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第81話 新学期とサプライズ

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クリスマス、お正月と終ると、
新しい学年が来るのは早いものだった。

イブには大胆にもアプローチっぽい事されたけど、
勿論、城之内先生とは付き合っていない。

城之内先生も普段通りだ。

僕はまた前年度と同じように桜咲く空の下、
学園の正門をくぐった。

僕は今日から高校三年生。

これが高校生活の最後かと思うと、
身も引き締まる思いだった。

通学路には、新しい制服に身を包まれた新入生たちが、
明るい未来を胸にしたようにして、
緊張しながら学校への道を進んでいた。

僕は城之内先生にもうすぐ発情期が来るかも?!
と言われたけど、少なくとも、高校3年生になった時点では
発情期のはの字もなかった。

智君に僕の匂いを嗅いでもらったけど、
いつもと変わらず、
ソープやシャンプーのいい匂いしかしないと言われたので、
城之内先生の言ってくれた言葉は、
今では半信半疑で受け止めるようにしていた。

矢野先輩とは相変わらずの関係が続いていた。
良くもなければ、悪くもない。
距離も近くも無ければ、遠くも無い。

ただ一つ違っていたことは、
詩織さんとの事が僕に知られたからか、
彼女と一緒の所をよく見かける様になった。
……と言っても家の周りだけだけれど……

相変わらず敵対する様な目で僕を見る詩織さんに、
僕の胸はキリキリと痛んだ。

“どうして僕には発情期が来ないのだろう?
先輩との接触の時間が少ないのだろうか?

もっと先輩と時間を過ごしてドキドキとすれば来るのだろうか?

身体的な問題は今の所何もない。

Ωに定められた定期健診でも、
何の問題もない。

病気もほとんどせず、
どちらかと言うと健康そのものだ。

精通だってもうとっくの昔に済ませている。

興奮すればちゃんと男性の役割は果たせる。

でも発情期だけが来ない……

僕の心に問題があるのだろうか?

僕はもうすぐ18歳になる。
世間一般では大人に数えられる年だ。
選挙権だって持てる。
両親の許可なく結婚だって出来る。

僕はソロソロ焦りだした。
ここは本気で取り組んだ方が良いかもしれない。

僕が此処に居れる時間は後一年……

いや、渡米の事を考えると、
もう一年も無い。

“発情期が来たら……”

なんて悠長な事は言っていられないのかもしれない。

僕はぐっとバッグを持つ手に力を入れると、
颯爽と校門へと向かって歩いて行った。

「陽一~」

後ろから聞こえてくる声に振り向くと、
智君がガールフレンドの彩香ちゃんと一緒に登校してきた。

「二人共おはよう。
いよいよ3年生だね。
もう進路調査票は出した?」

「は~ もう3年生なんだね、私達……
卒業したくないな~
まだまだ子供のままでいたい……」

「僕も同じ事考えてたんだよ!
彩香ちゃんでもそう言う事思うんだね!」

「そりゃあねぇ~」

そう言って彼女は智君をちらっと見た。

“そうか、彼女は智君と離れたくないんだね”

彼女の思いが可愛いと思った。

僕は智君と彩香ちゃんが卒業後にどうするのか聞いていない。
でも智君が東大を狙っていることは知っている。
そして智君は僕がアメリカのハーバードを狙っていることも知っている。

多分先輩の耳にもかなちゃんから入っていることだろう。
進路について直接彼と話したことは無い。

でも、これからはもっと積極的に接近した方が良いかもしれない。

このまま発情期が来ないと、本末転倒だ。
きっと先輩だけが僕の発情期を促せるのかもしれない。

最近はそんな思いさえしてきた。

でも、詩織さんとの間に割って入るには、
一体何をすればいいのか……

それが一番の問題だった。

僕は選択を間違えて
待ちすぎたのかもしれない。

「今年から塾のカリキュラムも増えるな。
お前は城之内先生がつきっきりでハーバードへのサポートをしてるんだろ?」

「そうなんだよね。

アメリカの大学ってこっちの入学と勝手が違うから、
もう夏が終わると願書の提出に追われるだろうね~
TOEFLもこの2、3ヶ月の間に受けないといけないし……
ACTだって受けないと……」

「そうか、早いうちから忙しくなるんだな。
今年はもう陽一と遊ぶことは出来なそうだな……

せめて夏には一緒に海にでも行ければ……」

智君の提案に僕はパチンと指を鳴らして、

「そうだね、海だよ!
海に行く計画をしようよ!」

と叫んだ。

智君はビックリして僕を見たけど、僕は閃いた。

アメリカの大学に行く事を理由に
先輩に最後だからと海に行く提案を持ち込もう。

きっと色々と接触がしやすくなるはずだ!

僕の心は早いだ。

早く帰って、そのことを先輩に提案したい!

そう思うと、放課後が待ち遠しくて、待ち遠しくてたまらなかった。

そしてやってきた放課後。

「僕、今日は急いでるからまた明日ね!」

智君に勢いよく挨拶すると、
僕は教室を飛び出した。

家への道のりを、
どういう風に先輩にアプローチしようか色々と案を練った。

“大学に行ったら、暫く帰ってこれないから、
夏に海に一緒に行きませんか?”

それが考えに考え抜いた最終的な誘い文句だった。

家へ帰ると、もちろんあ~ちゃん以外はまだ帰って来ていない。

「ただいま~」

と玄関を通り抜けてリビングへ行くと、
あ~ちゃんがソファーに寝そべって雑誌を見ていた。

「お兄ちゃん、お帰り」

「あ~ちゃん、今年は小学校最後の年だね!
今、どんな気分?」

僕がそう尋ねると、あ~ちゃんはびっくりしたようにして僕を見た。

「何? どうしたの? そんなにビックリする様な質問した?」

「お兄ちゃん、今日は機嫌が良いんだね?
最近は死んだ魚みたいな目をしてたのに、
学校で何かいいことでもあったの?」

あ~ちゃんのその問いに、

「もしかしたらね!」

と軽く答えた。

「フ~ン、良かったじゃない!
お兄ちゃんだって高校生最後なんだから、
まあ、がんばって」

と、見ていた雑誌から目を離さずにそう答えた。

僕は急いで制服を着替えると、
先輩が返ってくるまでに色々とアプローチを反芻してみた。

そうしているとかなちゃんとお父さんが帰ってきた。

「あれ? 二人そろってどうしたの?
やけに早いじゃない?

特にお父さん、どうしたの? 
いつもだったらこんな時間に家にいないでしょう?」

僕がそう言うと、かなちゃんが

「あっ…… う~ん」

と、なんだか奥歯にものが詰まったような答え方をした。

「どうしたの? 何か悪いことなの?」

の問いに、お父さんが即座に、

「産婦人科に行ってきたんだよ」

と答えた。

「え? 大丈夫なの?
もしかして…… もう更年期障害?!」

の答えにお父さんに頭をスパーンとはたかれた。

「かなちゃん、顔色悪いね?
気分悪いの? 何か欲しいものある?」

そう尋ねると、

「大丈夫、単なる悪阻だから……」

との答えに、僕の頭の中で

“単なる悪阻だから……
単なる悪阻だから……
単なる悪阻だから……”

の言葉が反芻していた。

そうしたらあ~ちゃんが、

「私、お姉ちゃんになるの?!」

と後ろからやってきたので、今度は

“あ~ちゃんがお姉ちゃんになる……
あ~ちゃんがお姉ちゃんになる……
あ~ちゃんがお姉ちゃんになる……”

と反芻していた。

そして一歩遅れた僕が、

「え~~~っっっ!
かなちゃん、妊娠してるの?!」

と叫んだ。

「陽ちゃん、ちょっと反応が遅いね……」

とかなちゃんが苦笑いしていた。

そこに、

“ピーン・ポーン”

と玄関のインタ―ホンを鳴らす音が聞こえたので、

「僕が出るよ」

そう言って玄関のドアを開けると、

「要君の具合はどう?」

と先輩がお花を持ってそこに立っていた。

“なんてタイミング!”

僕はスリッパをそろえて出すと、

「先輩、上がって、上がって」

と先輩をリビングまで通した。

「かなちゃんは座って、
僕がお茶の用意するから」

そう言うと、キッチンまで行って、
お茶の用意をしてまた戻ってきた。

「ごめんね先輩、お茶菓子が何もないや……」

「いや、大丈夫だよ。
いくらお菓子好きの要君でも、
悪阻がきつかったら、買う余裕もないでしょ?」

との先輩のセリフに、

“あ~ だから最近お菓子がなかったんだ……”

とやっとこの状況が飲めてきた。

「ごめんね、陽ちゃんの時も、
あ~ちゃんの時も、ここまでひどくはならなかったから、
ちょっと油断していたよ。

もらってきた吐き気止めが効いてくれればいいんだけど……」

そう言って飲んだ薬をすぐに、

「あっ、やっぱりだめだ……」

と言って、トイレに走って行ってはゲーッと吐いていた。

でも幸か不幸か、かなちゃんのお見舞いと扮して、
先輩が頻繁に家を訪れるようになった。

でも悪阻が更に酷くなったかなちゃんに、
かなちゃんも年行ってるし、
用心してと、2週間ほど病院に入院することになった。

その間は僕も塾を休んで、
家の中の事を手伝った。

その間お父さんは、面会時間が終わる9時まで
かなちゃんに付き添っていたので、
先輩が用心の為と仕事の後に寄っては
数時間を僕達と過ごすようになってくれた。

もちろん詩織さん無しで……

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