光彩

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第一章 朝日奈馨

美の意味

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重く閉ざされた扉を開けると先程の部屋とは正反対の光景が広がった。全面鏡張りの部屋で光達がそこら中に乱反射している。三十メートルほど先には真っ白な両開きの扉が待ち構えていた。作品は何も飾られていなくただまっすぐ一直線に通路がのびているだけ。だが、周りが全面鏡のせいかまるで歪んだ異空間に飛ばされたような感覚だった。僕は落ちないよう一歩一歩着実に歩いていく。数十歩進んだ辺りで今度は僕の目の前に扉が現れた。初めて経験した鏡の世界に多少の名残を残しながら次の扉を開けた。
 次のモチーフは恐らく「破壊」だろう。部屋に入ると絵画のほとんどは建物のどこか一部が欠けていたり、核や原子力など生々しい物が描かれている。それに加え部屋の構造もライトの一部が欠けていたり部屋の塗装も剥がれていたりと雰囲気から綿密に作られていた。
「これが美術館か」とまたもや思い知らされた。
ただ絵を飾るだけの場所じゃない。その場の空気感から作り上げる。音楽、外観全てにおいて気を抜かず来たものを雰囲気から圧倒する。こんなに素晴らしい場所があっていいのかと感動した。いとも簡単に僕を現実から引き剥がしてくれる。この場所に来たときだけは悩みなど全て忘れて目の前の空間にだけ集中することが出来る。そうしないと完全にここの雰囲気に飲まれてしまうから。目の前に広がる戦後さながらの殺風景な灰色の世界に一人で立ち尽くしている自分に強い恐怖感を覚えてしまいそうになる。そこで逃避する為に用意されたかのような作品の数々。こんな精神状態では逆に美を追求するのが捗る。この会場を作成したスタッフ達には脱帽だ。鑑賞する人たちの心の状態までもを完璧に理解しているのではないかと疑うほどのオブジェクトの作成・配置。こんなに完璧に作られていると心理学者の何人かは雇っているのでは無いかと思われてもしかたないだろう。 
 この部屋でも目に付いた作品が一つだけあった。「焦燥」大沢美由紀さん作の1990年代前半に作成された絵画。所々地面にクレーターのような穴があいた焼け野原にぽつんと一人の少女だけを描いた単純な作品。彼女の心情を表現したと言われているこの「焦燥」。彼女の放った言葉で特徴的なものがある。
「私の心はもう育たない。これからを担うもの達よ。これでもかというくらい経験し、失敗しろ。私にはそれをすることすら世間が許してくれない。」
 これは彼女の言葉だが僕が思うに、大人になった際の失敗と若い頃の失敗では重みが違うから、たくさん経験し失敗し世界を広く捉えられる視野を育みなさい。という意味だと捉えたけど本当のところは分からない。別に大人になっても失敗してもいいんじゃないかと僕は思うが世の中は分からないことだらけだな。
 焦燥という言葉は焦った結果のイラ立ちみたいなニュアンスの意味を持っているのでなぜこの題名にしたのかはあまり理解出来ていない。焼け野原に立ち尽くす少女の感情を焦燥と表したのか。その状態になるまで放置した人類に対して焦燥と表したのか。それともまた違う意味があるのか。それは作者にしか本当の意味は分からないだろうし、もしかすると美に「本当の意味」を見出そうとするのは間違っているのかもしれない。

 
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