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第79話 追跡

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「悪いな、陽向」

眩しい光を遮りながら矢野君がそう言った。

「ううん、全然大丈夫だよ。

熱は無い?

目眩は?
フラフラしたりしない?

気分は大丈夫?」

矢野君の額に手を当ててそう尋ねると、

「体調はもうバッチリ元通りさ」

恥ずかしそうに僕の手を払ってそう言ったかと思うと、
矢野君は遠くを見てニコッと笑った。

矢野君の笑いかける方を見ると、
その視線の先には咲耶さんが
手を振りながらたっていた。

僕は唇をギュッと噛むと、

「ねえ、茉莉花さんとの約束!」

そう言うと、

「お袋の言うことなんて心配するな。
どうとでも丸め込めるんだから、
お前は、お前の心配をしてれば良いよ」

そう言うと、

「咲耶!

待ったか? 会いたかったよ!」

そう言って彼の元へかけて行った。

咲耶さんはそんな矢野君に笑顔を振り撒くと、
僕をチラッと見て、これ見みよがしに、
矢野君の腕に絡んできた。

そしてわざとらしく僕に会釈すると、
2人して人混みの方へと消えて行った。

暫くそんな二人を呆然として見ていたけど、
ハッとすると、直ぐに2人の後を追った。

直ぐに後を追ったものの、
余りにも人の多さに2人の事は見失ってしまったけど、
城之内までの行き方は分かっている。

僕は城之内方面へ行く快速電車に飛び乗ると、
人混みに揉まれながらその場に立ち尽くした。

“しまった……

2人に気が取られて
Ω車両に乗るのをすっかり忘れていた!”

法の改正があって以来、
所々でΩが住みやすいように変えらた。

電車もその一つで、
今では必ずΩ車両がどの電車にも付いている。

それに、所々に、
シェルターのようにΩの
突然のヒートに対応できるよう、
所々に隔離できるボックスがついている。

そこには緊急用の電話なども付いていて、
ダイアルしなくとも、
受話器を取っただけで、
そこから一番近いΩ支援センターに
つながるようになっている。

コールを受けた支援センターは、
コールがどこからきているのか探知出来、
直ぐに援助の人がやって来る。

良い時代になったものだ。

でも僕のように、
稀に慌てて普通車両に乗ってしまう人もいる。

僕はもう番がいるので良いけど、
僕は普通車両に乗ると、
高い確率で痴漢に遭ってしまう。

僕は目だけを動かして周りを伺った。

なるべく隙を見せないように気を張っている必要がある。

別に男だから犬に噛まれたとでも思えば良いのかもしれないけど、
アレだけは気持ち悪くて体が拒否反応を起こす。

でも今日は何とか何事もなく乗り過ごすことができた。

快速なので、城之内へ行くに降りる駅は次の駅になる。
短い乗車時間も助けになったのかもしれない。

僕は電車を降りると、城之内に向かって歩き出した。

大学は駅からそう遠くは無い。

そっち方面へ行く大半の若い人たちは大学生だろう。

中にはαとΩのカップルらしい子達が
手を繋いで歩いていく様子が窺える。

“本当だったら僕もこの中に……”

そう思いながら、
前を行くカップルの繋いだ手をじっと見て足を止めた。

この学園に来ることに、あれほど憧れていた数年前が懐かしい。

僕もここで番を見つけて、その番と結婚して、
普通でも、何不自由なく、
穏やかに、幸せに暮らすことに憧れていた。

でも現実は、僕の憧れとは、程遠い所で生活している。
こんなことになるとは夢にも思っていなかった。

前を行くカップルの後をついて行くと、
そのカップルの数メートル先に
矢野君達の後ろ姿を確認した。

“やばい! このまま行くと見つかってしまう!”

僕は歩みを緩めて距離を置くと、
もう少し離れて2人の後を追って行った。

大学の門のところまで来ると、二人が立ち止まったので、
僕も歩みを止めて見つからないように人ごみの中に隠れた。

人ごみの間から門の方を覗くと、
2人は見つめあって何か笑顔で話していた。

そしてキスをすると、
大きく手を振って咲耶さんは、
僕のいる所とは違う方へ向かって歩いて行った。

僕はギュッと手を握りしめると、
爪が食い込むほどに掌に力を込めた。

二人の後を追ったのは、
咲耶さんが矢野君と別れたのを見計らって捕まえるためだ。

咲耶さんを捕まえて、
色々と尋問したかった。

“一体、どう言うつもりで矢野君のところに戻ってきたのか?

子供は一体どうなっているのか?

これから矢野くんとどうなりたいのか?

矢野君の記憶が戻ったらどうするのか?”

でも、咲耶さんの後を追って一歩踏み出した途端、
矢野君が地面に手をついて、
そこに座り込んだのが目に入った。

“矢野君!”

咄嗟に僕の頭の中は矢野君で一杯になった。

咲耶さんの方を見ると、
既に遠くへと行ったようで、
矢野君の異変には気付かないようだった。

既に矢野君の周りには人が集まり出していて、
ここまで来ると、咲耶さんへの尋問はどうでもよくなった。

僕は人混みを避けて矢野君の方へ駆け寄ると、
彼の手を取った。

「矢野君、大丈夫?

気分悪いの?

家にかえる?」

そう語りかけると、
彼は青白い顔をして僕を見上げた。

「陽向……

何でお前が……」

「いや…… ほら……

咲耶さんが付いていてくれるのは分かってたけど、
やっぱり矢野君の体調が心配で……」

そう言うと、矢野君は静かに微笑んで、
僕の肩に顔を乗せてきた。

「ちょっとそこのベンチまで運んでくれるか?」

矢野君にそう言われ当たりを見回すと、
塀沿いに続く花壇の隅にポツンとベンチが置かれていた。

僕は矢野君の腕を自分の肩に回すと、
ゆっくりと歩きながらベンチのところまで行った。

そしてそこに矢野君を座らせると、

「ちょっと待っててね」

そう言って矢野君をそこに残すと、
自動販売機のところまで行って飲み物を買った。

走って直ぐに矢野君のところに戻って来ると、
少し気分が戻ってきたのか、
僕の姿を見てホッとするような矢野君が見えた。

「矢野君、これ」

そう言ってお茶を渡すと、

「ここに座ってくれるか?」

そう言って自分の横をポンポンと手でタップした。

矢野君の横に腰を下ろすと、
矢野君はお茶をコクリと一口飲んで、
僕の肩にまた頭を落とした。

「ねえ、医務室に行く?

事故の後遺症が残ってたのかな?

家ではそんな事全然無かったのにね。

このまま病院に行く?」

そう尋ねると、

「いや、これは事故の後遺症とかでは無いと思う……」

と少し戸惑ったようにして彼が言った。

僕が怪訝な目をして矢野君を覗き込むと、

「実は俺な……」

と言って、信じられない事を語り出した。

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