龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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もう直ぐ

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僕は隣に座り遠くを見つめるダリルの横顔をしばらく眺めて居た。

ダリルはそれに気付くと、

「私の顔に何かついて居ますか?」

そう言って頬に手を当てた。

僕は

「ううん」

そう言って首を振ると、ダリルの肩に頬を寄せた。

彼の匂いと温もりが何だか懐かしくて自然と涙が出て来た。

“何故こんなにも彼の事を懐かしいと思うんだろう?

何故こんなに胸が苦しくなるくらい切なくなるのだろう?”

僕が瞳を閉じるとダリルも僕の頭に自分の頬を乗せた。

僕は暫く月を眺めながらダリルの温もりを感じた。

夢の中で眠るって変な話だけど、
ダリルの隣は心地良すぎて安心できて僕はついウトウトとし始めた。

どれくらいダリルに寄り掛かっていたのか分からないけど、
ダリルがモソモソと動き始めた。

僕はモソモソと動くダリルの振動で目覚めると、

「ごめん! ずっと寄り掛かってたよね!

痺れちゃった?!」

そう言って起き上がると、

「済まない翠、起こしてしまったか?

ずっとこのままにしておこうと思ったが
少しばかり脇腹が痺れてな」

そう言ってモソモソと父さんが動き出した。

“あれ? 何かが違う……”

そう思ったけど、

「ご…ごめん!

ずっと寄り掛かって寝てた?!

起こしてくれれば良かったのに!」

そう言って飛び起きた。

父さんは起き出して犬の伸びの様な格好をすると、

「今日は良い夢を見ていた様だな。

寝ているお前の顔がニヤニヤとしていたぞ」

と、そう揶揄われ、

「ええ?!」

と慄いて一歩退がった。

「一体どんな夢を見ていたんだ?」

そう父さんに尋ねられ、

「嫌だな、別に……別に……」

そう言って黙り込んだ。

「どうした? もしかして又覚えてないのか?」

僕の顔を覗き込む父さんに苦笑いをすると、

「やだな~ ちゃ、ちゃ、ちゃ、ちゃんと覚えてるよ!

父さんが大きな猪を狩ってきたから、
それを食べるのを楽しみしてたんだよ~」

どもりながらそう言うと、父さんは

「そうか、それは良かったな」

そう言って静かに微笑みながら外に向かって歩いて行った。

父さんはああ言ったけど、
絶対バレている。

僕はガクンと大きく項垂れると、
ハ~っと大きなため息を吐いて自己嫌悪に陥った。

“う~ん、やっぱり覚えてないか……

何故僕はこうも最近の夢を覚えて居られないんだろう?”

いつもの様にたった今まで見て居た夢を、
どんなに思い出そうとしても何も浮かんでこなかった。

以前は灰色の子龍がフッと脳裏によぎったり、
恐怖が消えなく何時迄もガタガタと震えていた事があったけど、
昨夜の夢は覚えていないにも関わらず、
起きた時何処かノスタルジックだった。

誰かといた様な気がするけど、
本当にそうだったのかは定かではない。

結局は父さんに寄り掛かって寝て居た訳だけど、
起きた直後は、夢の中で僕は誰かに寄り添って居た様な気がした。

しばらく考え込んで、僕は頭をブルブルと振ると立ち上がり、

「父さ~ん! 今日の朝食は何?」

そう大声で外に掛けて行った。

外へ出ると父さんが真剣な顔をして
焚き火炉の前に立っていた。

「父さん?  何か問題でも?

もしかして僕が寄り掛かって寝てたから狩りに行けなくて
朝食の材料が足りない?」

そう尋ねると、父さんはハッとした様に僕の方を見た。

「どうしたの? 何時もと様子が違うけど……」

そう言いながら焚き火に目線を落とすと、
卵がバチバチと焼ける音を出しながら焦げ始めていた。

「と、父さん! 焦げてる!焦げてる!」

父さんが持っていたヘラを取り上げると、
クルッと卵をひっくり返した。

「父さん、本当にどうしたの?

ちょっと? いや、すごく変だよ?

何だか可笑しいよね、
何時もは父さんが僕にどうしたの?って尋ねるのに」

そう言うと父さんはいきなりスーッと龍の姿に変わり、

「ショウのところへ行ってくる」

それだけを言い残してサッと飛び去って行った。

父さんのただならない行動に、
僕は不安が頭の中を過った。

“アイツらについて何かあったのかな?!”

そう思うと、少し心配になって来た。

折角朝食を作ったのに、
心配のあまり食事が喉を通らなかった。

魔法の訓練も、
身体強化の訓練も、
何処か上の空でショウの家の方角を眺めては手を止めた。

お昼になっても、夕方になっても父さんはまだ帰ってこなかった。

これまで僕を1人置いてショウの家に一日中居た事なんてない。

“父さん遅いな……

一体いつ帰ってくるんだろう?”

父さんが去って時間が経って来ると、
どんどんソワソワとして来た。

訳のわからない感覚が体を突き抜け、
僕は居ても立っても居られない状態になった。

“一体父さんに何があったのだろう?

何故急にショウの家だったんだろう?

何か感知したのだろうか?

せめて理由を言ってくれていれば……”

でも、結局夜になっても父さんは帰って来なかった。

父さんの居ない夜は生まれて初めてだ。

“そうだ…… 僕のご飯……”

もう直ぐ成人して父さんから離れるのに、
父さんがいないと僕はまともに夕食にもあり付けなかった。

“このままではダメだ。

逆にこの歳になっても1人では何もできないのか?
と父さんに心配させてしまう……”

父さんがいないと、
こんなにも夜が違うのかと身をもって経験した。

僕は結局夕食にありつけないままその日は床に着いた。

お腹が空いてることもありその夜は中々寝付けなかった。

こんな日に限ってやたらと風の音が耳にひいびた。

今まで感じたこともなかったけど、
風が人の鳴き声や呻き声の様で、
僕は毛皮の毛布を頭まで被って風が聞こえない様耳を塞いだけど、
それは何の役にも立たなかった。

小さな岩が砕けて落ちる音にさえビクビクとした。

“父さん~”

僕は泣きそうになる思いを堪えて
父さんの名を呼んだ。

でも返事など来るわけでもない。

ショウの家に行くと言っていたので、
何か遅くまで話し込んでいる事があるのだろうと
そこまで心配はしなかったけど、
もう直ぐここを離れて独り立ちしなければいけないと思うと、
何度こんな夜が来るのだろうとそればかりが心配だった。

それでも時間が経てば眠気は来るわけで、
僕は気が付けば又、夢の世界に来ていた。

でも今度ばかりは少し違った。

「あれ? 此処は……?」

僕は崩れ掛けた城の中に立って居た。

外からは今まで聞いたこともない様な

『ドーンッ』

とする様な音があちこちから響いて居た。

その度にお城の壁が崩れ、
小さな岩がカラカラと音を立てて崩れ落ちて来た。

“父さ~ん?”

僕は父さんを呼んで辺りをキョロキョロとした。

“マグノリア?

ア~ウィ~ン?”

彼らの名を呼んでみたけど、
辺りには誰も居ず、
唯ドーンと言う音だけが響いて居た。

“ダ……ダリル?”

僕はダリルの名も呼んでみた。

でも誰1人として僕に返答する人はそこには居なかった。

“此処は前に来たお城に間違いないよね?”

お城の変わり果てた姿に不確かではあったけど、
廊下のカーペットや壁の装飾品には見覚えがあった。

“一体どうなって居るんだろう?!”

訳がわからなく、僕は走り出した。

『父さーん! ダリル!

マグノリア! アーウィン!』

叫びながら走っていくと、
目の前に1人の少年が立って居るのが見えた。

”銀色の……髪?“

とたん僕の心臓が爆鳴りし始めた。

”ダメだ! その場所にいたらダメだ!“

僕は必死に彼に呼びかけた。

走って近くに行こうとしても、
その場から進む事が出来なかった。

よく見ると、彼の向こう側には兵達が彼に向け弓を構えて居た。

そして兵の真ん中に立つ人物……

”僕は彼の事を知って居る!

あれは誰だ?!“

そう思った瞬間説明のしようもない様な感覚が身体中を巡った。

冷や汗がダラダラと流れては背筋を伝って行った。

全身の血の気は引いた様になり目の前がグラグラと揺れ始めた。

その時壊れた壁の向こうから、

“ジェイド~?”

と聞き慣れた声がして来た。

僕はハッとして

“マグノリア?!”

と思い、声のする方を見た。

同時に目の前に立って居た彼も同じ方を見た。

その時初めて彼の横顔を見た僕は息が止まる様な思いだった。

“あれは……僕?!”

目の前に立って居た彼は僕にそっくりだった。

“いや、違う……

彼は僕に似てるけど……僕じゃない……”

その時僕は悟った。

“この後何が起こるのか僕は知って居る!”

僕は不思議とこれから起きる事が分かり、
それを止めようと手を伸ばした。

でも今日の夢は違った。

これ迄は物語の一員になって居たのに、
その日の僕はそのシーンの観覧者でしか無かった。

“どうして!”

僕がそこから動けずジタバタとしてる間に
父さんがサッと飛んできてアーウィンとマグノリアを
あっという間に連れ去ってしまった。

“やっぱり父さん?!”

僕はドキドキとして来た。

息が苦しくて僕は胸を掻きながら目に前の彼を見つめた。

“僕の記憶が正しければ彼はこの後……”

そう思って居ると、
僕の横を黒い影がものすごスピードで走り去った。

揺れる空気を全身で感じた瞬間、
ヒュン、ヒュン、ヒュンと矢を放つ様な音がして、
ドス!ドス!ドス!と立て続けに鈍い音が響いた。

僕は目を閉じて頭を抱え、

『うわー!!!

ダリル! ダリル! ダリル!』

と叫んだ。

でも僕の声は誰にも届いてない様で、
僕の姿も誰にも見えて居ない様だった。

「違う、違う、違う!

これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ!」

僕は頭を掻き毟りながらそう叫んだ。

その場に蹲り前を見上げると、
丁度ジェイドが自分を剣で貫くところだった。

「やめろー!!」

僕は手を伸ばしそう叫ぶと伸ばした手を引き握りしめると、

「いや違う……

あの時はあの方法でしかダリルを救う手が無かった……

僕たちが助かる道はあの方法だけだった!

だからその時僕は……時戻しの術をかけたんだ!」

そう言って僕は悟った。

“あれは僕だ……今の生を受ける前の僕だ……

僕がジェイドだったんだ……

そしてダリルは僕の……”

そして僕はキッとその先に映る人物を睨んだ。

“叔父上!

そうだ、僕は叔父上にダリルと共に殺されたんだ!”

そう悟ると、僕は

『ワーッ! 貴方だけは絶対に許さない!

必ず今生で貴方を止めてみせる!』

僕はそう泣き喚いて叔父上に掴みかかろうとしたけど、
やはりその場から動くことはできなかった。

“ウッウッ……ダリル……ダリル……

君は一体今頃何処に居るんだ?!

僕が此処に居るという事は
ダリルも何処かに居るという事だ!

それにアーウィンやマグノリアは無事だろうか?!

あの時うまく逃げ切れたのだろうか?!

父さんは知って居る筈だ!

でも父さんから彼らの事を聞いた事がない……

も……もしかして父さんのもう一つの家で生活してたのは
前世の僕とダリルとマグノリアとアーウィン?!

だとすると……現世での僕の両親ってマグノリアと……アーウィン……?!“

やっと一つに大切な事に辿り着けそうだったのに、
僕はそのまま、まるで何かに体を引っ張られる様に
だんだん意識が遠のいて行った。



僕は

“う~ん”

と唸って寝返りを打つと、
目を覚ました。

「翠! 遅くなってすまない」

父さんが僕の寝て居る横で龍の姿から人の姿に変わる所だった。

「あれ? 父さん、今帰って来たの?」

そう言いながら外を見ると、
外はもう世が明けた後だった。

「朝帰りなんて珍しいね?

何かあったの?

ショウ達は相変わらず元気にしてる?」

そう尋ねると、
父さんは難しい顔をした。

”ん? 顔色が少し悪い?“

そう思って父さんを見つめて居ると、

「あ~ 翠、お前の方は昨夜はどうだったのだ?

私が居なかったがちゃんと何時もの様に眠れたのか?

怖い夢は見なかったか?」

逆に心配され、

「うん、最初は1人は怖いって思ったけど、
気が付けば寝てたから大丈夫だった。

僕、もう1人でも大丈夫だと思う。

夢は……う~ん、何だろう?

見た様な…見なかった様な…」

僕は又目が覚めたのと同時に夢の事を忘れた。

父さんは

「そうか」

と言った後一息置いて、

「実は此処から対角にあるビオスキュラーと言う帝国で大津波が起こり、
帝国の半分が崩壊したんだ。

だからショウとビオスキュラーまで偵察に行って来た。

これは私がお前に話した奴らが関係して居る……」

そう言って黙り込んだ。

「え? それってどういう事?

奴らって津波を起こして帝国を半滅させる程の魔法を持ってるの?!」

僕がそう尋ねると、父さんは唸る様に、

「実際に津波を起こしたのは四大神の1人なのだが、
それを操って居たのが奴らだ……」

そう言って父さんが項垂れた。

こんなに覇気の無い父さんを見るのは初めてだ。

「それって大変な事なの?」

僕が尋ねると、父さんは頷き、

「残るは1人の神のみとなった……

いや、未だ黒龍もいるか……

だが、もう私達には残された時間が余りない。

翠、お前は急いで人に紛れて、
私が教える事が出来なかった事を学ばなければならない。

そしてお前には出会わなくてならぬ者達が居る。

私には奴らが何処に居るのかわからない。

だがお前に託したお前の母親と父親のアミュレットと指輪が導いてくれる筈だ。

彼らに出会った後は共に仲間を見つけるのだ」

そう言った後父さんは悲しそうな顔をして、

「翠、お前の旅立ちの日を1週間後としよう」

そう言って僕の肩に手をポンと乗せた。

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