龍の寵愛を受けし者達

樹木緑

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禁断の間

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「私に付いて来なさい」

そう言って父がソファーから立ち上がった。

父が立ち上がるのと同時に

「殿下、お手を」

そう言ってダリルが僕に手を差し出した。

僕はダリルの顔を見てなんだか照れ臭くなった。

先ほどダリルが僕の手の甲にしたキスを思い出したからだ。

「僕は女の子じゃない!

ソファーからくらい自分て立てる!

これまでもそうしてきた!」

自分の感情を隠すように僕はダルルの手を払いのけて
ピョーンとソファーから飛び降りた。

”ジェイド、今のはちょっとひどくない?

ダリルはジェイドが一人でソファーから降りれないから
手を差し出したんじゃないと思うけど……”

ヒソヒソと囁くアーウィンを押しやると、
僕は急いで父の後についていった。

”ちょっと! ジェイド!”

アーウィンは小走りでやってくると、

”ねえねえ、一体どうしたの?”

そう言って困ったような顔をした。

僕はしかめっ面をして、
何も話さずに足早に父の横に並んだ。

初めての変な感情に
僕はどう対応したらいいのか分からなかった。

訳の分からない心臓の鼓動が、
この場を居心地の悪いものとした。

僕もさすがにひどい態度だったと思い
チラッと後ろを振り返ってダリルを確認したけど、
ダリルは相変わらず無表情で
僕の取った態度は全然気にしてないように
僕達の後から付いてきた。

父が政務室のドアを開けると、
宰相のランカスが反対側にある中庭を見ながら
僕たちが終わるのを待っていた。

中庭では相変わらず使用人たちが
忙しく行ったり来たりしている。

僕達が政務室から出てくると
ランカスは深く頭を下げた。

「ランカス、しばらく留守にする。

後を頼む」

父がそう言うと、
ランカスは頭を上げ、

「お戻りは何時頃に?」

と尋ねた。

「長くは掛からない。

すぐに戻る」

そう父が言うと、ランカスは

「承知いたしました。

それでは後程」

そう言って政務室の前に立つと、
僕達が通りすぎるのを待ってドアを閉めた。

僕は相変わらず速足で父の横に並んで歩いた。

「父上、どちらに行かれるのですか?」

そう尋ねる僕に

「これからお前を禁断の間へ案内する。

ダリルとアーウィンも一緒に来なさい」

父がそう言うと、

「わ、私もですか?!」

アーウィンはその場に立ち止まった。

アーウィンの顔からは明らかに

”行きたくない”

と言う表情が滲み出ている。

「アーウィン、もう手遅れでしょう?

覚悟を決めて行こう」

僕がそう言うと、アーウィンはうなだれたようにして
僕の裾を掴んできた。

”巻き込んじゃってごめんね”

僕がアーウィンに囁くと、

”もう良いよ。

覚悟を決めた!”

そう言って鼻息をフンと鳴らした。

その後は黙ったままで父の後に付いていくと、
父は城の裏側にある壁際へと僕達を連れてきた。

僕達がいつも隠れ家にしていた壁で、
デューデューに出会った場所だ。

「ここに禁断の間があるのですか?」

僕とアーウィンはお互いを見あった。

そこは何の変哲もない蔦が絡まった壁だ。

「まあ、付いてきなさい」

そう言って父は壁の一角に来ると、
そこで立ち止まった。

「父上! 私とアーウィンは何度もここに来ていますが、
此処には何もありませんよ?」

僕とアーウィンが頷きながらそう言うと、

「私から少し離れていなさい」

そう言って父は壁の一角に掌を翳した。

「父上、何をしておられるのですか?」

僕が尋ねると、父が何やら
聞きなれない呪文のような言葉を発し始めた。

すると、壁が光って、父が手を翳した所にドアが現れた。

「このドアは…

一体如何言う仕組みでドアが現れたのですか?

この向こうには部屋があるのですか?!

父上は魔法が使えたのですか?!」

立て続けに驚くことばかりだ。

「このドアには魔導士の術がかけられて居る。

一見、見た目はただの壁にしか見えん。

この術をコントロール出来るのは
銀髪を持って生まれた王家の者だけだ。

だがもう……」

父が何かを言いかけてその口をつぐんだ。

一時父はその場に立ち尽くしていたが、
そこに現れたドアを開けながら、

「ほら、ここをご覧」

そう言ってドアノブの壁のところを指で指した。

「これは……」

そこには墨で描いたような魔法陣の跡が残っていた。

「先ほど政務室でここのドアの守りが
破られた話をしたのは覚えているか?」

そう父が尋ねたので、僕とアーウィンは頷いた。

「これは無理やり術を解いたせいで出来た魔法陣の影だ。

エネルギーがここで爆発して魔法陣が炭と化したらしい」

もう何の魔法陣だったのか読み取れないその形は、
真っ黒な形でそこで使われた形跡だけを残していた。

実際だったら魔法陣は金色に光る。

魔法が行使されるとそのエネルギーは虹色に砕け散り、
そのまま自然界に帰っていく。

僕はじっとその影を見つめ、そっとその上に触れた。

「何も感じませんね」

僕に芽生えた新しい力で
何か感じことが出来るかとも思ったけど、
壁はただ冷たいばかりで、何も感じることはできなかった。

「無理もないさ。

言わばこれは魔法の燃えカス、
灰みたいなものだからな」

そう言われ掌を見ると、
手が真っ黒になっていた。

「ひーっ! 手が真っ黒になっちゃった~」

僕は急いで汚れた手をブラウスの裾で葺いた。

途端に僕のブラウスの裾が真っ黒になって、

”またマギーに怒られるよ?”

そう耳打ちしたアーウィンの声が聞こえたのか、

「ジェイドは相変わらず礼儀作法が苦手なようだな」

もともと礼儀作法が苦手だった僕を父は良く知っている。

でも最近は見栄を張って出来る僕を演じていた。

本当の事がばれた後は、
頭を掻いて誤魔化し笑いするしかなかった。

僕達がそうやって笑いながら
僕の行儀見習いの話をしている間、
魔法陣の影が一度光って消えたことなど、
その時は誰一人として気付くものはいなかった。

僕達が中に入ると、

「ここからは少し暗くなるから」

そう言って父がランプに火をともした。

ドアが閉まると、
スーッとそのドアがそこから消え
目の前には又何の変哲もない壁が現れた。

先の方をランプで照らすと、
長い廊下が続いていて、
その先は真っ暗闇だった。

向こうから流れてくる空気がひんやりとして、
僕は少し身震いをした。

”アーウィン、僕の手を握っててね?”

僕はそっとアーウィンの手を取った。

”あれ? 手が大きい?”

そう思って後ろを振り向くと、
僕が手を握っていた相手はダリルだった。

アーウィンはすぐさま僕の隣にきて、
反対の方の僕の腕をギュッと握った。

僕は冷汗が出るような思いでダリルを見上げた。

彼は僕の隣に来ると、
手をつないだままで僕の歩幅に合わせて歩いてくれた。

僕はそっちの方が暗い廊下よりも
生きた心地がしなかった。

僕達がギャーギャー言っている間も、
ダリルはただ黙って僕達の後を付いてきた。

「ここは賢者たちがまだこの地上に居た時に
住んでいた隠れ家だ」

父にそう言われ、
僕は立ち止まってあたりを見回した。

父も立ち止まり壁を明かりで照らすと、
その壁にはずっと魔石で出来たランプがずっと並べられていた。

「賢者たちがここに住んでいた時は
この魔石で明かりをつけていたらしい」

父にそう言われ僕はそっとその魔石に触れた。

そうすると、ポワッと魔石が光りだした。

「ジェイド!君の魔力で魔石が光った!」

アーウィンが興奮したように叫んだ。

「こりゃ凄いな。

これも聖龍様の力なのか?

どうだ、ジェイド、進みながら全ての魔石に触れてみないか?」

そう父に言われ、

「やってみます」

と、僕は行く先々で魔石に触れた。

最後の魔石に触れた時は、
廊下は明るく照らし出され、
行きついた一番奥に一つだけ扉がある事に気付いた。

「この中は一体どうなっているのでしょうか?

僕とアーウィンは、つい先ほどお城の壁の向こうに居たのですが、
お城の壁の向こうには何もありませんでした。

此処は異空間なのでしょうか?」

僕がそう尋ねると、

「恐らくな。

賢者たちが魔法であの扉とここをつなげたらしいという事は聞いている。

だから扉のこっち側は城の外とは違う場所になっている」

そう父に言われ僕は改めてその長い廊下を無渡した。

「さあ、ここが禁断の間だ」

そう言って父がそのドアを開けた。

中は割と広くなっていそうだった。
流れる空気とランプの明かりでそう感じ取れた。

「もしかしたら、ここにも明かりをともす魔石があるのかな?」

アーウィンにそう言われ、
ドアの壁のあたりを見回したけど、
どこにも見当たらなかった。

僕は壁をペチペチと叩きながら
魔石が埋まっていないか探ってみた。

父の立っているあたりはランプの光が照らしていたけど、
部屋全体を照らし出すことは出来ないでいた。

「割と広い部屋なのですね」

アーウィンがそう言ったのと同時に僕の手に何かが触れた。

「あれ? ここに又扉が……

ここは何の部屋なの?」

そう言って父の方を見ると、
彼は首をしきりに振っていた。

「え? 部屋ではないのですか?」

僕がドアを開けようとすると、

「そこに部屋があるのは知らなかった」

そう父が言った。

「殿下、開けるのはお待ちを」

そう言ってダリルがドアの前までやって来た。

そして剣を抜いて、

「皆はお下がりください」

そう言ってダリルがそっと部屋を開けた。

その部屋からムワッと血の匂いがした。

「これ、血の匂い?」

父が急いでランプの明かりをドアまで持ってきた。

その部屋の中を照らすと、
半分に切れた鎖につながれた輪っかが無造作に床に落ちていた。

「ちょっと待って……

此処ってもしかして……」

僕がそう言うと、

「デューデューが監禁されていた部屋じゃ……」

アーウィンがすかさずそう言った。

ダリルは床に落ちている輪っかを調べていた。

「恐らく魔法でここに繋ぎ留められていたのでしょう。

鎖が切れた時点で魔法は無効になっているようです」

そう言ってダリルが立ち上がった。

「それにしてもこれだけの血を流して、
良くデューデューは生きていられましたね」

ランプに照らされた部屋を見て僕は驚愕した。

恐らくデューデューがすごく暴れたのだろう。

見つけた時の彼の翼はボロボロだった。

「陛下も知らないこの部屋を知っている上に
あの守りの術が敗れる人物となると
確定は難しいですね」

ダリルと父がそういう風に話しているのが聞こえた。

「父上、禁断の書は無事なのでしょうか?!」

僕達はハッとして前いた部屋に引き返した。

父が一歩先に奥の方へ行くと、

「禁断の書は無事なようだ」

そう言って一冊の本を大事そうに抱えて
僕達のところへ持ってきた。

「さあ、これが問題の禁断の書だ」

そう言って出された本は
何百年も前に書かれたと言う割には
かなり綺麗な状態で保存されたあった。

「これ、触っても良いの?」

恐る恐るそう尋ねると、父は笑って

「ハハハ噛みつかれたりはしないさ」

そう言って僕にその本を渡してくれた。

「これは1人の賢者によって書かれた物ですか?」

アーウィンが尋ねた。

「いや、建国王の時代から存在していた賢者が
代々書き綴っていた様だが、
何故かいつの間にかこの世から賢者は居なくなってしまった。

私の覚えてる限りでは
何故賢者がこの地からいなくなったのかは記されていない」

父がそう言うと、
僕は本の表紙に目を移した。

そこには見事な龍の絵が描かれていて、
僕は龍の絵に見入ってしまった。

「これは聖龍様でしょうか?」

その絵を指でなぞりながら尋ねた。

「確かでは無いが真っ白なところを見るとそうだろう」

父がそう言うと、
アーウィンもその絵を覗き込んできた。

“ほんとにすごい絵だね。

一体誰が描いたんだろう?

ねえ、ジェイド、早く中を見せてよ“

そう隣で急かすアーウィンを横目に、
僕は表紙を捲って驚いた。

最初のページに書いてあった言葉が、

”いつかこの世に現れる聖龍の現し身の者へ捧げる”

とあったからだ。

僕は父を見上げた。

「これはお前のために書かれた本だ。

私は一通りは読んだのだが、
この中の物は理解しがたい項目が殆どだ。

きっと、今のお前に必要な知識が書かれている」

父が僕の肩をポンと叩いてそう言った。

あまりにも厚い本だったので
その場で読んでしまう事は無理だった。

「禁断の書ですが、
この本は持ち出せるのでしょうか?!」

僕は父に尋ねた。

「これはお前のものだ。

これまでは聖龍の現し身が現れるまで保管する為に
この様な処置をとっていた様だが、
お前が現れた。

じっくりと読み込んで、この内容を自分のものとしなさい。

しかし中にはとうの昔に失われた術なども書かれて居る。

恐らくそれらの術を発動出来る者はこの世には居ないと思うが、
くれぐれも気をつけて保管する様に」

「それではここに置いておかなくても平気なのですか?!」

心配になり尋ねた。

「一度は術が破られた。

私の知りえなかった部屋を知っていた者も居た。

これからはここにあるよりは
お前の元に置いて保管しておくのが安全だろう。

お前の部屋の隣にはダリルが越して来る」

父にそう言われ僕はダリルを見上げた。

相変わらず無表情だ。

父が、

「ダリル、ジェイドの事は頼む」

そう言うと、ダリルは跪き、

「仰せの通りに」

そう言って立ち上がった。

その時僕は

”この人はどこまで行っても父の騎士なんだ”

そう思って少し胸が痛んだ。

その胸の痛みを、
まだ子供だった僕は少しも理解する事が出来なかった。

そして丁度その時、

「ジェイド、お前はこれで王家の8歳の儀式を終えた。

一か月後には社交界が開かれる。

その時がお前のお披露目とお前の婚約者の発表だ。

アーウィン、その時はジェイドのエスコートを頼む」

そう言われ、僕とアーウィンは顔を見合わせた。


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