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第二章 西端半島戦役

第三十五話 言われてみれば非常識な話だ

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「ひょひぇ??!?」

    ペーターと名乗った男は、騒がしかった。
    普段からそうではないのかもしれないが、少なくとも万屋達から見た印象はそれが大きい。
    初対面では驚き、嘘を言われたと思えば長々と起こる。
    そして再び驚いた。
    騒がしいという印象が強まるのも当然だろう。

「我等は驚き疲れたが、ペーターが慣れるには時間が必要でありましょうな」

    伯爵は苦笑しながらそう言った。
    彼の場合は立場もあってか、表情には出さなかったものの、ペーターの気持ちは良く分かるのだ。
    他のエルフ達も、揃って頷く。

「早く慣れて欲しいんですけどね」

    万屋は諦め半分に溢す。
    彼等としては、エルフの順応性が高かった為、ペーターがここまで驚くのは想像外だった。

    だが、当然と言えば当然だ。
    ペーターは農村出身者。
    ベアトリクスを始め、日本と接触したエルフ達は総じて身分が高い。
    高貴な人物の荷物持ちとはいえ、只の農民には刺激が強過ぎるのも事実であり、ここはさっぱりと諦めた方が良いだろう。

(自作農で良かった)

    万屋には騒がしさよりも重要な懸念があったので、その辺りは重視していなかった。
    彼が気にしていたのは、ペーターが農奴だった場合の話だ。
    正確には、農奴と関わったという状況が、マスコミに知られた場合の反応だ。
    農奴云々、奴隷云々は厄介事の芽でしかない。

    もちろん農奴と関わった場合でも、農奴という身分を認めたという事にはならないだろう。
    当然の事だ。
    それでも、揚げ足を取られる可能性はある。
    考え過ぎとも言えるだろう。
    事実、万屋は被害妄想気味であった。
    だが、それを杞憂と言い切る事は出来ない。

「こらぁ、使い魔か何かか?」

「ただの道具ですよ。
    お気になさらず」

    万屋は適当に説明すると、ドローンを上昇させる。
    コントロール画面を覗かせると、また騒がしくなる事は明白な為、ペーターから画面が見えない様に注意しているのだろう。
    コントローラーを、変に持ち上げて持っているので、地味に重そうだ。

「ひょえ??!?

    ひえ??!?」

    残念ながら、万屋の配慮は無駄に終わる。
    ペーターはドローンが上昇したり、向きを変える度に騒がしくなった。
    だからと言って、詳しく説明しても理解は難しい筈だ。
    何よりそんな暇は無い。

「それで、捜索対象の方々はどれくらいの人数なんですか?」

    万屋は苦笑いをしながら、ペーターに問う。
    意識を逸らせば、少しは静かになるのではと期待したのだ。

「あ、ああ、よくは知らんけんども、最後に見たときはぁ、十人ぐれぇい居ったべなあ」

「十人……………………」

    万屋はペーターの答えに絶望した。
    ドローンを使って捜すとはいえ、広さもよく分からない深い森の中で、十人程度の集団を探さなければならないのだ。
    アマテラスシステムが万全で、尚且つ捜索側も大人数ならばともかく、これは難しい話だろう。
    しかも、不可能なら不可能と言えるのだが、そうとも言い切れない。
    かなり困難なだけだ。
    これでは断る事も難しい。

(お家帰りたい……………………)

    万屋は早くも安請け合いした事を後悔しつつあった。

「(山さん、何か対処方を。
    十人以下の集団を捜すとか、無理があり過ぎる。
    ペーターさん、無謀過ぎ)」

    困った時に山田を頼るのは、万屋の悪い癖なのだろう。
    しかし、現実として万屋の頭では対処の難しい状況だ。

    捜索をしないという選択肢は無い。
    上げてから落とすなど、関係悪化を望んでいるに等しい真似だ。
    かといって、困難な事実には変わりがない。

「「………………」」

    万屋と山田は、顔を突き合わせたまま無言になった。
    何も思い付かないのだろう。

「伯爵、何か御意見をお願いします」

    迷った挙げ句、山田は流暢な西方大陸語で伯爵を頼る。

「……………………、申し訳御座らん」

    どうやら伯爵としても、この状況は予想外だったらしい。
    一言そう言うと目を逸らす。
    おそらく伯爵は、日本人と自衛隊を過大評価していたのだろう。
    年齢も年齢だ。
    何せ、日本を見た西方大陸有力者の中でも、一番の年長者である。
    王女であるベアトリクスも、帝王学を学んではいたものの、それは知識のみ。
    経験から様々な物事を知っている伯爵とは、また印象が違う。
    そう考えると、伯爵は冷静さを保っている様に見えて、その実誰よりも日本という存在にショックを受けていたのかもしれない。
    その結果がこれなのだ。

「と、取り敢えず彼の来た方角を探しましょう。
    痕跡ぐらいはある筈です」

    山田が無難な案を出す。
    他に妙案は無いのだろう。

(奇跡起これ??)

    万屋はそう念じながらドローンの操縦を続けた。



    それから二時間後。
    当然と言うべきか奇跡など起こらず、万屋は苛立っていた。
    操縦はドローン免許を持っている隊員と交替したが、それでも一向に見付かる気配が無いからだ。

「人っ子一人居ないッスね………………」

    画面を覗き込んでいる霧谷が、余計な事を言う。

「まだ二時間だ。
    見込みはある」

    万屋の口調は、少々ぶっきらぼうになっている。
    苛立っているのは皆同じなのだが、それでも言ってしまうのが人間というものだ。
    ペーターも慣れて来たのだろう。
    霧谷の右側、操縦者の背後から食い入る様にして画面を観ている。

(ぬか喜びさせてるもんなぁ………………。
    なんか、悪いなぁ………………)

    万屋はその姿を複雑そうに見詰めた。

「ああ、止めてくんろ!」

    不意にペーターが大声を出す。
    何か手掛かりを見付けたのだろう。

「止めて、少し戻して」

    万屋は通訳のタイムラグを計算して、指示を出す。

「この辺りでしょうか?」

    操縦者察しが良いのか、ドローンをペーターの騒いだ位置まで戻すと、ピタリと止める。
    結構な技量の持ち主なのだろう。

「ここは見覚えがあんべ………………。
    最後に襲撃さ受けた場所だぁ。
    休憩するっちゅう話になったんだぁな………………。
    そこをやられたんだべな…………」

    ペーターは悲しそうな顔で言う。

「………………、じゃ、じゃあ手掛かりを探そう」

    万屋としても、慰めの言葉など持っていない。
    ここは、無難な事を言うしかなかった。

「少し降下させた方が良いかもしれないッスよ」

    霧谷が口を挟む。
    実際問題、この状況でドローンの飛ぶべき高度の判断は、極めて難しい。
    低過ぎれば地形が邪魔をするが、かといって高く飛べば細かな痕跡を見落とすだろう。

「お前の視力でどうにかならんの?」

    万屋は霧谷の実力に期待を寄せた。
    実際、狙撃手の視力は高い筈だ。

「視力と観察力は別物ッスよ………………」

    霧谷は目を背けて、気不味そうに答える。

「レンジャー記章持ちは?」

    気を取り直した万屋は、部下に何人か居るレンジャー記章持ちを見詰めた。
    万屋小隊の特殊な事情もあって、小隊内には二人のレンジャー記章持ちが居る。

「肉眼なら痕跡を伝って行けますが、画像解析は別の分野です。
    我々では、難しいでしょう」

    階級の高い一人が代表して答えた。
    二人揃って、山田へと期待の眼差しを送っている。

「俺でも微妙なところだな。
    足で追った方が、まだ確実だろう。
    まあ、それならお前達にも可能か」

    山田は難しい顔をした。

「隊長、追わせますか?」

    そして、少し悩んでから万屋の判断を問う。

「山さんの判断も微妙か………………」

    万屋小隊の本質は、山田への『おんぶにだっこ』だ。
    それは他ならぬ万屋自身が公言している。
    純然たるとは言わないまでも、揺るぎ無い事実だ。
    故に、こうなると万屋は弱い。
    山田の意見はあくまでも指標だが、的確に過ぎる指標なのだ。
    それが無くなると、必然的に万屋の判断も鈍くなる。

「ペーターさん。
    捜索は困難です。
    そして、我々にも都合があります。
    可能な限りの協力は出来ますが、見付かるかどうかは御約束出来ません。
    申し訳ありません」

    万屋は深々と頭を下げた。

「ひょあ??ぁ?」

    ペーターは万屋の態度に声も出ないのか、空気に近い音を出す。

(腰の低い事だ)

    端から見ていた伯爵は、そう思った。

    実際、今の状況は身分制度のある世界と無い世界の違いがハッキリと分かる、象徴的な出来事なのだろう。
    万屋達の姿勢の良さや立ち振舞いから、彼等が軍隊である事はペーターにも察しが付いている。
    迷彩服という、まだら模様の奇妙な格好であっても、軍人らしい統率された動きは特徴的だ。
    自衛官の格好に首を傾げながらも、予想する事は出来る。
    そして、この世界ではその統率された職業軍人である事自体が、エリートの証だった。
    兵役に就いているタダ働きの農民兵とも、粗野な傭兵とも違う。
    傭兵上がりが多い正規兵にしても、やはりおかしい。
    ペーターとしては、格好に疑問が残るものの万屋小隊を、何処かの精鋭騎士団か何かだろうと思っていた。
    その指揮官が農民に頭を下げたのだ。

    だからこそ、ペーターは腰を抜かす程に驚いた。
    それは現地情勢を鑑みれば、当然の反応と言えよう。

(権威の薄い社会か………………。
    下手に深く付き合うと、悪影響があるやもしれんな)

    伯爵は、驚き以上に厄介事の臭いを察していた。
    単純に腰を抜かしていれば済むペーターとは、立場が異なるのだ。
    伯爵の感じた予感は妥当なものだった。
    名誉革命やフランス革命、アメリカ独立やロシア革命等のの余波を恐れたヨーロッパ貴族と、ほとんど同じ気持ちに近い。
    違うのは、革命という実例を知らないが故に、実感が伴っていないという点だけだ。
    あくまでもちょっとした厄介事の予感だけであり、それが国を揺るがす様な大事に発展するとは微塵にも思っていない。
    警戒感も危機感も、薄い状態だった。

    しかし、これは伯爵の立場と経験から、徐々に成立していった視点から観てこその反応だ。
    他の者では、同じ様な事に気付く事さえ難しい。

(立派な御方………………、なのでしょうか?)

    伯爵以上の立場と、詰め込まれた帝王学的な観点からベアトリクスが感じたのは、感動と違和感の二つだった。

    誤解の無い様に書くと、この世界であっても身分を気にせず頭を下げる姿勢が、好ましい姿である事には違い無い。
    ベアトリクスの感じた感動は、純粋かつ単純にそういったものだ。
    伯爵もそれは少なからず感じていた。
    だが、乏しい経験と守役から学んだ帝王学が、ベアトリクスに違和感を持たせている。

(こいつ、農民なんかに頭を下げてる。
    バカなのか?)

    アンジェリカの場合は単純だった。
    美徳だと思っていても、プライドがある者はなかなか実行に移せない。
    万屋のそんな行動を、プライドを持たない者の振る舞いだと思ったのだ。

    エルフ達がそんな様々な感想を持つ中、ペーターは何かを考えていた様だが、やがて何かしらの決意をしたのか、真面目そうにして万屋の顔を見る。

「オラァを暫くの間だけ、万屋様ぁにお仕えさせてもらいてぇだぁ!」
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