上 下
90 / 102

第90話 咲耶さんの願い

しおりを挟む
“矢野君の事を愛してる?”

その途端僕の心臓がドクンと大きく脈打った。

“まさか?! 矢野君の話から行くと、
そん事なかったよね?!”

彼の言っていることがどう意味なのか全く分からなかった。

「え? 咲耶さんには好きな人が居たんですよね?

だから矢野君の元を去ったんですよね?

まぁ君だって……」

確認したかった。

まさかと思った。

僕は咲耶さんは、
今の生活状況の苦しさ逃れで矢野君に迫っていると思っていた。

“違うの?!”

震える声でそう言うと、
彼は遠くを見たまま何かを思い出しているようだった。

僕には一つ懸念していたことがあった。

咲耶さんの矢野君の元を去った後の経験を知らない……

それどころか、咲耶さん視点の話を知らない。

もしかしたら二人の間に食い違いがあった可能性もあるかもしれない。

僕は尋問する検察官のように咲耶さんの方見つめた。

僕は咲耶さんの目を見た途端、
ドキンと心臓が高鳴った。

彼の唇は震え、瞳には涙が一杯にあふれ、
それをこぼすまいと耐えているようだった。

そして震える唇で、

「君に僕の何が分かるというの?

僕が苦しんでいる時に、君はのほほんと生きてたんでしょ?

僕が光を求めていた時には……

君は光と愛を囁きあっていたんだよね?!」

そして大粒の涙がぽつりと彼の頬に落ちた。

それすらも映画の様で美しく、
僕は金縛りにあってしまった。

“君に僕の何が分かるというの?”

まさかそんなセリフが出てこようとは……

僕の懸念していたことが本当になりそうで
全身から震えが起きた。

“僕が矢野君から聞いていた話とは違う……

何? 矢野君が僕に嘘をついたの?

違う…… 矢野君の過去は本当にあった事だ……

佐々木君や茉莉花さんがそれを証明している!

じゃあ、咲耶さんが嘘をついている?

また僕たちを陥れようと演技しているの?!”

「僕…… 咲耶さんが矢野君から去ったって聞いたんですけど……

違うんですか?!」

僕がそう尋ねると、

「君は何時、光とどうやって知り合ったの?」

と咲耶さんがもう一度聞いた。

僕はギュッと唇を噛み絞めると、

「矢野君が記憶を失くす少し前に沖縄で……」

とぽつりと言った。

「そうか、もうそんな前から知り合いだったんだね……

ねえ、光は君の事、全然思い出してないんでしょう?」

咲耶さんのそのセリフに、更に僕の心臓が脈打った。

僕は握りこぶしを作ると、
爪が掌に食い込むほどにぎゅっと握りしめた。

「何も言わないって事は本当なんだよね」

そう言って咲耶さんが初めて僕の目を見た。

「ねえ、どうして光は君の事を思い出せないんだと思う?」

“そんな事は僕が聞きたいよ……”

でも何も言えなかった。
それは僕にとっても一番の疑問だったから。

“矢野君の言葉が正しければ、
あんなにひどい仕打ちを与えた咲耶さんの事は思い出しているのに、
何故番にまでなった僕の事は思えていないの?”

いくら矢野君が僕の事を愛してると言っても、
拭いきれない疑問だった。

僕がうつむいていると、

「君はさ、光が僕の事を忘れるために丁度いい具合に利用されたんだよ。

だから光にとって君はどうでも良い存在なんだ」

僕がずっと考えないようにしていた事を咲耶さんがものの見事に言いのけた。

「僕さ、今思ったんだけど、
光が事故に遭った時って……

もしかして君に会いに行こうとしてた時だった?」

そう尋ねられ、
グッと息をのんだ。

そんな僕の様子を見て、

「図星の様だね。

大方、早く来てね?とか言って、
光を急かしたんじゃないの?」

とまた図星を指された。

「じゃあさ、もしかして光が城之内で探してた人って君?

ねえ、陽向君なんでしょう?

光がずっと僕を疑いながら探していた人って……」

そう言われ、ビクッと体が硬直した。

「どうしてそれを……

矢野君が何か言ったの?

それに…… 咲耶さんの事を疑ってるって……」

咲耶さんはフフッと笑うと、

「君って光にとっての疫病神だよね」

と僕に面と向かってそう言った。

「疫病神だなんて……

僕たちは本当に……」

そこまで言って僕は口を噤んだ。

“本当に愛し合っていたと言えるか?

確かにあの夏、僕達は体の芯が熱くなるまで愛し合っていた。

本当はあれは幻だったのだろうか……?

もしかしたらあれは……暑い夏が起こした蜃気楼……

でも一つだけ言えることは……
僕が矢野君を愛しているのは本当だ!”

僕がキッと咲耶さんを睨むと、

「光はね、矢野家の御曹司として、
ちゃんと進むべき道が出来ていたんだよ。

光が望めば、東大でも、ハーバードでも、ワートンでも行けたんだよ?

それが何をよりにもよってあんなお見合い大学と呼ばれる城之内に!

君が光をそそのかしたんでしょう?!

君が光をそそのかなかったら、
ちゃんと輝かしい未来が待っていたんだよ?!

疫病神以外に一体何があるの?!」

そうやって僕を罵ってきた。

確かに言われていることは本当だけど、
僕はそこまで咲耶さんに言われる筋は無い。

「じゃあ、何で矢野君を捨てたの?!

咲耶さんこそ好きな人が居たんでしょ?
その人を選んで矢野君を捨てたんでしょ?

その人と番にまでなって、
子供まで生して……

どれだけ矢野君が傷ついたか!

矢野君の今があるのは……あなたの性じゃないんですか?!

それを……よくも矢野君の事を愛してるなんて言えますね!」

“言ってやった! 言ってやった!”

彼のセリフには腹がった。

それにこれまで何も覚えていない
矢野君に吹き込んでいた嘘にも腹が立っていた。

僕がハアハアと肩で息を切らしていると、
咲耶さんが一言、

「ねえ、光の事、返してよ」

そうぽつりと言った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

恋をしたから終わりにしよう

夏目流羽
BL
【BL】年下イケメン×年上美人 毎日をテキトーに過ごしている大学生・相川悠と年上で社会人の佐倉湊人はセフレ関係 身体の相性が良いだけ 都合が良いだけ ただそれだけ……の、はず。 * * * * * 完結しました! 読んでくださった皆様、本当にありがとうございます^ ^ Twitter↓ @rurunovel

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

泥酔魔王の過失転生~酔った勢いで転生魔法を使ったなんて絶対にバレたくない!~

近度 有無
ファンタジー
魔界を統べる魔王とその配下たちは新たな幹部の誕生に宴を開いていた。 それはただの祝いの場で、よくあるような光景。 しかし誰も知らない──魔王にとって唯一の弱点が酒であるということを。 酔いつぶれた魔王は柱を敵と見間違え、攻撃。効くはずもなく、嘔吐を敵の精神攻撃と勘違い。 そのまま逃げるように転生魔法を行使してしまう。 そして、次に目覚めた時には、 「あれ? なんか幼児の身体になってない?」 あの最強と謳われた魔王が酔って間違って転生? それも人間に? そんなことがバレたら恥ずかしくて死ぬどころじゃない……! 魔王は身元がバレないようにごく普通の人間として生きていくことを誓う。 しかし、勇者ですら敵わない魔王が普通の、それも人間の生活を真似できるわけもなく…… これは自分が元魔王だと、誰にもバレずに生きていきたい魔王が無自覚に無双してしまうような物語。

50代後半で北海道に移住したぜ日記

江戸川ばた散歩
エッセイ・ノンフィクション
まあ結局移住したので、その「生活」の日記です。

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

異世界漫遊記 〜異世界に来たので仲間と楽しく、美味しく世界を旅します〜

カイ
ファンタジー
主人公の沖 紫惠琉(おき しえる)は会社からの帰り道、不思議な店を訪れる。 その店でいくつかの品を持たされ、自宅への帰り道、異世界への穴に落ちる。 落ちた先で紫惠琉はいろいろな仲間と穏やかながらも時々刺激的な旅へと旅立つのだった。

【猫画像あり】島猫たちのエピソード

BIRD
エッセイ・ノンフィクション
【保護猫リンネの物語】連載中! 2024.4.15~ シャーパン猫の子育てと御世話の日々を、画像を添えて綴っています。 2024年4月15日午前4時。 1匹の老猫が、その命を終えました。 5匹の仔猫が、新たに生を受けました。 同じ時刻に死を迎えた老猫と、生を受けた仔猫。 島猫たちのエピソード、保護猫リンネと子供たちのお話をどうぞ。 石垣島は野良猫がとても多い島。 2021年2月22日に設立した保護団体【Cat nursery Larimar(通称ラリマー)】は、自宅では出来ない保護活動を、施設にスペースを借りて頑張るボランティアの集まりです。 「保護して下さい」と言うだけなら、誰にでも出来ます。 でもそれは丸投げで、猫のために何かした内には入りません。 もっと踏み込んで、その猫の医療費やゴハン代などを負担出来る人、譲渡会を手伝える人からの依頼のみ受け付けています。 本作は、ラリマーの保護活動や、石垣島の猫ボランティアについて書いた作品です。 スコア収益は、保護猫たちのゴハンやオヤツの購入に使っています。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

処理中です...