龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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急に出てきた

“アーウィン”

と言う名に僕は首を傾げてセシルの方を見た。

「ねえ、セシルは沢山の冒険者に会って来たみたいだけど、
アーウィンって名前の人に会った事ある?」

そう尋ねるとセシルも首を傾げて考えこんだ。

「う~ん、アーウィンねえ~……

聞いた事ある様な無い様な……

ルーは何処でその名前を聞いたの?」

セシルがルーにそう尋ねると、
ルーは首を振りながら、

「いや、聞いた事無かったら良いんだ。

僕も実際には誰の名なのか分からないんだけど、
ずっと小さい時から頭の中から離れない名なんだ。

きっと何処かで聞いて記憶に残って居たんだろうけど、
冒険者をしている君らだったらもしかしたらと思って……

まあ、分からなくても、
これから僕も冒険に出るようになれば分かるかもしれない」

ルーはそう言うと、
フードを深く被り直し、

「遅くお邪魔しました。

では帝都で待って居ます。

道中、魔獣の出る森もあるから気を付けて」

そう言い残すと、
部屋のドアを開け真っ暗な廊下に吸い込まれる様に去って行った。

僕はルーが見えなくなるとドアを閉めセシルの方を見た。

セシルはドアの前に立ち尽くしたまま何かをブツブツと言って居た。

「セシル? もしかしてアーウィンって名前を思い出した?」

もしかしたらと思いそう尋ねると、

「ううん、そう言うわけじゃ無いんだけど、
やっぱりルーって何処かで見たことがある様な……」

そう言うセシルに、

「でもセシル、前にルーには会ったことが無いって言ってたよね?

君、この国の人では無いって言ってたよね?」

そう言うと、

「それはそうなんだけど……

でも……」

そう言ってセシルとしては歯切れの悪い様な返事が返って来た。

僕はフ~っとため息を吐くと、

「まあ、今は思い出せなくても、
もし本当に以前会っているんだったら、
帝都への旅を続けて行くうちに、
いつかは思い出せるだろう……」

そう言ってセシルの肩をポンと叩いた。

セシルは思い出せない事が歯痒いのか、

「ダメ! 此処まで出かかってるのに出てこないの!

何だかムカムカする!

思い出せるまで眠れなさそう!」

そう言うと、地団駄を踏んでいた。

「ほら、明日は早く此処を出発するんだからもう床に付かないと……

下へ行って暖かいミルクを貰ってこようか?

少しは誘眠の助けになると思うけど……」

そう言うとセシルは少し考えた様にして、

「そうね、お願いしようかしら。

少し頭を落ち着かせなきゃ……

あの王子に会って以来、
何故か頭の中がザワザワするのよね。

私はお風呂にでも入って少しリラックスすることにするわ」

そう言うと、お風呂へ向けて歩き出した。

「じゃあ、ミルクを持って来たらテーブルの上に置いておくから!

僕はもう寝てるかもだけど、
気分が落ち着いたら気にせずにベッドに潜り込んで」

そう言うと、蝋燭に火をつけると、
燭台を手にして部屋を出た。

“この国の王子か……

父さんは何か知ってるのだろうか?

確か僕が小さい時は良く帝都に出向いてたよな?”

そんな事を思いながら廊下を歩いて行くと
階段の所に人影が見えたので燭台を翳してみた。

薄暗い廊下にボッと浮き上がったのは、
先程まで僕たちの部屋にいた王子だった。

「ルー?」

僕が声をかけると、
彼はハッとした様にして僕の方を見た。

「未だ此処にいたのですか?

もしかして迷ってしまったとか?!」

そう尋ねると、
彼は僕を認識して、

「翠……?」

そう言いながら僕の方へ駆け寄って来た。

ルーはジッと僕の顔を覗き込むと、

「矢張り間違いではありません……」

そう言うと、僕に向かって手を差し伸べた。

ビクッとして一歩下がると、
ルーもハッとした様にして、

「済まない……

ずっと此処で考えていたのだけど、
私は矢張りあなた方に会った事がある様な気がするのです…

それに何故かあなた方を見ていると、
胸の奥がギュッと締め付けられる様な気がして……」

ルーのその言葉に僕は少し不思議な感覚を覚え首を傾けた。

そんな僕にルーは勘違いをしたのか、

「気持ち悪い事を言って済まない……

未だ会ったばかりななのに、この様な気持ちを抱くなんて……」

そう言って差し出した手を引くと、
俯いてギュッと拳を握った。

僕はルーの握りしめた拳に手を置くと、

「いや、謝らなくても大丈夫だよ。

実を言うとセシルもルーと同じ様な事を言っていたんだ」

そう言ってルーの顔を覗き込んだ。

「え? セシルもですか?!

私と同じ様に会ったことがある様な気がすると?!」

ルーはパッと顔を輝かせて僕の方を見ると、

「実は私には幼い頃からずっと見続けている夢があるのです」

そう言って僕の目を見た。

僕はハッとして、

「夢って…もしかして目覚めれば忘れてしまう夢?」

そう尋ねた。

ルーはコクリと頷くと、

「もしかして…翠…も…?」

そう尋ねて僕に詰め寄った。

僕がまた一歩引くと、
ルーはハッとして、

「す…済まない!」

そう言って一歩下がった。

その時のルーの顔が少しおかしくて僕はクスッと小さく笑うと、

「大丈夫だよ。

君もセシルも似たもの同士って感じで親しみが湧くよね。

実を言うとね、
僕も同じなんだ。

小さい時から目覚めると覚えてない夢を見ることが良くあった……

目覚めた後は凄く怖いと感じた時もあれば、
凄く切ないと感じた時もあって……

時々、凄く……会いたい……と強く感じたこともあって……」

そう言うと僕は涙を流した。

ルーは

「翠……それって……」

そう言うと、僕の頬に伝う涙を拭った。

「ご…ごめん!」

そう言って袖で涙を拭うと、
ルーが変な顔をしていた。

「そんな顔してどうしたの?

男が泣いたら変かな?」

そう尋ねると、ルーは首をブンブンと振って、

「いや、違うんだ。

翠の頬に触れたら何かを思い出しそうな気がして……

あの……もう一度君に触れても大丈夫かな?

変な意味じゃなくて...こう、ギュッと抱きしめたいというか…

あくまで、男同士の友情の証というか...」

ルーが余りにも真剣な顔をしてそう尋ねるので、

「あ、いや……僕で良ければ……」

そう言うと、両手を広げルーをじっと見つめた。

ルーは少し恥ずかしそうにすると、
僕の肩を抱きしめた。

僕の背にソッと触れるルーの手が僅かに震えていた。

「ルー? 大丈夫?」

恐る恐るそう尋ねると、

「あ、う、うん、大丈夫だよ」

ルーはどもりながら僕の肩に頬を乗せた。

少し変だとは思ったけど、
されるがままにしていた。

ルーは僕をギュッと抱きしめると、
スンと僕の匂いを嗅いだ。

ルーの変な行動に少し居心地悪くなった僕は少し身を固くした。

すると肩に生暖かいものを感じた。

「ルー?!

もしかして泣いてるの?!」

僕の肩で声を殺して泣いていたルーに声をかけると、
ルーは言葉をなくした様にただ僕に抱きついて肩を震わせていた。

しばらくするとルーは顔を上げ、

「私は翠の匂いと抱きしめた時の感覚を知ってる!

それは間違いじゃない!」

そう言って僕から離れた。

僕は少し戸惑いながら、

「え? そ…そんな事を言われても……

現に僕はセシルに会うまで誰とも接したことがなくて……

知ってると言われてもそれはきっと気のせいで……

それか誰かと間違って……」

そう言うと、ルーは真剣な顔をして、

「ううん、それは間違いじゃない!

私には分かる!

絶対私は翠の事を知っている!」

そう断言した。

”え~ 知ってると言われてもそれはあり得ないわけで……

現に僕はあの洞窟から出た事はなくて……

人に会うのはセシルが初めてな訳で……“

などと考えていると、

”すい~…

そこに居るの翠なの~?“

とセシルの声がして来た。

声のする方に燭台を向けると、
薄明かりの向こうでセシルがキョロキョロとしながら
部屋のドアから顔を覗かせていた。

“セシル! 僕は此処だよ!”

そう答えると、

“もう! 部屋に居ないからビックリしたわ!

ミルクもないし、攫われちゃったかと思ったわよ!”

そう言いながらセシルが僕たちに向かって歩いて来た。

そしてルーがそこにいることに気付くと、

“キャッ!”

と小さく声を上げて僕の後ろに隠れた。

“どうしたの?”

僕がそう囁くと、

“だ……だって私ったらパジャマのままで何てはしたない”

そう言って顔を真っ赤にした。

ルーはキョトンとすると、

「二人はもしかして恋人同士なのですか?」

そう尋ねると、
僕とセシルは顔を見合わせ笑い出した。

ルーが益々混乱した様な顔をすると、

「違うの、違うの!

私達そんなんじゃないのよ。

翠って何だか弟みたいで!」

僕の後ろから隠れる様にそう言うセシルに、

「は?! 弟? 言っとくけど、僕の方が年上だから!

どちらかと言うと、兄じゃないの?!」

そう言い返すと、ルーがプッと笑った。

僕とセシルはルーの方をみると、

「そう言えば、ルーって未だ此処に居て大丈夫なの?!

離宮の方では大騒ぎになってるんじゃ?!」

そう同時に尋ねた。

ルーは又プフフと笑うと、

「本当に二人は気が合っている様ですね。

その様な気心が知れた友がいるのは心強いですね」

そう言うと、

「シン! そこに居るんだろ?!」

ルーがそう言ったかと思うと、
黒装束の人が何処からともなく現れルーの前に跪いた。

僕とセシルは驚いて一歩下がると、ルーが即座に、

「離宮の方はどうなっている?」

そう尋ねた。

「ソルジュ団長には私とサクが護衛についている事は伝えてあります。

殿下の居場所も伝えてある旨、
何の問題もございません」

ルーがさシンと呼んだ者はそう答えると、

「分かった。

サクは宮殿へ戻り、
ソルジュへ今夜は私が此処へ留まる事を伝えてくれ。

その後は此処へ戻りシンと共に護衛に戻ってくれ」

そう言うと、何処からとも無く、

“仰せのままに”

そう声が何処からとも無くすると、
いつの間にかシンと呼ばれた者もその場から居なくなっていた。

僕は目を白黒とさせると、

「い…今のは?!」

驚いて吃りながらそう尋ねた。

ルーはニコッと微笑むと、

「彼らは隠密と呼ばれる私の護衛です。

矢張り私の後をついて来ていましたね」

そう言って僕たちの方を見た。

”隠密……“

その言葉が何かひかかったけど、

「そう言えば、今夜は此処に泊まるって!

宿主は部屋はもう無いって言ってたけど、
泊まる所あるの?!」

そう尋ねると、
ルーは涼しい顔をして、

「勿論、君たちの部屋さ」

そう言ってニコッと微笑んだ。

僕とセシルがえーっと廊下に響き渡る様な声で驚くと、
ゾロゾロと人が部屋から顔を出し始めた。

僕たちは小さくなりながら頭を下げると、
ミルクも貰わずにそそくさと部屋へ逃げていった。

部屋へ入ると、

「ちょっとルー! どう言う事?!」

そう言ってセシルが怒り出した。

「え? だって君たち恋人同士じゃ無いんでしょ?

だったら僕も良いんじゃ無いかな?と…

どうせ一緒に冒険を始めると、
一緒にごろ寝する日も来るから良いんじゃ無いかと?」

そう言ってあっけらかんとしていた。

セシルはビックリした顔をすると、

「でも、寝るとこないわよ?」

そう言うと、

「大丈夫だよ!

私は床で寝るから!」

そう言って床に座り始めた。

セシルは慌てて、

「ダメよ!

皇子に床で寝せる訳にはいかないわ!

こうなったら私と翠が床よ!」

そう言うと、

「私だったら大丈夫だよ。

よく調べ物を夜更けまでしながら、
ついそのまま床に寝ることも多いんだ」

そう言ってそのまま床に座り込んだ。

僕はルーに手を差し出すと、

「まあ、君はセシルにも床に寝せる事はしないだろうから、
此処はセシルとルーがベッドで寝て僕が床で寝る事にするよ」

そう言うと、セシルが真っ赤な顔をして、

「翠! あなた何言ってるの?!

私がルーと一緒に寝れる訳無いでしょ?!」

そう言うので、僕は不思議そうにセシルの方を見た。

すると彼女は、

「だって皇子はあなたとは違うのよ!」

そう言って慌て出した。

「え? 何処が違うの?

彼が皇子だから?」

そう尋ねると、

「いや、それもあるけど、
普通、結婚もしてない男女は一緒にベッドに入るもんじゃ無いのよ!」

そう言って挙動不審になった。

「え? それだったら変じゃ無い?

君と僕は毎晩同じベッドで寝てる訳だし……」

そう言うと、今度はルーが、

「え?! そうなの? 実はそうだったの?!

いや~ ベッドは一つだし、
どうやって寝てるんだろうとは思ってたけど、
そうか、そう言う訳だったのか」

と納得していた。

セシルは慌てて、

「いえ、私達本当にそんなんじゃ無いのよ!

翠の事は男として意識した事ないし、
翠だって! ねえ?」

と僕に振って来た。

僕は

“う~ん”

と考え込むと、

「じゃあ、こうしよう!」

と言って、その夜は
僕とルーが隣同士で寝て、
その足元にセシルが僕達に足を向けて寝るような形になって寝る事にした。

布団に入り込んだ僕達は、

「………」

な状態だったけど、
驚き続きで精神的に疲れていたのか、
横になった途端皆寝入ってしまった。

そして気付けば僕は父さんが住んでいたあの場所に立っていた。

"あれ? ここは... 久しぶりだな...”

そんなことを思っていると、

「ジェイド!」

後ろから声がしたので振り返ると、
そこにはマグノリアとアーウィンが立っていた。

僕は当たりをキョロキョロと見回した。

「懐かしい…

この夢、最近見なくなったと思ってたのに」

そう言うと、
マグノリアとアーウィンが顔を見合わせた。

「それってどう言う意味?」

マグノリアが尋ねると、

「いや、前にも話したことあると思うけど、
これは僕の夢の中で僕の本当の名は翠だって……

実を言うと、この夢の中に来るのも久しぶりのことなんだ」

そう言うとマグノリアが、

「え? 翠ってセシルが一緒に旅してる?」

そう言ったかと思うとアーウィンが、

「ちょっと、ちょっと待って!

セシルと翠ってもしかしてスーって知ってる?

ランドビゲン帝国の第三皇子でリュシアンって名なんだけど……」

それぞれの告白に僕達三人はお互い顔を見合った。










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