消えない思い

樹木緑

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第165話 Ωの僕とΩのアデル

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「ねえ、カナメってなにか肌のお手入れとかしてるの?
モチモチの赤ちゃん肌だよね」

アデルが、僕の頬をペタペタとしながら聞いてきた。

「いえ、何も……
あ、でも家系かも……
僕、お母さんに凄く似てるって言われるんですけど、
お母さんの肌、凄く奇麗で……」

「アジア人って肌がきれいな人多いわよね。
年齢だって不祥な人多いし!
羨ましいわ。
欧米白人って肌の衰えが早いのよね。
最近ではアンチエイジングとか凄いけど、
皆始めるの遅いし!
若い時にバンバン肌焼いて
それでいて30過ぎてからアンチエイジングなんて
無謀な上に、遅すぎるのよ!」

「ハハハ、アデルってシビアですね」

「そうよ~ 命短し恋せよ乙女よ!
出産適齢期も近ずいてるのに、
何してるんだろう私……」

「アデルは凄く若くて奇麗ですよ?」

「カナメ~ 私これでも頑張ってるのよ~」

「ハハハ、あの…… 一つ聞いても良いですか?」

「ん? 何? 何?」

「もし失礼な質問だったら答えなくていいんですけど、
アデルには番との間に子供はいなかったのですか?」

「そうなのよね~、子供はいなかったの。
それだけが救いかな~って……

え? もしかして、カナメには居るの?」

僕はアデルをジーっと見つめた。

「ここだけの話ですよ。
アデルだから言うんですからね。
他の人には内緒ですよ?」

「絶対言わない! 約束!」

アデルはそう言って約束してくれ、
信頼できそうだったので陽一の事を話した。

「実は僕には1歳になる男の子が居るんです……」

「え? 18歳で産んだの?
高校生か…… じゃあ、大変だったよね。

それが理由でフランスに来たの?

ねえ、何があったのか教えてくれない?
力になれると思うよ?
私結構頼れるんだよ?

それに凄く気になってるんだけどちょっと聞いていい? 
貴方の番は今どうしているの?」

「へへ…… 

僕の番か……

僕の番は…… 

彼は……
日本に置いてきました……」

「え? 置いて来たって……
どうして?」

僕は、僕に起きた大体の事をアデルに話して聞かせた。

僕が話し終わる頃はアデルは泣いていた。

「そこまで人を愛せるなんて……
辛い選択をしたのね。
彼の事を凄く、凄く愛してるのね……」

僕はコクコクと頷いた。

「あ~ 泣いちゃダメ~
お化粧が崩れちゃう!」

そう言ってアデルはティッシュで僕の涙を拭いてくれた。

「撮影前にこの話は失敗だったね。
ごめんね、無理に話させて……」

「いえ、話せる人が居るって凄く心が楽になります。
やっぱりポールってαの人だからΩの立場からの視点は難しいだろうし、
こっちでは心許せる友達が居なかったので……」

そう言うとアデルは僕の頭を抱き寄せて、
頭を撫でてくれた。

女の人ってこんなにふんわりしてるんだ……
良い匂い……
番とはまた違ったお母さんに似た匂い……
でもお母さんとは違った安心感がある……
これが女の人なんだ~

そう思っていると、

「良し、カナメ、
今度一緒に飲もう!
Ωの私達にしか分からない話を一杯しよう!」

とアデルが提案し始めた。

「え~ アデル、僕まだ未成年です。
お酒は飲めません」

「も~ やっぱりカナメは真面目だな~
良いよ、私がジュースおごってあげる!
こんどご飯食べに行こう!」

「あ、それ賛成!」

そう言って僕達はハイファイブした。

「それにしても、日本社会ってテクノロジーや経済は発展してても、
第2次性への認識や扱いは遅れてるんだね。

フランスではαが牛耳っていた時代は革命によって終わったよ?」

「ですよね、日本ではそう言った歴史が海外から入って来ないんです。
僕もフランスに来てびっくりしました。

沢山の日本人も海外に出てるんですけど、
もしかしたら政府が絡んで、
日本にそう言った情報が入らない様にしてるんでしょうね。

だからポールの家にお世話になるって決めた時も、
親戚は親戚なんですけど、Ωに辛辣な家庭だったらどうしようって。
でも、全然心配いりませんでしたね」

「ポールと言えばさ、私ね、前に噂を聞いた事があるんだ~
あくまでも噂だから、本当かは分かんないんだけど……」

「え~ 何ですか勿体ぶって!
何だか怖いですよ?
何の話なんですか?」

「イヤさ、ポールって最近浮いた話が無いじゃない?
ちょっと変だと思わない?
最近やたらとカナメ一色だしさ~。

ここだけの話だけどさ、
私、この業界長いのね。

で、ポールが学生の時から担当してるから
ポールとの付き合いも長いのね。

ポールが学生の時、多分初めてだったんじゃないかな?」

「え? 初めってって…… 何が……?」

「いや、公にはならなかったんだけど、
多分、ポールには真剣に付き合ってた人が居たと思うよ。
強いて言えば、いつか番になろうと思っていたような人……」

「え? 居た? 過去形?」

「うん、あの頃ね、私もほら、出て行っちゃた旦那と
大恋愛してる時期でさ、そりゃ、毎日のようにのろけてたのよ。
だから、ティーン達に頼られちゃってさ、
彼等の恋バナを良く聞いてあげてたのよ。

モデルたちの話を聞くってメイクする時の
モデル達をリラックスさせるための用法なんだけど、
ポールってあんまりプライベート話さないんだけど、
一時期凄く私の恋バナに興味を示したことがあったのよ。

αとΩのカップルってどんなの?とか、
番のこととかさ。

で、好きなΩが居るのかなと思って。

一度、南フランスにバカンスに行ったことあるんだけど、
そこでポールに似た青年見かけて、
誰かと仲良さそうに肩組んで歩いてたよ。

横顔だけしか見なかったけど、
凄く幸せそうで……
絶対ポールだって思ったんだけど、
邪魔したくない上に、私も彼氏といたじゃない?
だから声も掛けれなかったんだけど、
顔をもっと見直してみようと思った次の瞬間にはもうそこには居なくてね」

「アデルの見間違いじゃ……?」

「いや、あれはポールで間違い無かったよ。
ポールはオーラが違うもん。
それにあんな見た目も滅多にいないしね」

「で、その後何かあったんですか?」

「それがね、その後しばらくして
女の子遊びが酷くなってさ。

それまでは凄く純情そうな感じだったんだよ。
南フランスで見かけた時も、
あんなに幸せそうにしていたのに……

で、一度、付き合ってる人いるんじゃないの?
浮気?ってちょっとカマかけたみたいに聞いたら、
反応が怪しくってさ、絶対あの時の恋人と何かあったんだよ」

「へ~ あのポールが……」

そう考えてると、

「ほら、出来たよ! 鏡見てごらん」

そう言って彼女は僕の椅子を鏡の方へ向けた。

「今まで凄い話してたのに、
手は動いてたんですか?

プロの人たちって凄いですね!
僕、口が動いていたら
手が止まりますよ!

まだらになってないでしょうね?」

そう言うと、アデルは笑っていた。

でも、仕上がった自分を見て、
そんな心配は無いと悟った。
流石にプロの仕事は違う!

何処からどう見ても鏡の中に居るのは女性の顔だ。

撮影用のメイクなので、はっきりくっきり塗られているけど、
それも、凄い透明感がある。

ケバさとか派手さとか全く感じない。

鏡の中を覗いた僕は、幸せで一杯と言う様な顔をしていた。

“メイクのマジックって凄い!”

「うわ~ 何これ? 本当に僕?

凄く奇麗……」

これだったら誰にも僕だって分からないかもしれない……

「でしょう?!
ま、これが私の実録ね!」

僕は斜め45℃向いて鏡に向かって微笑んだ。
うわ~ モデルみたい……

「これだと誰もこれがカナメだとは気付かないわね!」

アデルが自慢げに言った。

「ハハハそうだね、誰も僕だって分からないよね。

但し…… 一人を除いては……」

アデルも同じことを考えていた。

そして僕達の間には暫く沈黙があった。

そこに、

「要君、準備は出来た?」

と、ポールが飛び込んできた。

僕がポールの方を振り向いたのと同時に
ポールが金縛りにあった様に静止した。

「ポール? どうしたの? もう時間なの?」

そう言ってもポールは未だに静止したままだ。

「ポール?」

「……」

「ポール!」

ポールはやっと僕に呼ばれている事に気付いて、
僕に手を差し伸べた。

「要君……だよね?」

なんだか夢を見ているような目で僕を見ている。

「当たり前でしょう?
寝ぼけているの?
時間なんでしょう?
早く行こう」

そう言うと、ポールは僕の手を取り、
スタジオまで引いて行ってくれたけど、
途中途中で僕を振り返って、
未だに信じられないと言う様な顔をして見ていた。

自分でも、良く化けたでしょう?!
という具合に自慢げにポールを見た。

でも、スタジオに入った瞬間
一気に現実に引き戻された。

“やっぱり引き受けるんじゃなかった”

皆が一斉に僕達の方をみて唖然としていた。

「僕的には凄く化けてると思うけど、
やっぱり女装なんて変だったかな?

モデル達に混ざってズブの素人の僕が代役をやろうなんて
おこがましい考えだったのかな?」

そうポールに耳打ちすると、

「イヤ、むしろどっちかって言うと、
要君があまりにも奇麗だから皆見てると思うよ」

ポールのその言葉に安堵して僕は胸を撫で下ろした。

「本当に? そう思う? 良かった~
皆が一斉にこっちを見たから、
男のくせにキモイって思われてるか心配だったよ」

そう言うと、

「イヤ、お前が……」

そうポールが言いかけた時、
僕達の名前がカメラマンに呼ばれた。

僕の飛び入りで、もう一度カメラマンとの
撮影の進行に付いての再確認があった。

僕の分の撮りは今着ているドレスのみで
3カットのシーンが撮られた。

一つは僕のみ。

もう一つはポールと。

残りがバイクに二人で跨ったシーン。

撮影は順調にいった。
僕自身も、思った以上にポーズが自然に取れて上手くいったと思う。

再度プロって凄いなと思った瞬間だった。

その時、

「要君、僕の腰にしがみ付て?」

とポールが要求して来た。

「へ? こう? まだ撮りがあるの?」

そう言った途端ポールが、

「じゃあ、俺たち、ちょっと街をこの格好で回って来るから!」

というものだから、僕が

「ギャ~ 嘘でしょう?!
これからバイクで街中を走るの?
本気で?
これ、撮影とは違うよね?

え? でも、
風が……
髪が……
ドレスが……
化粧が……
かつらが飛んじゃうよ~!」

と叫んだけど、ポールは僕の叫びを無視し、
ハハハと高らかに笑うと、ス~ッとバイクを走らせ始めた。

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