上 下
32 / 362
* 死神生活一年目 *

第32話 死神ちゃんと姫

しおりを挟む


 〈担当のパーティーターゲット〉目指して彷徨さまよっていた死神ちゃんは我が目を疑った。ターゲットらしき集団が前方にいるのだが、いつぞやの〈ご主人様〉よろしくダンジョン内でティータイムと洒落込んでいたからだ。
 しかも、用意されたテーブルについているのは一人だけで、他の五人はせわしなく動き回っていた。


「エレナ姫、紅茶が入りました!」

「お肩、お揉み致しますね、エレナ姫!」

「エレナ姫、今日はどのお茶菓子を召し上がりますか?」

「エレナ姫、今日も本当にお美しいです!」

「武器の手入れ、僕がやっておきますね、エレナ姫!」


 五人の男が、一人の女のご機嫌を必死にとっていた。女は男達の言葉を適当に受け流しながら爪の先をいじっていた。〈姫〉と呼ばれた女は見目もそこそこに美しくはあったが、見た感じ、どこぞの国のお姫様というわけでもなさそうだった。しかしながら、男達は彼女の顔色を必死になって伺い、おべっかを使い、たまに声をかけてもらえるだけで嬉しそうにうっとりとしていた。

 その光景を見ているだけでげっそりとしてきた死神ちゃんだったが、気を取り直して深呼吸すると、ふええと泣きながら一行に近づいていった。――何となくだが、幼女のフリをしたほうが、あとあと美味しいことになりそうな気がしたからだ。


「おや、君、うっかりダンジョンに入ってきちゃったのかい? よくここまでモンスターに見つからなかったね」


 男のうちの一人が、そう言って死神ちゃんの頭を撫でた。すると、ステータス妖精さんが軽やかに飛び出した。





* 戦士の 信頼度が 5 下がったよ! *


 妖精の宣告に顔を青くした戦士は、素早く顔を上げて女を見た。すると、女は凄まじく不機嫌そうな顔をしていたが、すぐさま笑顔を取り繕った。


「さすが戦士、優しいのね」

「エレナ姫、違うんです! 別に他の女にうつつを抜かしたわけではないんです! だって、この子、幼女ですよ!?」

「分かってる、分かってるわ。戦士、大丈夫よ」


 笑顔を浮かべてはいるものの、女の声は心なしか冷たかった。他の男達も戦士のことを冷ややかに見つめており、戦士は声を震わせながら訴えた。


「ていうか、信頼度低下のお知らせがあったってことは、この子、死神なんじゃないの? 俺、とり憑かれたってことなんじゃないの!?」

「あら、優しさが仇となったってことね。残念ね、戦士」

「エレナ姫、だから、そんな目で見ないでくださいよ!」


 戦士は地べたを這いつくばってまで女に赦しを乞うた。怒ってないと彼女は笑顔で言ったが、その目は全然笑ってはいなかった。
 その光景を、死神ちゃんは不可解に思った。何故なら、彼女は〈もしかしたらモンスターかもしれない相手にうっかりをやらかした〉ということに対して怒っているのではなく、あからさまに〈自分以外の女子に優しくするものは万死に値する。その女子の年齢は問わない〉というような態度なのだ。


(あ、あれだ、〈オタサーの姫〉ってやつ!)


 死神ちゃんは腑に落ちたというような表情をしたあとですぐに、ニヤリとした笑みをこっそりと浮かべた。――これは、最初の読み通りだ。このまま可愛さを振りまいておけば、内部分裂を引き起こしてパーティー全滅も狙っていけそうだ。「情報操作は十三じゅうぞう様の十八番の一つ、これは腕がなるな」と死神ちゃんは思った。
 死神ちゃんは小首を傾げると、潤んだ瞳で戦士を見上げた。


「お兄ちゃん、死神ってなあに? 何であのお姉ちゃんは怒ってるの?」


 戦士はまごついて返事をしなかった。なので、今度は女のほうを向いて死神ちゃんは満面の笑みを浮かべた。


「ねえねえ、お姉ちゃんはお姫様なの?」

「あのお姉ちゃんはね、僕達にとって〈お姫様みたいな存在〉なんだ。男ばかりのパーティーに華やかさを添えてくれて、支援系魔法で戦闘を華麗に支えてくれて。なくてはならない存在なんだよ。僕達の、癒やしなんだ」


 男の一人がそう答えると、女が心なしか得意げな雰囲気を醸しだした。すると、何故か彼女の腕輪からステータス妖精が飛び出した。


* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *


「えっ!? 何でよ! 私、別に死神にとり憑かれてなんかいないんだけど!」


 女が青筋を立てると、男達は彼女からスッと顔をそむけた。その後も、死神ちゃんはことあるごとに彼女に「すごい」だの「可愛い」だのと言っておだてまくった。調子を取り戻した彼女は、先ほど以上に女王様のごとく振る舞い出した。しかしそれが、彼女自身の首を絞めることとなった。

 一行はモンスターの群れに遭遇した。撃退はできたものの、先頭に立って戦っていた男達が負傷してしまった。死神ちゃんが今にも泣きそうな面持ちで男達を心配すると、彼らは〈気持ちがとても癒やされ、嬉しい〉という表情を浮かべた。一方――


「エレナ姫、回復をお願いしたいです~……」

「え~、そのくらいだったら、ツバつけておけば大丈夫でしょ。何があるか分からないんだし、できるだけ魔力の消費を抑えたいのよね」

「いやいや、本当にお願いしますよ」

「しょうがないなあ……。ねえ、君主、あなたも回復魔法使えたでしょ。あなたが回復かけといてよ。――あっ、やだ、かすり傷! 私に傷なんて、許されないんだから。えいっ、回復っ★」





* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *


 またある時、彼らは別のパーティーとすれ違った。そこのパーティーも手負いのものがいたのだが、僧侶が献身的に動き回っていた。傷の浅い者には薬草を使って手当をし、深手を負った者には回復魔法をケチることなくかけてやっていた。その光景を見た一行はこっそりと溜め息をついた。そして――


* 僧侶の 信頼度が 5 下がったよ! *


「ねえ、だから、何で死神にとり憑かれてない私の信頼度が下がるのよ!」


* 僧侶の 信頼度が 3 下がったよ! *


「何で!? 何でまた下がるのよ! 今、私、何もしてないでしょ! それとも何、文句言うのも許されないわけ!? 私が何したっていうのよ!」

「それは、お姉ちゃんが〈癒やし〉じゃあなくなってきてるからなんじゃないの……?」

「元はといえば、あんたが現れなければ!」


 女はウォーハンマーを振り上げると、死神ちゃんめがけて振り下ろそうとした。しかし、そのウォーハンマーは死神ちゃんに当たることはなかった。ウォーハンマーは女と死神ちゃんの間に咄嗟に割り込んだ戦士の急所に当たり、回復が完璧でなかった彼は灰と化した。
 男達は〈仲間だったもの〉をしばし見つめると、ためらうことなく武器に手をかけた。すると、怒り狂った女もウォーハンマーを構え直した。


「何よ、蝶だ花だと持て囃して、姫のように扱ってくれてたのに! 私は姫なんでしょ!? 何で歯向かうのよ! 私だけを大切にしてよ! みんなして、何でこんな幼女を庇うのよ!」

「高慢な〈姫〉には、民衆はついていけねえんだよ!」

「僧侶は支援してナンボだろ! 回復しない僧侶はただのお荷物なんだよ! 仲間への回復はケチるくせに、自分には湯水のごとく魔力使いやがって!」

「私とあなた達の絆は、こんな幼女に簡単に壊されるようなものだっていうの!?」

「何言ってるんだ、お前が自分で少しずつ少しずつ砕いていったんだろうが! 本当は、今までだって結構我慢してたんだよ! でも、もう我慢の限界だよ!」


 パーティーのリーダーは君主だったようで、彼は腕輪を操作すると女をパーティーメンバーから除外した。それを見て発狂した女は男達に襲いかかった。彼女は意外と武闘派だったようで、男が一人倒され、他の三人も手傷を負った。そして、女がようやく倒れて静かになったところにモンスターがやって来て、残った三人も結局地に倒れ伏した。

 自分で仕向けたこととはいえ、死神ちゃんは結構虚しい気持ちになった。全滅した一同を見つめて深く溜め息をつくと、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。



   **********



「あら、かおるちゃん、おかえりなさい」

「ねえ、薫ちゃん。今日は私とご飯食べに行きましょうよ」

「なあ、薫ちゃん。あとでボードゲームしねえ?」


 寮に戻った死神ちゃんが共用のリビングに顔を出すと、マッコイを始め同居人達がニコニコと笑いながら声をかけてきた。死神ちゃんは本日の出来事を思い出すと、照れくさそうに笑った。


「……みんな、いつもありがとうな」

「やだ、薫ちゃん、急にどうしたの?」

「――いや、別に」


 みんなは目をパチクリとさせて死神ちゃんを見つめた。死神ちゃんはなおも照れくさそうにしていた。そしてみんなでクスクスと笑い合うと、仲良く揃って夕飯を食べに出かけたのだった。




 ――――仲間を大切にできなくちゃ、自分を大切にしてなんてしてはもらえない。大切に思い合い、信頼しあってこその〈絆〉なのDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『ラズーン』第二部

segakiyui
ファンタジー
謎を秘めた美貌の付き人アシャとともに、統合府ラズーンへのユーノの旅は続く。様々な国、様々な生き物に出逢ううち、少しずつ気持ちが開いていくのだが、アシャへの揺れる恋心は行き場をなくしたまま。一方アシャも見る見るユーノに引き寄せられていく自分に戸惑う。

ポンコツ気味の学園のかぐや姫が僕へのラブコールにご熱心な件

鉄人じゅす
恋愛
平凡な男子高校生【山田太陽】にとっての日常は極めて容姿端麗で女性にモテる親友の恋模様を観察することだ。 ある時、太陽はその親友の妹からこんな言葉を隠れて聞くことになる。 「私ね……太陽さんのこと好きになったかもしれない」 親友の妹【神凪月夜】は千回告白されてもYESと言わない学園のかぐや姫と噂される笑顔がとても愛らしい美少女だった。 月夜を親友の妹としか見ていなかった太陽だったがその言葉から始まる月夜の熱烈なラブコールに日常は急変化する。 恋に対して空回り気味でポンコツを露呈する月夜に苦笑いしつつも、柔和で優しい笑顔に太陽はどんどん魅せられていく。 恋に不慣れな2人が互いに最も大切な人になるまでの話。 7月14日 本編完結です。 小説化になろう、カクヨム、マグネット、ノベルアップ+で掲載中。

異世界坊主の成り上がり

峯松めだか(旧かぐつち)
ファンタジー
山歩き中の似非坊主が気が付いたら異世界に居た、放っておいても生き残る程度の生存能力の山男、どうやら坊主扱いで布教せよということらしい、そんなこと言うと坊主は皆死んだら異世界か?名前だけで和尚(おしょう)にされた山男の明日はどっちだ? 矢鱈と生物学的に細かいゴブリンの生態がウリです? 本編の方は無事完結したので、後はひたすら番外で肉付けしています。 タイトル変えてみました、 旧題異世界坊主のハーレム話 旧旧題ようこそ異世界 迷い混んだのは坊主でした 「坊主が死んだら異世界でした 仏の威光は異世界でも通用しますか? それはそうとして、ゴブリンの生態が色々エグいのですが…」 迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」 ヒロイン其の2のエリスのイメージが有る程度固まったので画像にしてみました、灯に関しては未だしっくり来ていないので・・未公開 因みに、新作も一応準備済みです、良かったら見てやって下さい。 少女は石と旅に出る https://kakuyomu.jp/works/1177354054893967766 SF風味なファンタジー、一応この異世界坊主とパラレル的にリンクします 少女は其れでも生き足掻く https://kakuyomu.jp/works/1177354054893670055 中世ヨーロッパファンタジー、独立してます

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃
ファンタジー
小説内容の無断転載・無断使用・自作発言厳禁 Repost is prohibited. 무단 전하 금지 禁止擅自转载 W主人公で繰り広げられる冒険譚のような、一昔前のRPGを彷彿させるようなストーリーになります。 バトル要素あり。BL要素あります。苦手な方はご注意を。 今作は前作『Fragment-memory of future-』の二部作目になります。 カクヨム・ノベルアップ+でも投稿しています Copyright 2019 黒乃 ****** 主人公のレイが女神の巫女として覚醒してから2年の月日が経った。 主人公のエイリークが仲間を取り戻してから2年の月日が経った。 平和かと思われていた世界。 しかし裏では確実に不穏な影が蠢いていた。 彼らに訪れる新たな脅威とは──? ──それは過去から未来へ紡ぐ物語

鬼切りの刀に憑かれた逢神は鬼姫と一緒にいる

ぽとりひょん
ファンタジー
逢神も血筋は鬼切の刀に憑りつかれている、たけるも例外ではなかったが鬼姫鈴鹿が一緒にいることになる。 たけると鈴鹿は今日も鬼を切り続ける。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

処理中です...