321 / 335
第4章(最終章)
【4-51】妖精人の介入
しおりを挟む
食堂を出てキリエの私室へ駆け戻るまでの間、リアムは何も問い質そうとしなかった。部屋へ入り、扉を閉めたところで、彼はようやく疑問を口にする。
「急に、どうした?」
「首飾りの石が熱を持っているのです。おじいさまが呼んでいるのかもしれません」
「プシュケ殿が? ……まぁ、確かに、前回話そうとしたとき、追って連絡するから待てと言われていたな」
キリエは頷いた。
──リアムが言うように、十日ほど前にプシュケと話そうと呼びだしたところ、今は忙しいからまた改めてこちらから合図する、という旨を言われたのだ。
カインの襲撃はウィスタリア中大陸の北側から向かってくるものであるため、王都で彼を足止めできれば、南方に位置するルース地方の森に生息している妖精人たちへの影響はほぼ無いだろう。そう考えて、キリエも無理にプシュケの時間を貰おうとはしていなかった。
しかし、年末が間近に迫った今、こうしてプシュケのほうから連絡を取りたいであろう合図を出されると、何かあったのではないかと心配になってしまう。そのため、すぐに祖父を呼び出すべく、慌てて部屋へ戻ってきたのだ。
「とりあえず、おじいさまを呼びますね」
「ああ」
キリエはどこかへ腰掛けることもせず、部屋の中央に立ったまま、服の襟元から首飾りの石を引き出して握り、祖父へ向けて念を送る。おじいさま、と心の中で一度呼び掛けただけで室内に柔らかな風が吹き、銀髪を靡かせた妖精人の長老──プシュケが姿を現した。
「こんばんは、おじいさま」
「ああ。……今は、私に応じてもらっても大丈夫な状況か?」
「はい、問題ありません」
室内を見渡し、キリエとリアムの他に誰もいないことを確認したプシュケは小さく息をつき、近くにあった寝台へのそりと座る。彼がどことなく疲弊しているように感じたキリエは、祖父の前に立ち、小首を傾げた。
「おじいさま、何やら御疲れの御様子ですが……」
「ああ……、まぁ、私もそれなりに年寄りだからな。だが、私以上に同胞たちは疲れているはずだ。そもそも、時間に縛られずに生きている我々が、根を詰めて話し合いを重ねること自体が異例だ」
「……ということは、おじいさまは何か大切な話し合いをされていた、と?」
「ああ。その結論がでたゆえ、そなたに伝えておかねばと思ったのだ」
プシュケは、自身の隣をぽんぽんと叩く。促されたキリエは祖父の隣に腰掛け、リアムは傍に立った。
「王都の人間を地方に避難させる、とそなたは以前に言っていたな。避難先で魔族から民を守護する人員は足りているのか?」
孫が座るとほぼ同時に本題を語り出すプシュケを見上げ、キリエは小さく首を振る。
「いいえ。ジョセフ──此処の執事であり、リアムの剣の師匠でもある方が元傭兵でして、そのときの伝手をお借りして、実力のある傭兵たちに避難地での警備任務を請け負っていただいていますが、……正直なところ、もしもカインが彼らに魔術を用いたとしたら、勝ち目はほぼ無いのではないか、と。傭兵たちの警備は対魔族というよりも、避難地での治安を維持するためのものですね」
「やはり、そうか」
溜息を零したプシュケは、予想外のことを言い出した。
「我らが、避難している民の守護を引き受けよう」
「……えっ!?」
「プシュケ殿、それは一体……、」
驚愕の声を上げるキリエとリアムを手で制し、プシュケは再び溜息をつく。
「此度の戦に立ち向かっている人間たちも、先日話した魔族の小娘も、皆が揃いも揃って妖精人の手を借りるつもりは無いと言い張る。確かに、我らが積極的に関わる道理は無いし、そう望んでいるわけではない。……だが、この地は元々、我らのものだった。別に、人間たちに出て行ってほしいというわけではないし、我らの生息地も現在の規模で十分だ。ただ、どちらにせよ、我らもまた此処で生き続けてゆく存在なのだ。この地が危殆に瀕しているというのに、何もせずに護られるだけでよいのか否か、その話し合いを重ねてきた」
キリエと同じ銀色の瞳が向けてくる眼差しは、穏やかに凪いでいた。絶望や希望に左右されない、永い時を過ごしてきた者特有の深みのある瞳に見つめられ、キリエは声を出そうにも出せない。そんな孫の肩を抱き、祖父は柔らかな口調で先を続けた。
「外界へ出て行く余力のある同胞たちが、魔族側の首謀者が通りがかるであろう地域に潜み、もしもの場合には守護の結界を張る。ただし、人間たちの前に姿を見せる予定は無く、魔族側を攻撃するつもりもない。無論、避難地において人間同士の中で何か問題が生じても、手を貸したりはしない。……それでもよければ、協力させてほしい」
「それでも、十分に心強いですし、ありがたいです。だけど、本当に良いのですか、おじいさま……? 妖精人の皆さんは、それで納得しているのですか?」
「皆に納得してもらうために、話し合い続けてきたのだ。皆、それでよいと言っておる。……そして、私は当日、そなたの傍にいる」
「……えっ?」
戸惑うキリエの頭を撫で、プシュケは静かに言葉を重ねる。
「そなたが最前線で体を張っているときに、私が安全圏でのうのうと過ごしているわけにはいかぬ。私だけならば、人前に姿を見せても構わない。キリエの傍にはリアムがいると分かっているが、大切な孫の安否を人任せにしたくはない」
「おじいさま……」
「慣れ合うつもりはない。決戦のときだけだ。王族と魔族以外は、私に害なすことは出来ぬ。問題ないだろう」
ちらりとリアムを見ると、彼はキリエに頷きを返してきた。プシュケの介入を拒む気が無いのか、そもそも人間の彼にとって妖精人の善意を断るという選択肢が無いのか、その判断が難しいところだが、リアムは必要であればキリエを叱り嗜めることも出来るのだから、そこまで問題視していないのは確かだろう。
それを踏まえて考えたうえで、キリエはとあることを思いつく。そして、真剣な眼差しでプシュケを見つめた。
「おじいさまには我儘なお願いばかりしていて申し訳ないのですが、御力を貸していただきたいことがあります」
「急に、どうした?」
「首飾りの石が熱を持っているのです。おじいさまが呼んでいるのかもしれません」
「プシュケ殿が? ……まぁ、確かに、前回話そうとしたとき、追って連絡するから待てと言われていたな」
キリエは頷いた。
──リアムが言うように、十日ほど前にプシュケと話そうと呼びだしたところ、今は忙しいからまた改めてこちらから合図する、という旨を言われたのだ。
カインの襲撃はウィスタリア中大陸の北側から向かってくるものであるため、王都で彼を足止めできれば、南方に位置するルース地方の森に生息している妖精人たちへの影響はほぼ無いだろう。そう考えて、キリエも無理にプシュケの時間を貰おうとはしていなかった。
しかし、年末が間近に迫った今、こうしてプシュケのほうから連絡を取りたいであろう合図を出されると、何かあったのではないかと心配になってしまう。そのため、すぐに祖父を呼び出すべく、慌てて部屋へ戻ってきたのだ。
「とりあえず、おじいさまを呼びますね」
「ああ」
キリエはどこかへ腰掛けることもせず、部屋の中央に立ったまま、服の襟元から首飾りの石を引き出して握り、祖父へ向けて念を送る。おじいさま、と心の中で一度呼び掛けただけで室内に柔らかな風が吹き、銀髪を靡かせた妖精人の長老──プシュケが姿を現した。
「こんばんは、おじいさま」
「ああ。……今は、私に応じてもらっても大丈夫な状況か?」
「はい、問題ありません」
室内を見渡し、キリエとリアムの他に誰もいないことを確認したプシュケは小さく息をつき、近くにあった寝台へのそりと座る。彼がどことなく疲弊しているように感じたキリエは、祖父の前に立ち、小首を傾げた。
「おじいさま、何やら御疲れの御様子ですが……」
「ああ……、まぁ、私もそれなりに年寄りだからな。だが、私以上に同胞たちは疲れているはずだ。そもそも、時間に縛られずに生きている我々が、根を詰めて話し合いを重ねること自体が異例だ」
「……ということは、おじいさまは何か大切な話し合いをされていた、と?」
「ああ。その結論がでたゆえ、そなたに伝えておかねばと思ったのだ」
プシュケは、自身の隣をぽんぽんと叩く。促されたキリエは祖父の隣に腰掛け、リアムは傍に立った。
「王都の人間を地方に避難させる、とそなたは以前に言っていたな。避難先で魔族から民を守護する人員は足りているのか?」
孫が座るとほぼ同時に本題を語り出すプシュケを見上げ、キリエは小さく首を振る。
「いいえ。ジョセフ──此処の執事であり、リアムの剣の師匠でもある方が元傭兵でして、そのときの伝手をお借りして、実力のある傭兵たちに避難地での警備任務を請け負っていただいていますが、……正直なところ、もしもカインが彼らに魔術を用いたとしたら、勝ち目はほぼ無いのではないか、と。傭兵たちの警備は対魔族というよりも、避難地での治安を維持するためのものですね」
「やはり、そうか」
溜息を零したプシュケは、予想外のことを言い出した。
「我らが、避難している民の守護を引き受けよう」
「……えっ!?」
「プシュケ殿、それは一体……、」
驚愕の声を上げるキリエとリアムを手で制し、プシュケは再び溜息をつく。
「此度の戦に立ち向かっている人間たちも、先日話した魔族の小娘も、皆が揃いも揃って妖精人の手を借りるつもりは無いと言い張る。確かに、我らが積極的に関わる道理は無いし、そう望んでいるわけではない。……だが、この地は元々、我らのものだった。別に、人間たちに出て行ってほしいというわけではないし、我らの生息地も現在の規模で十分だ。ただ、どちらにせよ、我らもまた此処で生き続けてゆく存在なのだ。この地が危殆に瀕しているというのに、何もせずに護られるだけでよいのか否か、その話し合いを重ねてきた」
キリエと同じ銀色の瞳が向けてくる眼差しは、穏やかに凪いでいた。絶望や希望に左右されない、永い時を過ごしてきた者特有の深みのある瞳に見つめられ、キリエは声を出そうにも出せない。そんな孫の肩を抱き、祖父は柔らかな口調で先を続けた。
「外界へ出て行く余力のある同胞たちが、魔族側の首謀者が通りがかるであろう地域に潜み、もしもの場合には守護の結界を張る。ただし、人間たちの前に姿を見せる予定は無く、魔族側を攻撃するつもりもない。無論、避難地において人間同士の中で何か問題が生じても、手を貸したりはしない。……それでもよければ、協力させてほしい」
「それでも、十分に心強いですし、ありがたいです。だけど、本当に良いのですか、おじいさま……? 妖精人の皆さんは、それで納得しているのですか?」
「皆に納得してもらうために、話し合い続けてきたのだ。皆、それでよいと言っておる。……そして、私は当日、そなたの傍にいる」
「……えっ?」
戸惑うキリエの頭を撫で、プシュケは静かに言葉を重ねる。
「そなたが最前線で体を張っているときに、私が安全圏でのうのうと過ごしているわけにはいかぬ。私だけならば、人前に姿を見せても構わない。キリエの傍にはリアムがいると分かっているが、大切な孫の安否を人任せにしたくはない」
「おじいさま……」
「慣れ合うつもりはない。決戦のときだけだ。王族と魔族以外は、私に害なすことは出来ぬ。問題ないだろう」
ちらりとリアムを見ると、彼はキリエに頷きを返してきた。プシュケの介入を拒む気が無いのか、そもそも人間の彼にとって妖精人の善意を断るという選択肢が無いのか、その判断が難しいところだが、リアムは必要であればキリエを叱り嗜めることも出来るのだから、そこまで問題視していないのは確かだろう。
それを踏まえて考えたうえで、キリエはとあることを思いつく。そして、真剣な眼差しでプシュケを見つめた。
「おじいさまには我儘なお願いばかりしていて申し訳ないのですが、御力を貸していただきたいことがあります」
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
転移術士の成り上がり
名無し
ファンタジー
ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる