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第45話 矢野先輩の意図

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ドアのところに立つ先輩の姿にタジタジとなった。

僕がびくっとして一歩下がったことに気付いたのか、
先輩はハッとした様にして、
ニコニコとして僕の部屋に入ってきた。

それでもそのニコニコが本当は笑っていないようで、
初めて見た先輩の態度に少し戸惑った。

「陽一君とジュリアちゃんって結婚の約束してるんだって?
どうして教えてくれなかったの?」

そう先輩が訪ねたので、
息が止まるような思いがした。

まさかそんな質問が先輩の口から出るとは思いもしなかった。

婚約と言うのはちょっと違うけど、
別の角度から見ると、あながち嘘ではない。

ジュリアはどう思ってるか分からないけど、
それはジュリアが生まれたとき、
ポールが1人で二人を結婚させると決めてワイワイやってるだけで、
僕はそんな気は全然なかった。

でも、そういう話が出てたことは嘘ではない。

「その顔を見ると本当のようだね。
婚約者がフランスからわざわざやってきてくれて嬉しい?」

先輩は詰め寄るように僕に問いかけてきた。

僕は冷や汗が出るような思いで、

「違うよ! それは先輩の誤解だよ!
ジュリアちゃんの事はポールが一人で騒いでるだけで、
婚約なんてしてません」

と返した。

先輩の態度が少し怖かった。
でも、何故そんなに怒っているのか分からなかった。

「さっきのジュリアちゃんの態度を見ると、
それだけじゃ……なさそうだよね?

少なくとも彼女は君に気があるんじゃないの?

10歳と言っても今の子供の成長は馬鹿には出来ないからね。

一緒に並ぶと、凄くお似合いなんじゃないの?

陽一君もあんな可愛い子に慕われて、
少なからずとも憎からず思ってるんじゃない?

腕なんて組まれて、まんざらでもないんじゃないの?」

矢野先輩のそのセリフに僕は頭が真っ白になって
何も言い返すことができなかった。

まさか先輩がそんな風に受け取ったなんて!

僕の胸の内はザワザワとしていた。

“この人は僕の事をちっとも分かってない!
少しは僕の気持ちを知っていてくれてるのかと期待したけど、
そんなことは少しもない!

それどころか僕とジュリアちゃんの事を本気で疑っている……”

僕は言い訳する言葉が何も出てこず、
その代わり、僕の瞳から大きな涙がポツリと流れた。

涙を我慢しようとすればするだけ、
唇が震えてくる。

上を向いて目を横にそらすと、
先輩がいきなり僕に抱き着いてきて、

「ごめん、陽一君、ごめん」

と謝り始めた。

僕は更に先輩の事が分からなくなった。

先輩は僕の肩を抱くと、

「ちょっとベッドに座って話そうか」

そう言って、そのまま僕の肩を抱えたまま、
ベッドに腰を下ろした。

「疑って本当にごめん。
なんだかポッと出てきたジュリアちゃんに
陽一君が取られちゃうような気がして……」

先輩のその言葉に少し僕の気分が高揚した。

「先輩…… それって……」

「ほらさ、陽一君って5歳の時から知ってるじゃない?

裕也が現れるまでは僕がお兄さんになり、
お父さんになり、
友達になり……」

先輩がそこまで言った時、

「ナイトになり!」

そう僕が続けた。

「そうだよね……
僕は陽一君のナイトだったんだよね……」

僕は先輩の顔を覗き込んで、

「だった?
今は違うんですか?」

そういうと、先輩は僕の方をびっくりしたようにして見た。

「あ…… いや……

陽一君がまだナイトを必要としているんだったら、
僕はいつでも陽一君のナイトだよ。

でも陽一君は成長して世界も広がって、
友達もたくさんできて、
僕とは違う世界があって、
僕の知らないところで色んなことを経験して、
もう僕は必要ないんじゃないかと……

だから小さい時から可愛がってきた陽一君が
僕が知らない間に取られてしまうんじゃって……

ついつい感情的になっちゃって……」

そう言って先輩は頭を掻きながら、
照れくさそうにして言った。

“そっか、先輩は僕の好きとは違った意味で
僕の事を大切に思っていてくれる。

そして僕の事をそばに置きたいって思ってくれている。

未だ今は、お父さんのように、
僕の事をそばに置いて
成長を見守っていたいってことかもしれないけど、

今はそれだけで十分だ”

そう思って、

「先輩大好き。小さい時から大好き。
それは全然変わって無いよ。

そして絶対それは変わらないよ。

心配しないで。
僕が大人になっても、先輩の事はずっと特別で、
いつまでも、いつまでも大好きだから!」

と言って先輩にハグをした。

先輩も僕を強く握りしめてくれて、

「ありがとう」

と小さくつぶやいた。

僕はそんな先輩が涙が出るほど、愛おしいと思った。

好きで、好きでたまらないと思った。

“先輩に僕の事も僕と同じ意味で好きになってほしい!
どうしたらこの人に僕の事を認識してもらえるのだろう?
僕はこれからどう頑張っていけばいいのだろう?”

先輩にしがみつきながらそう言う風に考えていたら、
ドアのところでかなちゃんがニヤニヤとして立っていた。

かなちゃんにハッと気付いた僕が慌てて先輩から離れると、
先輩もかなちゃんに気付いて顔を真っ赤にしていた。

「要君!
どこから聞いてたの?!」

先輩が慌ててかなちゃんにそう尋ねると、
かなちゃんは先輩の耳にそっと近づくと、

「陽ちゃんには、
高校生の時先輩が、僕の事が凄く大事だって、
同じように迫っていたこと黙ってますね!

その時って先輩、僕の事好きだったんですよね?
ということは……

陽ちゃんに同じように迫っているってことは……ムフフですね」

と耳打ちしていた。

かなちゃんがそう耳打ちをした後先輩は、
耳まで真っ赤になってかなちゃんに、

「違うんだ!
要君の誤解だよ!」

と何やら訂正していた。

かなちゃんは意味深な様に笑うと、

「はい、はい。
ご飯できてるから皆まってますよ」

と言って、スタスタとダイニングに戻っていった。

かなちゃんが去った後は、
先輩は何を思ったのか、
それとも僕に言い訳ないといけないと思ったのか、
慌てたようにして、

「今の要君が言った事、聞こえた? 聞こえたよね?

あのさ、要君の言ったことは忘れていいからね?
僕はそんな事、全然覚えてないから!

要君はまるで僕が陽一君の事をみたいに言ったけど、
そんなこと全然ないんだからね。
心配しなくていいよ。
全部要君の誤解だから……
こんなおじさんになんて気持ち悪いよね……全然違うんだからね」

と、アタフタとして言っていた。

でもその後、僕の勘違いかもしれないけど、
先輩が泣きそうな顔をしたので、
僕は凄く切なくなって、
また先輩の事をギュッと抱きしめた。

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