龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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刺客

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魔力を込めた耳でないと聞こえないようなドアの開く音に、
僕はとっさに侵入者だという事に気付いた。

息を殺して気配を殺そうとしても、
喉から飛び出そうな心臓の音に、
僕は段々と息苦しくなった。

肩が大きく上下に揺れて、
自分の息をする声が耳元で響いた。

まるで全身の毛穴から呼吸をしているような感覚だった。

”気付かれる!”

そう思うと、更なる緊張で、
余計息が上がる。

もう、魔力を集中させて侵入者の

”音”

を聞く余裕など無い。

心臓はバクバクで
自分の呼吸を整えるので一杯一杯だった。

僕はクローゼットの奥までどうにか這いずり床に座り込むと、
頭を抱えて縮こまった。

”怖い、怖い、怖い”

息が更に激しくなり、

”ハァ、ハァ、ハァ”

と息を吐く音も大きくなる。

体の緊張は極限にまで達し、
段々と目眩がし始めた。

極度の緊張で、身体強化がある事も、
攻撃魔法が使える事も、
戦うすべがある事でさえも頭から抜けてしまっている。

その時僕が出来たことは泣く事と
いかに見つからない様に小さくなるかという事だけだった。

あれからどれくらい
クローゼットに隠れてたのか分からない。

恐らく数分の出来事だろう。

それでも永遠のように思えた。

浅く、早くなっていく呼吸に交じって、
段々と体が硬直し始めた。

筋肉が攣って、
体が動かなくなった。

”ダリル、ダリル、ダリル”

僕は心の中でダリルの名を繰り返し、繰り返し必死に呼んだ。

それが僕がたった一つできる事だった。

その時クローゼットの入り口から

”カタッ”

と小さな音がした。

”ダリル?!”

の訳はない。

彼が戻ってきてたら、
きっと侵入者と乱闘が始まっているはずだ。

だが、寝室は一向に静かだ。

僕は強張った体を振り絞って
更に小さく、小さく体を丸め込んだ。

その時、コツっと足音がして、
目の前に誰かが現れた。

床ばかり見ていた僕には、
その足だけが異様にはっきりと映し出された。

”ダリルの……足じゃ……無い?!”

とたん心臓が破裂するほどに打ち始めた。

僕は更に身を守るように角にうずくまった。

”死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!”

近付いて来る陰にそっと頭を上げると、
そこには二~ッと不気味に笑う
見たこともない人が剣を僕に向けて立っていた。

「ヒィッ!」

痙攣ともとれるような
声にならない悲鳴を上げた僕に、
その男は一言、

「さようなら、ジェイド殿下」

そう言って彼は剣を振り下ろした。

「ダリル! ダリル! ダリル!」

力を振り絞ってそう泣き叫んだ瞬間、
その男の顔が少し歪んで、
振り下ろした剣が僕の前にカランと落ちた。

「ヒィッ、ヒィッ、ヒィッ!」

しゃくりあげるような悲鳴を上げると、
その男が僕の前にゴロンと倒れた。

「殿下!」

聞きなれた声に体がぴくっと反応するのを感じた。

男が自分の目の前に血を流して倒れているのを見ると、

「ヒィッ~!!」

そう叫んで後ろに下がろうとしたけど、
手足をジタバタとするだけで、
少しも動くことは出来なかった。

「殿下、落ち着いてください!

もう大丈夫です!」

見上げると、そこには既の所で駆けつけたダリルがいた。

「ダリル、ダリル、ダリル、

ハァ、ハァ、息が……苦し……体が……硬直……して……

こ……怖かった……

こ……殺されると……思った……」

声にならない声でそう言って、
床に手を付き肩で息をする僕を抱え上げると、
自分の袖でそっと僕の涙を拭き、

「殿下、失礼します、お叱りは後程に」

そう言うと、ダリルの顔がいきなり僕の顔に近づいてきて、
躊躇もせずに僕の唇に自分の唇を重ねた。

余りにも突然の事で、
一体何が起きているのか分からなかった。

「ん……ググ……ウンン……」

ダリルは僕が息も出来ないほどしっかりと唇と唇を結び合わせ
口づけすると、指でトントンと僕の胸を叩きリズムを取り始めた。

そして僕の唇から離れると、

「殿下、数を数えながら、
ゆっくりと息を吐きだしてください」

そう言って僕がリズムを取りながらゆっくりと息を吐きだすと、
彼はもう一度僕の唇に彼の唇を重ねた。

二度目となると、ダリルが何をしようとしているのか
もう分かるような気がした。

ダリルは数秒ルズムを取りまた離れると、

「殿下、もう一度、ゆっくりと息を吐いて下さい。

そして暫くそれをゆっくりと繰り返してください」

僕が目を閉じて数回ほどゆっくりと息をすって、
ゆっくりと吐き出すと、

「呼吸は楽になられましたか?

恐らく殿下は多呼吸を起こされていました」

そう説明し始めた。

「多呼吸?」

初めて聞く言葉だった。

「はい、前に何度か騎士達が
今の殿下と同じような症状を起こしたことがあるんです。

その時の宮廷医師の言葉を簡単に説明しますと、
人は極度の緊張に陥ると、
呼吸をするときの体内の空気の循環が悪くなって、
息をするのが大変になるみたいです。

症状としては、息が浅く、早くなって、
体が強張って痙攣をおこしたりするそうです。

そうなると、体内に入る空気の量を抑える事で
息が楽になるらしいです」

そのダリルの言葉に、

「それって、口つけをしないとダメなの?

それだとその時もダリルは城の騎士達……と?」

そう尋ねると、ダリルは真っ赤になって、

「とんでもありません!

騎士達には自分で呼吸の速さを調整させて、
回復させます!」

そう慌てて言ったので、

「じゃあ……僕には……どう……して?」

少しの期待にドキドキとしながら尋ねても、
ダリルは

「いや、殿下の場合はとっさの事で
早く処置をしないといけないと……

と、いう思いが先ばしってですね……

だからですね、その……

私が言いたいことはですね……

ああした方が早いと言うか……

もう、良いじゃありませんか、
謝ったんですし……

それに殿下は無事だったんですし……

それよりもこの男ですね……」

そう言ってごまかすだけで、
後は話題をそらすように
床に転がっている男を見た。

実際ならば、ダリルと唇を合わせるなんて
なんてロマンチックな状況だろうに、
この時はそんなかけらもなかった。

もう一度フゥ~とゆっくり息を吐きだすと、

「殿下はこの男の顔に見覚えは?」

ダリルがその男を仰向けにして
顔が見やすいようにしてくれたけど、
僕には全くその男の顔に見覚えは無かった。

僕が頭を左右に振ると、

「この男がどこから入り込んだかわかりますか?」

そう尋ねたので、

「寝室のドアから来たのは間違いないよ。

ドアの開く音がしたから……

でも、きっと訓練されてるはずだ。

魔力を耳に集中しなきゃ絶対分からなかったもん」

そう言うとダリルは床に膝をつき、

「殿下を一人にして申し訳ありませんでした。

窓から侵入してくるならまだしも、
まさか誰にも見つからずに
警備の固い城の中を通って忍び込んでくるなんて……

私自身も城の中に居ましたが、
全然気付く事が出来ませんでした」

そう言って頭を深く下げた。

「いや、これはダリルのせいではないよ。

むしろ、ダリルがいてくれたから
助かったようなもんだし……

僕を狙いに来たのって、
やっぱり僕の能力を公にしたせいかな?

でも公にしたと言っても城の騎士たちの一部にだけだし、
そんなに早く知れ渡るものかな?

それともこの男って
デューデューを閉じ込めてた人の仲間なのかな?

だから僕の力の事を知るのが早かったとか……?」

そう言って首をひねった。

「今はまだ詳しいことは分かりませんが、
この男をこのままにしておくことは出来ません。

私は騎士達を呼んでまいりますので、
殿下も一緒にいらして下さい。

危険ですので此処に一人で置いておくわけにはまいりません」

そう言って立ち上がった。

「もう気分はよろしいですか?

動くことは出来ますか?」

そう言ってダリルが手を差し出した。

僕はダリルの手を取ると、
ゆっくりと立ち上がった。

少しの目眩はまだあるものの、
歩けないほどではない。

「うん、何とかだいじょうぶそう……」

そう言うと、

「後で体中が痛くなると思います。

多呼吸で筋肉の痙攣が起こると、
後でその痛みが現れるのです……

後で筋肉のマッサージをしましょう」

ダリルにそう言われると、
もう既に体中がギシギシと
痛みを発しているような気がしてきた。

ダリルはベッド際へ僕を連れて行きベッドに腰掛けさせると、
甲斐甲斐しくも床に跪き、そこに脱ぎ捨ててあった
スリッパを僕の足に通してくれた。

そしてローブをかたに掛けてくれると、
僕は袖を通して腰ひもを結んだ。

「さあ、行きましょう。

夜はまだまだ冷えますので、
寒かったらおっしゃって下さい」

そう言ってダリルは寝室のドアを開けた。

廊下が安全な事を確かめると、
ダリルは歩き出した。

「ねえ、これから僕、どうしたらいいかな?

今日なんて僕は何もできなかった……

日ごろの訓練が、いかに生かされてないかっていうのが分かった。

僕はもっと、もっと鍛錬してうまく
魔法を使いこなせるようにしないといけないけど、
もしこれからも続けて暗殺者たちがやってきたら
どうやって身を守ればいいか……

ダリルも毎晩寝ずに僕の護衛って訳にもいかないし……」

そんなことを言いながら廊下を歩いていた。

その時に

”ヒタヒタ”

と誰かが……いや、数人の足音が聞こえた。

これも魔力を耳に集中しないと聞こえないレベルだ。

あんなこともあった後だし、
僕は念のために全身に魔力を流していた。

”またか!”

そう思ったけど、
今度は不思議と怖いとは思わなかった。

きっとダリルが隣にいてくれるせいだ。

僕は更に耳を澄まして足音の再確認をした。

どうやら今夜の刺客達は
暗殺者として訓練されているようだ。

気配を完全に消している。

でも僕には分かる。

それにダリルも彼らの気配を読むことが出来た様だ。

”殿下……”

ダリルの合図に僕は小さく頷いた。

”ダリルと一緒の今ならできる。

僕には魔法が使える!”

そう言った自信があった。

僕は敵に気付かれない様に体中に魔力を集中させた。

”殿下、今です!”

ダリルの合図に片手をあげてそこから光を放つと、
僕達の周りがその光で照らし出された。

”1……2……3人!”

「ダリル! 右上から一人、後ろから一人、真上から一人!」

そう言うと、ダリルが剣を抜いた。

「殿下、私から離れませんように」

ダリルがそう言うと、
僕は

「分かってる。

彼らの足は僕が止める。

きっと動きが早いと思うから!」

そう言ってダリルに背を向けた。

ダリルも僕に背を向けるような形になると、
ダリルが一人、また一人と切りつけた。

どうやら刺客達は魔法は使わないようで、
その部分は良かったけど、
やはり身のこなしが軽かった。

壁を土台に蹴り上げると、
すばしっこく前に飛んだり、
後ろへ回ったりとして
ちょこまかと動き回った。
でも身体強化を持った僕の動きも奴らには負けていない。

それに僕の目を持ってすると、
奴らの凄きをスローモーションに見る事ができる。

僕は魔法で奴らの足を狙い打ち付けた。

僕は魔法の名前が分からないので、
自分流にこの魔法を光の槍と呼んでいる。

その名の通り、光が槍のように物を貫くからだ。

僕の槍に貫かれた奴らは、
その場に倒れ込み、そこをダリルが剣で切った。

僕達は割といいペアになりそうだ。

割と時間をかけずに刺客達を片付けた。

戦いの中一つだけ分かったのは、
刺客達は僕が魔法を使う事を知らなかったようだ。

僕が魔法を使った瞬間、
凄く驚いていた。

そして

「殿下が魔法を使うなんて聞いてないぞ」

確かにそう言ったのを聞いた。

彼らがやって来たのは僕の魔法が原因ではない。

タイミング的には偶然だった。

この戦いは僕の魔法にかかわらず、
既に始まっていた。

でも僕にはまだ分からないことが沢山だ。

何故この戦いは始まったのか?

なぜ彼らが僕を狙っているのか。

やはり魔神の復活と関係があるのか。

刺客達の遺体を確認していると、
僕達の騒ぎに駆けつけた騎士たちが、
事の状況を把握して慌てふためいていた。

その場を仕切っていたダリルが、

「殿下の寝室のクローゼットにもう一人……」

そう言うと、数人に騎士が僕の寝室へと向かった。

でもその騎士たちはすぐに戻って来た。

そして確認に行き戻ってきた騎士が言ったことは、

「殿下のクローゼットに言われたような
者は誰一人いりませんでした」

だった。

”え? 間違いなく奴は血を流して死んでいた。

この騒ぎの中誰かに持ち逃げされたのか?

それとも息を吹き返し自分で逃げ去ったのか?!”

僕とダリルは急いで僕の寝室に引き返した。

そしてクローゼット確認に行ったけど、
騎士の言ったとおり、
あの時僕をそった刺客の遺体は
その場からきれいさっぱり消え去っていた。





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