303 / 335
第4章(最終章)
【4-33】もう既に「普通」ではない
しおりを挟む
「……それで、あたしたちには何を求めてるの」
不意にイヴがぽつりと呟いたことで、再び場の空気が引き締まる。ルーナは小さな咳払いをしてから、真顔で語り始めた。
「イヴとアベルにどんな協力をしてもらうべきか、それに関してはだいぶ意見が割れていてね。また変わる可能性もあるけど、とりあえずジェイデン陛下が推してる案を伝えるよ。キリエ殿下もそれでよろしいですか?」
「はい、僕は大丈夫です。イヴとアベルも、それで良いですか?」
「大丈夫」
それぞれの了承を受けたルーナは頷き、レオンと視線を合わせる。レオンもまた頷き、両手を胸の高さに上げた。
「同じ種族の者で特性を把握しているだろうから、イヴとアベルにはカインと接触することになる最前線で我々と共にいてもらいたい。ジェイデン陛下は、その考えを強めている。貴方たちを一番危険な場所へ配置するのは如何なものか、避難民たちの保護を最優先すべきではないのか、といった意見も少なくないし、陛下も同じことを懸念されてはいるが、やはり、我々にとっては魔族はまだ未知の存在に等しい存在であることから、その無知を補えるイヴとアベルにはカインが出現する場所の近くに控えていてもらうべきではないか、と」
彼女の説明を補うためか、言葉の合間で何度かレオンは手話を繰り出し、ルーナはそれを上手く拾いながら説明に足しているようだ。真剣に耳を傾けているイヴとアベルは、時折うなずいている。
「あと、アベルは可能な限り魔石を作ってくれると言っていたが、一人で作れる数には限界があるだろう。最前線で戦う兵士たちに優先して持たせたい。後で、作成可能な数や具体的な性能を教えてもらいたい、とジェイデン陛下は希望されている」
「わかったよ。後で紙に書くから、陛下に渡してくれる?」
「了解した。……それと、イヴにもアベルにも最前線に控えてほしいが、戦力として期待したいわけじゃない、と」
「……それは、あたしたちの実力に疑問があるということ?」
イヴが眉間へ微かに皺を寄せ、アベルも緑眼をやや眇めた。
「ぼくはともかく、姉様の魔術自体はカインと同等に近いよ。奴に対して全く歯が立たないわけじゃないし、戦力外扱いはどうかと思う」
「あー、違う違う。そういう意味じゃない。貴方たちに過度な負担を掛けたくないっていう、そういう話さ」
「それこそ、余計な気遣いは無用。前の話し合いの時にも言ったけど、あたしたちを前線に立たせる場合は、盾として最大限に使ってもらわないと。あたしたちがカインの攻撃から守り、その隙をついて猛攻を仕掛けてもらう。──その陣頭となるのは、」
イヴがちらりとリアムを見ると、他の面々の視線もおのずと彼へ集まってゆく。キリエは自分が見つめられているわけではないのに妙な緊張感をおぼえたが、当の本人である夜霧の騎士は平然と頷いて見せた。
「ああ、俺だな。──俺が、魔石を握るカインの手を斬り落とす」
多勢での一斉攻撃を隠れ蓑にして、ウィスタリア王国一の騎士であるリアムが的確に敵の急所を狙い撃つ。──という作戦だ。要となる一撃を誤魔化すために総攻撃を仕掛け、目眩ましの役割を担う兵士たちを魔術から守るためにイヴとアベルが尽力する。味方陣営の戦死者ゼロ、なるべく要の一撃で片を付ける短時間集中での決着、それが皆で掲げている目標なのだ。
「まぁ、夜霧の騎士様の剣の腕は私もよく分かってる。動きも素早いし、気配を読むのも上手いし、剣撃に隙も無駄も無い。予期せぬ奇襲を仕掛ける役目を担うのに最も適した人間だとは思うがね、そうは言っても、騎士様だって普通の人間だ。カインと間近に迫って大丈夫なものなのかい?」
溜息まじりのルーナの発言は、リアムの身を案じている真摯なもので他意は無い。しかし、リアムもキリエも胸中で複雑な思いを噛みしめる。
もう既に、「普通の人間」ではないのだ。
リアムはキリエを通して精霊の加護を受け取り、「普通の人間」では出来ない動きが可能になっている。だからこそ、雌雄を決するための失敗が許されない一撃を与える役目をジェイデンは託してきて、リアムとキリエも受諾した。
だが、その事情はジェイデンとマクシミリアン以外の人間に、打ち明けるわけにも悟られるわけにもいかない。半妖精人としてキリエが何らかの力をリアムへ与えることが出来る、という説明だけに留めたとしても、力を欲する者たちを無駄に惑わせることになってしまう。混乱の最中にある戦地であれば、それどころではない状況であるためうやむやにして無かったことにも出来るだろうが、冷静に考えられる場で提示していい能力ではないのだ。
「……策があるからこそ、堂々と任を引き受けているんだ。心配してもらう必要は無い。それに、戦場では皆がいる。手助けしてもらう場面は多いだろう」
誰からどんな助けをもらうという点は曖昧にした言葉で、何ら具体的な回答ではなかったが、リアムの落ち着いた語り口が功を奏したのか、それ以上を追求しようとする者はおらず、静かで穏やかな雰囲気の会議の時間が続いていった。
不意にイヴがぽつりと呟いたことで、再び場の空気が引き締まる。ルーナは小さな咳払いをしてから、真顔で語り始めた。
「イヴとアベルにどんな協力をしてもらうべきか、それに関してはだいぶ意見が割れていてね。また変わる可能性もあるけど、とりあえずジェイデン陛下が推してる案を伝えるよ。キリエ殿下もそれでよろしいですか?」
「はい、僕は大丈夫です。イヴとアベルも、それで良いですか?」
「大丈夫」
それぞれの了承を受けたルーナは頷き、レオンと視線を合わせる。レオンもまた頷き、両手を胸の高さに上げた。
「同じ種族の者で特性を把握しているだろうから、イヴとアベルにはカインと接触することになる最前線で我々と共にいてもらいたい。ジェイデン陛下は、その考えを強めている。貴方たちを一番危険な場所へ配置するのは如何なものか、避難民たちの保護を最優先すべきではないのか、といった意見も少なくないし、陛下も同じことを懸念されてはいるが、やはり、我々にとっては魔族はまだ未知の存在に等しい存在であることから、その無知を補えるイヴとアベルにはカインが出現する場所の近くに控えていてもらうべきではないか、と」
彼女の説明を補うためか、言葉の合間で何度かレオンは手話を繰り出し、ルーナはそれを上手く拾いながら説明に足しているようだ。真剣に耳を傾けているイヴとアベルは、時折うなずいている。
「あと、アベルは可能な限り魔石を作ってくれると言っていたが、一人で作れる数には限界があるだろう。最前線で戦う兵士たちに優先して持たせたい。後で、作成可能な数や具体的な性能を教えてもらいたい、とジェイデン陛下は希望されている」
「わかったよ。後で紙に書くから、陛下に渡してくれる?」
「了解した。……それと、イヴにもアベルにも最前線に控えてほしいが、戦力として期待したいわけじゃない、と」
「……それは、あたしたちの実力に疑問があるということ?」
イヴが眉間へ微かに皺を寄せ、アベルも緑眼をやや眇めた。
「ぼくはともかく、姉様の魔術自体はカインと同等に近いよ。奴に対して全く歯が立たないわけじゃないし、戦力外扱いはどうかと思う」
「あー、違う違う。そういう意味じゃない。貴方たちに過度な負担を掛けたくないっていう、そういう話さ」
「それこそ、余計な気遣いは無用。前の話し合いの時にも言ったけど、あたしたちを前線に立たせる場合は、盾として最大限に使ってもらわないと。あたしたちがカインの攻撃から守り、その隙をついて猛攻を仕掛けてもらう。──その陣頭となるのは、」
イヴがちらりとリアムを見ると、他の面々の視線もおのずと彼へ集まってゆく。キリエは自分が見つめられているわけではないのに妙な緊張感をおぼえたが、当の本人である夜霧の騎士は平然と頷いて見せた。
「ああ、俺だな。──俺が、魔石を握るカインの手を斬り落とす」
多勢での一斉攻撃を隠れ蓑にして、ウィスタリア王国一の騎士であるリアムが的確に敵の急所を狙い撃つ。──という作戦だ。要となる一撃を誤魔化すために総攻撃を仕掛け、目眩ましの役割を担う兵士たちを魔術から守るためにイヴとアベルが尽力する。味方陣営の戦死者ゼロ、なるべく要の一撃で片を付ける短時間集中での決着、それが皆で掲げている目標なのだ。
「まぁ、夜霧の騎士様の剣の腕は私もよく分かってる。動きも素早いし、気配を読むのも上手いし、剣撃に隙も無駄も無い。予期せぬ奇襲を仕掛ける役目を担うのに最も適した人間だとは思うがね、そうは言っても、騎士様だって普通の人間だ。カインと間近に迫って大丈夫なものなのかい?」
溜息まじりのルーナの発言は、リアムの身を案じている真摯なもので他意は無い。しかし、リアムもキリエも胸中で複雑な思いを噛みしめる。
もう既に、「普通の人間」ではないのだ。
リアムはキリエを通して精霊の加護を受け取り、「普通の人間」では出来ない動きが可能になっている。だからこそ、雌雄を決するための失敗が許されない一撃を与える役目をジェイデンは託してきて、リアムとキリエも受諾した。
だが、その事情はジェイデンとマクシミリアン以外の人間に、打ち明けるわけにも悟られるわけにもいかない。半妖精人としてキリエが何らかの力をリアムへ与えることが出来る、という説明だけに留めたとしても、力を欲する者たちを無駄に惑わせることになってしまう。混乱の最中にある戦地であれば、それどころではない状況であるためうやむやにして無かったことにも出来るだろうが、冷静に考えられる場で提示していい能力ではないのだ。
「……策があるからこそ、堂々と任を引き受けているんだ。心配してもらう必要は無い。それに、戦場では皆がいる。手助けしてもらう場面は多いだろう」
誰からどんな助けをもらうという点は曖昧にした言葉で、何ら具体的な回答ではなかったが、リアムの落ち着いた語り口が功を奏したのか、それ以上を追求しようとする者はおらず、静かで穏やかな雰囲気の会議の時間が続いていった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~
名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる