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第4章(最終章)
【4-21】キリエの役割
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◇
検査を終えて元通りに衣服を着たイヴとアベルは、胸の前で両手を束ねて拘束されることになった。危険物や魔石を持っていないと確認したのだから何もそこまでしなくても、とキリエは言ったのだが、その場の大多数の意見に折れる形になったのだ。
キリエとリアムは、魔族の姉弟を連れて応接室へ移動する。食堂に残された皆は、魔族に対しての人間側の対応について話し合うはずだ。今、三国の要人が一堂に会しているというのはあまりにも出来すぎた偶然であるが、おかげで省ける手間や時間があるのだから、素直にありがたい。
「こちら側の話し合いに対して何か加味してほしいことがあれば聞いておきたい」とジェイデンがこっそり耳打ちしてきたのだが、キリエは「僕の気持ちは君が十分に分かっているはずなのでお任せします」と答えた。
キリエの考えの根底にあるものは、何ひとつ変わらない。皆に優しい王国になってほしいという祈りが、皆に優しい三国になってほしいという想いに変わったのと同様に、皆に優しい世界になってほしいと願うだけだ。
キリエが兄弟たちと肩を並べられるようになったように、プシュケと心を通じ合わせられたように、イヴやアベルと話し合おうとしているように、種族や立場の垣根を越えて手を取り合う未来はきっと訪れるはず。富める者も貧しい者も、病める者も健やかなる者も、大小の差はあれど幸福を感じて皆が「生まれてきてよかった」と感じて生き抜けるような、そんな未来を願っている。
キリエのそんな気持ちを十分に理解しているジェイデンは、任せておけと言うように微笑んだ。彼は決してキリエを裏切らないし、大切な兄弟の心情を叩き折るような真似もしない。たとえキリエが望んだような結論ではなかったとしても、それが皆の意思をまとめた結果であるのなら致し方ないだろう。
三国間の話し合いは皆に任せておいて、キリエは自身にしか出来ない役割を果たさねばならない。その決意をうっすらと感じ取っていたのか、応接室に着くなりイヴが静かに問いかけてきた。
「キリエ、何を考えてるの?」
「何を……、とは?」
「貴方があたしたちの監視を引き受けたのには、何か意図があるような気がしてならない。キリエがあたしたちに害なそうとしているとは思えないけど、変な感じがする」
姉の言葉に、アベルも頷く。キリエは微苦笑を浮かべた。
「お察しの通りです。……ところで、此処にいる間だけでも拘束を外しましょうか?」
キリエの提案を聞いても、リアムは異論を唱えることなく黙っている。危険だと思えば彼はすぐに止めるはずで、そうしないということはやはり姉弟に敵意は皆無なのだろう。
しかし、イヴもアベルも首を振った。
「別に、このままでいい」
「ぼくも。……それに、これは普通の縛り方じゃないと思う」
「えっ、そうなのですか? ……あっ、本当だ。結び目がちょっと変わってますね」
アベルに指摘されて初めて気付いたキリエだが、確かに結び目が花のような形になっており、普通の固結びではなさそうだ。二人の手を縛ったのはリツだったので、アルス市国独自の結び方の可能性もある。リアムが口を挟まないままであることからも、彼も同じ結び方はできないのだろうと察せられた。
キリエとしては、二人の拘束を解いた後はそのままでいてもらっても構わないくらいなのだが、それによってイヴやアベルが皆からあらぬ誤解を受けても困る。本人たちが嫌がっているわけではない以上、余計なことはしないほうがいいのかもしれない。渋々ではあるが、キリエは内心でそう納得した。
「……では、イヴ、アベル。そのままの格好で申し訳ないですが、会ってほしい人がいるのです」
魔族の姉弟は揃って首を傾げているが、傍に立つリアムは「やはりそうか」とでも言いたげな目をしている。藍紫の瞳に異を唱える意志が無いことを確認してから、キリエは魔族の二人へひとつの頼みごとを口にした。
「その人と会ったという事実を、誰にも言わないでほしいのです。お願いできますか?」
「……別に構わないけど。それは、さっきの人たちにも言わないでほしいってこと?」
「そうです。先程のみんなも含めて、誰にも言わないでほしいのです」
「わかった」
イヴは訝しげにしながらも頷いたが、アベルは更に食いついてきた。
「誰にも言わないでっていうのは、まぁ、いいけど。一体、誰に会わせようとしてるの? ……いや、キリエがぼくたちを変な風に扱ったりしないとは思ってるけどさ」
彼としては、キリエを信用してはいるものの、姉を何に巻き込もうとしているのか気になってしまうのだろう。同じく兄弟を大切に思っている者として、アベルの心情はキリエにも理解できる。だからこそ、真摯に頷き、率直に答えた。
「僕のおじいさまに会っていただきたいのです」
「君のおじいさま……、って、それはつまり、」
魔族の姉弟は目を瞠り、同時に全身へ緊張感を走らせる。キリエは再び頷き、面会させたい人物の立場をはっきりと言った。
「つまり、妖精人の長老に会ってほしい、ということです」
検査を終えて元通りに衣服を着たイヴとアベルは、胸の前で両手を束ねて拘束されることになった。危険物や魔石を持っていないと確認したのだから何もそこまでしなくても、とキリエは言ったのだが、その場の大多数の意見に折れる形になったのだ。
キリエとリアムは、魔族の姉弟を連れて応接室へ移動する。食堂に残された皆は、魔族に対しての人間側の対応について話し合うはずだ。今、三国の要人が一堂に会しているというのはあまりにも出来すぎた偶然であるが、おかげで省ける手間や時間があるのだから、素直にありがたい。
「こちら側の話し合いに対して何か加味してほしいことがあれば聞いておきたい」とジェイデンがこっそり耳打ちしてきたのだが、キリエは「僕の気持ちは君が十分に分かっているはずなのでお任せします」と答えた。
キリエの考えの根底にあるものは、何ひとつ変わらない。皆に優しい王国になってほしいという祈りが、皆に優しい三国になってほしいという想いに変わったのと同様に、皆に優しい世界になってほしいと願うだけだ。
キリエが兄弟たちと肩を並べられるようになったように、プシュケと心を通じ合わせられたように、イヴやアベルと話し合おうとしているように、種族や立場の垣根を越えて手を取り合う未来はきっと訪れるはず。富める者も貧しい者も、病める者も健やかなる者も、大小の差はあれど幸福を感じて皆が「生まれてきてよかった」と感じて生き抜けるような、そんな未来を願っている。
キリエのそんな気持ちを十分に理解しているジェイデンは、任せておけと言うように微笑んだ。彼は決してキリエを裏切らないし、大切な兄弟の心情を叩き折るような真似もしない。たとえキリエが望んだような結論ではなかったとしても、それが皆の意思をまとめた結果であるのなら致し方ないだろう。
三国間の話し合いは皆に任せておいて、キリエは自身にしか出来ない役割を果たさねばならない。その決意をうっすらと感じ取っていたのか、応接室に着くなりイヴが静かに問いかけてきた。
「キリエ、何を考えてるの?」
「何を……、とは?」
「貴方があたしたちの監視を引き受けたのには、何か意図があるような気がしてならない。キリエがあたしたちに害なそうとしているとは思えないけど、変な感じがする」
姉の言葉に、アベルも頷く。キリエは微苦笑を浮かべた。
「お察しの通りです。……ところで、此処にいる間だけでも拘束を外しましょうか?」
キリエの提案を聞いても、リアムは異論を唱えることなく黙っている。危険だと思えば彼はすぐに止めるはずで、そうしないということはやはり姉弟に敵意は皆無なのだろう。
しかし、イヴもアベルも首を振った。
「別に、このままでいい」
「ぼくも。……それに、これは普通の縛り方じゃないと思う」
「えっ、そうなのですか? ……あっ、本当だ。結び目がちょっと変わってますね」
アベルに指摘されて初めて気付いたキリエだが、確かに結び目が花のような形になっており、普通の固結びではなさそうだ。二人の手を縛ったのはリツだったので、アルス市国独自の結び方の可能性もある。リアムが口を挟まないままであることからも、彼も同じ結び方はできないのだろうと察せられた。
キリエとしては、二人の拘束を解いた後はそのままでいてもらっても構わないくらいなのだが、それによってイヴやアベルが皆からあらぬ誤解を受けても困る。本人たちが嫌がっているわけではない以上、余計なことはしないほうがいいのかもしれない。渋々ではあるが、キリエは内心でそう納得した。
「……では、イヴ、アベル。そのままの格好で申し訳ないですが、会ってほしい人がいるのです」
魔族の姉弟は揃って首を傾げているが、傍に立つリアムは「やはりそうか」とでも言いたげな目をしている。藍紫の瞳に異を唱える意志が無いことを確認してから、キリエは魔族の二人へひとつの頼みごとを口にした。
「その人と会ったという事実を、誰にも言わないでほしいのです。お願いできますか?」
「……別に構わないけど。それは、さっきの人たちにも言わないでほしいってこと?」
「そうです。先程のみんなも含めて、誰にも言わないでほしいのです」
「わかった」
イヴは訝しげにしながらも頷いたが、アベルは更に食いついてきた。
「誰にも言わないでっていうのは、まぁ、いいけど。一体、誰に会わせようとしてるの? ……いや、キリエがぼくたちを変な風に扱ったりしないとは思ってるけどさ」
彼としては、キリエを信用してはいるものの、姉を何に巻き込もうとしているのか気になってしまうのだろう。同じく兄弟を大切に思っている者として、アベルの心情はキリエにも理解できる。だからこそ、真摯に頷き、率直に答えた。
「僕のおじいさまに会っていただきたいのです」
「君のおじいさま……、って、それはつまり、」
魔族の姉弟は目を瞠り、同時に全身へ緊張感を走らせる。キリエは再び頷き、面会させたい人物の立場をはっきりと言った。
「つまり、妖精人の長老に会ってほしい、ということです」
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