龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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秘密

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「ダリル、お願いだから静かにね。

絶対飛び出したりしちゃダメだよ」

そう言って、今にもマグノリアに向かって
飛び出して行きそうなダリルの腕を掴んだ。

ダリルは憤慨したまま冷たい声を上げると、

「殿下、殿下はあれを見て何も思わないのですか?!

マグノリア殿下の婚約者はジェイド殿下ですよ?!

それを……

これは不貞では有りませんか!」

ダリルは顔が真っ赤になるまで
怒りを抑え込もうとしている。

ワナワナと震える肩でそれが分かってしまう程だ。

「ダリル、本当に大丈夫だから、
ちょっと落ち着こう?

これは不貞でも何でもないから。

ダリルの勘違いだから、ね?

こっち来て! 全て説明するから」

そう言うと、ダリルの怒りの矛先が僕に向けられた。

「もしかして殿下はご存じだったのですか?!」

「いや、知っていた訳では無いけど、
取り敢えずはちょっとこっち来てってば、
こんな所で立ち話できる事でもないから……」

そう言うと、僕たちはそーっと
その場から少し離れた
バラ園と中庭の中間地点まで引き戻した。

ダリルは彼を掴んだ僕の手を払うと、

「何故マグノリア殿下とアーウィン様が
抱き合っているのですか?!」

ここぞと言わんばかりにダリルが捲し立ててきた。

ダリルのその目には怒りが滲んでいる。

”落ち着け僕、落ち着け!”

ダリルの怒りに段々緊張した自分を落ち着けようと
スウっと息を吸い込んだ。

そしてゆっくりと吐き出すと、
言葉を選んで話そうと頑張った。

でも、こういう時に限ってうまくいかない。

「あのさ、ダリルには聞こえなかったかもしれないけど、
あれは抱き合っていると言うより、
泣いているマグノリアを
アーウィンが慰めていたと言うか……」

僕でさえも予期していなかった出来事だ。

今起こったことを説明する準備なんてしていない。

そう、あの場所で僕達が見たものは、
アーウィンの胸で泣くマグノリアの姿だった。

一見見ると、二人が抱き合ってるようにも見える。

でも僕は目も良ければ耳も効く。

少し離れてても、
見える位置からだと、
少し耳を澄ませば遠くの声や音が聞こえる。

あの時も僕は耳を澄まして彼らの声を聞いていた。

マグノリアが泣いていた理由……

恐らくアーウィンに対する気持ちが
爆発しそうになっているのだろう。

「アーウィン、私、自分の本当の気持ちを
もう胸に秘めておく事は出来ないの!

もういっぱい、いっぱいなの。

お願い、助けて!

私はあなたが……」

それに対してアーウィンは、

「マグノリア、今は言っちゃいけない。

言葉は魔力を持っている。

今、音にしてしまうと取り返しが付かなくなってしまう。

その時は必ず来る。耐えて待とう」

そんな具合だった。



世間一般で言うと、
2人はもう結婚適齢期を過ぎている。

きっと相手を求める気持ちが強いのだろ。

でもそこは流石のアーウィン。

神殿に使える者だけは有る。

煩悩の持ち方が普通とは違うのか?

でも今は絶体絶命、
僕はダリルの前でピーンチの事態に陥っていた。

「あのさ、ダリルはすごく真面目だから
言えなかったんだけど、
実を言うと僕とマグノリアは共同体にあって……

だから… その…」

初めての状況に頭の中は真っ白で、
僕はしどろもどろに説明を始めた。

僕の説明不足のせいで、ダリルは今にも
マグノリアたちの方へ走り出そうと
身構えた様にしている。

“ダメだ、うまく説明出来ない!”

そこはもう一か八かの賭けだった。

僕にはそのことについて触れる以外、
何の言葉も繕うことは出来ないと悟った。

「ダリル、本当のことを言うから、
ちゃんと話を聞いてくれる?

僕の話を聞いても、
僕の事嫌いにならない?

それでもずっと僕の騎士でいてくれる?!」

そこまで言うとダリルは顔を歪ませ嫌疑なような顔はしたけど、
少し落ち着いた顔付きになった。

「あのさ、此処で立ち話も何だから、
少し静かな誰にも聞こえ無い様な所が良いんだけど…」

僕がそう提案すると、

「それではアーウィン様とマグノリア殿下も誘って
皆で話し合いましょう。

そうで無いと私は納得できません。

良いですか、殿下?

これは重大な国家間の問題なんです」

そうダリルに言われ、僕は渋々頭を下げた。

「それではもう一度バラ園へ戻り、
禁断の間へ行きましょう。

あそこだったら陛下以外
誰も入って来れないでしょう。

話を聞かれる心配もありません」

ダリルの提案で僕たちは禁断の間へ行く事に決まった。

バラ園へ行くと、
アーウィンとマグノリアの姿はもうそこには無かった。

「仕方ありません。

彼らにはのちに説明してもらいましょう。

では殿下、此方へ」

そう言って、今度は僕がダリルに手を引かれる様に
禁断の間へ続く隠れ家へとやって来た。

「では殿下、お願い致します」

ダリルがそう言うと、
僕は何も無い壁に向かって手を翳した。

すると僕たちが初めて此処を訪れた時の様に、
今まで何も無かった壁に扉が現れた。

僕はダリルの方を伺うと、
頷いてその扉を開いた。

此処に戻って来るのは今回で二度目だ。

初めて此処を訪れて以来、
一度も此処に戻って来た事はなかった。

中に足を踏み入れると中は変わらず真っ暗で、
魔法の扉が閉じる前に僕は最初の灯りをつけた。

扉が今まさに消えようと言う時に僕はある事に気付いた。

「ダリル、此処見て!」

ダリルも僕の声に続いてそれに気付いた。

「ここ、確か防御魔法をこじ開けた時の
焼け跡があったはずだよね?!」

「私もその様に記憶しています」

そう言ってダリルがドアの辺りを手で撫でた。

僕も同じ様にその辺りをゴシゴシと擦ってみたけど、
それらしきものは浮かび上がって来なかった。

手のひらを見ても、
前の時の様に真っ黒になったりもしなかった。

「これって時がたったから時効で消えた的な?」

いくら頭を捻っても分かるはずもない。

僕もダリルも魔法については未だ未だ半人前だ。

いや、ダリルに取っては魔法はてんでからっきしだ。

僕は禁断の書に、それらしき事が書いてあったか
思い出そうとして考えた。

僕の記憶もあいまいだけど、でもどんなに考えても、
この事に関係していそうな事柄は思い出せない。

ダリルの方を見て首を振ると、
ダリルもお手上げという様な仕草をしてみせた。

ダリルは奥の方を見据えて、

「まあ、取り敢えず今日は奥まで行く必要は有りませんので、
此処で話しましょう。

奥には灯りもありませんし、
今日は奥へ行くには何の準備もしてませんので」

ダリルがそういうと、

”いよいよか!”

と、僕の全身に緊張が走った。

「では殿下、先ほど私達が見た光景についてですが、
殿下は前から知っていたという認識で宜しいでしょうか?」

ダリルが率先して淡々と話を進めていった。

「あ~うん、いや、知ってたと言うよりは… ? 感?」

そう言うと、

「感?!」

そう言ってダリルが僕をギッと睨んだ。

「感とは一体どう言う意味ですか?!

それは本当は知らないけど、
そう思うって言う事と同意義ですよね?!

それでは、殿下は知らなかったという事ですか?!」

ダリルがジリジリと詰め寄って来た。

「あ~ え~っと……」

ダリルには僕の秘密を打ち明けようと覚悟は決めたものの、
何からどう話して良いか分からず、
僕は言葉が頭の中で整理出来なかった。

“全くアーウィンの奴!

あんな人目につく様な所でイチャイチャするから、
僕にとばっちりが来たじゃ無いか!”

もう頭はパニックで後先考えす、
ストレートに僕の秘密をダリルにぶちまけた。

それがダリルを黙らせる一番の近道だった。

「実は僕、女性が愛せない人で!」

その言葉を言った瞬間、ダリルがよろめいた。

「で、殿下、今何と仰いましたか?!」

「え? だから僕は女性が愛せない人だって」

再度そう言うと、ダリルは僕の肩を強く握り締め、

「それは何かの間違いじゃ有りませんか?!」

と詰め寄って来た。

「間違いじゃ無いよ。

僕はマグノリアのことは大好きだけど、
女性としては愛せない」

そう言うと、ダリルの顔が更に歪んだ。

「それは殿下が恋愛をするには、まだ年若いという意味で……?」

「違うよ。 僕、女性と、そう言った関係になりたいって思わない。

考えただけで気持ち悪くて……

それって僕は女性は愛せないって事でしょう?」

そう言うとダリルは異常に反応し始めた。

「殿下、それはいけません!

何かの間違いです!

男性は男性を好きになってはいけないんですよ!」

僕の肩を掴む彼の手にさらに力が入った。

僕はダリルの腕を掴むと、

「痛いから離して」

そう言って彼の手を離した。

ダリルは僕の事を震えた様にして見ると、

「そうです!

殿下はご病気なのです!

城の医事をお呼びしましょう!

それとも国一番の薬事師を!

いえ、それよりも殿下の完全回復魔法か浄化魔法で…

きっとそれは呪いです。

そうです、殿下は呪われて……

きっと、きっと良くなります!

男性が男性に恋をするなんて、そんなの間違って……」

そう言ってダリルは放心した。

「ダリル、大丈夫?

そりゃあ、お堅いダリルにとっては
嘘みたいな話かもしれないけど、
僕が女性を愛せないのは真実だよ」

そう言うと、ダリルは独り言の様に

「そんな……殿下が男性をだなんて……

一体これが陛下や民に知れたらどんなことを言われるか……

どんな仕打ちを受けるか……」

そうブツブツと言い始めた。

「ダリル本当に大丈夫?

さっきから何だか変だよ?

まるでダリルがそう言うふうに言われたみたいに……」

その時何故か急にあの日の事が蘇ってきた。

デューデューの洞窟で僕たちが一晩を共にした日の事が。

あの日僕は疲れ果てて先に寝入ってしまった。

でも最初のうちは疲れて目は閉じていたけど、
頭の方は何故か冴えていた。

僕はジーっとダリルとデューデューの会話を聞いていた。

最初は他愛もない世間話だった。

それからお城で起こったこと、
僕のわがままでお城を抜け出したこと……

それから何故かデューデューとダリルが恋について話し始めた。

デューデューが何かを感じ取ったのだろうか?

彼はとても思慮深い賢い龍だ。

そんなデューデューにその時ダリルが言っていた事。

あんなことがあった後に、
何故僕は忘れていられたのだろう。

その時ダリルが口にしたのが、

“私は男性しか愛せない人種なのです”

だった。

確かにダリルはデューデューにそう言っていた。

僕は半分パニックの様になったダリルの目を見ると、

「ダリル、それ、もしかして……

ずっと君が言われ続けた言葉なんじゃ…」

僕がそう言うと、
彼は地面に伏して泣き出した。





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