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序
始
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*
灯台郷帝国_東大陸の征服を果たせし巨大帝国。
その存在は三千年前、神話の時代から続くと言われた。『初代皇帝は“文明の創始者”として信仰されている』と。世の多くの歴史学書に記されている。
そして現在。歴史上の表記で、新しい年号の元年から数年が経った。
_帝国は、大きな混乱のさなかにある。
混乱には名称がつけられている。それは皇帝曰く「反逆者狩り」であった。
それは、国民の中に潜伏する“国家反逆者”と呼ばれる者を処刑するという、現皇帝が打ち出した政策である。「反逆者狩り」の標的は『邪』と呼称される人種のひとつだ。また、皇帝が‟反逆”とみなしたのは、帝国の民ならすべてが扱えて当たり前といわれる『法術』を、術具に頼らねば使えない者らである。 彼らは帝国にとっての“穢れ”。その穢れが国内に存在する、すなわち身分を偽った罪人らが神聖なるべき地に潜伏しているという事実が現皇帝および『邪』と逆の人種、法術の才に恵まれた『聖』たちを震撼させていた。それがことの所以だ。
処刑は三年に一度、調査のたびにこれまで二度行われた。執行は皇帝直属軍による。立会人は第三六〇代皇帝__現に国を治める皇帝__と、皇位継承順位第一位の皇女である。皇帝と妃の間には不幸にも娘ひとりのみが生まれた。一人娘は名を「葎」という。
二度目の狩りでは、リツは齢十三であった。軍吏らからは幼すぎると反対論が上げられたが、皇帝はそれを一蹴。彼女を大量処刑の立会人として任命したのである。
…ある官吏の話によると、彼女は驚くほど冷酷であったという。
“斬首された首無し死体を見ても顔色一つ変えなかった。斬りつけられもがき苦しむ反逆者の顔を間近で見ても、助けてくれと手を伸ばされても、“呪ってやる”と毒を吐かれても。彼女は、まだ幼い顔面を一度たりとも歪めなかったのだ。”
続けることに、“ただ処刑人の側に立ち、処刑を終始見届ける。次期皇帝になる方だと囁かれる皇女は、いち立会人としての役割を極淡々と全うした”…という。
そんな皇女の人間離れした姿に、恐怖の念を抱かなかった者は一人とて存在しない。
そのような二度目の「反逆者狩り」から三年が経った。
そう、三度目の始まりである。
城下街から悲鳴が聞こえてくる。
それは女の泣き喚く声だ。女は地面を這い、執行者の足元に這いつくばっている。血塗れの口からは夫を返せと叫びをあげている。それはもはや声にならないしゃがれた悲鳴だった。
ある商人の家にて。幼い子供が三名、伏した両親の首を前に絶句している。
街路を若い男が必死に走っている。彼は逃げ惑う。反逆者の首を斬り落とす剣を持った執行者の影から。
しかし逃げる彼すら理解している。もはや逃げ果せる手立てなどないと。他でもない皇帝陛下が自分らを呪っているのだ。陛下の呪詛を前にして、よもや逃げ道など用意されているはずがない、と。
城下街では貴族や商人らが戸建てを構えて暮らしているが、狩りはその街を拠点として行われる。執行者は反逆者か否かを徹底的に調査し、反逆者は問答無用で家屋を襲撃され、その場で処刑された。既にこの時点で、空虚となった建物が半数ほど存在している。執行者は反逆者の屍こそ持ち去るが、後始末は疎かだ。冷たい風が家中を駆け抜け、死臭を街へ撒き散らした。
執行の様子を退屈げに眺めるは、城下町上層部に住う『貴族聖者』たち。彼らは「反逆者」と呼ばれない存在だった。彼らは気だるげにこの現場を傍観している。
あるものは嘲笑う。“気高いはずの貴族が、下民のように汚らしく喚き散らかしながら死んでいくなんて。ああ、なんと滑稽な!”
彼らは助けを求める貴族を足蹴にし、血汚れた地面を避けつつ歩く。絢爛なシルクの巻きスカートの裾を捲し上げ、口元を覆って不快そうに眉を潜めながら、足早にその現場から離れていく。
この日、多くの者が死ぬ。人の賑わいで溢れていた街は、冷たく残酷な空気で満たされる。頻繁におこなわれていた催しにあった鮮やかな色彩までもが、この日はその全てが無に帰すかのように。この街は街でなくなるのである。
貴族聖者の中では、正体のない化け物に怯えるように、しかし自分は反逆者でないのだからという生暖かい安堵感が漂っている。
この日、異臭に満ちた城下街には、誰も近寄ることはない。
*
_足音立てず歩く人影がある。
城下町から宮城にむかう坂を歩く「彼」はこの惨憺たる光景に表情を揺るがす事はない。
彼は帝国に従う従者の証である臙脂色の外套の下に藍色の制服を身に纏い、蒸し暑いこの場には似ても似つかぬばかりの分厚い布を外套の上に巻いて頭に被せ、顔をさらすことを忌むようにして歩いていた。彼はしばらく歩みを進め_坂道の途中で立ち止まる。少しばかり顔を上へ向けた。
彼が見上げるは皇帝と皇女のおわす、ふたつの堂と宮殿、そしてその背後に聳える『聖神の塔』。
「…」
黄昏の空の色が静かに広がっている。
彼は再び、音を立てずに歩み出した。
*
あのお二人の運命が決されたあの日。
あの日が全ての始まり。…帝国の破滅を招いた一端の始まりだったのだ。
灯台郷帝国_東大陸の征服を果たせし巨大帝国。
その存在は三千年前、神話の時代から続くと言われた。『初代皇帝は“文明の創始者”として信仰されている』と。世の多くの歴史学書に記されている。
そして現在。歴史上の表記で、新しい年号の元年から数年が経った。
_帝国は、大きな混乱のさなかにある。
混乱には名称がつけられている。それは皇帝曰く「反逆者狩り」であった。
それは、国民の中に潜伏する“国家反逆者”と呼ばれる者を処刑するという、現皇帝が打ち出した政策である。「反逆者狩り」の標的は『邪』と呼称される人種のひとつだ。また、皇帝が‟反逆”とみなしたのは、帝国の民ならすべてが扱えて当たり前といわれる『法術』を、術具に頼らねば使えない者らである。 彼らは帝国にとっての“穢れ”。その穢れが国内に存在する、すなわち身分を偽った罪人らが神聖なるべき地に潜伏しているという事実が現皇帝および『邪』と逆の人種、法術の才に恵まれた『聖』たちを震撼させていた。それがことの所以だ。
処刑は三年に一度、調査のたびにこれまで二度行われた。執行は皇帝直属軍による。立会人は第三六〇代皇帝__現に国を治める皇帝__と、皇位継承順位第一位の皇女である。皇帝と妃の間には不幸にも娘ひとりのみが生まれた。一人娘は名を「葎」という。
二度目の狩りでは、リツは齢十三であった。軍吏らからは幼すぎると反対論が上げられたが、皇帝はそれを一蹴。彼女を大量処刑の立会人として任命したのである。
…ある官吏の話によると、彼女は驚くほど冷酷であったという。
“斬首された首無し死体を見ても顔色一つ変えなかった。斬りつけられもがき苦しむ反逆者の顔を間近で見ても、助けてくれと手を伸ばされても、“呪ってやる”と毒を吐かれても。彼女は、まだ幼い顔面を一度たりとも歪めなかったのだ。”
続けることに、“ただ処刑人の側に立ち、処刑を終始見届ける。次期皇帝になる方だと囁かれる皇女は、いち立会人としての役割を極淡々と全うした”…という。
そんな皇女の人間離れした姿に、恐怖の念を抱かなかった者は一人とて存在しない。
そのような二度目の「反逆者狩り」から三年が経った。
そう、三度目の始まりである。
城下街から悲鳴が聞こえてくる。
それは女の泣き喚く声だ。女は地面を這い、執行者の足元に這いつくばっている。血塗れの口からは夫を返せと叫びをあげている。それはもはや声にならないしゃがれた悲鳴だった。
ある商人の家にて。幼い子供が三名、伏した両親の首を前に絶句している。
街路を若い男が必死に走っている。彼は逃げ惑う。反逆者の首を斬り落とす剣を持った執行者の影から。
しかし逃げる彼すら理解している。もはや逃げ果せる手立てなどないと。他でもない皇帝陛下が自分らを呪っているのだ。陛下の呪詛を前にして、よもや逃げ道など用意されているはずがない、と。
城下街では貴族や商人らが戸建てを構えて暮らしているが、狩りはその街を拠点として行われる。執行者は反逆者か否かを徹底的に調査し、反逆者は問答無用で家屋を襲撃され、その場で処刑された。既にこの時点で、空虚となった建物が半数ほど存在している。執行者は反逆者の屍こそ持ち去るが、後始末は疎かだ。冷たい風が家中を駆け抜け、死臭を街へ撒き散らした。
執行の様子を退屈げに眺めるは、城下町上層部に住う『貴族聖者』たち。彼らは「反逆者」と呼ばれない存在だった。彼らは気だるげにこの現場を傍観している。
あるものは嘲笑う。“気高いはずの貴族が、下民のように汚らしく喚き散らかしながら死んでいくなんて。ああ、なんと滑稽な!”
彼らは助けを求める貴族を足蹴にし、血汚れた地面を避けつつ歩く。絢爛なシルクの巻きスカートの裾を捲し上げ、口元を覆って不快そうに眉を潜めながら、足早にその現場から離れていく。
この日、多くの者が死ぬ。人の賑わいで溢れていた街は、冷たく残酷な空気で満たされる。頻繁におこなわれていた催しにあった鮮やかな色彩までもが、この日はその全てが無に帰すかのように。この街は街でなくなるのである。
貴族聖者の中では、正体のない化け物に怯えるように、しかし自分は反逆者でないのだからという生暖かい安堵感が漂っている。
この日、異臭に満ちた城下街には、誰も近寄ることはない。
*
_足音立てず歩く人影がある。
城下町から宮城にむかう坂を歩く「彼」はこの惨憺たる光景に表情を揺るがす事はない。
彼は帝国に従う従者の証である臙脂色の外套の下に藍色の制服を身に纏い、蒸し暑いこの場には似ても似つかぬばかりの分厚い布を外套の上に巻いて頭に被せ、顔をさらすことを忌むようにして歩いていた。彼はしばらく歩みを進め_坂道の途中で立ち止まる。少しばかり顔を上へ向けた。
彼が見上げるは皇帝と皇女のおわす、ふたつの堂と宮殿、そしてその背後に聳える『聖神の塔』。
「…」
黄昏の空の色が静かに広がっている。
彼は再び、音を立てずに歩み出した。
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あのお二人の運命が決されたあの日。
あの日が全ての始まり。…帝国の破滅を招いた一端の始まりだったのだ。
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