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序
深淵
しおりを挟むそいつは誰にも知られていなかった。
時折、群れの大きな奴らがすれ違うときに威嚇してくることもあるが、風来坊のようなそいつに積極的に近寄ってくるものはいなかった。
何年かまえ――はっきりといつのことかはわからない。そいつには刻の概念がないのだ――上から水が降り、寝床が激しく揺れていたとき、気まぐれで外に貌をだしてみたら、ちょっとばかり興味を引くものがいた。
しばらく鼻先でつつきまわしてみたら案外面白かったので、そのまま丸ごと食ってやったことがあった。
だが、意外と小骨が多く呑み込みづらかった。
味もあまり舌に合わなかったこともあり、もう見慣れないものを口にするのはやめようという知識をそいつは学んだ。
流れの速いときに泳ぐのも至極面倒だった。
――それ以来、そいつは寝床から顔を覗かせることは滅多にしなくなった。
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