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第二章 西端半島戦役

第三十九話 おんぶにだっこ

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「こんなロープで大丈夫かなぁ?」

    万屋は子供を背負いながら呟いた。
    そのまますぐに、もう一人の子供を抱き抱える。

「隊長は子供慣れしてませんね」

    二階堂が微笑ましそうに言う。

「そりゃ、縁が無いもの。
    痛くないかい?」

    万屋は気を使いながら慎重に、二人の子供と自身をロープで結び付ける。
    まだ二歳か三歳程度であろう幼児を相手にしている為、慎重かつ丁重に扱う必要があるのだ。

「うん………………」

「だいじょ??ぶ??!」

    万屋の背中におぶさった男児は元気が無く、どこか怯えた様子を見せている。
    抱き抱えられた女児とは対象的だ。

「痛かったら言ってね??」

    万屋が本当に子供慣れしていないと見たのか。
    二階堂が安心させる様に言った。

「うん!」

    女児は元気よく応じるものの、男児は首を縦に振るだけだ。

(こういう時、女の子の方が逞しいのかねぇ?
    分からないもんだなぁ)

    万屋には、子供の機微など分からない。
    その為呑気な事を考えていられるのだが、女児は元気に見せているだけだ。
    子供なりに、重たい空気を払拭しようという思いがあるのだろう。
    早熟な子供だった。

    男児は男児で単純だった。
    元気が無いのは、泣き疲れて眠たくなっているだけだ。
    気楽なものだが、あるいは眠気があるだけ大物なのかもしれなかった。

「二階堂は子供慣れしてるのかい?」

    万屋にとって、この分野は未知のものだ。
    それ故に期待を込めて訊ねる。

「慣れてはいません。
    覚えてるだけです」

    二階堂は一瞬だけ暗い顔をした。

「こういう時に、自分がどうして欲しかったか。
    何を言って欲しかったか。
    期待していた頃もありましたから」

(ヤバい………………
    ヤバい話題だったぞこれ………………)

    万屋は地雷を踏んだのかと思い動揺する。

「『ペロペロ、ペロペロ』って声が、耳から離れないんですよ」

    二階堂の声色は暗く、真面目な話をしているにも拘らず、怪談でも聞いているかの様だ。
    それでいて、表情だけは普段通りなものだから、余計に怖さが引き立っていた。
    子供達も、二階堂の様子に震えている。

(よく考えたらとんでもない父親と言うより、ホラーなんだよなぁ)

    子供達の怯えが伝播したのだろうか。
    万屋も今さらながら、二階堂の身の上話に恐怖した。

「「ふえぇぇえ??んん」」

    案の定、子供達は泣き出す。
    気丈な女児も泣いているところを見ると、余程怖かったのだろう。

「に、二階堂!
    飴か何か持ってないか!?
    甘いものだ、甘いもの」

    万屋は、とにかく機嫌を取ろうと必死の形相だ。

「あ、ありませんよ、そんなの!
    子供が居るなんて、想定されてませんでしたし!」

    テンパる万屋に引き摺られているのか、二階堂も叫ぶ様に返す。
    それが怖いのか、子供達の泣き声も激しさを増すという、面倒な悪循環が発生しつつあった。

(そうだよなぁ………………。
    拉致されたのかどうか、判断が難しいのは仕方無いけど、ねぇ………………。
    家族全員拉致されてたら、安否確認も難しいんだろうけど、子供の拉致被害に気付かなかったのはなぁ………………)

    万屋は口にこそ出さないものの、嫌な顔を隠せない。
    子供が巻き込まれるという事態に、何とも言えない理不尽をかんじたのだ。
    無理もない。
    これで、安否確認の遅れた理由が、緊急連絡先共々一家全滅だったりすれば、この子供達はどうなるのだろう。
    子供の安否確認が遅れたという事は、そういう最悪な状況も想像に難くない。

「大丈夫、大丈夫。
    お兄さん達は、お化け何かよりずっと強いんだよ??」

    万屋は不吉な予感を振り払って、子供達を宥める。
    甘いものという最終兵器が無い以上、大した事は出来ない。

「そうだ、お腹減ってませんか?」

    二階堂の思い付いた様な言葉に、子供達は食い付くかの如く首をブンブンと縦に振る。
    拉致されている間は、ろくな食べ物を食べていなかったのだろう。

    「甘いものは無いですけど、食べ物はありますから、もうちょっと我慢してくださいね??」

    二階堂の言葉に、子供達は少しだけ笑顔を見せる。
    だがそれはぎこちなく、子供ながらに気を使っている事が丸分かりなものだ。

「隊長、駆け足ですよ!
    駆け足!」

    二階堂は何を思ったのか、万屋を急かす。
    子供達に気を使われたせいで、自身も明るく振る舞うつもりなのだろう。

(無茶苦茶言いやがって………………)

    自衛官とはいえ、子供二人を抱えて獣道を走破するのは、かなり難しい事だ。
    下手をすれば、子供達に怪我を負わせてしまう可能性もある。
    だが、無下にも出来ない。
    二階堂と子供達が作った、せっかくの良い空気を壊してしまう事になるからだ。

(誰か、居ないか………………)

    万屋は必死の思いをどうにか隠しつつ、周囲を見渡す。
    助けを求める為だ。

「隊長は防大を出てから何年ですか?
    デスクワークが過ぎましたかねぇ?」

    山田が呆れた様に言う。
    万屋は返す言葉が無い。
    事実、在学中ならば大した事は無かった筈なのだ。

(化け物揃いの特戦群と一緒にするなよ)

    衰えた事実がある為、ツッコミは心の中へしまって置く。

    徐々に万屋の息は上がって行った。
    それを助ける者は居ない。
    山田を中心に戦闘要員は周囲を警戒している。
    特戦群が同行しているとはいえ、油断は出来ない。
    追手はともかく、未知の猛獣や毒虫が居る可能性は高いのだ。
    故に、移動速度よりも安全確保の方が優先される。

    そして体力を考えると、二階堂に手伝わせるという選択肢は万屋の頭に無かった。
    ゼーハーという荒い息の音を聞いてか、女児は申し訳なさそうな顔をする。
    男児の方は空腹よりも眠気の方が勝ったのか、既に舟を漕いでいた。
    二階堂の見立てでは問題無いとの事だが、その判断が降りるまで一騒動あった程おとなしい。
    素人目に見ると、とても大丈夫そうには見えないが、表情は穏やかだ。
    本当に眠っているのだろう。
    もちろん、ある程度衰弱している事は予想されるで、急ぐに越した事はない。
    ふざけている様に見えても、実際は緊迫した状況なのだ。
    自衛官、民間人問わず自然と全員の口は重たくなる。

「あ、あとどれくらいで着きますかねぇ」

    不意に、特殊作戦群に保護された中年男性が問い掛けた。
    誰か特定の隊員に質問した訳ではないらしい。
    空気に堪えられなくなったのだろう。

「だいたい、どうして歩かなきゃならないんです?」

    だが、彼は空気を悪くする。
    素人だからこその不満なのか、疑問なのか。
    とにかく、その言葉が空気を悪くした事は事実だ。

「そもそも、何で逃げなくちゃならないのかも疑問です。
    彼等はテロリストでしょう?
    捕まえなくていいんですか?」

(ああ、そういう………………)

    続く言葉でさらに空気が悪くなったものの、同時に万屋は何となく感じていた、彼等民間人との齟齬を理解した。
    ほんの数日ニュースを見ないで居るだけでは、世間から取り残される事は滅多に無い。
    しかし、例外もある。
    それがこの数日間だ。
    民間人達は、歴史の転換点と言っても決して大袈裟ではないこの数日間を、マスメディアから離れて暮らしていた。
    情報量という観点から見ると、彼等の状況は某年九月十一日や某年三月十一日の朝から数日間、電波の届かない山奥で修行をしていたのに等しい。
    まるで浦島太郎の様な話だ。

    さらに言えば、ここに居る民間人は異種族を見ていなかった。
    エルフの様にインパクトのある、決定的な存在を目撃していないのだ。
    その為、彼等は何処かおかしいと思いつつもこの状況を、頭のおかしな外国人コスプレ集団による大規模なテロとして認識していた。
    これでは話が噛み合う筈もない。
    万屋は頭を抱えそうになった。
    本当に抱えなかった理由は、両手がふさがっているからだ。
    片手でも空いていれば、恥や外聞をかなぐり捨てて派手に抱えただろう。

(あ??、面倒くさい)

    万屋には、彼等を納得させる言葉が思い付かなかった。

    それはそうだ。
    昏睡状態から目が覚めた後に、『あなたは宇宙人に拐われていました』と言われても、信じる人間がどれだけ居るだろう。
    この場で説明して納得させるのは、無理がある。
    むしろ、不可能に近い。
    それに、下手な事を言えば不信感を持たれてしまうだろう。

「追手が来ている可能性があります。
    詳しい説明は後にさせてください」

    万屋は、面倒くさいという気持ちを抑え付け、どうにか真面目そうな顔を取り繕った。

(ヘリまで戻れば、エルフ達に気が逸れるだろう)

    論より証拠。
    エルフ達を見せれば、現状を納得させる為の労力を大幅に削減出来るだろう。

(あ、離れちゃったけど大丈夫かな?)

    エルフ達に意識を向けた事で、万屋は自身の失態に気付いた。
    そして、その失態があまりにも大きい事に思い至り、ガクブルと震え出す。
    通訳兼護衛が、事もあろうに対象を置き去りにしてしまったのだ。
    普通に考えれば、クビだろう。
    万屋は暫く代わりが居ない事に感謝した。
    先の事は考えないのだ。

「とにかく急ぎましょう。
    追手に備えて急ぎましょう」

    万屋は本人が意外に思う程度には冷静に、自然な形で民間人を急かす。
    ふっ切れたとも言えるのだろうが、それは仕方の無い事だ。

    万屋の言葉に文句を言う者は居なかった。
    何だかんだと言っても、プロに言われると弱い人間は多い。
    ましてや、心身共に弱っている時は尚更だ。
    疑問を述べていた中年男性も、追手に捕まりたくはないのだろう。
    他の民間人同様、慌てて歩みを速める。
    怪しげな石造りの地下牢に戻るよりは、納得出来なくとも自衛官に付いて行く方が、大分マシと判断したのだろう。
    身の安全すら保証されていない環境へ戻りたい者など、そう多くは居ないものだ。

(主義者でも活動家でもなさそうだな)

    万屋は最悪の展開を免れた事に安堵する。
    これが何かしらの左翼活動家相手であったのなら、説得には十倍以上の時間を要しただろう。
    強引に連れて行けば揚げ足を取られ、かと言って置き去りにも出来ない。
    それはもう、散々な目に会っただろう。

    もっとも、万屋の心配は杞憂だった。
    そういった立場の人々ならば、特戦群が地下牢へ突入した時点で、何かしらの行動を起こしていた筈だ。
    そして、何かをやらかさない様にと特戦群の隊員達から、さりげなく見張られる事となる。
    しかし、中年男性からはそんな様子が見受けられない。
    単なる愚痴か苦情のつもりだったのだろう。

(とにかく急ごう)

    それでも万屋は足を速める。
    建前も急ぐ理由としてはあながち間違ってもいないのだが、それよりも嫌な空気が苦手なのだ。
    移動時間が長引けば、また嫌な空気になってしまう可能性もある。

(エルフさん達、怒ってないと良いなぁ………………)

    万屋は暫く目を背けていた問題に、向き合おうとしていた。
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