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記録23 幸せは脂肪と糖でできているから、仕方がない
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「で? 今まで以上にふたりの距離が物理的に近いのは、何なんですか?」
大島は三日月状のそれの両端を持ち、机の上の板にトントンと軽く叩きつけた。次の瞬間、縁の水つけが甘かったのかひだの寄せ方が雑だったのか、それはのったりと口を開けた。ムッと顔をしかめて「中々上手くいかないな」と呟いた彼女にアドバイスをしてやると、彼女はヘッと鼻を鳴らして皮肉っぽい目で俺を見てきた。
「あー、はいはい。拓郎さんは私と違って何やら上手く事が進んだようで。ようございましたねえ。ええ?」
「本当に凄いわよね、タクローって。こんなにも綺麗に手早く餃子を包んで。聖剣の使い方もピカイチだし――」
「ルッチィ、ごめん。そういう意味じゃあないの」
頬を上気させて俺を褒めそやしたルシアは、大島の苦笑いに不思議そうに首を傾げた。俺は、再び半笑いを浮かべてこちらを見てきた大島からスッと視線を逸らした。
いろいろとあれこれして丸く収まったあのあと、俺は気持ちをしっかりと表すことがずっとできずにいたことを再度謝罪した。その際に、自分の感覚が鈍感になりすぎていて自信が持てずにいたり、中々踏ん切りがつかなかったりしたことを大島に相談していたことを打ち明けた。そしてルシアにだけでなく周りにも散々迷惑をかけたので、これからは自分の行動や感情により一層責任を持ちたいと宣言した。すると、ルシアはにっこりと笑ってこう言った。――じゃあ、カティにきちんと報告をして、それから感謝をしっかりと伝えないと、と。
それがなぜ大島と三人で餃子を淡々と作っているかというと、〈せっかくだからただおもてなしをするのではなく、パーッと楽しく盛り上がりたい〉とルシアが所望したからだ。正直、三人でテーブルを囲んで黙々と餃子を包むだなんて地味なことこの上ないと思うのだが、俺とルシアとの間には常に料理があった。だから彼女は料理をとても重要で大切なものと考えているようで、それで「みんなで料理がしたいわ」と思ったらしい。
「ていうか、お料理パーティーっていったら、普通、たこ焼きとかお鍋系の何かとかですよね?」
「だって、うち、たこ焼き焼き器なんてねえもん」
「でもこれ、パーティーらしくホットプレートで焼く予定なんでしょう? 今どき、たこ焼き用プレートのついたセットも売っているでしょうに」
「仕方ないだろ。これ買ったの、かなり昔なんだから」
「じゃあ、次に買い換えるときにはたこ焼き用のやつもついているのにしてください」
文句と要望をグチグチと垂れながら、大島はせっせと餃子を包んでいた。そしてやはり上手く行かないようで餃子がカパッと口を開き、彼女は自身の手元を睨みつけながら口を尖らせた。ルシアはそんな不機嫌な彼女に遠慮がちに笑いかけながら「ところでね、さっきの質問についてなんですけれど」と切り出した。大島は爽やかな笑みを返すと、餃子の口をギュウギュウと閉じ直しながら言った。
「精神的な距離が近くなったから、物理的にも近いんでしょう? 大丈夫、分かってるから。ていうか本当に遅すぎなんですよ、拓郎さんの鈍感! 軟弱! でもおかげで美味しいご飯たくさん奢ってもらえました、どうもごちそうさまです!」
大島は語気と一緒に餃子の底作りに必要な〈トントン〉も強めた。結果、閉じ直したはずの餃子から中具が飛び出した。ルシアはワアと頓狂した彼女のすぐ隣に移動すると、大島の作った餃子をしげしげと眺めて目を瞬かせた。
「カティ、これ、多分、中具入れ過ぎだと思うわ」
「そういえば、ルッチィは比較的綺麗に包んでるよね。私が来る前に練習でもしたの?」
「ものシリさんに動画を出してもらって予習したのよ!」
「えっ、そこは彼ぴっぴとラブラブいちゃいちゃしながら、手取り足取り教えてもらいなよ」
照れくさそうに身を捩るルシアを他所に、大島はまたもや俺を冷めた目で見つめてきた。――いや、俺だってできることならそのように教えたかったですよ。でもですね、相も変わらずルシアはものシリさんと蜜月なんですよ。
ルシアはバターナイフで具を掬い取ると、皮の真ん中にそれを乗せて平らに均した。あまり具を取りすぎてこんもりと盛ってしまうと閉じづらいので、これがミソである。そのように大島に説明して見せているのを眺めながら、俺はというと餃子を包むのを一旦止めて、ひたすら皮を円盤型に成形していた。――どのくらいの量になるか予想できなかったため、〈小さな球状にしてラップをしたボウルの中で寝かせる〉という状態で皮も多めに用意しておいたのだ。
大島は顔をあげると、俺に向かって声をかけた。
「拓郎さん、できた端から皮貰っていっていいですか? もう、こっち無いです」
「おう、持ってけ持ってけー」
「ていうか、皮ってそんな簡単に作れるもんなんですね」
「球を手のひらで円盤状に潰してから、伸ばし棒で向きを変えつつ伸ばしていくのがポイントな。それさえ守れば、きれいな丸型のできたてもちもちのやつが作れるよ」
相槌を打ちながら皮を手に取る大島に、ルシアが得意気に胸を張った。
「具のほうはね、実はね、私が準備したのよ!」
「えっ、ルッチィ、すごいじゃん! もうそんなに料理できるようになったの!?」
目を丸くして驚く大島に、ルシアは照れくさそうにもじもじとしながら「教えてもらいながらだけど」と付け加えた。そして、聖剣を使って野菜をみじん切りにしたこと、ひき肉の感触が最初は気持ちが悪かったが、捏ねているうちに粘りが出て感触も固くなっていったのがおもしろかったと語って聞かせた。
「ちなみにね、味付けは塩コショウとおろしニンニク、そしてオイスターソースをちょっと入れているだけなの。キャベツもニラも良いものが手に入ったから、あまりお醤油とか油とか入れないでみたのよ」
「へえ、たしかに漂ってくるニラの香りがえぐくなくて、爽やかだよね。それはちょっと、食べるのが楽しみだなあ。――あ、私ね、キャベツじゃなくて白菜を入れるのも好きだよ。キャベツはさっぱりシャキシャキだけど、白菜は甘くてジューシーになるんだよ」
「そうなのね! じゃあ、今度は白菜で作りましょう!」
楽しそうに笑い合いながら、大島とルシアは出来上がった餃子を皿に置き、新たに包むべく皮を手に取った。そして包み続けている過程で具材が手につき、そこから頬にもついたのだろう、ルシアは頬の片側を餃子の具で汚していて、それを大島が指摘して拭い取ってやっていた。肩を寄せ合い「ほらここ、ついてる」「あらやだ、ありがとう」なんてやり合っている様はさながらカップルのようで、俺はそんな仲睦まじいふたりを眺めながらもやもやとしたものを胸に抱えた。――それ、俺のポジション……。
かなりの量が出来上がり、いったん包むのは止めて焼こうということになった。俺はテーブルの上を占拠しているボウルやら板やらをキッチンに運び、餃子がしこたま乗った皿を大島が持ち、その間にルシアがテーブルを布巾で拭いた。ルシアの作業が終わると大島は皿を机上に戻し、俺はホットプレートを持ってきた。
「さてそれでは、焼きますかね」
「わーい、イッツショーターイム! 拓郎さん拓郎さん、私、羽つきが良いです!」
「羽つきってなあに?」
「蒸し焼きにするときに、ただの水じゃなくて〈水溶き小麦粉〉を入れるんだよ。そしたら、餃子に羽が生える」
「なにそれ!?」
ルシアはわくわくとした表情を浮かべると〈幸福の光〉を一層強めた。――彼女はあの日以来、何をするにしてもチラチラとほのかに光を放つようになった。特に、美味しいご飯を食べたり、一緒に何かをしたりするとその光は強くなった。しかも俺のすぐ隣に何をするでもなくちょこんと腰を掛けたりするだけで、彼女はその光をじわっと強めさせるんだが、俺は本当にもうそれが可愛くて可愛くて愛おしくて……。
温まったフットプレートの上に十分な油を引いて餃子を並べ、餃子自体も温まってきたらごま油を上からひとかけ。そして蒸し焼きにすべく、水溶き小麦粉を投入してフタをする。ジュウと音を立て、フタを曇らせる餃子を見つめながらキラキラと輝かせるルシアがそれなりに強く光るのを眺めながら、俺は「ああ、愛おしい」とほっこり頬を緩めた。そんな俺を、大島がまた半笑いでハンと鼻を鳴らしながらじっとりと見つめてきた。
「どうしよう、もう、おなかいっぱいなんですけど。帰っていいですかね」
「なんで!? カティ、まだ焼き始めたばかりよ!? どうしてもうおなかいっぱいになるの!?」
「冗談だから、そんな、光るのやめないでよ。ほら、ルッチィ、ホットプレートの中、水気がなくなってきたよ」
大島の発言に愕然としていたルシアは、大島に促されてホットプレートへと視線を戻した。そして俺がホットプレートのフタを開けると、彼女は大きな瞳をくりくりとさせて「わあ」と感嘆の声を上げた。
「これが餃子の羽なのね!」
「パリッパリで美味しいんだよね、餃子の羽。――さ、早くお皿に盛ってくださいよ、拓郎ママ」
「誰がママだ、誰が」
焼きあがった餃子を皿にあけると、ルシアと大島はいそいそと箸を手にとった。そして頂きますの挨拶もそこそこに、小皿に醤油やラー油、酢など思い思いのものを垂らした。
「うわっ、キャベツ、あまっ! 白菜じゃないのに!?」
「う~! 野菜の味がしっかりしていて、おいひい! お肉もいいわね! う~ん、満たされるー!」
「でも、結構さっぱりめだね。お肉、もう少しジューシーでもいいかも」
「それなら、ひき肉捏ねる際に鶏がらスープを吸わせるといいよ。でも今日は野菜を楽しみたかったので、敢えてそれをしませんでした」
「お肉にスープを吸わせるんですか! へえ!」
ルシアと大島は「美味しい」を連呼しながら、餃子と白飯を交互に口へと運んだ。
「いや、ダメ、これ、この食べ方、太る! でも、やめらんないですね! あー、幸せ! あー、ビール飲みたい!」
「いいわね、それ、すごく美味しそう!」
ルシアは絶好調に輝いていた。もしや元に戻るのではと思ったのだが、急にしおしおと光が萎んでいった。そして彼女は残念そうに笑うと「この姿じゃあ、さすがにお酒は無理ね」と心なしか肩を落とした。
「ていうか、ルッチィってお酒飲めるクチなの?」
「神様にお供えしたものを、私たち神官も頂くのよ。神とともに食事をして、絆と力を得るという目的で。それで、たまにワインやビールも頂いていたから」
「そうなんだ。じゃあ、いつかまた、みんなでお酒も楽しもうね!」
にっこりと微笑む大島に、ルシアはこっくりと小さく頷いた。――この先も、これからもずっと、こうやって楽しく美味しく一緒に飯を食っていきたい。酒も嗜みながら、時間も忘れて。その場に大島もいるのは、ちょっと邪魔な気もするけれど。でもまあ、賑やかでいいかな。……そんなことを思いながら、俺は箸を持ち直した。しかし――
「俺、まだひとつしか食ってないのに!」
空になった皿を見つめて、俺は思わず声をひっくり返した。そして泣く泣く箸を菜箸に持ち替えると、第二陣を焼きにかかったのだった。
大島は三日月状のそれの両端を持ち、机の上の板にトントンと軽く叩きつけた。次の瞬間、縁の水つけが甘かったのかひだの寄せ方が雑だったのか、それはのったりと口を開けた。ムッと顔をしかめて「中々上手くいかないな」と呟いた彼女にアドバイスをしてやると、彼女はヘッと鼻を鳴らして皮肉っぽい目で俺を見てきた。
「あー、はいはい。拓郎さんは私と違って何やら上手く事が進んだようで。ようございましたねえ。ええ?」
「本当に凄いわよね、タクローって。こんなにも綺麗に手早く餃子を包んで。聖剣の使い方もピカイチだし――」
「ルッチィ、ごめん。そういう意味じゃあないの」
頬を上気させて俺を褒めそやしたルシアは、大島の苦笑いに不思議そうに首を傾げた。俺は、再び半笑いを浮かべてこちらを見てきた大島からスッと視線を逸らした。
いろいろとあれこれして丸く収まったあのあと、俺は気持ちをしっかりと表すことがずっとできずにいたことを再度謝罪した。その際に、自分の感覚が鈍感になりすぎていて自信が持てずにいたり、中々踏ん切りがつかなかったりしたことを大島に相談していたことを打ち明けた。そしてルシアにだけでなく周りにも散々迷惑をかけたので、これからは自分の行動や感情により一層責任を持ちたいと宣言した。すると、ルシアはにっこりと笑ってこう言った。――じゃあ、カティにきちんと報告をして、それから感謝をしっかりと伝えないと、と。
それがなぜ大島と三人で餃子を淡々と作っているかというと、〈せっかくだからただおもてなしをするのではなく、パーッと楽しく盛り上がりたい〉とルシアが所望したからだ。正直、三人でテーブルを囲んで黙々と餃子を包むだなんて地味なことこの上ないと思うのだが、俺とルシアとの間には常に料理があった。だから彼女は料理をとても重要で大切なものと考えているようで、それで「みんなで料理がしたいわ」と思ったらしい。
「ていうか、お料理パーティーっていったら、普通、たこ焼きとかお鍋系の何かとかですよね?」
「だって、うち、たこ焼き焼き器なんてねえもん」
「でもこれ、パーティーらしくホットプレートで焼く予定なんでしょう? 今どき、たこ焼き用プレートのついたセットも売っているでしょうに」
「仕方ないだろ。これ買ったの、かなり昔なんだから」
「じゃあ、次に買い換えるときにはたこ焼き用のやつもついているのにしてください」
文句と要望をグチグチと垂れながら、大島はせっせと餃子を包んでいた。そしてやはり上手く行かないようで餃子がカパッと口を開き、彼女は自身の手元を睨みつけながら口を尖らせた。ルシアはそんな不機嫌な彼女に遠慮がちに笑いかけながら「ところでね、さっきの質問についてなんですけれど」と切り出した。大島は爽やかな笑みを返すと、餃子の口をギュウギュウと閉じ直しながら言った。
「精神的な距離が近くなったから、物理的にも近いんでしょう? 大丈夫、分かってるから。ていうか本当に遅すぎなんですよ、拓郎さんの鈍感! 軟弱! でもおかげで美味しいご飯たくさん奢ってもらえました、どうもごちそうさまです!」
大島は語気と一緒に餃子の底作りに必要な〈トントン〉も強めた。結果、閉じ直したはずの餃子から中具が飛び出した。ルシアはワアと頓狂した彼女のすぐ隣に移動すると、大島の作った餃子をしげしげと眺めて目を瞬かせた。
「カティ、これ、多分、中具入れ過ぎだと思うわ」
「そういえば、ルッチィは比較的綺麗に包んでるよね。私が来る前に練習でもしたの?」
「ものシリさんに動画を出してもらって予習したのよ!」
「えっ、そこは彼ぴっぴとラブラブいちゃいちゃしながら、手取り足取り教えてもらいなよ」
照れくさそうに身を捩るルシアを他所に、大島はまたもや俺を冷めた目で見つめてきた。――いや、俺だってできることならそのように教えたかったですよ。でもですね、相も変わらずルシアはものシリさんと蜜月なんですよ。
ルシアはバターナイフで具を掬い取ると、皮の真ん中にそれを乗せて平らに均した。あまり具を取りすぎてこんもりと盛ってしまうと閉じづらいので、これがミソである。そのように大島に説明して見せているのを眺めながら、俺はというと餃子を包むのを一旦止めて、ひたすら皮を円盤型に成形していた。――どのくらいの量になるか予想できなかったため、〈小さな球状にしてラップをしたボウルの中で寝かせる〉という状態で皮も多めに用意しておいたのだ。
大島は顔をあげると、俺に向かって声をかけた。
「拓郎さん、できた端から皮貰っていっていいですか? もう、こっち無いです」
「おう、持ってけ持ってけー」
「ていうか、皮ってそんな簡単に作れるもんなんですね」
「球を手のひらで円盤状に潰してから、伸ばし棒で向きを変えつつ伸ばしていくのがポイントな。それさえ守れば、きれいな丸型のできたてもちもちのやつが作れるよ」
相槌を打ちながら皮を手に取る大島に、ルシアが得意気に胸を張った。
「具のほうはね、実はね、私が準備したのよ!」
「えっ、ルッチィ、すごいじゃん! もうそんなに料理できるようになったの!?」
目を丸くして驚く大島に、ルシアは照れくさそうにもじもじとしながら「教えてもらいながらだけど」と付け加えた。そして、聖剣を使って野菜をみじん切りにしたこと、ひき肉の感触が最初は気持ちが悪かったが、捏ねているうちに粘りが出て感触も固くなっていったのがおもしろかったと語って聞かせた。
「ちなみにね、味付けは塩コショウとおろしニンニク、そしてオイスターソースをちょっと入れているだけなの。キャベツもニラも良いものが手に入ったから、あまりお醤油とか油とか入れないでみたのよ」
「へえ、たしかに漂ってくるニラの香りがえぐくなくて、爽やかだよね。それはちょっと、食べるのが楽しみだなあ。――あ、私ね、キャベツじゃなくて白菜を入れるのも好きだよ。キャベツはさっぱりシャキシャキだけど、白菜は甘くてジューシーになるんだよ」
「そうなのね! じゃあ、今度は白菜で作りましょう!」
楽しそうに笑い合いながら、大島とルシアは出来上がった餃子を皿に置き、新たに包むべく皮を手に取った。そして包み続けている過程で具材が手につき、そこから頬にもついたのだろう、ルシアは頬の片側を餃子の具で汚していて、それを大島が指摘して拭い取ってやっていた。肩を寄せ合い「ほらここ、ついてる」「あらやだ、ありがとう」なんてやり合っている様はさながらカップルのようで、俺はそんな仲睦まじいふたりを眺めながらもやもやとしたものを胸に抱えた。――それ、俺のポジション……。
かなりの量が出来上がり、いったん包むのは止めて焼こうということになった。俺はテーブルの上を占拠しているボウルやら板やらをキッチンに運び、餃子がしこたま乗った皿を大島が持ち、その間にルシアがテーブルを布巾で拭いた。ルシアの作業が終わると大島は皿を机上に戻し、俺はホットプレートを持ってきた。
「さてそれでは、焼きますかね」
「わーい、イッツショーターイム! 拓郎さん拓郎さん、私、羽つきが良いです!」
「羽つきってなあに?」
「蒸し焼きにするときに、ただの水じゃなくて〈水溶き小麦粉〉を入れるんだよ。そしたら、餃子に羽が生える」
「なにそれ!?」
ルシアはわくわくとした表情を浮かべると〈幸福の光〉を一層強めた。――彼女はあの日以来、何をするにしてもチラチラとほのかに光を放つようになった。特に、美味しいご飯を食べたり、一緒に何かをしたりするとその光は強くなった。しかも俺のすぐ隣に何をするでもなくちょこんと腰を掛けたりするだけで、彼女はその光をじわっと強めさせるんだが、俺は本当にもうそれが可愛くて可愛くて愛おしくて……。
温まったフットプレートの上に十分な油を引いて餃子を並べ、餃子自体も温まってきたらごま油を上からひとかけ。そして蒸し焼きにすべく、水溶き小麦粉を投入してフタをする。ジュウと音を立て、フタを曇らせる餃子を見つめながらキラキラと輝かせるルシアがそれなりに強く光るのを眺めながら、俺は「ああ、愛おしい」とほっこり頬を緩めた。そんな俺を、大島がまた半笑いでハンと鼻を鳴らしながらじっとりと見つめてきた。
「どうしよう、もう、おなかいっぱいなんですけど。帰っていいですかね」
「なんで!? カティ、まだ焼き始めたばかりよ!? どうしてもうおなかいっぱいになるの!?」
「冗談だから、そんな、光るのやめないでよ。ほら、ルッチィ、ホットプレートの中、水気がなくなってきたよ」
大島の発言に愕然としていたルシアは、大島に促されてホットプレートへと視線を戻した。そして俺がホットプレートのフタを開けると、彼女は大きな瞳をくりくりとさせて「わあ」と感嘆の声を上げた。
「これが餃子の羽なのね!」
「パリッパリで美味しいんだよね、餃子の羽。――さ、早くお皿に盛ってくださいよ、拓郎ママ」
「誰がママだ、誰が」
焼きあがった餃子を皿にあけると、ルシアと大島はいそいそと箸を手にとった。そして頂きますの挨拶もそこそこに、小皿に醤油やラー油、酢など思い思いのものを垂らした。
「うわっ、キャベツ、あまっ! 白菜じゃないのに!?」
「う~! 野菜の味がしっかりしていて、おいひい! お肉もいいわね! う~ん、満たされるー!」
「でも、結構さっぱりめだね。お肉、もう少しジューシーでもいいかも」
「それなら、ひき肉捏ねる際に鶏がらスープを吸わせるといいよ。でも今日は野菜を楽しみたかったので、敢えてそれをしませんでした」
「お肉にスープを吸わせるんですか! へえ!」
ルシアと大島は「美味しい」を連呼しながら、餃子と白飯を交互に口へと運んだ。
「いや、ダメ、これ、この食べ方、太る! でも、やめらんないですね! あー、幸せ! あー、ビール飲みたい!」
「いいわね、それ、すごく美味しそう!」
ルシアは絶好調に輝いていた。もしや元に戻るのではと思ったのだが、急にしおしおと光が萎んでいった。そして彼女は残念そうに笑うと「この姿じゃあ、さすがにお酒は無理ね」と心なしか肩を落とした。
「ていうか、ルッチィってお酒飲めるクチなの?」
「神様にお供えしたものを、私たち神官も頂くのよ。神とともに食事をして、絆と力を得るという目的で。それで、たまにワインやビールも頂いていたから」
「そうなんだ。じゃあ、いつかまた、みんなでお酒も楽しもうね!」
にっこりと微笑む大島に、ルシアはこっくりと小さく頷いた。――この先も、これからもずっと、こうやって楽しく美味しく一緒に飯を食っていきたい。酒も嗜みながら、時間も忘れて。その場に大島もいるのは、ちょっと邪魔な気もするけれど。でもまあ、賑やかでいいかな。……そんなことを思いながら、俺は箸を持ち直した。しかし――
「俺、まだひとつしか食ってないのに!」
空になった皿を見つめて、俺は思わず声をひっくり返した。そして泣く泣く箸を菜箸に持ち替えると、第二陣を焼きにかかったのだった。
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