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第二章 西端半島戦役

第二話 特殊作戦群との合流

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    万屋達を乗せたヘリは、『みうら』の広い甲板上に着艦した。
『おおすみ型』の拡大改良型とされる『みうら型』の甲板は、素人目に見ると飛行甲板に見える、と言われる程広い。
何せ、海自のヘリだけでなく、陸自の大型輸送ヘリであっても、運用可能なのだ。
さらに波の状況によっては、オスプレイ系統の機体でさえも、運用を可能としている。
事実上の航空母艦と言われても、反論出来ない大きさであろう。
もちろん、それでも公式には護衛艦である。
反論出来ない様でも、そう言い張らなくてはならないのだ。

    その広い甲板の一部を占めていた捕虜達(小笠原での戦闘後、半分溺者扱いから完全に捕虜扱いとされている)は、既に姿を消している。
『みうら』に収用されていた彼等は、他の輸送艦に移された上で横須賀へ移送中であった。

    ちなみに、父島の戦闘で捕虜となった若干名は、現地の仮設収容所に押し込まれている為、横須賀には向かわない。
彼等は、それなりの情報を持っていると推測されるので、別の扱いなのだ。
とは言え現状、捕虜の尋問は進んでいない。
何故なら、万屋無しには尋問が進められ無い、と言う厄介な問題が立ち塞がっているからだ。
もちろん既に、言語学者を動員しようと言う動きが、防衛省だけで無く各部署で起こっていた。
特に、防衛省から委託されている言語学者達は、既に父島へ向かっている段階である。
しかし、当然ながら当面の交渉に役立てるには、圧倒的に時間が不足していた。
万屋との会話を、録音したものをベースとしても、やはりそれなりに時間は掛かるものである。
そして、たとえ言語学者が天津語の解読に成功したとしても、通訳に関しては別の話であった。
何故なら、機密に関わる問題もあるので、全てを言語学者に任せる訳にもいかないからである。
言語学者はあくまでも、指導や辞書の編纂等を役割としなければならない。
通訳は、通訳の専門家に委託するか、外交官が覚えなければならないのである。
そして、彼等に委ねるよりも、万屋に通訳を任せた方が、遥かに速いのだ。
故に、言語学者が動員された後も暫くは、万屋の仕事が増え続けるのであるが、それは別の話である。

    横須賀に向かうのは、輸送艦だけでは無かった。
この有事とも言える非常時に、万が一の事があっては困る。
第二次世界大戦以来、日本人はシーレーンの安全に対して、過剰な程敏感である。
それだけでは無い。
専門家から観た、万が一の備えだけで無く、政治的な事情も含まれている。
この様な状況下で、輸送艦だけを航海させるのは如何なものか、と言う野党からの非難を考慮していた。

    輸送艦はそれ等の事情から、横須賀に向かう米艦隊と同行しているのであった。
米艦隊が横須賀に向かってしまうのも、かなり不自然であったが、それには事情があった。
残念な事にアメリカ人には、異世界云々と言った事態への免疫が無く、米艦隊は混乱を避ける為に横須賀へ向ったのである。
もちろんこの場合の混乱とは、自殺者だけを指すものでは無い。
自暴自棄になった暴動や、反乱等も含まれている。
近年の日本人には、馴染みが薄い話であるが、アメリカはいまだに暴動が起こる国なのだ。
あり得ない事でも無い。

    『みうら』の周囲には護衛艦が展開しているが、他の輸送艦は見当たら無い。
どうやら輸送艦の中では唯一、自衛隊の『みうら』のみが残って、拉致被害者救出作戦に参加する様だ。
もちろん、捕虜を連れての戦闘航海を避ける、と言う合理的判断である。
それだけ無く、普通科にしろ何にしろ、普通の部隊をぞろぞろ連れても無意味、と言う考えもあった。
あくまでも、特殊作戦群を中心とした、小規模な部隊による救出作戦なのだ。
万屋達はこの艦で、ほとんど残してきた小隊の部下達や、特殊作戦群と合流する予定であった。

    特殊作戦群。
その中身は、謎に包まれている。
近代までの特殊部隊であれば、その中身は比較的単純であり、素人でも予測する事が容易いだろう。
一般市民のイメージ通り、その大多数は実働部隊であり、通信技術と言う観点から観ても、首都の密室からリアルタイムで管制し、細やかな指示を送る等と言う真似は、到底出来なかった。
故に、現代とは異なり現場に於いては、高度な判断が求められる。
だからと言って、肉体的に脆弱な指揮官では困るのだ。
当然、指揮官としても求められるのは、屈強で体力のある肉体的な意味でも、優秀な人材である。

    しかし、二十一世紀も中盤となれば、話は別であった。
戦場は画面の中にも、存在するのだ。
あるいは、ラジコンの様な小型飛行機が、遥か本国からの操作でミサイルを放つ。
そんな時代なのだ。
当然ながら、特殊部隊でも多種多様な人材が、求められる。
そして、その選抜された多種多様なエキスパート達は、専門分野で優れて居れば良い訳であり、極端な話をすれば特殊部隊と言う、素人のイメージからかけ離れた様な病的に青白く、華奢な者でも優秀ならば含まれるのだ。
故に、日本の特殊作戦群と一言で言っても、見た目だけでは判断出来ないだろう。
オペレーターの場合は、女性の方が多い時代なのだ。
分野によっては、女性の方が多い事も充分にあり得る。

    さらに言えば、部隊に所属する自衛官は公開されていない。
機密保持の為、本人と家族の安全の為である。
それは、どこの国でも同じ事だ。
近年では、普段所属する部隊の上官どころか、特殊作戦群に所属する自衛官同士であっても、お互いの本名すら知らないと言う場合もある程、機密保持には煩い部署なのだ。
だからこそ一芸に秀でていれば、誰が所属していてもおかしくは無い。
特殊作戦群とは、そんな存在であった。

    (こいつ、特戦群なんじゃないのか?)

    万屋がそんな風に、山田の実力について良い意味で、疑問を持ったのは何時頃からか。
優秀な補佐役であり、普段から頼り切りな相手ではあり、普通ならばその異様な優秀さに、気付きそうなものだ。
しかし、任官早々からの付き合いともなれば、話は別である。
何故なら、他に比較対象が存在しないからだ。
むしろ、疑問を持つ方が不思議なぐらいである。
しかし、何故疑問に思ったのかを、本人に訊いてみても、明確な答えは返って来ないであろう。
万屋自身にも、分からないのだ。
そんな、何時からかも分からない漠然とした疑問は、山田の語学力と普段以上の判断力によって、確信へと変化しつつあった。
もちろん、万屋は何も言わない。
優秀な部下が、補佐役として働いてくれるだけで、感謝する事はあっても、不満等は無いのだ。

    (俺のサポートと、特戦群の任務か。
両立以上に良くやってくれてるよな)

    残念ながら、万屋は山田に感謝はしても、これまで以上に励もうと言う考えが無かった。
何故なら万屋の主観では、給料分働いているつもりだからである。
もちろん、それは間違いでは無い。
万屋は、給料分働いている。
しかし、社会と言うものは、向上心を求めるのだ。
それは、自衛隊でも例外では無い。
そして、万屋には給料分は働くと言う、当然備わっているべき義務感は、人並み以上あっても、給料分以上に働くと言う向上心が、致命的に欠けているのであろう。
真面目なのか不真面目なのか。
端から見ると、些か判断に困るスタンスである。
実際、この様な万屋の勤務態度は、上官からも部下からも困惑の眼差しで、見られていた。
たとえ、当人が真面目なつもりであっても、客観的に見ればちぐはぐに見える、と言う典型的な例であろう。

    そんな万屋ではあったが、ブリーフィングルームで特殊作戦群と合流すると、人並みに緊張を感じていた。
前線に出る為に、鍛え上げられた屈強な精鋭達は、初の実戦を前に殺気立っていたのだ。
もちろん、これが初陣とは限らない。
万屋が知らないだけで、極秘の作戦で実戦を経験している、と言う可能性も充分にあり得る。
特殊作戦群の動向等、万屋の様な一般的な下っ端幹部では、知り様も無い事だ。
そして万屋自身も、知りたいとは思わなかった。
万屋は、保身ついでに部下の心配をするぐらいには、部下思いであるが『好奇心は猫をも殺す』と言う言葉を、盲信している。
自分から、給料分以上の危険に近付く事は、滅多に無かった。

    「初めまして、万屋三彦二尉。
特殊作戦群所属の、佐藤と申します。
偽名で恐縮ですが、よろしくお願いします。
ああ、階級は貴方と同格の二尉、と言う事になっていますので、お互い気楽に行きましょう」

    屈強な精鋭達から一人の男が進み出て、気圧されていた万屋にそう言った。
偽名な為か、下の名前は名乗らない。
用意していないのか、されていないのか。
あるいは、万屋との任務を最初で最後と思い、一回限りの簡単な偽名を用意したのか。
万屋には、予想も付かない話であった。

    「え、ああ、はい。
自分が万屋です。
特戦群の事情は、それなりに理解しているつもりですので、気になさらないでください。
こちらこそよろしくお願いします」

    万屋は、気圧されつつもなんとか、挨拶を返した。
逆に言えば、それだけしか返せなかった、と言うのが正しいのであるが、それを指摘する程軽率な者は、この場にいない。

    「あまり、緊張なさらないでください。
分隊規模で小隊を護衛するなんて、聞いた事も無い任務ですから、うちの部下達も殺気立ってはいますが、気の良い連中です」

    佐藤が自身の部下をフォローをする。
しかし、残念な事に肝心なフォローの部分は、万屋の耳に入らなかった。
万屋にとって聞き捨てなら無い話が、含まれていたのだ。

    「ちょっと待ってください!?
そちらは分隊規模なのですか!?」

    万屋は、予想外の事態に驚いた。

    「ええ!?
作戦の概要を、まだご存知無いのですか!?」

    だが、驚いたのは佐藤も同じであった。
要するに、連絡の不備であろう。
残念ながら政府だけでなく、自衛隊も混乱している、と言う事実の証明であった。

    もっとも自衛隊としては、全くの想定外では無い。
非公式ではあるが、個人的な集まりと言う名目で、某巨大怪獣や宇宙人の襲来と言う様な、あり得ない様な想定での研究は、趣味人が多い事もあって盛んであった。
もちろん遊びにすぎないが、そこは問題では無い。
この場合、普通ならば考えもしない想定を、遊び半分とは言え考えた経験が、重要なのだ。
そして、その半分以上遊びにすぎない想定の中には、異世界に転移した場合と言うものも存在した。
それは良い。
さらに、一次接触が交戦と言う最悪の事態も、実は概ね想定内であった。
民間人の拉致と言う、想定外の事件も起こったが、事前の想定等当たる方が珍しいのだ。
それぐらいならば動揺はしても、組織単位で混乱する事は無いだろう。
むしろ、ある程度想定内と言う状況は、むしろ歓迎しても良い程の出来事である。

    では、何故自衛隊が混乱しているのかと言うと、それは自衛官の権限が全く及ば無い、政治的な混乱が原因であった。
何の事は無い。
自衛隊は、政府の混乱に引き摺られているのだ。
もちろん、自衛官の権限は政治に及ばない方が良い。
それは当然であろう。
軍人が政治に関わると、ろくなことにならないのは、歴史が証明しているのだ。
軍令はともかく軍政ですら、関わらせると外交まで引っ掻き回した例もある。
この場に於いては、非常に不都合な話であったが、それは必要な混乱とも言えるであろう。

    連絡の不備に気付いた一同は、一旦席に座る。
万屋は焦っていた。
極端な話、作戦内容と戦力さえ合っていれば、どうにかなるのだ。
それに、連絡の不備があっても、万屋が責められる事は無い。
だが、この場に用意された戦力よりも、作戦に必要とされている戦力の方が、多い場合は問題である。
そうなれば、前提が覆される事によって、作戦は失敗に終わるであろう。
と言うよりはむしろ、中止や延期の可能性の方が高い。
特殊作戦群と万屋は、貴重なのだ。
喪われる訳にはいかないであろう。
しかし、その場合は責任を追及される、と言う可能性がある。
同じ不備でも成功と失敗では、責任の及ぶ範囲が違うのだ。

    「納得は出来ませんが、そちらの戦力は理解しました。
ですが、そちらが少数である以上、それなりの作戦があるのでしょうね?」

    万屋は佐藤に問い掛ける。

    「それは大丈夫です。
連絡の不備はありましたが、作戦に支障はありませんよ」

    万屋の心配を察したのであろう。
佐藤は頼り甲斐のある、不敵な笑みを浮かべた。
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