、彼は薬を使い分け、時には即席で調合しながら頑固な血糊や油汚れを手早く落とした。それを十分ほどでやり終えると、残りの十分でアイロンがけをし始めた。
彼の道具はどれもこれも魔法のかかった品らしく、洗濯のために濡らされたはずの上着は綺麗に乾いていた。そしてアイロンがけが終わると、上着はまるで新品同様の輝きを放ちだした。さらに不思議なことに、出来上がった上着を羽織った冒険者は、何故か頬に赤みが差して疲れが抜け落ちたような爽やかな顔つきとなった。
死神ちゃんが怪訝な顔をして眉根を寄せると、クリーニング屋は満足気にウンウンと頷いた。
「綺麗に整えられた衣類を身に纏うと、気分が高揚しますからね」
「いや、だからって回復効果があるっていうのは……。お前、一体何者なんだよ」
「先ほども名乗ったでしょう。クリーニング屋だと」
おかしなことを仰る、と言いたげに小首を傾げるクリーニング屋に、死神ちゃんも〈おかしなことを言う〉と言いたげに顔をしかめた。しかし、おかしなことはこれ以外にも起こった。
しばらくして、クリーニング屋はモンスターと遭遇した。彼は相棒のアイロンを片手に華麗なステップを踏み、敵を翻弄していた。そして、アイロンを持った手で大きく振りかぶると、それを勢い良く振り下ろした。
重たい鉄のアイロンでひと殴りされたら堪ったものではないだろうと思いながらその光景を眺めていた死神ちゃんは、思わず素っ頓狂な声を上げた。
風を切りながら勢い良く振り下ろされたアイロンはモンスターにヒットしなかった。しかし、モンスターは死んだのだ。しかも、首を跳ね飛ばされて。――アイロンから吹き出た蒸気が、振り下ろされた軌跡をなぞるように漂ったかと思うと、その蒸気が刃となってモンスターを襲ったのである。
死神ちゃんは口をあんぐりとさせると、「おかしい」を連呼した。それに対して、クリーニング屋は蝶ネクタイの位置を几帳面に直しながら涼やかな顔で答えた。
「熟練のクリーニング屋ともなると、このくらい普通ですよ」
言いながら、彼は袖口がモンスターの血で汚れていることに眉をひそめた。そして汚れのことで頭がいっぱいになったのであろう、まだまだモンスターは残っているというにも関わらず気もそぞろで戦闘に身が入っていなかった。
結局、彼はそのせいで灰と化した。霊界に降り立つと、彼は顎を擦りながら「まだまだ修行が足りませんね」と呟いた。死神ちゃんは〈理解しかねる〉という表情を浮かべて頬をかくと、小さくため息をついて壁の中へと消えていった。
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「それにしても、あのクリーニング屋は本当に理解できなかった。クリーニング屋の概念が覆されたっていうか。――お前はアレを見ていてどう思った?」
言いながら、死神ちゃんは脱いだ洋服を洗濯機の中に乱雑に放り込んだ。マッコイは同じ洗濯機に自分の洗濯物も一緒に入れると、洗剤や柔軟剤を投入しながら苦笑いを浮かべた。
「この世界って、アタシ達の想像を裏切るっていうよりも〈斜め上を行く〉ことが結構あるわよね」
「蒸気で首刎ねとか、本当にわけが分からなかった。クリーニング屋、物騒すぎるだろ。その点、〈裏世界〉にあるこの洗濯機は、さすが〈人智を超えた超科学〉で作られているだけあるよな。俺らの体質上、身に着けているモノすら汚れや破れまでたちまち直って新品同様を保つけどさ、それ以上にさっぱり綺麗になって、気分もすっきりするんだから。――首も刎ねてこないし」
「あら、それって、まるで回復効果があるみたいね。あのクリーニング屋と同じじゃない」
「……やっぱり、この世界のクリーニング屋はおかしいな。そんな、人智を超えてくるとか。もはや神か何かかよ」
死神ちゃんは苦々しげな顔を浮かべると、浴室へと入っていったのだった。
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