消えない思い

樹木緑

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第192話 僕らの距離

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動く先輩の指を目で追った。
歩いて行く姿を目で追った。

立ち止まって一呼吸置き、
また歩き始める。

先輩の声が聞こえる……
僕に話しかけている……

あの声で……
あの笑顔で僕に話しかけている……

先輩の一つ一つの動作が凄く気になる。
動きを目で追いながらやっぱり凄く好きだなと思った。

先輩が今自分の目の前にいる事が不思議だった。

7年の月日は確かに過ぎていて、
僕達はもう何も知らなかった高校生の僕達ではない。

それだけは確かだった。

先輩の肩が、横顔が、指が、
頬に触れる髪がそれを証明している。

それらはあの頃より少し形を変えて僕の前に戻って来た。

再開した時は先輩が僕の目の前に居ることが
あんなに信じられなかったのに、
今では先輩が隣にいる事がしっくりと来ている。

お互いの気持ちは横に置いておいても、
それが自然な形だと思ったのはきっと僕だけでは無いはず。

僕はもう一度先輩の顔をチラッと見上げた。

先輩の表情も最初は緊張しているのが手にとる様に分かったのに、
今ではリラックスした様に表情が和らいでいる。

自然と僕の顔にも微笑みが戻る。

「先輩、僕のアトリエはこっちです」

オフィスに飾られた僕の水彩画を
一つ一つ丁寧に眺めながら、先輩は僕の後を付いてきた。

アトリエのカギを開け先輩の方を振り向くと、
先輩はドアの所で立ち止まり金縛りにあった様になっていた。

僕は先輩の瞳が見つめる方を見やった。
そして言葉を無くした。

“……”

僕達の目の前に広がった物は、

あの暑い夏の日、僕達がお互いを求めてやまなかった場所……

僕の魂が先輩の物になった場所……

新しい命が芽生えた場所……

どうしても忘れたくなかった場所……

永遠にこの人に付いて行くと誓った場所……

今日、先輩に僕達の事を思い出してほしくて飾っていたわけじゃない。

折角いい雰囲気になって来てたのに、
途端に僕の心臓が脈打ち出した。

“忘れていた。

これがここにあることを!

どうしよう……?

先輩、固まっていた……

何か思ったんだろうか?

あからさまだと思っただろうか?

僕が意図して飾っていたと思っただろうか?

僕の事浅ましいと思ったかな……?

どうしよう……

違うのに!

何度も捨てようと持った。

でもどうしても捨てられなかった……

だから僕の生きていく糧にしようと思った……

目の前に置いておくのが良いと思った……

先輩がここを訪れる日が来るなんて思いもしなかった……

まさかこれを目にするなんて思いもしてなかった!”

僕にはまだ思い出話をする余裕はない。
きっとボロが出てしまう。

動揺する声をひた隠しにして、
その絵の前に立ち尽す先輩に

「あの……
こちらのソファーチェアーに……」

と誘導すると、
僕は一目散に窓に駆け寄り、
震える手でカーテンをあけ、窓を開けた。

「あの…… せ…… 先輩……
お…… お茶は……」

震える声は隠せない。
どもってしまい言葉が出てこない……

今先輩は一体何を思っているのか……?

きっと先輩は変な顔をしている……
僕は先輩の顔を見ることさえ出来なかった。

「ご…… ごめんなさい…… 
僕…… 僕…… 久しぶりに先輩と2人きりになって
ちょ…… ちょっと緊張してるのかな……?
ハハハ……」

泣きそうになる声でそう言うと、
震える手で持ったお茶の瓶が
手から滑り落ち、床にお茶っ葉がばら撒かれた。

“あっ……

どうしよう……

どうしよう……

もうダメだ……”

「ご、ご、ご、ごめんなさい……

ごめんなさい……

僕……、 僕、別に先輩の事を…… 
ど…… どうこうしようとか……
お…… 思い出で縛ろうとか……

ごめんなさい……

せ…… 先輩が迷惑だったら……
あの絵は……

ご…… ごめんなさい……」

なんだか一杯一杯になって震える手で
お茶っ葉を拾おうとしても上手くいかない。

言葉も旨く出てこない。

床には一つ、また一つ、ポツリと涙が落ちる。

涙でボヤ~っとなった床には、お茶っ葉が散乱しているのに、
集めることが出来ない。

そんな僕に見かねたのか、
先輩が僕の横に来て膝をついた。

途端に僕の体が強張ってビクッとした。

先輩が僕に近寄り両手を握ると、

「落ち着け。
大丈夫だ。

俺は大丈夫だから。
頼む、要。

落ち着いてくれ」

そう言って僕を強く抱きしめてくれた。

その瞬間何かがプツンと切れた。

もう先輩が結婚していようが、
子供がいろうが、
浮気になろうが、
慰謝料を請求されようが、
もう全てがどうでもよくなった。

僕にはこの人しかいない!
この人でないとダメなんだ!

僕は先輩の胸に縋って大声で泣き出してしまった。

先輩は僕の背中をさすりながら、
耳元で、

「大丈夫だ、大丈夫だ」

とずっと囁いてくれていた。

ダメだ……

先輩を前にすると僕の決心は諸刃のごとく崩れ落ちてしまう……

先輩とこのまま会い続けるのは危険だ……

どうして僕は成長できないのだろう?
あの7年間は何だったのだろう……
あの決心は何処に行ったのだろう……?
どうして自分の心なのに
こんなにもコントロール出来ないのだろう……

「要、俺を見ろ」

先輩が僕の頬を持ち上げそう語りかけた。

僕が顔を上げると、
先輩の顔がすぐ目の前にあった。

懐かしい距離……
これがかつての僕達だった……
何の躊躇も迷いもなく近寄れた僕達の距離だった!

先輩はグスグスとシャクリ上げる僕の頬を伝う涙を拭いて、

「大丈夫か?
そんなに気張らなくても俺は大丈夫だ。

要は要のままでいいんだ。

俺はお前を否定したりしない。

要……

俺は要の7年間を知らない。

お前も俺に対してはそうだと思う。

少しずつでいい。
お前の7年間を話してくれないか?
俺も、俺の7年間を、俺に何があったのかをお前に知って欲しい」

そう言った。

勿論先輩には僕の7年間を知って欲しい。
でも先輩の7年間を知るのは怖い。

でもそこから始めないと何も始まらない。

「な?」

先輩はそう言いながら、
かつての様に僕の髪に指を絡ませると、
そっとその指を項へと滑らせた。

そしてあの日の跡がまだ僕にあるのかを確かめるように
そっとそこに触れると、
優しく撫でまわした後、
パッと手を放して安心したように僕に微笑んだ。

そして僕の頬をそっと撫でると、

「よし!
方付けるぞ!
ホウキと塵取りはあるのか?」

といきなり言い出した。

僕はコクコクと頷くと、
涙を拭いて、
ホウキと塵取りを取りに行った。

その間に少し頭が落ち着いてきた。

先輩が散らばったお茶っ葉をかたずけている間、
僕は新しい葉っぱでお茶を入れた。

「お客様の先輩にこういうことさせてごめんなさい」

そう言うと、

「いや、俺が来たいと言ったからこうなったわけで……」

と頭を掻いてバツが悪そうにしていた。

先輩をソファーチェアーにもう一度案内すると、
僕は炒れたばかりのお茶を出した。

その後は別に何もすることは無かったけど、
緊張してしまって、
何かをしていないと、間が持たなかったので、
取り敢えずは個展の残った絵画の整理をすることにした。

忙しなく動き回っていると、

「なあ、少し時間あったら
こっちに来て一緒に座らないか?」

先輩にそう言われ、
断るのも意識しているように見えるので、
先輩の向かいにあるソファーにちょこんと腰かけた。

先輩はお茶を一口コクンと飲み込むと、
僕の目をしっかりと見据えて、

「教えてくれるか?
要は……」

と問い始めた。


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