上 下
7 / 102

第7話 就業時間間際

しおりを挟む
その日僕は就業時間少し前、
液体洗剤と柔軟剤の入れ替えを行っていた。

“重い! 何だこの重さは?!”

液体と言うだけあって、
ドラム缶のように大きな容器に入れられた業務用液体は
それなりの重さがあった。

最近は夏バテも手伝ってか、
食欲も少し落ちて、
その上に矢野君の真夜中の事もあり、
寝不足で少しクタクタになっていたとこだった。

いくらクタクタになっているとはいえ、
ここまで体力が落ちたことは無い。

モタモタ、モタモタとしていると、

「お疲れ様で~す」

と後ろから声がしてきた。

ハウスキーパーの安藤さんと、
同じくバイトに来ていた大学生の魚住さんだった。

安藤さんは20年もハウスキーパーとして
ここに努めているベテランだ。

「お疲れ様です!」

そう言って挨拶すると、安藤さんが僕に寄ってきて、

「長谷川君、大丈夫?
ちょっと顔色悪いよ?

ちゃんと食べてる? 寝てる?

少し痩せたんじゃない?」

と頬を軽くつねりながら声をかけてくれた。

「そんなに分かるほど痩せましたか?」

そう言ってクルっと回ると、

「うん、うん、痩せたよ~
本島から来た暑さに弱い人って、
クーラーの中に居ないとこの暑さにやられるんだよね~

しっかり栄養取って、休む時は休まないとね!

じゃあ、シーツとタオルの洗い物置いていきますね。
バスローブはこっちのワゴンに入ってます。

じゃあ、お先に~」

「はい! お疲れさまでした~」

と言って彼女は洗い物の入ったワゴンを
いつもの所定の位置に置いて行った。

魚住さんも軽く会釈すると、
安藤さんと一緒に帰って行った。

ハウスキーパーはお昼前と、
一日の終わりに取り換えたシーツやタオル等を
洗濯室までワゴンに入れて押して持ってくる。

先ほどのは一日の終わり分で明日に洗うものだ。

勿論、僕達洗濯係も今日の業務は終わりだけど、
僕はこの詰め替えを終えないと帰れない。

僕は彼女たちが去っていく後姿を見ながら、
ついさっき安藤さんにつねられた頬を撫でた。

“ハ~ 一休みするとまた一段と重さが……”

そう思いながらえっちら、おっちらと容器を抱えて詰め替えていると、
後ろから容器を支えてくれる手が伸びてきた。

“ん?”

と後ろを振り返ると、矢野君の顎に僕の頭がぶつかった。

「ごめん! 痛かった?」

慌てて謝ると、矢野君は

「気にするな」

と一言言って、
液体の入った容器をヒョイっと持ち上げた。

「重いでしょ? 今日は僕の当番だから大丈夫だよ」

そう言っても、彼は黙ったままで
チョイチョイと詰め替えを終わらせてしまった。

「ありがとう……凄く助かったよ。
本当は凄く重くて、どうしようかと思っていたところなんだ」

僕がお礼を言うと、矢野君は僕の目の下を親指でなぞりながら、

「お前、最近眠れてないんだろう?
目の下、クマが出来てるぞ。
俺のせいだよな?」

とした仕草がカッコよくて少しドキリとした。

それと同時に矢野君が珍しくしおらしかったので、
それが少し可愛いとも思った。

少しドキドキする心拍数を頭の中で払いながら、

「夜寝れないのなんてへっちゃらだよ。
施設では小さい子たちの夜泣きも結構多いんだ!

僕も先生たちと一緒に添い寝したりしてあげるんだよ。

矢野君は全然気にしなくて良いから!」

僕が元気にそう言うと、

「それに食べれてないよな?
夕食時、見かけないことも多いぞ……

暑さなのか? それとも寝不足で気分が悪いのか?

お前、かなり体重落としただろ?」

と矢野君にしては珍しく沢山話しかけてきてくれた。

「良く僕の事見てくれてるんだね。
なんだかうれしいや……

でも僕、そんなに体重落ちたかな?

自分では分からないんだけど……」

一応そうは言ったけど、
体重が落ちたことは自分でも自覚していた。

僕は寝不足になると、極端に食欲が落ちる。
朝一番だったらまだましだけど、
一日働いた後の暑い中、
がっつり食べようと思うと戻してしまう。

でもそんなことは矢野君には言えない。

「なあ、明日は休みだから外に食べに行かないか?

お前の食欲が出そうな食べ物で良いからさ……」

初めての矢野君からのお誘いだ。
これまでどんなに彼を誘っても、
首を縦に振った事は無かった。

だから僕は這ってでも矢野君のお誘いに乗りたかった。

「行く行く! 絶対行く!」

僕は授業中に質問された生徒のように手を挙げて答えた。
矢野君は小さく笑った後、

「じゃあ、俺は今日はこの後、伊藤さんに呼ばれてるから、
お前は先に帰っていきたい場所を考えておいてくれ」

ときたので、

「分かった! じゃあ、お先に!」

そう言って僕はスキップでもするんじゃないかと言うような
軽やかな足取りで寮までの道を歩いて行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

記憶の欠片

藍白
BL
囚われたまま生きている。記憶の欠片が、夢か過去かわからない思いを運んでくるから、囚われてしまう。そんな啓介は、運命の番に出会う。 過去に縛られた自分を直視したくなくて目を背ける啓介だが、宗弥の想いが伝わるとき、忘れたい記憶の欠片が消えてく。希望が込められた記憶の欠片が生まれるのだから。 輪廻転生。オメガバース。 フジョッシーさん、夏の絵師様アンソロに書いたお話です。 kindleに掲載していた短編になります。今まで掲載していた本文は削除し、kindleに掲載していたものを掲載し直しました。 残酷・暴力・オメガバース描写あります。苦手な方は注意して下さい。 フジョさんの、夏の絵師さんアンソロで書いたお話です。 表紙は 紅さん@xdkzw48

【完結】もう一度恋に落ちる運命

grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。 そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…? 【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】 ※攻め視点で1話完結の短い話です。 ※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

ねえ、番外編

藍白
BL
ねえ、の本編は、kindleさんに出版しました。 イラストはひいろさん(@hiirohonami)に描いて頂きました。 このお話は全体を通して切ない・不憫系です。 残酷描写有/暴力描写有/性描写有/男性妊娠有/オメガバース/吃音障がい描写有/の為、注意してください。 こちらでも活躍されている、高牧まき様のお話『結婚式は箱根エンパイアホテルで』と『続・結婚式は箱根エンパイアホテルで』のコラボ話を番外編として残しています。 (kindleさんには、このシーンはカットしたものを掲載しています)藍白。

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

僕を愛して

冰彗
BL
 一児の母親として、オメガとして小説家を生業に暮らしている五月七日心広。我が子である斐都には父親がいない。いわゆるシングルマザーだ。  ある日の折角の休日、生憎の雨に見舞われ住んでいるマンションの下の階にある共有コインランドリーに行くと三日月悠音というアルファの青年に突然「お願いです、僕と番になって下さい」と言われる。しかしアルファが苦手な心広は「無理です」と即答してしまう。 その後も何度か悠音と会う機会があったがその度に「番になりましょう」「番になって下さい」と言ってきた。

処理中です...